二次創作小説(紙ほか)

54話/烏ヶ森編 21話 「けじめ」 ( No.206 )
日時: 2015/09/08 05:08
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「——まさか、また舞い戻ってくるとはな、ラヴァー」
 扉の先にいたのは、機械のような両腕の青年——チャリオットだった。
「私が処分し損ねるところまでは想定内だった。すぐさま処置をすれば、まあ生きながらえることは可能だっただろう」
 しかし、
「ここまで早く、我らが元に戻ってくるとはな……いや、その人間の娘と一緒にいるところを見るからに、反旗を翻した、と見るべきか?」
「……その通り」
 恋は、チャリオットを威圧するように、一歩踏み出す。
「チャリオット……そこを退いて」
「なに?」
「私は、ユースティティアと話がしたい……だから……」
「ここを退けと。ふんっ、馬鹿馬鹿しい」
 チャリオットは、嘲笑するように鼻を鳴らす。
「貴様ら人間風情がユースティティア様の下へ行くなど、どれほど身の程知らずなことであるか、理解しているのか? ラヴァー、貴様とは一時は仲間とも言えるような関係ではあったが、今の貴様は裏切り者。我らの敵だ。ユースティティア様と合見えるなど、ありえん」
「……だったら」
 と、恋がキュプリスと目配せし、デッキケースに手をかける。
 その刹那。
「無理にでも退いてもらおうかな!」
 ——暁が、駆け出した。
「っ……!」
 同時にコルルも飛び出しており、チャリオットに突っ込んでいく。
 コルルの攻撃程度では、それほど強い力はない。しかしその間に、隙はできる。
「恋! 先に行って!」
「あきら……でも……」
「いいから! あいつとケリつけるんでしょ!」
 恋の目的はユースティティアであり、チャリオットではない。あくまで彼は、ユースティティアに至るまでの通過点でしかない。
 それは暁にも分かっていた。
 そしてそれが分かるなら、ただの通過点のことで、恋に手を煩わせるわけにはいかない。
「それに、私もリベンジしたいしね! だから行って、恋!」
 それは自己犠牲ではない。彼女の意志を尊重し、そして彼女への信頼からなる言葉だった。
 恋なら、行かせても大丈夫だと。
 いや、恋に行かせるべきである。
 恋に行かせなくてはならないと。
 だから暁は、自信に満ちた表情で、恋を送り出す。
「……あきら……ありがとう……」
 恋もまた、そんな暁に応える。
 デッキケースにかけた手を離し、再びキュプリスに目を向けた。
「……キュプリス」
「分かったよ。行こう」
「うん……」
 そして恋は、駆けだした。
 チャリオットの奥の扉へと。
 その先に待つ、ユースティティアの下へと。



「——ふんっ」
「うおっ!」
 チャリオットは腕を振るい、吹き飛ばすようにしてコルルを引き剥がした。
「コルル! 大丈夫?」
「あぁ、このくらいなんともないぜ。だけど、やっぱりオレの力だけじゃ無理だ……」
「当然だ。貴様程度の力に屈する私ではない。あまり甘くみないでもらおうか」
「やっぱそっかー……なら、こっちで決めるしかないね」
 そう言って、暁はデッキケースから、デッキを取り出した。
 それを見て、再びチャリオットは嘲りの笑みを浮かべる。
「ふん、前に叩きのめされたことはもう忘れたのか? どのような形であろうとも、貴様程度、私の敵ではない」
「忘れてなんていないよ。前にボコボコにされたからこそ、今度こそ勝つよ。それに——」
 ——恋が頑張ってるのに、私が負けるわけにはいかないからね。
「……頑張って、恋——!」
 激励の思いを心中でふっと呟き、暁は目の前の相手を見据える。
 そして、神話空間へと駆け出すのだった。



「……来たか、ラヴァー」
 扉の奥の通路を進み、そのさらに奥の扉の先の小部屋。
 真っ白で、ひたすら白く、光までもが白い、純白の空間。
 白色のみが支配し、それだけが存在する空間。
 その中央に、正義を司る者——ユースティティアが立っていた。
「貴様がいずれここに来るだろうことは、門番が攻撃を受けた時点で察していた……だが」
 それでも腑に落ちないことがある、とでも言いたげなユースティティアだったが、
「……いや、貴様は所詮、裏切り者。我が貴様を裁いたことによる、“理不尽なる報復”であろうとも、“下賤な者ども”に唆された結果であろうとも、関係ない」
 ただただ、ユースティティアは己の存在理由のまま、存在証明のように、正義を振るうまで。
「我は我が正義で、再び貴様を裁くまで。今度は、我が直々に裁きを下そう」
「……ユースティティア……私は……」
 恋はユースティティアに語りかけようとするが、しかし、ユースティティアはそれを意に介さない。
 もはや恋の言葉は届かず、己の正義のままに、ユースティティアは突き動かされる。
「我が名はユースティティア、正義を司る者——不義なる者、ラヴァー。我が正義に則り、貴様に我が正義を下す!」
 ユースティティアは宣告する。
 己の為すべき使命を、天命の如く。
「…………」
 恋の言葉は、なかった。
 なにか言いたそうにはしていたが、彼女はなにも言わなかった。
 すべてを受け入れたように、彼女はなすがままに身を投じる。

 正義が支配する、神話空間へ——



 とてもとても、深く深い、地の底に。
 それは眠っていた。
 塔のような高い城の下で、長い時を過ごした。
 己の身を守るように、幾重もの鎖を巻いて。
 しかしその鎖は、やがて自分以外のなにかを守るものとなり。
 自分をも含む、なにかを封じる縛鎖となる。
 それは、そう遠くない未来。
 少女が己の心を自覚したときに、目覚めるであろう。
 その時まで、“彼女”は待っている。
 小さな小さな恋人の、慈愛と恋心を。
 ほんの少しだけ。
 淡く儚く美しく。
 鎖が、光った——