二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森新編 27話「■■■報」 ( No.225 )
日時: 2016/03/14 06:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

(最近ダメだなぁ、俺。失敗ばっかりだ……)
 夜。
 一騎は家に——一週間前から日向家に居候させてもらうことになった。正確に言えば、恋の面倒を見たり、世話をするために同居しているようなものだが——帰ると、夕飯を作りながら嘆息する。
 今日も大事なプリントをぶちまけて作業を増やしてしまったし、その作業も見落としてばかりだった。やはり、熱中症で体が弱っているのだろうか。
(でも、あんまり体が異常って感じはないんだよなぁ……いやでも、たまに、ふっと意識が抜ける時が……)
 ふと思い出した。
 今日、頭の中に小さく響いた、あの声を。
(……あの声みたいなの、なんだったんだろう……聞き間違いじゃない、確かに誰かの声だったけど……)
 もしこれが空耳や幻聴だったら、本格的に自分は疲れているんだと自覚できる。なので、近々暇を見つけて病院で診察でもしてもらおうか、と一騎は考えていた。
「でも、俺が部活休むわけにはいかないし……いや、むしろみんなの迷惑になるなら、俺が休むべきか……?」
「……つきにぃ」
「いやいや、でも今は忙しい時期だし、やっぱりこういう時こそ俺がいないと」
「つきにぃ」
「野田先輩から受け継いだ部長職なんだ、しゃっきりしろ、俺」
「ねぇ、つきにぃ」
「っ……と、恋、いたのか」
「さっきからずっと呼んでた」
 エプロンの裾を引っ張られて、初めて恋の存在に気付く一騎。考え事に夢中で、まったく気付かなかった。体も声も小さいので、存在感が希薄なのだ。
「どうしたんだ? 夕飯ならもうすぐ……」
「それ、焦げてる」
「え?」
 と、恋は指差す。
 一騎がその方へ向くと、
「わ、うわっ!」
 コンロの火で炙られていた物体から、黒煙が噴き出している。
 一騎は慌てて火を消すが、もう遅い。今日の夕飯は真っ黒になり、完全に炭と化していた。
「あぁ、やっちゃった……」
「……失敗」
「これはもう、作り直すしかないな。先にお風呂に入っててくれるか、恋。その間に、ちゃちゃっと作っちゃうから」
「うん……分かった」
 こくりと頷いて、恋は脱衣所へとトタトタと小走りに去っていく。
 少し考え事に没頭しすぎていたようだ。恋の声に気付かないどころか、焼いているものを焦がしてしまうだなんて。しかも指摘されるまで焦げていることに気付かなかった。
 やはり疲労が溜まっているのだろう。今日はもう、簡単なものだけ作って、早く休もう、と一騎は溜息を吐く。
 と思った矢先に、
「……つきにぃ」
「恋? どうし——って、うわぁ!」
 恋の声をかけられ、その姿を見た一騎は、驚愕のあまり目を見開く。
 そこには、一糸纏わぬ恋の姿があったのだ。
「ちょっ、服! なんで着てないんだ!? ちゃんと着なさい!」
「さっき脱いで、着るの面倒だったから……つきにぃなら気にしないし……」
「だからといって、年頃の女の子がそんな格好してちゃいけません! 夏とはいえ風邪引くぞ! ほら、とりあえずこれ着て」
 と一騎は慌てて叫ぶように言うと、手早く自分のエプロンを脱いで、恋に押し付けた。
「裸エプロン……つきにぃ、レベル高い……」
「それで、どうしたんだ? 風呂場になにかあった?」
「……見ればわかる」
 そう恋に言われたので、一騎は疑問符を浮かべながらも脱衣所に向かうと、そこには脱ぎ捨てた衣服が散乱していた。
「服ぐらいちゃんと洗濯機に入れようよ……」
 と小言を言って恋の脱ぎ捨てた服を洗濯機に入れると、一騎は浴室の扉を開く。
 一見して変わったところはない。しかし、なにかいつもと違う空気を感じる。いつもと違う感覚が、肌に伝わってくる。
 まさか、と一騎は半開きになっていた浴槽に手を差し込むと、
「冷た……っ」
「水風呂……」
 つまりは、そういうことだった。
「給湯を間違えたか……水抜いて、また沸かし直さないと……」
「晩ごはんも……」
「そうだね……ごめん、恋。食事も風呂も、もうしばらく待ってくれ。あと服着て」
「うん……」
 恋はまたこくりと頷くと、ペタペタと小さな足音を立てて廊下の奥へと消える。
「……はぁ」
 恋の姿が見えなくなると、一騎は嘆息する。
 夕飯を炭にしただけに留まらず、風呂まで水風呂にしてしまった。
「ダメダメだなぁ、俺……」
 いつもならこんなことはなかった。生活環境が変わったせいでもないし、恋と同居していることを不調の言い訳にするつもりもない。
 きっと疲れているのだろうが、それだけではないようないような気がする。なにかもっと、精神的な疲労も蓄積しているのだろう。
「……なにか気晴らしとかした方がいいのかなぁ」
 そう言いながらも、とりあえず今は、夕飯と風呂の準備をしなければならない。
 一騎は浴槽の水を抜いてから、設定をちゃんと確認して給湯する。
 そしてまた、台所へと戻っていった。
 その足取りは、どこか不安定で、つかれているようだった。