二次創作小説(紙ほか)

55話/烏ヶ森編 22話 「正義」 ( No.209 )
日時: 2015/09/08 05:17
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

天命讃華 ネバーラスト ≡V≡ 光文明 (9)
ドラグハート・クリーチャー:エンジェル・コマンド・ドラゴン 14500
ブロッカー
自分の光のクリーチャーは、すべてのバトルに勝つ。
誰も光以外のコスト5以下の呪文を唱えることはできない。
T・ブレイカー
エスケープ



 箱舟は形を変え、新たな正義を執行する、光の龍が姿を現した。
 その光は、恋のクリーチャーたちよりも神々しく、そして禍々しい。
「龍解完了。さらに《高貴の精霊龍 プレミアム・マドンナ》を召喚。これで貴様を裁く準備は整った」
 これから、ユースティティアの正義が執行される。
「まずは《エスポワール》で攻撃。その時、《エスポワール》の能力を発動させる。我がブロッカーの数だけ、貴様のクリーチャーをタップだ」
「く……っ」
 ユースティティアの場には、ブロッカーが六体。恋の場にいるクリーチャーは七体だが、二体の《アンドロ・セイバ》のうち一体を残し、すべてのクリーチャーがタップされてしまった。
 ブロッカーはもう機能していない。あとはただただ、すべてのシールドを砕かれ、とどめを刺されるだけだ。
 一枚、シールドが砕けた。その破片が舞い、恋に降りかかる。
(……私じゃ、ユースティティアには勝てない……)
 ユースティティアが自分よりも強いことは知っている。自分よりも弱ければ、そもそも従ったりはしないのだから。
 迷惑をかけてしまった兄のような彼や、自分を闇の中から引きずり出して新たな世界を見せてくれた彼女に報いるために、今までの自分と決別し、けじめをつけるために、こうして戦う決意を固めたというのに、現実は無情だ。
 自分はユースティティアには勝てないという事実を淡々と突きつけてくる。冷淡で、冷徹で、非情な現実だ。
 結局、自分は楯突くべきではなかったのかもしれない。
 自分を救いはしなかったが、自分にこの世界での生き方を教えてくれたのは、他ならぬユースティティアだった。利用されていたなんてことはわかっている。それでも、感謝した時は確実に存在する。
 だから、やはり、自分は刃向かうべきではなかった。
 ユースティティアに、従っているべきだった。
「……やっぱり、私は——」
「——恋」
 優しい、声がする。
 穏やかで、包み込むような、たおやかな声だ。
「キュプリス……」
 そこにいたのは、その声の主は、キュプリスだった。
 いつもの快活な姿はそこにはなく、柔らかな声と安らかな雰囲気を持って、恋と接する。
「恋、君は、なんのためにここにいる?」
「なんのため……それは……」
 一騎への償い、暁への感謝、それから、自分との決別。
 それが、自分がここまで来た理由だったはず。
「それは、本当にそうなのかな」
「え……どういう、こと……?」
「君のその思いは否定しない。でも、それは上塗りされた理由じゃないのかい? 君が本当に、心の底から願うことは、なんだい?」
「私は……」
 キュプリスに促されて、恋は目を閉じ、思いを馳せる。
 思い浮かぶのはいつも自分を気にかけてくれた、一騎。自分を救い出してくれた、暁。それから、まだ知らないことだらけだが、自分を受け入れてくれた、数々の仲間たち。
 自分は、彼らに、彼女らに、なにをすべきか。
 なにが、したいのか。
 なにを、思うのか。
 答えは、すぐに見つかった。
「つきにぃが、あきらが——好き」
 ——だから、
「私は、みんなと——いっしょにいたい」



 ——その言葉、待ちわびておりました——



 どこからか、声がする。
 キュプリスの声ではない。それ以上に女性的で包容力を感じる——慈しむような声だ。
「……誰……? どこに、いるの……?」

 ——ここですわ。今、姿をお見せいたします——

 刹那、どこからか——地底深くより、鎖で縛られた光球が現れた。
 小さな心の発露を感じ取り、それは目覚める。慈愛の心を現しながら。
 そして閃光の如き光を発したかと思うと、一瞬の間に、恋は自分の存在を見失う。
 気づけばそこは、白い空間。
 神話空間——の、はずだ。そのような気配を感じる。
 だが、自分が知る、今まで経験していた、神話空間ではない。
「ここは……?」
『初めまして、日向恋様』
 突如、目の前に巨大な聖母が現れた。
 いや、突如ではない。彼女は最初からそこにいたのだ。それに、自分が気づかなかったというだけにすぎない。
 その聖母は、麗しき美貌と理想的な女性の肉体を、純白の一枚布で覆っていた。
 年端もいかぬ子供とはいえ、恋も女だ。その容姿には見とれざるを得ず、惹かれるものも、思うところもあろう。しかし彼女には下劣な劣情などは微塵も抱かない。感じるのは、神々しさ。そして、安心感。
 まるで、今までずっと一緒にいたかのような、落ち着きを、恋は感じていた。
 彼女は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
『ずっと、お会いしたかったのでございます。恋様』
「……誰……?」
『嗚呼、失礼いたしました。名前を、まだ申し上げておりませんでしたわね……しかし、私の名を名乗る必要性は、ございません。そうでしょう——キュプリス』
 そういって聖母は、キュプリスに視線を向けた。
「……ヴィーナス様……」
 キュプリスは、小さく呟く。
「変わらない、お姿で……」
『当然です。今の私は、ただの意識が具現化した存在——残響、と他の方々は仰っておりましたか——でありますゆえ、実体を伴っておりません。ですから、私が貴女と共にいた時の姿であることは、当然なのです』
「……そうですか」
 どこか落胆したようなキュプリスだったが、
『悲嘆に暮れることはありませんよ、キュプリス』
 なぜなら、
『次なる神話となるのは貴女です、キュプリス。私の、慈愛神話の語り手である貴女に、私の意志を託します』
「ボクに、ヴィーナス様の、意志を……?」
『えぇ。勿論、貴女だけではありません。貴女と、貴女の大切な人——恋様』
「……なに……?」
 突然、話を振られた恋は、少々面食らいつつも、彼女に向かい合う。
『やはり、申し上げますわ。私は、かつて慈愛神話と呼ばれた神話の女神、ヴィーナス』
「慈愛神話……」
 キュプリスから、少しだけ聞いたことがある。キュプリスがかつて仕えていた神話。
 それが、慈愛神話——ヴィーナスであると。
『……少々、懐かしみが過ぎてございましたね。私とて、長くこうして留まれるわけではございません。そろそろ、私は己の本務を全ういたしましょう』
 そのように言うヴィーナスの身体は、少しずつ淡くなっていく。
 だが、彼女の広げた両手からは、強き光が放たれている。
『恋様、貴女は自分の中に眠る、“慈愛”の意識を認識致しました。無自覚ながらも、貴女が潜在的に抱いていた、他者を愛する心、大切な人を守りたい意志——それを、貴女は自覚したのです』
 愛する心、守りたい意志。
 それは、即ち慈愛の現れだった。
『明確な、確固たる意識を持って愛を知った貴女は、私の力を受け継ぐに相応しいと判断いたしました』
 ゆえに、
『キュプリス、恋様。貴女方に、私の神話の力を授けます。そして、キュプリス』
「……はい」
『貴女には、枷を外しましょう』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『さぁ、お行きくださいませ。貴女方を苦しめる正義は確かに強固でしょうが、貴女方が真に慈愛の心を知ったならば、貴女方の意志を貫き通せるはずです』
 最後に、ヴィーナスは微笑んだ。
 慈愛の光を残して——



「…………」
 気づけば、恋は神話空間にいた。いつもの、神話空間だ。
 目の前にはシールドが、その先には仲間のクリーチャーが、その奥には——ユースティティアが。
 己の正義を疑わぬ顔で、立っていた。
「《エスポワール》、二枚目のシールドをブレイクだ!」
 稲妻の如く光弾を放つ《エスポワール》が、恋の二枚目のシールドを砕く。
 そして、光が収束していった。
 手札を見れば、そこには見慣れた——それでいた見たことのない、彼女の姿。
「キュプリス……」
「恋……ボクに、任せて」
「……うん」
 問いかけは不要だ。すべて感じることができる。
 暖かい。安心する。落ち着く。
 そんな光が射し込むような気がした。
(……なんて、思ってる場合じゃ、ないか……)
 今は自分の役目を果たさなくてはならない。
 上塗りされた理由だろうが、表向きの理由だろうが、建前の理由だろうが、それが本音であることには変わりない。
 恋は、自分の大切な人たちのために、光の扉を開く。
「S・トリガー——《ドラゴンズ・サイン》」
 慈愛の心を鍵として、光の門が開かれた。
 かつての神話の力が、それを継承するものによって、再現される。
「進化——」
 新たな力を、抱きながら。
 慈しみ、愛する心の光が、世界を包み込む。

「——メソロギィ・ゼロ」












 光が収まる。
 そこにあるのは、閃光の鎖。
 麗しき美貌。
 そして、戦いを鎮める、受け継がれた神話の力。
 かの者は《慈愛神話》の継承者。
 かつての神話にはなかった束縛という命を執行し、慈愛の聖母となりて、世界を抱く。
 そう、かの者こそは——



「——《慈愛神姫 キュテレイア》!」