二次創作小説(紙ほか)

63話 「アイドル」 ( No.232 )
日時: 2015/09/03 07:55
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「来ったぁ! ゆずの切り札!」
「あんなふざけたカード使ったデッキでも、ここまでやれるのか……」
「当然よ。いつもと違うデッキでも、本質的な部分はまったく変えていないからね。いつも柚ちゃんが操るデッキ、そしてその龍たちと、まったく同じよ」
 それゆえに、彼女はその力を十全に引き出す。
 ホログラムの中で、《ザウルピオ》は威嚇するように咆える。その咆哮が、会場を震撼させる。
「でもでも、亜夢ちゃんの勝利は揺るがないからね。勝利は目前! 全力ダッシュだよ!」
 その雄叫びに、観衆の中で少しばかりの沈黙があったが、そんな古代龍を目前にした亜夢は微塵も動じることなく、笑顔のままだった。
 それは無知ゆえか、それとも彼女の気質に起因するものか。恐らく、両方だろう。
「《オタカラ・アッタカラ》を召喚! さらにさらにぃ、墓地の《爆弾魔 タイガマイト》二体を進化元にして、墓地進化! 《死神術士デスマーチ》を二体召喚だよっ!」
 残りシールド一枚の柚に対して、一気に進化クリーチャーを二体も並べる亜夢。
 そして、彼女は攻める。とどめを刺すべく、最後の一撃を与えるべく。
「《ヴィシャス・デスラー》で攻撃! 最後の一枚の手札を墓地に送ってね! それからシールドブレイクだよっ!」
 柚の手札を毟り取りながら、《ヴィシャス・デスラー》が彼女の最後のシールドを砕く。
「そしてそして、《暗黒秘宝ザマル》で、ダイレクトアタック——」
「——させません」
 《ザマル》が飛び出し、柚へと向かって行く。シールドを失った柚は、その攻撃を甘んじて受けるしかない——わけではない。
 彼女へと向かう一撃は、《ザマル》の突撃は、巨大な大槌に弾かれて止められた。
「……あり?」
「《ザウルピオ》の能力です。わたしのシールドがゼロ枚のとき、わたしへの攻撃はとどきません……っ」
 柚は強気な眼差しで、亜夢に言い放つ。《ザウルピオ》も大槌を構え、柚には指一本触れさせまいと言うように、ギラギラとした眼で睨み、低い唸り声を上げ、威嚇していた。
 《ヴィシャス・デスラー》が亜夢に勝利をもたらす王子プリンスならば、《ザウルピオ》は柚を守り抜く騎士ナイト。この古代の王が、亜夢たちにとっての最大の壁となる。
「う、うっそぉ……そんなのあり!? 攻撃できないってことは、ダイレクトアタックできないってことだから……このターンこれで終わりっ?」
 そういうことだ。
 亜夢は焦り、冷や汗を流しながらも、ターンを終える。
「わたしのターンです! 《連鎖類覇王目 ティラノヴェノム》を召喚! 能力で《連鎖類大翼目 プテラトックス》をバトルゾーンに出して、その能力で《連鎖庇護類 ジュラピ》をバトルゾーンに出しますっ! 《エッグザウラー》の能力でカードを三枚引いて、最後に《エバン=ナム=ダエッド》を二体召喚ですっ!」
 ダメ押しとして、さらにクリーチャーを大量に並べる柚。
「《ザウルピオ》と《ディグルピオン》で攻撃ですっ!」
「二体の《デスマーチ》でブロックだよ!」
「《エバン=ナム=ダエッド》でシールドをWブレイクですっ!」
 そして、柚の展開した龍たちによる一斉攻撃が始まる。
 《ザウルピオ》と《ディグルピオン》の攻撃は、事前に召喚していた《デスマーチ》が受け止める。ブロッカーを出せていたのは、不幸中の幸いだったか。
 続けて《エバン=ナム=ダエッド》の一撃がシールドを砕くが、そのうちの一枚が、光の束となり収束する。
「……来たよ、来た来た! S・トリガーだよっ! 《凶殺皇 デス・ハンズ》を召喚! 《レジル=エウル=ブッカ》を破壊!」
「なら……《サエポヨ》でシールドブレイク! 《マリニャン》でもブレイクですっ!」
 物量に任せて、次々とシールドを粉砕していく柚に対し、ブロッカーとトリガーでそれを防いでいく亜夢。
「《エリカッチュ》でシールドをブレイク!」
「S・トリガー、《地獄門デス・ゲート》! 《エッグザウラー》を破壊して、墓地から《タイガマイト》をバトルゾーンに! 手札を捨ててねっ!」
 最後にクリーチャーを破壊され、手札も捨てさせられた柚。
 しかし、これで亜夢のシールドはゼロ。柚にはまだ《サソリス》が残っている。
 あとはとどめを刺すだけだ。
 柚は最後に残った《サソリス》を横向けに倒す。そして、とどめの一撃を放つ——
「《龍覇 サソリス》で、ダイレクト——」
「ニンジャ・ストライク! 《光牙忍ハヤブサマル》!」
 ——瞬間、彼女の手札から、一体のクリーチャーが飛び出した。
「っ……!?」
「亜夢ちゃんはこのくらいのピンチじゃ挫けない! 必ず乗り越えて見せるんだからっ! 《タイガマイト》をブロッカーにして、《サソリス》の攻撃をブロック!」
 《ハヤブサマル》の能力で、亜夢の《タイガマイト》はブロッカーと化す。
 《タイガマイト》はダイナマイトを手に、《サソリス》の攻撃を受け止める。そして、手にしたダイナマイトの爆発に巻き込まれ、《サソリス》諸共破壊された。
「《サソリス》さんが……うぅ、ターン終了です……」
 最後の一撃を防がれ、攻撃の手がなくなった柚は、これでターンを終える。
 しかし、柚にはまだ《ザウルピオ》がいる。《ザウルピオ》がいる限り、柚に負けはない。
 なので《ザウルピオ》さえ守りきれれば、次のターンこそ、確実にとどめが刺せるはずだったが、
「そしてぇ、ピンチはチャーンス! 亜夢ちゃんのターン! レッツ・ゴー! 大逆転ターイム! 呪文《魔狼月下城の咆哮》! 《エリカッチュ》のパワーを3000下げて破壊! さぁーらぁーにぃー?」
 亜夢の五枚のマナが、黒く光を放つ。
「マナ武装5、はっつどーぅ! 《ザウルピオ》も破壊だよ!」
「っ、あぅ、《ザウルピオ》が……っ」
 《魔狼月下城の咆哮》のマナ武装5によって、《ザウルピオ》が直接破壊されてしまった。
 柚の身を守るクリーチャーはいなくなる。
 それは、つまり——
「これでおっしまぁーい! 《夢幻騎士 ヴィシャス・デスラー》でぇー——」
 亜夢は絶えず笑い続けていた。にこやかな笑顔を崩すことなく。
 この瞬間。

 ——柚の敗北が確定した。

「——ダイレクトアターック!」



「残念だったね、ゆず」
「あと一歩だったが、トリガーは仕方ないと割り切るしかないだろう。それにしても、随分と都合よくトリガーしたものだな……」
「よくあることよ、彼女のライブでは、ね」
 どこか含みのある言い方で、沙弓は続ける。
「今のところ、彼女はデビュー当初からずっとこの対戦をやり続けているけれど、勝率は100%、負けなしよ」
「うわっ、すごい。強いっていうのは知ってたけど、負けなしなんだ」
「……なんかキナ臭いな。プロでもない奴が、デュエマにおいて無敗とは」
「ファンは大抵、彼女を持ち上げようとするし、ガチなファンっていうのも案外少ないんだけどね。それでも対戦相手はランダムで選ばれるし、中には那珂川亜夢をデュエリストとして見る人もいる」
 それでいて、彼女は無敗なのだ。
 そこになにが隠されているのか。なにがあるのか。
 単純に彼女が強いのか。彼女の運が良かっただけなのか。
 それは分からない。確かめる術もない。ただあるのは、浮かび上がった疑念のみ。
 暁は沙弓の言葉を聞き、どういうことかを考える。ふと顔をあげると、亜夢の姿が映った。
『楽しいデュエマだったねっ! もっともっと対戦していたかったけど、残念ながら、今日のデュエマはこれでおしまい。だけど、ライブはまだまだ続くからね! だからみんな、最後まで亜夢ちゃんの歌、聞いていってねぇー!』
「うーん、まあ、細かいことはいっか! ゆずが負けちゃったのは残念だけど、今日はライブを一緒に楽しんで帰ろう!」
「切り替え早いな、お前……」
「まあ、所詮は個人のクレームだしね。それに、これが暁らしいと言えば、らしいわけだし」
 結局、三人はそれ以上追及することはなく、暁もライブに集中することにした。
 とその時、誰かがこちらへ向かってくる影が見えた。
「あ、柚! 帰ってきた!」
「負けちゃったけど、大健闘だったし、ちゃんと出迎えてあげましょう」
「そうだな。観客どもや運営側からしても、十分エンターテイメントな対戦にはなっただろう」
「おーい、ゆずー! おっつかれー!」
 暁たちは、こちらへ歩いてくる彼女を出迎える。
 紛れもない笑顔で。
 それは、歌や踊りでもたらされるものではない。
 熱い戦いを感じることで得た、心からの笑顔だった——



(負けちゃいました……)
 対戦が終わり、柚はステージから退いた。
 そして、亜夢が先のデュエルについて感想などを述べている間に、自分の席に戻っていた。
 その道中、ふと柚は思う。
(でも、少しだけ、わかった気がします)
 彼女が、人を笑顔にする理由が。
 人が、彼女に惹かれる訳が。
(やっぱりわたしには、まねできないですけど……でも、がんばろうって、思えました)
 他人に笑顔を与えるアイドル。
 他人を元気にする彼女。
 去り際に、彼女は言っていた。

 ——あなたも自分をもっと出してみて。そうしたら、すっごく好きになるよ——

 好きになる。
 それがなにを指しているのかは分からなかった。
 しかし柚は、その言葉で、勇気づけられたのかもしれない。
 元気を分け与えられたのかもしれない。
 そう思うと、自然と笑顔がこぼれる。
「——あきらちゃんっ、ぶちょーさんっ、かいりくんっ」
 自分は彼女のようにはなれないけども。
(わたしらしくいることが、大事なんですね)
 心の中で呟いて、柚は一歩を踏み出す。
 彼女たちが待つ場所へ向けて。
 笑顔を向ける、彼女に向けて——

「ただいま、もどりました——」