二次創作小説(紙ほか)

66話 「浬vsヘルメス」 ( No.241 )
日時: 2015/09/28 12:18
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 その言葉は、非常に唐突だった。
 ヘルメスは子供のように、そんなことをのたまう。
「君は非常に面白い存在だったよ。限られてはいるが、とても機知に富んだ知識を用いて行動し、僕と渡り合ってきた。この僕に対する対応力の高さも目を見張るものがある。でも」
 もはや、浬の存在は、ヘルメスにとっては有象無象の中にある一欠片の存在にしか映らない。
 彼は、神話の前では、その程度の生き物に成り下がった。
「これ以上、君の知識の幅を広げることは、残念ながら無理そうだ。君から新たな知的好奇心を得ることもできなさそうだし、正直、君の相手をするのは飽きちゃったよ」
「なんだと……!」
「だから、終わりにしよう」
 その一言が、多大なる重みとなって、浬にのしかかる。
 ヘルメスの顔に、もはや軽薄な笑みなどは存在しない。そこには己の欲望を満たすだけの、邪悪極まりない男が一人立っているだけだ。
 ただしその男の纏う空気は、紛れもなく物語の中の神、即ち神話そのもの。無限の想像によって形作られた大いなる存在。
 その存在が、研ぎ澄まされた牙を剥く。今までのような遊戯ではない、真の神話の力が、解き放たれる。
「ただの人間と、神話の力も持たないただのクリーチャーが、本物の神話に勝てるはずがない。格の違いを——“知れ”」
 噛み付く浬のことなどまったく意に介さず、興味の欠片もないとでも言わんばかりに、ヘルメスはカードを繰る。まるで、すべての知識を支配しているかの如く。
「呪文《ブレイン・ストーム》、そして——《サイバー・G・ホーガン》を召喚」
 現れたのは、二体目の《サイバー・G・ホーガン》。そして二枚目の《ブレイン・ストーム》。
 度重なるドローで、デッキ内の主要パーツを手に入れることは簡単だっただろう。ヘルメスは再び山札を積み込み、激しく流れるような連鎖を見舞う。
「激流連鎖。《スペルサイクリカ》と《デカルトQ》をバトルゾーンに。《スペルサイクリカ》の能力で、墓地から三枚目の《幾何学艦隊ピタゴラス》を発動だ。《ロココ》と《スペルサイケデリカ》をバウンス」
「なっ、く……!」
「《サイバー・G・ホーガン》でWブレイク」
 《ホーガン》の投げる砲丸が、浬のシールドをすべて粉砕する。
 これで、浬のシールドはゼロ。
 あとは、最初に呼び出した《スペルサイクリカ》が、とどめを刺すだけだ。
「くそっ、こんなところで……! S・トリガー! 《アクア・サーファー》を召喚! 戻れ! 《スペルサイクリカ》!」
「……首の皮一枚つながったか」
 《スペルサイクリカ》はヘルメスの手札へと押し流され、攻撃は止まった。
 このターンはこれ以上の攻撃がないが、しかしヘルメスの場には他にもアタッカーがいる。
 次のターンでこれらのクリーチャーを除去しても、浬が使える除去はバウンスのみ。返しのターンにまた出て来るだけだ。そうして展開され続ければ、こちらの除去も尽き、除去が追いつかなくなり、ジリ貧になる。
(だが、そもそも俺の手札には、奴のクリーチャーをすべて除去できるようなカードはない……次のドローに賭けるしかないが、都合よく除去カードを引いたところで、根本的な解決にはならない……!)
 浬は考える。脳の回路が焼き千切れそうなほどに、思考を巡らせる。この状況からでもひっくり返せる解を。その活路を。
 しかし、いくら考えても答えなど出て来ない。この状況をなんとかする手など、浬の知識の中には存在しない。
 ゆえに浬は、求めてしまう。
(こんな状況から逆転する手……そんなものがあるのなら、教えてもらいたいものだ)
 勝利の方法を。
 ここから勝つための道を。
 その、知識を。
(いや、違うか……)
 教えてもらいたい。その認識を、浬は即座に改めた。
 違う、そうではない。
 教えてほしい、だなんて他人に縋った方法は、間違っている。
 答えは、こうだ。
(……知りたい)
 受動的ではなく、能動的に。
 獲物は与えられるものではなく、食らうもの。
 本当に知りたい知識というものは、すべからず自らの手で手に入れるものだ。
 深層の中、浬は知識の外で自問する。
 そして、知識の枠から自答する。
(この状況を打開する一手を……知りたい……!)
 なぜ、その一手を求めるのか?
(勝ちたいからだ、こいつに……ヘルメスに)
 なぜ、ヘルメスに勝ちたいのか?
(…………)
 彼は、如何なことを為したのか?
(…………)
 己は、彼に如何なる害悪を被ったのか?
(……俺じゃない)
 ならば、それは誰か?
(……エリアスだ。あいつは、ヘルメスから相当な仕打ちを受けてきた——)
 それは、どのようなことか?
(っ、それは……)
 それは、己の知るところか?
(う……)
 それは、己の知識として蓄えられた事象であり、己の知識の中にあるものか?
(……いや、違う……)
 仲間の仕返しとか、相棒の仇討ちとか、それらしい理由はいくらでもつけられる。
 だがそんなものは建前だ。ヘルメスに対する怒りは当然ある。しかし、それ以上に、自分の中に燻るもの。
(よく考えてみれば、俺はエリアスのことは、なにも知らない……)
 それを、浬は少しずつ自覚し——自認していく。
 すべてを、曝け出す。
 自分自身に。
(知ることが、怖かった……察しはついていた。だが、だからこそ、確かめられなかった。実際に起こったことなんて、聞けなかった。あいつの本当の過去を知ったら、あいつを見る目が変わりそうで……だから、追及しなかった)
 しかし、自分の欲求に嘘を吐くことはできない。
 自分を騙しても、自分ほど自分を知る者はいない。
 これ以上、自分を偽り続けることはできなかった。
 もう限界だ。今まで抑えてきたこの感情は、もうとどまらない。
 知識欲が、自分自身の中で、溢れてくる。
(本当は、知りたい……あいつの過去を)
 そして、浬は告白する。
 己自身の、愚かしくも賢しき、欲求を。

(本当の……エリアスを——)



 少年は一つの真理に達する。
 己の欲望、知識に対する欲求を、自覚する。
 それは禁忌だと思い、賢者でありたいがために触れなかった、未知なる知識。
 しかし今、彼は愚者となることを厭わない。
 賢者と愚者の狭間を超えた先に、彼はもう一つの真実を見つける。
 神話という名の、賢愚の叡智を——



 それは、輝きを放つ。
 彼の思いに応えるように。
「……やっとか」
 ヘルメスは、半ば呆れたように、それでいて達成感に満ちたような声で、呟くように言った。
「本当なら、君は、君たちはとっくに僕の力を授かる権利は得ていたはずなんだけどね……だけど、君があんまり頑固で僕に突っかかるから、先送りになってしまったよ」
 やれやれ、とヘルメスは軽い調子で言う。
 だが、彼の語調は、だんだんと重くなっていく。
 それは十二神話としてその一柱に座する、《賢愚神話》としての——賢愚を司る叡智、賢しき愚者となり先立つ者として、語る者だった。
「君としては癪な話かもしれないけどね、でも、君はそれを受け取る“義務”がある。己の知識欲を自覚してしまった以上、もう後戻りはできないよ。君の行いが、君を賢者とするか愚者とするかは、君自身が決めること。抗うことはできない、立ち止まることは許さない。さあ、進め、霧島浬。そして僕らの真理を——“知れ”」
 拒絶はできない。
 すべて受け入れるしかない。
 だが浬は、その覚悟が既にできていた。
 知識への欲求を自覚した時点で、すべてを知る覚悟を持っていた。
 だからあとは、前に進むだけ。
 浬は、カードを繰る。
「ご主人様……」
「あぁ……俺のターン」
 そして、勝利の方程式を、組み立て始める。
「《龍素記号Og アマテ・ラジアル》を召喚。その能力で、山札からコスト4以下の水の呪文を唱える」
 浬が引いたのは、除去カードではなかった。
 しかしここで《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》でも持って来れば、ヘルメスのクリーチャーを一斉に除去できる。だが、浬はそれをしない。そんなことをしても、所詮は一時凌ぎにしかならない。
 それに、その解は引っかけ問題のような不正解の答えだ。
 正しい解を求めるための正しい式は、こちらにある。
「呪文《ヒラメキ・プログラム》。《アマテ・ラジアル》を破壊」
 閃く知識を得るために、《アマテ・ラジアル》は式の中に組み込まれた。
 そして、新たな知識が呼び起こされる。
「進化——」
 賢しさも、愚かしさも内包した、森羅万象の英知が。
 新たな知識が、記録される時。

「——メソロギィ・ゼロ!」












 水晶が気化する。
 そこにあるのは、凍てついた錫杖。
 創造者たる知識。
 そして、愚かしくも賢しき、受け継がれた神話の力。
 かの者は《賢愚神話》の継承者。
 かつての神話にはなかった愚かな賢者の意志を持ち、賢愚の叡智となりて、新たな法則を創り出す。
 そう、かの者こそは——



『——《賢愚神智 エリクシール》!』