二次創作小説(紙ほか)

62話 「合同合宿会議」 ( No.226 )
日時: 2015/08/22 15:51
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「——ここね」
 眼前にそびえ立つ、巨大な建造物。その手前には、広大な地が広がっており、焼けつくような炎天が降り注いでいる。
 卯月沙弓は門扉の前に立ち、その建物を見上げる。
「やっぱり大きいわね……流石というべきかしら」
 沙弓の表情は、小さく緩んでいた。
 単純な笑みではなく、そこには少しばかりの緊張と、興奮と、そして——大きな喜びと期待が入り混じっている。
「あまり待たせるわけにもいかないし、行きましょうかね」
 そう言って、沙弓は一歩を踏み出した。
 熱された地面を踏み締めて、建物へと歩んでいく。



 沙弓が入っていった建物——正確にはその建物を擁する敷地を規定する門扉の横には、こう書かれていた。

『烏ヶ森学園高等学校 中等部』



「……暑い」
 本日は快晴の土曜日。授業はないので、生徒たちがほととんどいない校舎の一角——自分たちの部室として与えられた一室で、四天寺ミシェルは漫画のページを捲りながら、何度目になるのかそんな言葉を漏らす。
「暑すぎる、いつになったらここの冷房は取り替えられるんだ……もうすぐ夏休みだぞおい。休み入る前に直せってんだよ。しかも、こんなクソ暑い日に限ってこんなとこに来なきゃならねぇとか、どんな仕打ちだよ……」
 本来なら、授業日ではない土曜日に学校に来る必要はない。しかし、だからといって、生徒がまったくいないわけではなかった。
 図書室やいくつかの施設は解放されているので、勉強や調べもののためにそれらの施設を利用する生徒もいる。もしくは、部活で練習に励む生徒もいる。ミシェルはどちらかといえば後者だった。
 しかし、練習に励んでいるわけではなく、我が部の部長である剣埼一騎に頼まれたから、こうしてここにいるだけだが。
「『鷲宮と合同合宿の打ち合わせがあるから、俺の用事が終わる前に鷲宮の人が来たら対応してほしい』、か……まあ、他でもないあいつの頼み、しかも一応は部絡みの事となれば、断ることはできないが……しかし暑い」
 一騎に頼まれた内容は構わない。他に手の空いている者がいないのだし、相手も身内に近いところにある人間とはいえ来客だ。丁重に出迎えなければならないとなると、手の空いている自分が抜擢されるのは仕方ないと割り切れる。
 しかし、この天候、気候、気温は許しがたいものだった。
「こんなサウナみたいな場所で何時間待たせるつもりだよ……ん? チッ、なんで四巻だけ抜けてんだよ……!」
 誰が持ち込んだのか、いつの間にか部室に本棚が設置されていた。その中に収められていた漫画本を、暇つぶしとして読んでいたミシェルは、巻数が抜けていることに舌打ちする。『デュエ魔法少女 マジカル☆コマンド』という、日曜の朝にやっている女児向け番組のコミカライズ版で、原作の対象年齢が手年齢層を狙っているので幼稚な作品かと思ったが、媒体変更に伴う年齢層の変化を見越してストーリーをスピンオフにし、原作よりも二転三転する手の込んだ深い内容となっているなど、地味な工夫がなされている作品で思いのほか面白かった。
「……というか、なにやってんだあたしは……」
 いくら暇とはいえ、漫画を読みふけっている自分を戒めたくなる。こんな考察をしてどうするんだ、と。暑さで遂に自分まで頭がやられたか? と少しばかり自分が心配になった。
「うちの部長みたいにぶっ倒れるのだけはごめんだな。気を付けねーと……」
 気晴らしに少し身体でも動かそうかと思ったが、客が来る予定がある以上、部室からは出られない。それならば、せめて話し合いがしやすいように、机と椅子だけでも揃えておくか、とミシェルは立ち上がった。
 そうして一人で机を動かし、椅子を並べていると、ふと扉の向こうに人の気配がするのを感じた。
 そして直後、コンコン、というノック音が聞こえてくる。
「失礼します」
 こちらの返事を待つことなく、相手は扉を開け放つ。そうだ、そもそも扉を閉めていたから暑かったのだ。扉と窓を全開にしておけばよかった、と今更ながらそんなことを思うミシェル。
 だがそんなことを考えている場合ではなかった。例の客が来たのだ。
 二つに括った赤毛。中学生にしては背の高い少女。この季節に暑くないのかと言いたくなる、ロングスカートの制服とストッキング。
 確認を取るまでもなかった。あの時——日向恋の一件で、彼女の仇討ちに向かった時、共に城の入口で戦った仲だ。顔はよく覚えている。
「あれ? 四天寺さん?」
 彼女は、首を傾げて分かりやすく疑問符を浮かべている。
 このとぼけたような表情は、素なのか演技なのか。きっと、どちらも半々くらいだろう。
 ミシェルは、とりあえず来客を迎える。どう迎えたものかと一瞬悩んだが、自分の方が年上だということもあり、それほど気を遣うような相手でもないと思い、フランクに——というよりやや粗雑に、片手をあげる。
「……よう」
 東鷲宮中学。
 遊戯部部長。
 そんな肩書きを持つ彼女こそ、ミシェルの待っていた来客——卯月沙弓その人だった。



「成程ね、剣埼さんは別件で、今は外しているのね」
「そのうち戻ってくるとは思うけどな」
「他の部員は?」
「二年は夏期講習……みたいなもんだ。うちじゃたまにやってる、特別講習だな」
「流石、一貫校は意識高いわね。一年生は?」
「日向は一騎と一緒にいる。氷麗はあっちの世界。ハチ公は知らん、たぶん寝てる」
 二人——沙弓とミシェルは長机を挟んで、向かい合った状態で椅子に座っている。
 沙弓はミシェルに質問を投げかけながら、部室を眺めるように視線を動かしていた。
 ミシェルは抜けた四巻を飛ばして、先ほどの漫画の続きをパラパラ捲りながら、沙弓の質問に答える。
「……暇ねぇ」
「悪いな。一騎が戻ってくるまで待っててくれ」
「ところで、四天寺さんはどうしてここに?」
「お前が来るからって、あいつがいない間の留守を任されただけだ。好きでこんなクソ暑いところにはいないっての」
 へぇ、と沙弓は含みのある笑みを見せる。
 どこか怪しげで、遊戯部の部員なら——いや、そうでなくても嫌な予感を醸し出す笑みだ。
 その笑みに続き、沙弓は言った。
「なら、客人の暇つぶしに付き合ってはくれませんか?」
「は?」
 なに言ってんだこいつ、と言わんばかりの視線を向けるミシェル。しかしそんな視線など気にする風もなく、沙弓は飄々と続けた。
「せっかくこうして空白の時間が出来ているわけだし、剣埼さんらが戻ってくる前に、ちょっとだけ付き合ってほしいんですよ」
「付き合うって……なんだよ。流石にどっか行く時間はねえだろ」
「いえいえ、そんな大それたことではなく。まあ、私たちがこうして出会えた記念と言いますか」
「はぁ?」
 どうしても直接言いたくないのか、迂遠な言い回しを続ける沙弓。結局こいつはなにが言いたいんだと、ミシェルの苛立ちが募っていく。
 だがやがて、沙弓はポケットに手を突っ込むと、あるものを掴み取り、それを軽く掲げた。
 それは、箱型の武器——もとい、彼女のデッキケースだ。
 つまり、彼女が言いたいこととは、
「一戦、お願いできますか?」
「……だったら最初からそう言えや」
 呆れて溜息のようなものを吐き出すミシェル。
 しかし、暇を持て余していたのはミシェルとて同じ。そして、暇をつぶすならもってこいのゲームが、その相手がそこにいる。
 断る理由もなく、二人は長机を挟んで、カードを並べ始めた。