二次創作小説(紙ほか)
- 60話 「『popple』」 ( No.220 )
- 日時: 2015/08/17 04:38
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
「はぁー、結局ブロッカーに押し潰されちゃった……選ばれないとか、場を離れないとか、あんなの反則だよぅ……」
「ご、ごめんね……」
しかし、こればっかりは相性が悪かったと言わざるを得ないだろう。
メカ・デル・ソルを軸とした姫乃のデッキは、ブロッカー破壊が得意な火文明に滅法強い。それは、《パーフェクト・マドンナ》や《ジャンヌ・ダルク》の存在を見れば一目瞭然だろう。
「でも、相性とかよりも、おねーさんも強かったですよ」
「ありがとう。妹ちゃんも、すごかったよ。《ジャックポット・バトライザー》で《ドラゴ大王》と《Gメビウス》を出された時は、負けちゃうかと思ったもん」
「むしろ、あれだけのことをやったのに逆転されたんですよね、私……」
最重量切り札を二体並べて、完全に勝ったと思った直後にあっさり逆転された。そのことは、それなりに暁には堪えていた。
(あの二体を並べた状態から逆転するなんて、恋くらいしかできなかったのに……このおねーさん、本当に強い……)
顔立ちは幼いし、自分より小さいし、なんだかぽわぽわしているが、秘めた力は相当なもの。
デッキ相性なんて関係なくても、今回のデュエルは、地力で暁が負けていた。そう感じさせるほど、彼女は強かった。恐らく遊戯部や烏ヶ森の面々でも、もしかしたら汐やこのみといった者たちも——ともすれば、自分の兄でさえも、彼女には敵わないかもしれない。
そう考えると、目の前の少女はほんのすこしだけ、物凄い存在に見えてきた。どこか遠くの存在のような——いや、近いからこそ感じる、凄みか。
見た目はこんなにもゆるゆるしているというのに、中身との落差が激しい。それもこれも、勝手に暁が思っていることではあるのだが。
暁がそんな風に姫乃を見つめていると、姫乃はにこにこした笑みを浮かべたまま、口を開く。
「妹ちゃんは、やっぱり空城くんとちょっと似てたね。連ドラっぽい構築にしてたり、ファイアー・バード使ったり」
「昔はもちょっと違うデッキ使ってたんですけど、最近はいろいろあってこのデッキ使ってるんです。お兄ちゃんとかぶるのは、なんか嫌ですけど……」
「え、どうして? お兄さん……なんだよね? それなのに、嫌って……?」
首を傾げる姫乃。とても純粋な眼で、暁を見つめる。
こんなにも純真な少女が、自分より三つも年上であるということが暁には信じがたいほど、素直すぎるほどに素直な眼に、暁は困惑する。
意地悪く言われたなら笑って返せたが、こんなにも素直に訊かれてしまえば、適当なことは言えない。
「どうしてって……別に……」
それゆえに暁は困ったような表情を見せる。もごもごと口を中で動かしており、言葉を紡ぎたくなさそうな仕草だ。
「……それよりも、あの……また来ていいですか?」
「ふぇ?」
「いや、だから、またデュエマしてもらってもいいですか、っていうか……」
「あぁ、そういうこと。わたしでよければ、ぜんぜんいいよ」
にっこりと笑顔で返す姫乃。中身がどうとか、勝手なことを思ってしまったが、性格は素直でいい人だった。なんとなく天然っぽかったが。
しかし今回は、その天然さに救われたかもしれない。
あんなにも露骨な話の転換、普通ならほぼ必ずと言っていいほど指摘されそうなほど強引だったが、姫乃はその不自然さを疑うことなく、暁の言葉を受け取っていた。
「ふぅ……よかった、助かった」
「? なにか言った?」
「いえ、なんでも」
「はいはーい、ご注文の品を持ってきたよー」
と、ちょうどそこで、このみがトレイを持ってやって来た。
そして、暁の座るテーブルに、カップを置く。
「今お勧めの紅茶だよー。なんかよくわかんないけど、いいお茶葉なんだって。おねーちゃんが言ってた」
「おぉ、ありがとうございます! いい香りだなぁ」
ここに彼女の兄がいれば、適当すぎるだろ、とか、お前に紅茶の香りの違いとか分かるのかよ、とか、そんな口うるさい言葉が聞こえてきたことだろうが、今はそんな野暮なことを言うものはいない。
「それじゃ、わたしもお仕事に戻るよ。妹ちゃん、またね」
「あ、はい。今日はありがとうございました、おねーさん」
そう言って、姫乃はトタトタと仕事に戻っていった。
それと同時にこのみも、暁に手を振りつつ、同じように仕事に戻っていく。
「……おねーさんには負けちゃったけど、でも、楽しかったな」
暁はそう呟いて、出された紅茶に口をつけた。
「……ねぇ、このみちゃん」
「どったの姫ちゃん?」
暁が店を去った後。
本当の休憩時間に入った姫乃は、同じく休憩に入ったこのみ(そもそもこのみはバイトではないので厳密なシフトが組まれていない)に問いかける。
「妹ちゃんのことなんだけど」
「きらちゃん? きらちゃんがどうかした?」
「あの子、お兄さん——空城くんと、なにかあったの?」
幼さの残る声で、姫乃は尋ねる。
そこにあるのは、ゆるふわな雰囲気を醸し出す光ヶ丘姫乃だが、今のぽわっとした空気の中には、暁には見せなかった鋭さが垣間見える。
姫乃は、暁がなにかを隠したことに気付いていた。当然と言えば当然だ、あんな露骨な話の転換に、違和感もなにも感じない人間なんていない。必ず、なにかあったのか、と考えてしまうはずだ。いくら姫乃が天然でも、それと同時に聡明であるために、彼女はそこに辿り着く。
本来なら、これは本人に聞くべきことなのかもしれない。しかし彼女が隠したということは、彼女はそれを言いたくないということだ。
そのことを無理やり聞き出すのは、流石に憚られた。なのであの時は、あえて聞かずに暁に話を合わせたが、やはり気になることには気になる。
空城兄妹——空城夕陽と、空城暁の関係というものが。
「うーん、あたしにもよく分かんない。ゆーくん、家のことはぜんぜん話さないし、きらちゃんともそーゆー話はほとんどしないからなぁ……別に仲悪いわけじゃないんだけどね、ゆーくんときらちゃんは。仲の良さではあたしとおねーちゃんには敵わないかもだけど。でも、普通の兄妹だよ」
「そうなの?」
少し意外そうに、自分の予想を外されたような表情の姫乃。
姫乃は、てっきり兄妹仲が険悪で、だから暁はあんなことを言ったのかと思っていた。
夕陽の方はともかく、暁は反抗期になっていてもおかしくない年齢だ。一般的に反抗期というものは親に反抗心が向くものだが、その矛先が兄に向いてもなんらおかしいことはない。
なので姫乃は、そういう予想をしていたのだが、このみの弁を聞く限り、どうやらそうではないようだ。
「ただ、なんていうのかな。きらちゃんもいろいろ考えてるんじゃないかな? ほら、ゆーくんって、優しいんだけど、優しくする仕方が雑っていうかさ、よくわかってないところあるじゃん」
「あるじゃん、って言われても……わたしにはピンとこないよ。わたしのときは、すごく優しかったよ? 家まで運んでくれたり、お昼をごちそうになったりもしたもん」
「あたしには厳しいのにねー、ひいきだよ……って、そうじゃないそうじゃない。なんていうかさ、ゆーくんはきらちゃんに対して、あたしと同じことしてるんだよ」
「同じこと?」
いまいち、意味が分からなかった。
このみは言葉足らずながらも、説明を続ける。
「たぶんゆーくんからしたら違うように接してるつもりなんだろうけど、あたしはそうは思わないなー。きらちゃんはそれを感じ取ってるんじゃないかな?」
「んー……?」
「姫ちゃんにはわかりにくいかもね。兄妹とか姉妹って、そーゆーのは結構気にするんだよ。特に妹からしたら。ゆーくんともっと仲良くなれば、もしかしたら姫ちゃんにもわかるかもしれないけどね」
結局、このみの言いたいことは、半分ほどしか伝わらなかった。
そして暁のことも、よくわからなかった。いや、これについてはこのみもよく分かっておらず、憶測でものを言っていたので仕方ないのだが。
このことを知りたくば、やはり本人に聞くしかないのだろう。
「まあ、きらちゃんもそのうちわかってくれるよ、きっとね」
「?」
最後にこのみは、意味深な言葉を呟いて、視線を少しばかり動かす。
そして、彼女は立ち上がった。
「うわっと。そろそろ休憩終わりだよ、姫ちゃん」
「え……あ、いけない、もうそろそろ時間だ」
姫乃もこのみに続いて立ち上がり、彼女の後を追うように部屋から出て行く。