二次創作小説(紙ほか)
- 58話/烏ヶ森編 25話 「終演、そして次の頁へ——」 ( No.212 )
- 日時: 2015/07/25 13:51
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
さきさき、と。
色素の薄い髪の毛が舞い落ちる。
「——本当にこれでいいのか?」
「うん……いい」
剣崎一騎は散髪用の鋏を置いて、正面に座る少女——日向恋に語りかける。
「俺も専門職じゃないから綺麗にできてる自信はないけど、それでもこれはちょっと変わってると思うよ……?」
一騎は恋の髪を切っていた。
というのも、ユースティティアらとの一件で、彼女の長い髪はほとんど焼け落ちてしまった。焼けてしまった髪を戻すことはどうしたってできないので、せめて不自然にならないように、焦げた部分を切って揃えたのだ。
……なのだが、切ったのは焼け焦げた痕が残る襟足の部分だけで、もみあげは長いままだ。
一騎としてはショートヘアにしてしまうのが一番自然だと思うのだが、しかし恋の強い要望があり、もみあげだけがロングのままのショートヘアという、一風変わった髪型となってしまっていた。
「やっぱり、もみあげも切ってショートにした方が——」
「いい……このままで、いいから……」
「でもさ……」
「……いいの」
彼女は囁くような小さな声で、しかしはっきりと、力強い意志を示す。
どこか悲しそうで、それでいて、懐かしむような眼で、虚空を見ながら。
「あの時のこと……忘れたくないから……」
「恋……」
「私にとって、あそこは悪いばかりの場所じゃなかった……あの時の思い出は、残しておきたい……こんなものしか、残らなかったけど……」
こんな中途半端に残った髪が、あの時の思い出になるとは到底思えない。
だが、それでもあの時に繋がるなにかを、残しておきたかったのだ。
あの場所での記憶は、忘れてはいけないものだと、思うから。
「それよりも……つきにぃ」
「なに、恋?」
「あきらのとこに……行きたい」
「……そうだね。俺もちゃんと、暁さんにお礼を言ってないし、今度行こうか、東鷲宮に。他の皆も誘ってさ」
「みんな……?」
「そう、部の皆だ。ミシェルや焔君、黒月さん、夢谷君、そして氷麗さん……うちの部の、大切な部員たちだよ。今度、お前にもちゃんと紹介しないとな」
「……うん」
ドタドタと。
激しい足音が轟くかと思ったら、今度はガラガラと、乱暴に扉が開かれた。
「部室とうちゃーく! 部長、こんにちはー!」
「こ、こんにちはー……」
エネルギッシュに勢いよく部室に突入してきた暁に続き、柚も控え目に、そろそろと部室に入って来る。
「来たわね、二人とも」
「もっと静かにできないのか、こいつは……」
そんな対極的な二人の挙動——というより、暁の素行にも慣れてきた沙弓は完全スルーだったが、しかし浬は慣れたとはいえ、なにか言わずにはいられないようで、呆れながら小言を呟く。
「あ、そうだ暁。さっき烏ヶ森の部長さんから連絡が来てたわ」
「一騎さんから? なになに?」
「『恋のこと、ありがとう』って。あと、近々うちに来るそうよ、部ぐるみで」
「え? 一騎さんたち、うちに来るの? ってことは恋も?」
「たぶん一緒に来るんじゃないかしら」
それを聞くや否や、暁の顔がパァッと晴れやかになる。
「そっか、恋も来るんだ……楽しみだなぁ」
「だが、あの人数で来られたら、うちの狭い部室だと、すし詰めになるぞ」
「そ、そうですね……ど、どうしましょう、ぶちょーさん……」
「そうねぇ……」
少し思案してから、沙弓は少しだけ悪戯っぽい笑みを見せて、言った。
「じゃあ、いい機会だし、部室の掃除でもしましょうか」
「えー!? めんどくさ……」
「……多少掃除したところで、焼け石に水だと思うがな……」
「が、がんばりましょう、あきらちゃん。みんなでやれば、すぐに終わりますよ」
「そうそう、柚ちゃんの言う通りよ。というわけで、まずは散らかった備品の片づけから。カイはあの辺の高いとこよろしくね。私はあっちの書類とかを整理するから、暁と柚ちゃんは——」
と、沙弓がてきぱきと仕事を割り振りだしてしまい、もうやめるとも言いづらい空気になってしまった。完全に来客のためとかこつけて掃除をさせてるだけだが、暁たちはまんまと口車に乗せられている。
暁は不満そうに与えられた場所の片づけを始めるが、しかしこれが終わった後に待つ彼女たちのことを思うと、ふっと口元が綻ぶ。
「……恋、早く来ないかな——」
こうして、ラヴァー——日向恋とのめくるめく物語は、一つの終演を迎える。
だが、終わりは始まりの種。
物語の終わりは、新たな物語の始まりを意味する。
語り手が存在する限り、どのような物語も、終わることはないのだ。
さぁ、ページを捲れ。
新しい神話の、続きといこう——