二次創作小説(紙ほか)
- 60話 「『popple』」 ( No.218 )
- 日時: 2015/08/16 03:59
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
とある日曜日。学校で授業がなければ部活もない。なにもすべきことがないと思われる休日の昼下がり。
空城暁は、玄関口で蹲っていた。
いや、玄関で座った状態のまま前のめりになるとこを、果たしてただ単純に蹲っているというのは若干の語弊があるが、しかし傍目から見れば蹲っているように見えなくもないし、そもそもその状態を蹲っていると表現する以外にどう表現すればよいのか。内容の適切さはさておき、事実を述べていることに変わりはないので、蹲っていると表現しても問題はないはずである。
と、そんな表現についての言及はともかくとして、そんな暁に、一つの人影が近づく。そして、
「……お前、どっか行くのか?」
「うわっ!」
声をかけた。
ただそれだけの動作だが、暁は飛び跳ねるように体を震わせる。かなり驚いたようだった。
彼女はほぼ反射で後ろを振り返ると、安堵とも呆れとも取れる溜息を吐く。
「なんだお兄ちゃんか。おどかさないでよ」
「お前が勝手に驚いただけだろ。で、どっか行くのか? 妙にめかし込んで」
人影——暁の兄、空城夕陽は、特になんとも思っていない、とりあえず思ったことを淡々と言っているだけ、というような口調で暁に尋ねる。
暁の服装は、白いシャツの上に赤いノースリーブのパーカー、ベージュのショートパンツという、彼女にしてはそれなりに外見に気を遣った服装だった。それでもラフさが拭えないが、その辺は彼女の好みもあり、彼女らしさということにしておく。なんにしても、夕陽からしてみれば今日の暁の出で立ちは、いつもの適当さと動きやすさのみで選択されたものではなく、誰かに見られることを意識しためかし込んだ服装であった。
色々とずぼらで抜けている彼女がそんなことをするということは、誰かと出かける用事でもあるのだろう、と夕陽は推理して言ってみた。正直、なんとなく訊いただけなので、返答自体はそんなに興味はないのだが。
「妙にとか言わないでよ……このみさんとこ行くの。最近ぜんぜん行けてないから、せっかくの休みだし、久しぶりに行こうかなって」
「『popple』か……このみの奴はともかく、店に迷惑はかけんなよ」
「分かってるって。もー、そんなこと、いちいち言わなくてもいいのに」
暁も暁で、兄の言うことに過剰な反抗はしないが、しかしいつもいつも聞かされる小言のような言葉には辟易している。
だが夕陽の方も、暁に対しては小言を言うくらいに良くは見ていない。
「お前を見てると危なっかしいんだよ、このみと変なところばっか似やがって……そのくせお前はガサツだしな」
「むぅ、失礼な。そんなことないよ!」
「それはお前に自覚がないだけだな」
流すように言って、夕陽も暁の隣に蹲る——もとい、靴を履くために靴紐を結ぶ。
「お兄ちゃんもどっか行くの?」
「あぁ。ちょっと北上……クラスメイトと出かける用がな」
「ふーん」
自分の兄に、このみや汐以外に一緒に出かけるような友人がいたことには少々の驚きがないでもなかったが、あまり興味はなかった。
それよりも暁は、これから自分の行く場所へと、一刻も早く訪れたい気持ちでいっぱいだ。
気合を入れるようにギュッと靴紐を結び終えると、暁は夕陽より先に玄関の扉を開く。
「それじゃあ私は先行くね! 行ってきまーす!」
と、暁は勢いよく扉を開くと、あっという間に駆け出してその姿が見えなくなった。
相変わらずそそっかしい奴だ、と夕陽は誰に言うでもなく一人ごちる。
「『popple』ねぇ、そういや僕も最近あんま行ってないな……ここ最近、色々あったし」
どこかげんなりしたように過去を回想する夕陽。
それと同時に、あることを連想した。
「……『popple』と言えば、光ヶ丘、結局あそこで働くことになったんだっけ……まあ、今日が都合よくシフトだとは限らないけど」
それから、さて、僕も行くか、と独り言を呟いて、夕陽は立ち上がる。
そして、暁が開け放ったままにした扉を潜った。
空城宅を出て、十分弱ほど歩くと、商店街が見えてくる。
そこから少し脇道に逸れたところに、カフェ『popple』はあった。
「ここに来るのも久し振り……中学あがってからはぜんぜん来てないや」
クリーチャー世界に行ったり来たりするようになってから、恋のことで色々とあったため、暁の意識は完全にそちらに向いていた。
なのでぱったりとここに来る足も途絶えてしまっていたのだが、久しぶりに来ると、やはり興奮する。
その興奮のまま、暁は扉を押し開ける。カランカラン、という来店を知らせる乾いた鈴の音が響き、そして、
「いらっしゃいませ——あ」
店員と思しき少女が出迎えた。
しかしその少女が、非常に目を引く容姿をしている。現実離れしていると言ってもいい。
まず真っ先に思うのは、小柄な体躯。恋ほどではないにしろ、それに迫る背の低さ。暁も背が高い方ではないが、その暁が見下ろすほどだ。
だが、彼女らと圧倒的に違う箇所がある。
暁よりもずっと、柚よりももっと、恋に近いくらい小さく、華奢で腕も脚も小学生のように細く短いが、しかし自己主張激しく押し上げるエプロンドレス風の制服の胸部だけは、彼女の身体のパーツにおいて唯一、大きいと言えた。
非常に大きい。
卑俗な言い方をすれば、巨乳だった。
より下劣に言えば、ロリ巨乳だった。
胸の大きさと全体的な小ささがミスマッチで、アンバランスで、この世のものとは思えない体型を成している。
まるで、アニメや漫画の中から出て来たかのような少女だった。
これが初対面の相手であれば、その姿に呆気に取られたかもしれないが、しかし暁は、この少女がいることが分かっていて、ここに来たのだ。むしろ彼女が目的と言ってもいいかもしれない。
ゆえに第一声。
彼女は、太陽の光よりも明るい声で、彼女を呼ぶ。
「このみさん!」
「きらちゃん!」
少女も間髪入れずに暁を呼ぶ。
そして次の瞬間。
少女の姿を見るや否や、暁は無邪気な笑顔で、玩具を見つけた子供のように飛びつく。
「おぉっと? きらちゃん、今日はダイタンだね!」
「久しぶりのこのみさんだぁ、この感触も久し振り……はわぁ……」
暁は少女に抱きつき、胸に顔を埋め、とても幸せそうな、蕩けるような表情をしていた。
傍から見ると、中学生が小学生に対して姉のように甘えた姿に見える。非常にシュールだ。
「って、あたし、今仕事中だ。ごめんねきらちゃん、ちょっとはなれて……きらちゃん?」
「……はわっ。しまった、ちょっと意識なくなってた。ごめんなさいこのみさん!」
「いいよいいよ。とりあえず、おひとりさまご案内ねっ」
そう言って、少女は暁を空いている席へと導く。
(久しぶりのこのみさん、高校生になってもやっぱり可愛いなぁ……ちょっとおっきくなってたし)
春永このみ。
それが、この少女の名前だった。
見ての通り暁とこのみは、他人の目も憚らず突然ハグをするくらいに親しい仲なのだが、元を辿れば、このみは暁の兄——つまり、空城夕陽の友人なのだ。
いや、親友、と言うべきか。
夕陽は腐れ縁だと言い張っているが、それもこのみ曰く幼馴染だという。概ねそれで当たっているだろう。
暁は詳細にいつ頃から二人が知り合ったのかは知らないが、少なくとも自分が小学校に上がる前から接点はあった。確か、暁が初めてこのみと会ったのは、五歳の時だったと記憶している。
ともかく、夕陽とこのみが幼馴染であるように、暁とこのみも幼馴染なわけで、兄はこのみを邪険にしがちだが、暁は同性だからか、それとも本質的な波長が合うからか、このみとは非常に良好な関係を築いていた。
「どうする? なに飲む?」
「んー、このみさんのお勧めでお願いします」
「りょうかーい。身内割で二割引きにしちゃうよー」
トレイを器用にくるくる回しながらウィンクするこのみ。
そんな一挙一動に、兄である夕陽ならば無視するか苦言を呈すだろうが、暁はむしろキラキラとした目で見つめる。
だが、ふとその目線が、別の人物へと逸れた。そして、その人物へと指差す。
「……このみさん、あの人、新しいバイトの人ですか?」
「んん? あー、あの子ねぇ……ふっふっふ、そうだねぇ、最近雇った子だよ」
どこか含みのある笑みを見せるこのみ。明らかにもったいぶっている。
「せっかくだし、きらちゃんにも紹介しよっか。姫ちゃーん! ちょっといーい?」
このみはその人物を手招きしつつ、よく通る声で呼ぶ。
すると、何事かといった様子で、たったか駆け寄ってきた。
「どうしたの、このみちゃん?」
駆け寄ってきたのは少女だった。このみほどではないものの童顔で、背も低い。柚とどっこいどっこいというところだろう。身体もひどく華奢だ。少し痩せすぎているようにも見える。
さらさらとしたセミロングの茶髪に、くりくりとした瞳が、彼女の幼さを助長し、その小動物のような容姿は暁の胸を穿つ。
声もどこか弾んでおり、容姿と合わせて子供っぽい少女だが、しかしここで雇っているということは、少なくとも高校生であることは確かなはずだ。そもそも、背が低いとか童顔とか、そういうものはこのみや汐で見慣れている。今更そのような人物が出て来て、実は自分より年上だなんて言われても、驚きはしない。これは空城兄妹の共通認識だ。
「紹介するね、きらちゃん。この子が新しく入ったバイトの子で、姫ちゃん」
「え、えっと、光ヶ丘姫乃です……」
いまだ状況が分からない様子であったが姫乃と紹介された少女は、ペコリと頭を下げる。
「それで、こっちがきらちゃん。うちのお得意さまっていうか、ゆーくんの妹だよ」
「えっ? 空城くんの妹さん……!?」
姫乃は驚いたように目を見開き、暁をジッと見据える。
「確かに言われてみればすごく似てる……空城くんを女の子にしたみたい……」
覗き込むように、姫乃の瞳が暁を映す。彼女の言うように、この兄妹は容姿に関しては結構似ているのだ。
暁が活動的なこともあり男勝りで、夕陽がやや内気気味で若干女顔なことが重なり、いい具合に性別の違いを中和しており、あとは遺伝学に則った結果、二人はよく似た顔になっていた。
しばらく暁を見つめていた姫乃は、途中でハッと気づいたように顔をあげる。
「あっ、ごめんね、ジロジロ見たりして。えっと、空城くんとはクラスメイトで、いろいろ助けてもらったりして、お世話になってます……っ」
「はぁ、そですか……」
申し訳なさが先立っているのか、なぜか少し慌てたように夕陽との関係を語りだす姫乃。しかし、暁はあまり興味を示した様子もなく、素っ気なく返す。
決して友達が多いとは言えないだろう兄に、仲の良い友達、しかも異性ができたことは、妹としては思うところがあったりなかったりするものだろうが、しかし暁が考えていることは、一般的なそれとは少し違う。
(お兄ちゃん、また女の子の友達作ってるし……)
幼少期からこのみに振り回されて云々と言って、夕陽は男友達ができない理由を語ったりするのだが、それで親しい人間が女性ばかりというのはどうなのだろう、と暁は少しばかり心配になる。
というか、若干呆れている。
「……せっかくだし、デュエマしてみる?」
「はい?」
「このみちゃん……?」
突然、このみはそんなことを言い出した。
「いやー、やっぱあたしたちの縁ってさ、デュエマでつながってるかなーって思ってさ。きらちゃんも姫ちゃんもデュエマするんだし、こうして出会えた記念っていうかさ」
「私はやってもいいですけど……」
「わたし、今はお仕事中だけど……」
「おねーちゃーん! 姫ちゃん休憩はいりまーす!」
「はーい。じゃあ次の子呼んできてー」
「対応が早いよっ!? 木葉さんも分かってやってますよね!? わたしまだ休憩時間じゃないですっ!」
姫乃のツッコミは完全にスルーされ、このみに促されるまま、二人はずいずいと押されるようにカフェの一角へと連れていかれた。
一見して普通のカフェだが、ただ一つ、場違いというか、非常に浮いている物体がある場所。
その物体というのが、デュエマテーブルだ。
「それじゃ、あたしは代わりの子呼んでくるねー。ついでにきらちゃんの飲み物も作ってくるよー」
と言って、このみは風のように去ってしまった。
「なんか、お仕事サボっちゃったみたいで、いたたまれないなぁ……」
「このみさんとこのはさんがOKしたなら大丈夫だと思いますけど」
「うん、そうなんだけど、わたしの気持ちがね……まあ、しょうがないかな。こうやってお客さんの相手するのも、お仕事だし」
どこか諦めたように、姫乃は制服のポケットに手を入れる。
暁も、腰から吊ったケースに手を触れ、スッと開いた。
「それじゃあ、始めましょうか。おねーさん」
「うん。よろしくね、妹ちゃん」