二次創作小説(紙ほか)
- 63話 「アイドル」 ( No.230 )
- 日時: 2015/09/01 23:04
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
叫びにも等しい、人々の歓声が聞こえる。
熱を帯びた光を浴び、彼女は歌い、踊り続ける。
曇りのない笑顔。たった一人の笑顔なのに、これだけの人に、その笑顔を分け与えている。
隣に座る彼女は、今まで見たことのない笑顔を見せている。
少しだけ、羨ましいと思った。
今まで自分には見せたことのなかった表情を、彼女は引き出した。
それが、ほんの少しだけ悔しくて、妬ましくて、でも、やっぱり羨ましい。
あの人と同じところに立ちたい。
一瞬だけ、そんなことを思った時だった。
『入場№——84番!』
自分を導く声が、聞こえたのだ——
ステージ上で、数多のスポットライトを浴びながら、一人の少女を歌い、踊る。
その姿は華々しく、可憐で、そして躍動的。
空間を震撼させるほどの声援を、たった一人のステージで浴び、数多くの視線を受けながらも、彼女は物怖じ一つしない。むしろ、この状況を楽しんでいる。
そんな楽しみが、こちらにも伝わって来るからこそだった。
「——那珂川亜夢。『あなたの心に夢をお届けっ!』というキャッチコピーで売り出し、デビューから二年経った今も人気上昇中のソロアイドル……か」
パンフレットに挟んであった紹介記事を読み上げると、浬はそれを閉じた。
そして、再びステージへと目を向け、隣に座る沙弓に言う。
「アイドルって、グループを組んでいるイメージがあったが、これは一人なんだな」
「今時じゃ珍しいわよね、ソロアイドルなんて。でも、それゆえにってところもあるのよね。彼女の支持者は多いわ。ほら、一人で健気に頑張る女の子って、素敵じゃない?」
「あの顔は健気にって感じではないがな……」
『——手札に溜め込んだ、その思い。捨てられちゃう前に、ぜ・ん・ぶ、だしちゃってー——』
非常に愛くるしく爽やかな笑顔で、少女——那珂川亜夢は、透き通るような声で歌い、軽快なステップで踊る。
周りの観客で座っている者などいない。誰もかれもが、声援と共に光る棒を振り回していた。
明らかに自分たちは周りから浮いている。周囲が完全に亜夢に熱中しているため、浮いた空気は完全に飲まれているが、正直ついていけない。
なにが楽しいのかもまったく理解できず、浬からしたらかなりの苦痛だ。
「はぁ、なんで俺はこんなとこにいるんだろうな……熱気が熱すぎて、もう帰りたいんだが」
「まあまあ、ここまで来たなら諦めなさい。せっかく柚ちゃんがチケットをくれたんだから」
「そうは言っても、俺はこういうの苦手なんだよ……」
ことの始まりは、柚が那珂川亜夢のライブチケット四人分を手に入れたことだった。
曰く「お兄さんがお仕事中に手に入れたみたいです」らしく、せっかくだからとそのチケットを貰い受け、こうしてライブに訪れているというわけだ。
「でも、あの子のお兄さんの仕事って……あれよね?」
「元は他人のものだったかもしれないと思うと、物凄い罪悪感が襲ってくるな」
あまり深く突っ込むと、なにか底知れぬ闇を見そうなので、その辺りでこの話は打ち切った。
浬は改めて、会場を見渡す。暗い会場内には、無数の光が手の動きと共に上下し、ステージでは一人の少女がマイクを片手に踊っている。
少女の一挙一動に、人々の反応は盛り上がる。轟くような声援が、空気を震えさせ、熱気と共に会場を満たしているかのようだ。
「しかし、やっぱこの空気はダメだな……」
「私もアイドルのライブなんて初めて来たけど、確かにちょっと気後れしちゃうわよね」
「隣には熱心にペンライト振り回す奴がいるし……」
浬は、呆れたように隣に視線を向ける。
そこでは、光る二本の棒をリズムに合わせて振る、暁の姿があった。しかも、どこから取り出したのか、法被と鉢巻まで付けて、完全に他のファンと同化している。
「うおぉぉぉぉぉっ! 亜夢ちゃーん!」
「うるせぇ……!」
「で、でも、暁ちゃん、楽しそうですし……」
「それにしても、少し意外だったわね。暁って、アイドルとかに興味あったのね」
沙弓がそう言うと、たまたまそこだけ聞こえたのか、暁はキラキラした目でこちらに向いた。
「そりゃあもう! 私はこれでも亜夢ちゃんの大ファンだからね!」
「へぇ……」
「亜夢ちゃん非公式ファンクラブ会員№2411番は伊達じゃないよ!」
「非公式なんですか……」
「あと、これはペンライトじゃなくてサイリウム! 残念だけど使い捨てなんだよ」
「知らねぇよ……」
ペンライトは電池式で、電池を交換すれば何度も使える。
しかしサイリウムは、別名ケミカルライトといって、化学反応を起こすことで発光しているので、カイロのように化学反応が終わってしまうと使えなくなってしまう。
なお、サイリウムは液漏れの危険もあるので、使用後は会場内の指定されたゴミ箱に捨てるか、家に持ち帰るべし。またライブなどでは使用できるライトスティックに規約があったりするので、注意するべし。ライブを楽しむマナーだ。
「ってことだから、みんなも気を付けて、楽しいライブにしようね!」
「誰に言ってんだよお前」
「それにしても、随分と盛り上がってるわね、暁」
「当然っ! いやー、亜夢ちゃんのライブって、超大人気でなかなかチケット取れないんですよー。お陰で私、何回もライブ逃しちゃってて……でも、今回はタダで、しかもこんないい席で見れて、超ラッキーだよ!」
「そら良かったな」
「わたしも、あきらちゃんがよろこんでくれて、よかったです」
暁の隣で、にっこり微笑む柚。暁の熱心なヲタ芸に対して、唯一にこやかな笑顔を向けている。
(でも、あきらちゃんが本当によろこんでいるのは、わたしに対してではないんですよね……)
ふと、そんなことが頭をよぎった。
しかしすぐにその考えを振り払い、ステージを見る。そこには、笑顔を振りまく亜夢の姿がある。
(すごいなぁ……こんなたくさんの人の前で、あんなに楽しそうに歌ったり踊ったり……それに——)
——ファンの人たちも、楽しそう。
誰かを喜ばせる。誰かを楽しませる。誰かを笑顔にする。
それがどれだけ尊く、そして望まれているものであるか。それは、ここにいる観客たちを——そして暁の幸せそうな表情を見れば分かる。
柚はそんな彼女に、少しだけ羨望を抱いたのだった。
『みんなぁーっ! 今日も亜夢ちゃんの歌を聞きに来てくれて、ほんっとうにありがとぉーっ!』
「ん、なんだ。歌、終わってたのか」
「気づかなかったの……どんだけ興味ないのよ」
呆れ顔で浬を見つめる沙弓。
今更だが、この近辺だけ、明らかにライブの空気から独立した別空間と化していた。
しかし当のライブはそんな別空間のことなどお構いなしに進行していく。
『それじゃぁ、今回もいっくよぉーっ! ナンバー・チェックぅ!』
「来た来た来たぁ! ナンバー・チェック! 当たれ当たれ当たれぇ……!」
「な、なんですか……!?」
亜夢の声と同時に、暁と、そして周りのファンたちも、一斉に、そして一気に、沸き上った。
一体これから何が始まるのかと、浬と柚は訳も分からず混乱していた。
そんな二人に、沙弓は言葉を添える。
「デュエマアイドル那珂川亜夢。この肩書きだけで、分からない?」
「……おいまさか」
「そのまさかよ。彼女はいつも、ライブの途中でファンとデュエマをするの」
「デュエマ、ですか……? アイドルと……?」
普通ならあり得ないというか、そんなことをするアイドルは、現時点では那珂川亜夢以外には存在しない。それが、彼女の人気の理由の一つだ。
彼女はライブのたびに、ナンバー・チェックと言って、ランダムに数字を一つ選択する。その数字と同じ入場№を持つ入場者は、一戦だけ、亜夢とデュエマで対戦できるというわけだ。
「受付でもらったこの数字の書いてる紙って、そういうことだったんですね」
「俺はアイドルとデュエマなんてしたくなんだが」
「じゃあその時は私にちょうだい!」
「好きにしろ……」
ファンの人間からしたら、人気アイドルと直接デュエマができる貴重なチャンスだ。誰もかれもが、自分が当たることを、神頼みでもなんでもして、望んでいるのだろう。それが自分にとっての最大の特別隣、あわよくば亜夢に自分のことを覚えてもらえるのだから。
会場の九割九分九厘以上の人間が祈る(残る一厘以下は浬)。亜夢の口から告げられる、番号を待ち侘びる。
そんなファンたちの心中を察してか否か、亜夢は朗らかで明るい語調のまま、ハイテンションで進めていく。
『今日、亜夢ちゃんとデュエマしてくれるのはぁー?』
ステージ上のモニター映像では、スロットのように数字が目まぐるしく変化していく。
亜夢の合図でスロットは一つ、また一つと止まって行き、やがて、すべてのスロットが停止する。
そうして出て来た数字は、
『入場№——84番!』
「……82番か。危なかった……」
「うぁー! 私83番だ! 惜っしい!」
ホッとする浬と、とてつもなく悔しそうな暁。
周りを見てみても、観客たちは皆、悔しそうに拳を握りしめたり、髪を掻き毟ったり、涙を流したりしている。そこまで悔しいのか。
しかしこれだけの人数の中で、当たるのはたった一人。むしろ当たらない方が自然なのだ。
「ねー、柚は何番だっけ?」
「えっと、わたし……」
悔しそうな表情から一転、案外切り替えの早い暁は、隣に座る柚の顔を覗き込む。
柚は、受付で貰った、入場№の書かれた紙を広げて、改めて自分の番号を確認すると、
「……84番、です」
そこには、確かに『入場№84』と、大きく太字で書かれていたのだった。
それを見た暁たちも、吃驚する。
「え、うっそ!?」
「おい、マジかよ……!」
「良かったじゃない、柚ちゃん」
「で、でも、わたしなんかが行っても……」
『入場№84番、どこかなぁー?』
ステージ上では、亜夢がわざとらしくキョロキョロして、呼びかけていた。早く名乗りを上げた方が、進行的にも良さそうだ。
「あの、これ、あきらちゃんに……」
「えー? 嬉しいけど、いいよ、ゆずが行ってきなよ」
「で、でも……」
「いいからいいから! ゆずが亜夢ちゃんと対戦してるとこも、見てみたいし!」
と言って、半ば無理やり柚を押し出す暁。果ては、「84番ここでーす! この子でーす!」と叫んで、居場所アピールをする。
「俺の分は躊躇いなく貰いに来たのに、霞は行かせるんだな」
「暁なりに、色々考えているんでしょう、きっと。それに暁の意見には私も大いに同意するわ」
「……で、なにしてんだ、部長」
「ちょっとねー」
沙弓はそんな暁たちをよそに、ガサゴソと鞄を漁っていた。一体、なにを取り出しているのか。
「……それじゃあ、いってきます……」
「あ、待って、柚ちゃん」
暁に背中を押され、周囲の目線も突き刺さり、ステージ上では本物のアイドルが待っている中、緊張した面持ちでステージへと向かおうをとする柚を、沙弓が引きとめる。
「ぶちょーさん……?」
「これ、持っていきなさい」
「? デッキ……?」
沙弓が柚に手渡したのは、一つのデッキだった。
「どうせなら、そのデッキを使いなさい。大丈夫、柚ちゃんなら使えるわ。超次元ゾーンはいつも通りでいいから」
「はひ……わ、わかりました」
いまいち沙弓の意図は読めないが、言われたとおり、そのデッキを持って、柚はステージへと降りて行く。
「ひ、人がたくさん……!」
ステージに立つ柚。そこから見えるのは、大量の人、人、人。
暁たちの姿も、ここからでは確認できない。暗い観客席には、サイリウムの光だけが煌々と灯っており、非常にたくさんの人間に見られている、ことだけが柚の脳内を支配する。
こんな大勢の人間の前に立ったことなんてない柚は、緊張で体が震え、完全に飲み込まれてしまっていた
そんな柚に、亜夢はマイクを差し向ける。
「今日は来てくれてありがとう! お名前は?」
「あ、えっと……柚、です……」
「柚ちゃん! 素敵な名前だねっ!」
にっこりと笑顔で柚を迎える亜夢。そんな彼女は、女である柚の目から見ても、可愛い。
さらさらの黒髪。ぱっちりとした眼。きめ細かい肌。
アイドルという先入観も働いているのだろうが、彼女の衣装、メイク、どれを取っても、それらを加味したとしても、そのじょそこらの中高生では太刀打ちできない容姿を持っている。
いや、違う。単純な容姿ではない。
彼女の魅力、と言うべきだろうか。単なる見た目の可愛さではない、彼女が持っている天性の魅力が、彼女を引き立てている。
柚には、そう感じられた。
(でも……あきらちゃんがあんなに好きになる人ですし、あたりまえのことですよね)
魅力的だからこそ、彼女も亜夢に惹かれたのだろう。彼女には、暁を引き付けるほどの魅力がある。
自分とは、違うのだ。
そんなことを思っているうちに、いつの間にか、亜夢が柚の腕を掴んでいた。
「はいっ! それじゃぁ、デュエマ・フィールド、セット! 危ないからこっち来てね。あとこれ付けて」
「は、はひ……」
亜夢に手を引かれ、柚はステージの端に寄る。同時に、インカムを渡された。
柚が言われたとおりインカムを付けた次の瞬間、ステージ中央が割れる。ウィーンと、分かりやすい機械音を鳴らして、ステージの下から直方体の箱のようなものが出てくる。
いや、それは箱ではない。柚がいつも見慣れている、デュエマ・テーブルだ。
(あきらちゃんとライブをテレビでみたこともありましたけど……たしか、このデュエマって……)
最新鋭の技術によって、出したカードが実体化するのだ。
実体化と言っても、柚たちが神話空間で体験しているそれとはまったく違う。あくまで実体化というのは、立体映像のことであり、本当にクリーチャーが飛び出しているかのように感じられる、というものでしかない。つまり危険性はほぼ皆無だ。
まだこの技術は一般には普及していないが、一部の規模の大きな大会や、デュエリストの養成学校など、一部の場所で使われている。このライブも、その一つだ。
「それじゃぁみんな、いっくよぉー! せぇーのっ!」
台の両端に立ち、柚と亜夢はそれぞれ、デッキを定位置に置く。
そして亜夢は、ビシッと、人差し指を観客——ファンの人々に向けて、叫ぶ。
高らかに、対戦開始の合図を、告げる。
『デュエマ・スタートっ!』