二次創作小説(紙ほか)

54話/烏ヶ森編 21話 「けじめ」 ( No.205 )
日時: 2015/07/21 21:41
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 螺旋階段を駆け上がる。ひたすらに上を目指して、暁と一騎の二人は、螺旋しながら階段を上り続ける。
 予想通り、外観のみならず、城の内部にも、多くの徘徊しているクリーチャーがいた。
 さらに城の内部も見た目以上に広く、ここに来る道中で一人、また一人と、立ちふさがるクリーチャーたちを相手していたら、いつの間にか残ったのは暁と一騎の二人だけになってしまった。
 最後に別れた浬は、二人だけになることを渋っていたが、しかし元よりこの二人を生かせることが目的だった。
 なので、渋々ながらも二人を先に行かせたわけだが、不安が残るのも確かである。
「とかなんとか、浬はそんなこと言ってたけど……でも、たぶんもうすぐ頂上だよね?」
「それは分からないけど、最後に霧島君と別れてから、もうずっとクリーチャーの姿を見ないし、この階段もかなり長い。この先に重要な部屋か施設か……なにかしらがあるのは、間違いないと思う」
 そしてそのなにかしらというのが、チャリオット、そしてユースティティア。
 その二人がこの先にいるだろうと思うのは一種の願望でさえあるが、しかしなんとなく感じるのだ。
 この先にある、大きな存在を。
「……一騎さん! もうすぐだよ!」
 暁が張り上げるように声を上げた。
 もうすぐ、螺旋階段の終わりが見えてくる。
「っ、暁さん。上に誰かいる……!」
 階段の最上階に、ゆらりと人影が現れたのを、一騎は見逃さなかった。
 ユースティティアかチャリオットが、自分たちの動きを察知して迎え討ちにきたのか、それはならば、それはそれで好都合だ、などと考えながら、二人は階段を上りきる。
 だがそこで二人を待ち受けていたのは、チャリオットでもユースティティアでもなかった。
「——恋!?」
「……つきにぃ……あきら……」
「え!? なんで恋がここにいるの!?」
 階段の最上にいたのは、恋。工房で寝ているはずの彼女だった。
「……つららに、転送させた……私も、行く……」
 恋はまっすぐに、工房で見た時の彼女とは違う眼差しで見つめ、そして言った。
 その言葉には、確かな意志がある。彼女の、日向恋としての、確固たる意志が。
 しかし、
「っ……ダメだ!」
 一騎は、彼女が進むことを拒んだ。
「無理をするな、お前は怪我をしてるんだぞ。また、お前になにかがあったら、俺は……」
「つきにぃ……でも……」
「でもじゃない、帰るんだ。今から、リュンさんか氷麗さんに連絡して——」
「つきにぃ……聞いて」
 今すぐにでも恋を追い返そうとする一騎を、恋は宥めるように見据える。
「私は……けじめをつけにきた」
「けじめ……?」
「……うん」
 ゆっくり頷いて、恋は言葉を紡いでいく。
 自分の中で、自分自身を確認するように。
「私は、つきにぃに、あきらに……迷惑、かけた……キュプリスにも……それに、ユースティティアたちにも」
「え……?」
 一騎は恋に迷惑をかけられたというようには思っていないが、それは問題ではない。
 恋が、ユースティティアたちの肩を持つような発言に、二人は面食らってしまう。
 そんな二人の心情を察したように、恋は続ける。
「でも、それはラヴァーとしての私の思い……今の私は恋。だけど、ラヴァーとしての私は、ちゃんとあった」
「え? えーっと……どーゆーこと……?」
「私は、過去の私と決別したい……ラヴァーとしての私を捨てて、日向恋としての私とそて……生きる」
 今までの恋は、ラヴァーという名の、ラヴァーとしての、ユースティティアたちの仲間である恋だった。
 だが、暁の熱意に、太陽のような光に触れて、恋は今の日向恋となった。今の道を、進もうと思えたのだ。
 しかし歩む道を変えることは、容易なことではない。暁は確かに彼女の道を変えるきっかけにはなったが、だからといって、すぐに彼女の軌道が変わるわけではない。
 軌道を変える前にあった軌跡が、彼女にもあるのだ。その軌跡を辿り、過去の自分を清算しなければ、今の自分の道を歩むことはできない。だが恋は、今の道に進むのだ。
「……そのためには、ユースティティアと、ちゃんと話したい……必要なら、戦う……」
「戦うって、でも、お前……」
「分かってる……でも、私は、やらなくちゃ……今のままじゃ、いけないから……」
 恋は一騎を見上げる。
 自分を、やり直させてほしいと、懇願して。
 そしてそんな恋に賛同の意を示すのは、暁だった。
「……一騎さん、私からもお願い」
「暁さん……」
「私たちがあいつと戦っても、恋の問題は解決しないと思う。恋が、あいつと戦うからこそ、たぶん恋は自分に納得できると思うの」
 恋が、日向恋としての新しい自分となる。
 ユースティティアとの対立は、そのための儀式なのだ。
 恋がラヴァーとなった契機がユースティティアであるように、恋がラヴァーを捨てるために必要になるのも、またユースティティアである。
 そしてなにより、恋はそれを強く望んでいた。
 新しい自分のために、過去の自分と決別し、清算すること。
 けじめと称して、彼女は希う。
 そして、それを切り捨てることができる、一騎ではなかった。
「……分かった」
「つきにぃ……」
「でも、無理はするな。絶対に、無事に戻るんだ。これだけは、約束してくれ」
 もう二度と、あのような悲劇は起きてほしくない。
 もう二度と、あんな恋の姿は見たくない。
 一騎は、その一心で、恋に確約させる。
 恋も、そんな一騎に、応える。
「うん……絶対、つきにぃたちのところに、戻ってくる……約束」
 恋は小指を差し出した。
 手は握ったまま、小指だけを。
「あぁ、約束だ」
 一騎も小指だけを出して、彼女の小指と絡める。
 古典的で、子供っぽくて、ただの呪いでしかないが、しかし二人の約束は確実に交わされた。
 固く、固く。
 絡めた指を解くと、一騎は、暁は、そして恋は、前を向く。
 前へと、進み出る。
「……それじゃあ、行こう」
「うん……ユースティティアとチャリオットは、この先の部屋にいる……」
「分かるの?」
「私も、この城を拠点にしてたから……」
 だが、これからはそうでなくなる。
 自分の帰るべき場所は、ここではなくなるのだ。
 そのためにも、恋は前に進む。
 しかし、それを阻害する、障害もまた、彼女の前には立ちふさがっていた。
「っ、クリーチャー!? まだいたの!?」
「《爆裂右神 ストロークス》《聖霊左神 ジャスティス》……ここにきて、とんでもないクリーチャーが出てきたね……!」
 新生にして神聖なる神は、二体にして一対の存在となり、三人の前に立ちふさがる。
 高く、そして巨大な、壁として。
 この先に進むには、この神を乗り越えなければならない。そうしなければ、ユースティティアたちのもとへは辿り着けない。
 そんなことは言うまでもなく分かっている。暁と恋はそれぞれ、自らのデッキへと手を伸ばす——

「ここは、俺が食い止めるよ」

 ——が、しかし。
 それよりも早く、一騎がテインと共に、前に進み出ていた。
「一騎さん……」
「つきにぃ……」
 二人の少女を背にしながら、一騎は首だけ回して二人を見遣る。
「俺は、やっぱり恋が心配だ。本当なら、先に行かせたくはない」
 でも、と一騎は続ける。
「恋が自分で決めた道を、俺は否定できない……それに、恋が自分で自分の道を歩くというのなら、俺は、それを応援したいんだ」
 それが一騎の本音だった。
 不安で、心配で、放っておけないという気持ちは、確かに一騎の中にはある。むしろ、その思いがかなり強い。
 しかし、同時に恋の歩みを後押ししたい気持ちがあるのも、また確かなことだ。
 そして今は、どちらの気持ちが恋のためになるか、どちらが最後に自分が納得できるかを考えたら、それは後者だ。
 恋をこのまま先の進ませるのは心配だが、進まなければ、彼女のためにはならない。むしろここで引き留めることは、彼女の思いを踏みにじることになりかねない。
 そう思ったら、一騎は、自然と神に対して足を向けていた。
「それに、暁さん。君もいるから、俺も、それに恋も、安心できるはずだよ」
「わ、私……? や、そんなことは……」
「ううん、そんなことないよ。君は、君が思っている以上に、心強い存在なんだ……ねぇ、恋?」
「うん……私も、そう思う……」
「そ、そうかなぁ……?」
 珍しく、照れたようにそっぽを向く暁。案外、褒められ慣れていないのかもしれない。
 もしくは、純粋な賞賛というものに、耐性がないのか。
 なにはともあれ、一騎は後のすべてを暁と恋に託して、前に進み出る。
 そして、暁の方に、ふと振り返った。
「暁さん……恋を、頼んだよ」
「……はいっ!」
 刹那。
 一騎が、神話空間の中へと消えていく。
「……行こう、恋」
「うん……あきら」
 神が消えた先には、扉がある。
 二人は、その扉を、押し開けた——