二次創作小説(紙ほか)

64話 「アカシック・∞」 ( No.234 )
日時: 2015/09/19 15:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 久しぶりの超獣世界。思えば、ユースティティアとの一戦から、こちらの世界には足を踏み入れていなかった。
 そんな久々にリュンに連れられて訪れた場所は、海の底だった。
 勿論、海底そのものではない。海底に沈んでいる建物の中だ。
 正確に言えば、沈んでいるのではなく、沈めているのだが。この建物は元々、海底に建築することを想定したものなので、沈んでいるのは当然と言える。
「……っていうか、ここ本当に図書館なの? なんかすっごい狭いけど」
 リュンが転送した先は、狭苦しい一室。見上げても闇しか見えないほどに天井は高く、十二面の壁は暗青色に染まっており、それ以外にはなにもない空間。
 ただ、たった一面、壁に扉のようなものがついているのが見える。
「まあ図書館だよ。でも、図書館っていうのは、いろんな人が記録された書籍を読むところだよね。だけどここは、この星のあらゆる知識や概念を記録し、保管するところだ。誰かに見せるわけでもない。なによりも知識を重んじる賢愚神話にとっては、宝物庫みたいなところだ」
「ただただ保管と記録をするためだけの場所、ね」
 ゆえに、ここは知識を記録し、保管する以外の一切の機能を排している。ここは、ただそれだけのことを為すための場所なのだ。
「それにここは入口、エントランスみたいなところだしね」
「でも、誰もいないし、窓一つなくて、ちょっと息苦しいわね」
「窓があれば、海の中を見れてすてきですね」
「でもここ、水深何千メートルって深海だから、外は真っ暗だよ」
「……そういえばここって、どうやって入るのかしらね」
 たった一つの扉に目を向ける沙弓。見たところ、普通の金属製の扉に見える。まさかあの扉を開けたら海の中でした、なんてことはないだろう。そもそも水圧で開けることすら敵わない。
 出入り口ではなさそうな扉が一つしかないにも関わらず、どうやってこの場所へと入るのか、半ばどうでもいい謎が生まれてしまった。
 そんな折にふと、リュンは呟く。
「……そろそろかな」
「え? なにが?」
 それを暁が聞き返した直後。
 背後でに、何者かの気配を感じた。
 そして、暁たちが振り返った瞬間、その者たちが視界に飛び込んできた。
「お待たせしました、リュンさん。それと、東鷲宮の皆さん」
 そこにいたのは、小柄な少女が二人。
 一人は水色のドレスに、片足だけのガラスの靴が特徴的な少女。
「彼女を連れてきました」
 そして、もう一人は、
「あきら……やっとあえた……」
 華奢で、瞳には無感動な光を灯した少女——日向恋だった。
「恋! どうしてここに?」
 本来ならば、彼女たちは烏ヶ森の生徒で、目的は同じであっても基本的に自分たちとは別に行動している。
 それがなぜ、この場へと来たのか。
「恋さんが、東鷲宮の皆さんと行動したいと言うので、連れてきました」
「今日はつきにぃが許してくれた……」
「思ったよりも単純な理由だわ」
「まあともかく、ありがとう、氷麗さん。お疲れさまです」
「では、私はこれで失礼します」
 そう言うと、瞬く間に氷麗は消え去ってしまった。
 どうやら本当に恋を連れて来ただけだったようだ。
「……なんかあっさりしてるわね」
「彼女も忙しいんだよ。なんでも、一騎君のところでは、仕事がたくさんあるみたいだし。それにも僕も色々と頼みごととかしてるしね」
 そんなことより、とリュンは仕切り直す。どうやら、やっと本題に——この場所を訪れた理由を話すようだ。
「今回、君たちを連れだしたのには、それなりのわけがあってね」
 役者が揃ったとでも言うように、リュンは改めて一同を見渡した。
 そして次に、暁と恋に交互に視線を向ける。 
「君たちのことについては、氷麗さんやウルカさんたちとも、色々と話をしたんだけどね。暁さんのコルル、恋さんのキュプリス。神話の語り手である二人が、それぞれ神核と呼ばれる物体を通じて十二と邂逅し、新たな力を得た。僕は、これについては他の語り手のクリーチャーにも起り得ることだと思っている。そして、僕らはその現象を神話継承、力を得た新たな姿を継承神話と、便宜的に呼ぶことにした」
「シンワケイショーとケイショーシンワ……?」
「なんか同じ漢字の語順を入れ替えただけでややこしいわね」
 確かにそうなのだが、“神話を継承する”という現象が神話継承、“継承された神話”という結果が継承神話、というように考えれば分かりやすいだろう。後ろの単語を基準にすればいい。
 そんな付随説明で二人をいなしつつ、リュンは続けた。
「これについては、僕もいろいろ調べたんだけど、詳しいことはまだわかっていない。けれど、推測するに神話継承を起こすには、二つの条件を達成する必要がある」
「二つの、条件……?」
「そう。一つは神核。これを通じて、二人は十二神話と出会ったんだよね?」
「うん、そうだよ。なんか急に熱くなったと思ったら、周りの景色とかが変わって、神話空間じゃないところにいて……」
「そこに、アポロンさんがいたんだ。ただ、自分はただの残響だって言ってたぞ」
 つまり、あれはアポロン本体ではない。あくまで、彼が残した意志のみにすぎないのだ。
 暁に続き、恋もキュプリスがキュテレイアへと進化した時の様子を語る。
「私は、神核は持ってなかった……でも、ユースティティアの城のどこかか、それか地下とかに……あったんだと思う」
 恋は神核を持っていなかったようだが、それでもキュプリスは神話継承し、継承神話——キュテレイアへと進化した。
「その恋さんのパターンから察するに、神核は所有していなくても、ある程度近くにいれば反応することが分かる。では、どうやったら神核が反応するのか。それは、各神話ごとの条件を満たした瞬間に、神核が応えるんだと思う」
「条件? 条件に重ねて条件って、どういうことかしら?」
「条件っていうか、まあ、思想とか意志とか、そういうものかな。十二神話っていうのは、凄い個性的で、それぞれが持つ思想や意志は全然違う。そんな十二神話がそれぞれ持つ思想と同調したとき、条件は満たされると思うんだ」
 暁の場合は、どのような仲間も受け入れ、共に戦う意志。
 恋の場合は、仲間を必要とし、慈愛の心を持つという自覚。
 それは《太陽神話》と《慈愛神話》が掲げる思想であり、彼らの生き様そのものでもあった。
 そういった十二神話にそれぞれ対応した観念を持つことで、神核は十二神話と繋がるのではないかと、リュンは考えた。
「だから、そのヒントを探すためにも、皆をここに連れてきたのさ。ここには各十二神話についての蔵書もある。君たちがかつての十二神話について知るきっかけになるんじゃないかな」
「成程ね。納得できない話ではないわ」
「でも、十二神話と同調するって……どういうことなんでしょう? あきらちゃんは、どんなかんじでしたか?」
「うーん、よくわかんないや。あのときは、本当に必死で、無我夢中だったし……恋は?」
「私も……でも、あのとき、キュプリスに言われて……そう」
 当時の事を思い返し、恋は思うがままの言葉を紡ぐ。
 あの時の感覚を、最も近い言葉で言い表すならば、こうなのだろう。
「自覚、した……自分の心を」
「……自覚、か。それが神話継承するための、大事な要素なのかもしれないね」
 そして、リュンは続ける。
「とまあ、ヒントは当事者から話を聞くだけでもありそうだけど、やっぱり肝心の部分は感覚的になってしまって、詳しいことは分からない。むしろそれは、当事者にしか分からないものであるのか、それとも君たちそれぞれによって違うのか……なんにせよ、こればっかりは君たち本人が見つけていくしかなさそうだ」
 そんな風に、リュンはまとめた。
 これまで、封印が解けたばかりの語り手たちは、とてもこの世界を統治できるような力は持ち合わせていなかった。
 しかしそれは、神話継承からなる継承神話の存在により、あえてその状態にされていたのだと推察できる。かつての十二神話がなにを思ったのかは分からないが、継承神話の存在が確認できたということは、まだ力の弱い語り手であっても、神話継承を為すことでかつての十二神話に迫るほどの力を手にすることができる。そしてそれが、いつか成し遂げられるはずの、この世界の統治、そして調和と安定に繋がるのだ。
 そうなれば、リュンの目的は達せられる。ここまで、語り手の存在を信じて正解だった。
「じゃあ、僕は僕の方で調べものをしてるよ。終わったら連絡するから、それまで行動は自由だよ。ここはクリーチャーもいないし、安全だけど、くれぐれも外には出ないでね。もっとも、出たらすぐそこは深海だから、出るに出れないとは思うけど」
 最後にそう言って、リュンは一人先に、奥の扉へと消えていくのだった。