二次創作小説(紙ほか)

64話 「アカシック・∞」 ( No.236 )
日時: 2015/09/26 03:47
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 恋と共に暁は、一つの部屋へと引っ張り込まれる。
 当然のようにその中も壁がほぼ全面書架で、他の部屋との相違が全く分からない部屋だった。
 とりあえず恋に引っ張られることがなくなり、呼吸を整え、暁は動悸を落ち着かせる。
「ビックリしたなー……もう、恋ったら」
「……ふたりきり」
「ん? あー、そだね。あの時以来だね」
 ユースティティアとチャリオット、あの二人との決戦以来だ。
 しかしあの時は状況が状況で、すぐに分かれたので、ゆっくり話をするような時間はなかった。
(浬が部長と組んでくれれば、柚と恋と私の三人で動けたけど……ま、でも恋のこと知れるいい機会だし、別にいっか)
 あの一件以降もそれなりに交流はあるが、しかし学校が違うということもあり、暁もまだまだ恋については知らないことが多い。
 こうして二人きりになって、ゆっくり話す時間があるのだ。これを好機と見てもいいだろう。自分たちは既に神話継承を終わらせており、条件がどうとかを調べる必要もないのだから。
「ねぇ、恋」
「なに……あきら」
「恋はさー、どうしてこっちに来たいって思ったの?」
「あきらに……あいたかったから」
「え? 本当に?」
「うん……」
「そっかー、なんか嬉しいな、そういうの」
 えへへ、とほんのり頬を染めて笑う暁。素直に好意を受け取ると、やはり嬉しいものだった。
(私から友達になろうなんて言ったんだし、私の方からも、もっと歩み寄らないと)
 とりあえず、デュエマについては大体知っている。伊達に何度も打ち負かされてはいない、彼女のスタイルは概ね理解しているつもりだ。
 ならば、自分が知らない彼女とはなんだろうか。そう考えたら、自然と言葉が出て来る。
「恋ってさ、デュエマの他には、なにかやってることとかあるの?」
「……デュエマの、他に……?」
「えーっと、他に趣味とかはあるのかなーって」
 なにも自分たちは、四六時中いつでもどこでもデュエマばかりやっているわけではない。確かに一番好きなゲームはなにかと言われたら、デュエマ! と即答する程度には好んではいるが、それしかやらないわけではないのだ。
 暁だって、漫画や雑誌も読む、アニメも見る、ゲームハードやスマホでゲームだってする。
 なので、恋にはそういった趣味はないのだろうかと聞いてみたが、
「趣味……いろいろ、ある。ゲームとか……アニメとか……」
「へぇ! どんなの観てるの?」
 思いのほか好感触だった。どんな番組を観ているかにもよるが、ここからもっと彼女の事を知ることができる。
「今期のアニメはだいたい観てる……でも、現時点で一番おもしろいのは、やっぱりマジコマ……」
「マジコマって、『デュエ魔法少女 マジカル☆コマンド』のこと? 恋も観てるんだ」
 好感触どころではなく、完全完璧に当たりだと、暁は確信した。
 『デュエ魔法少女 マジカル☆コマンド』。日曜朝に放送している女児向けアニメで、デュエル・マスターズを作品の中に組み込んでおり、遊戯部でもたびたび話題に上がる。
 微妙にデュエマから抜け出せていない作品ではあるが、恋も視聴者ということは、その話ができるということだ。
 さてどのように話を振ろうかと思った暁。だがしかし、それより先に恋が口を開いていた。
 しかも、暁が予想だにしない角度から、切り込んでくる。
「あれは今年一番あついアニメ……今シーズンから脚本は青葉鋏山かわって、新しい要素を多数くみこみつつもこれまでの雰囲気を壊さずにすすめてるし、昨年の映画がヒットしたこともあって、資金面の心配はない。演出面の技術の向上で、これまで以上に高度なアニメーションになってる……」
「……へ?」
 一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。「今年一番あついアニメ……」以降の台詞を、認識できなかった。
 暁は訊き返そうとするが、それを制するように、恋が次の言葉を紡いでいる。
「やっぱりだいじなのは資金面……メディアミックスも成功したことがきいてるんだと思う……難しいの決断だっただろうけど、思い切ってコミカライズ、ノベライズに手を伸ばしたのは正解だった」
「え、えっと、恋……?」
「コミックは海外からきた新進気鋭の漫画家、Max Schultz……ノベルスは比良坂浄土と伊勢誘の神話コンビ……これで売れないわけがない」
「マックス……コンビ……? なにそれ……」
 この時点で恋がなにを言っているのか、完全に理解不能となっていた。同じ話題を共有しているはずなのに、日本語と中国語で会話をしているよに、話が噛み合わない。
「あと……ノベルスは、百合展開が受けたのがよかった……急な展開だったけど、やっぱり比良坂は話のつくりがうまい……すんなり受け入れられた。ちなみに私の推しはニコ天……異論はみとめない」
「そ、そっか……」
 もはや暁は恋の話を理解することを放棄し始めていた。当人の恋は楽しそうなので、水を差すのも気が引ける。いや、そもそも彼女の話に割って入れることができるとも思えないが。
「……あきら」
「な、なに?」
「……すき」
 唐突だった。
 その言葉に一瞬、ガラにもなくドキリとしてしまうが、同時に寒気のようなものも感じる、気がする。
「そ、そっか。ありがと……私も、恋のことは好きだよ」
「……ほんとう?」
「本当だよ、じゃなきゃ友達になろうなんて言わないって」
「そっか……なら、問題は、ない」
 一人で納得したように頷く恋。暁にはなにがなんだかさっぱりだ。
 しかし、表情がまったく変わらない恋から、なにか妙な空気が滲み出ているのを感じる。その空気が暁の首筋を舐め、悪寒を走らせる。
 恋はすぅっと、手を伸ばした。
「……ためす」
「ためす!? な、なに、なんのこと!?」
「ネットでも話題……伊勢の描いたあの構図が、実現可能なのか……」
「構図ってなに!?」
「だいじょうぶ……私は、あきらなら、恥ずかしくない……やってもいい」
「恥ずかしいって!? え!? え……ちょっとちょっと! 恋!? なんで私の服に手をかけるの!?」
 ぐっ、と恋の小さな手が暁のジャケットを掴む。
 全身を全力疾走で駆け回る怖気と今の状況が頭を混乱させ、暁はパニックに陥る。目の前の恋の姿はいつもと変わらない。だが、時分の知る恋ではないことをしようとしている。いやしかし、もしかしたらこれが本当の彼女なのか。今まで見せてこなかっただけで、彼女の本質は“これ”なのか。
 それとも、なにかが彼女を変えたのか。
「……ずっと気になってた。あの構図も……暁のことも」
 これからなにが起こるのか、なにをされるのか、いまいちよく分からないが、なんとなく感づいているような気もする。
 恋は本気だ。それでいて純粋だ。目が淀んでいない。それゆえに怖ろしい。
「だいじょうぶ、いたくはないから……たぶん」
「たぶん!? 痛い要素あるの!? って、待った待った! 待って、お願いだから! 待ってよ、いや、ちょっ——!」
 そして彼女の本質なのか、変質したなにかなのか。
 なんにせよ、暁は彼女の知らない一面を、知ることができるのであった。
 ただし、望む望まないに関わらず、だが——



「——寂しい、柚ちゃん?」
「ふぇ?」
 唐突に、沙弓は柚に呼びかけた。
 柚もあまりに急な問いかけだったためか、困惑した表情を見せている。
「ど、どうしたんですかいきなり……ぶちょーさん」
「本当は暁と一緒がよかったんでしょう?」
「それは……」
「図星ね」
 沙弓がそう言うと、しばらく柚は否定したそうに口をもごもごさせていたが、やがて、諦めたようにコクリと首肯した。
「柚ちゃんは本当に暁が大好きね」
「……あきらちゃんは、わたしの一番のお友達なんです……だから……」
 その後も言葉を紡ごうとする柚だが、言葉にならない。口を結んだまま、開かない。
「成程ね。それじゃあ、暁があの子と一緒にいるのは、柚ちゃんとしてはやっぱり寂しいのね」
「でも、ひゅうがさんが、あきらちゃんを好きになるきもちは、わかるんです。わたしもそうでしたから……」
 寂しげだが、それでもどこか嬉しそうに、柚は言う。
 まるで好きな人の成功を喜ぶかのように、彼女は口元を綻ばせていた。
 寂しさと嬉しさの狭間で、彼女は戸惑っている。どちらの思いが本当の自分なのか。
 どちらの思いが、正しい自分になれるのか。
 柚は、思い悩んでいた。
「……ま、それなら今日一日は、私と付き合ってもらいましょうか。どの道、あの子たちがどこに行ったか分かんないし、否応なしにつき合わせちゃうことになるけど」
「は、はひ……」
「それとも、私じゃ不満かしら?」
「そっ、そんなことはないですよっ! わたしは、ぶちょーさんといっしょでも、いいです……」
「そう。それじゃあ、行きましょう」
 そう言って沙弓は、柚の手を引いていく。赤子のように小さく柔らかな手の感触が伝わってきた。
 その感触を楽しみながら、沙弓は思う。
(一緒でもいい、か……)
 それは、許容範囲、という意味だ。彼女がそこまで範囲を厳密に規定して考えていたわけではないだろうが、無意識的にそう規定してしまっているのかもしれない。
(つまり、私と一緒にいたいわけじゃないのね)
 それを考えると、少し残念な気持ちがなくもないが、それ以前に、少し同情の念が湧く。
 当人が柚についても恋についても、あまり自覚的に考えていないのがどうにもネックになっている。そこさえ彼女が自覚していれば、もっと上手く立ち回れていたかもしれない。
(いや、無理かしらね。あの子はそんな器用じゃないし……そもそも、自覚的じゃないからこそ、魅力的なのよね、きっと)
 彼女の魅力については、沙弓も多少は理解している。直に感じているとは言い難いが、それでも多少は影響されているだろう。
 だからこそ、彼女は柚と恋に挟まれる。そこに出会いの順番なんて関係ない。
 ゆえにいつか、彼女は苛まれることになるだろう。二人の間で板挟みになり、身動きが取れず、悩まされる日が。
(……まあでも)
 今こんなことを言っても仕方ない。
 やがて、向き合わなくてはいけない問題にはなるだろうが、それは今ではない。
 来たるべき時に、彼女たちが、彼女たちの手で、解決すべきだ。
 自分が手を出すべきではないのだ。
 だから、
(せっかく二人きりになったわけだし……今くらいは柚ちゃんをめいっぱい可愛がりましょうか)