二次創作小説(紙ほか)
- 67話 「賢愚神智」 ( No.242 )
- 日時: 2016/03/15 03:24
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
賢愚神智 エリクシール 水文明 (8)
進化クリーチャー:サイバーロード/リキッド・ピープル 6000
進化—自分の《賢愚の語り手 エリアス》1体の上に置く。
メソロギィ・ゼロ—バトルゾーンに自分の《賢愚の語り手 エリアス》または《エリクシール》と名のつくクリーチャーがおらず、自分のサイバーロードまたはリキッド・ピープルを含む水のクリーチャーのコストの合計が12以上なら、進化元なしでこのクリーチャーをバトルゾーンに出してもよい。
このクリーチャーはバトルゾーン以外のゾーンにある時、進化でないクリーチャーとしても扱う。
呪文の効果で相手がバトルゾーンにあるクリーチャーを選ぶ時、このクリーチャーを選ぶことはできない。
自分のクリーチャーをバトルゾーンに出す時、代わりにそのクリーチャーを持ち主の山札の一番下に置いてもよい。そうした場合、山札からそのクリーチャーと同じ文明のクリーチャーを1体バトルゾーンに出す。その後、山札をシャッフルする。この能力は各ターンに1回ずつ使うことができる。
自分の呪文を唱える時、代わりに山札の一番下に置いてもよい。そうした場合、山札からその呪文と同じ文明の呪文を1枚選び、唱える。その後、山札をシャッフルする。この能力は各ターンに1回ずつ使うことができる。
W・ブレイカー
水晶が霧のように空気中へと気化し、彼女が姿を現す。
決して華美とは言えない、しかし質素なわけでもない、不思議で神秘的なドレスを纏った女性。
利発そうな相貌で、凍りついた杖を胸に抱き、確かな意志を持って、彼女は“かつて”の主人を見つめる。
「……久しぶりじゃないか、《エリクシール》」
『えぇ、そうですね、ヘルメス様。この姿をお見せするのは、久し振りでございます』
彼女は、ゆっくりとした動きで、慇懃にお辞儀をする。
その瞳に、同じ血肉を分けた彼への恐怖は存在しない。落ち着き払い、何もかもを受け入れたように、彼女は静かだった。
そんな彼女に、浬は呼びかける。
「エリアス——いや、《エリクシール》」
『なんでしょう、ご主人様』
彼女は、“今”の主人へと、目を向け直す。
それだけで、彼女を信じることができた。その眼を見れば、彼女にすべてを託すことができる。
「式は俺が組み立てる。お前は、解を導いてくれ」
『承知いたしました。そちらはお任せします』
浬と《エリクシール》は、それぞれ視線を交わし、各々の作業を開始する。
それは、二人の力あってこそ、二人がいてこそなせる業。二人だからこその共同作業。
まずは浬が、《エリクシール》に“素材”を与える。
「《アクア鳥人 ロココ》を召喚——する代わりに、《エリクシール》の能力発動」
浬は手札から《ロココ》を呼び出す。
その刹那、《エリクシール》は錫杖を地面に突き立てた。
『それでは——錬成を開始します』
突き立てた錫杖を中心として、幾何学的な紋様が描かれた、魔方陣が展開される。
そして浬に与えられた素材を元に、《エリクシール》は“錬成”する。
《ロココ》はその魔方陣の中に取り込まれ、吸収されていく。
そして彼女の手によって、その性質を、変貌させていくのだ。
『範囲規定。対象の構成物質を認識。識別。分割。分別。全て完了。魔素の抽出を確認。組成分解。再構築。魔素注入。原型保持。新規形式を記録。変化物質を固定。魔素安定化——』
魔方陣の中で、《エリクシール》は《ロココ》を分析し、錬成する。
クリーチャーとしての性質を完全に解析し、その解析結果を基に身体を分解。内部のマナを抽出し、分解した肉体を違う性質に組み替え、再構成する。そうしてできた肉体にマナを注ぎ込み、存在そのものを固定し、
『——錬成、完了しました。ご主人様』
彼女の作業は、終了した。
魔方陣が収束していく。中央に残ったのは、存在の発現を待つ、生命の塊。
「あぁ、行くぞ。《ヴェール・バビロニア》から進化!」
その生命が、人為的に創り変えられた命が、今、解き放たれる。
「浬の知識よ、累乗せよ——《甲型龍帝式 キリコ3》!」
魔方陣を経て姿を錬成された力は、甲型の反応を示す龍帝の龍程式を解き、まったく異なる結晶龍を呼び出す。
「え……? なに、どういうこと?」
ヘルメスは本当になにが起こったのか理解できないというように、目をぱちくりさせている。
浬が召喚したクリーチャーは《ロココ》のはずだ。しかし、現れたのは大型進化クリーチャーの《キリコ3》。
この現象は、彼の知識の中にはなかった。ゆえに、賢者たりえる知識を持つ彼にも分からない。
この知識を持つ者は、浬と、そして《エリクシール》だけだ。
「冥土の土産に——と言ってもお前は既に存在しない奴だが——教えてやる、賢愚神話とやら。お前の知識が増えるぞ、喜べ」
『私の能力は、あらゆるクリーチャーを、別のクリーチャーに変換することができます。私自身が、ヘルメス様の血肉によって錬成されたように……』
ヘルメスの生み出した生命体である《エリクシール》。
彼女の受け継いだ力は、彼女自身の出生の手段。
それは即ち、錬金術。
卑金属を貴金属に変換するように、《エリクシール》はクリーチャーの性質を変質させ、その存在を創り変える。それはかつての錬金術では成しえなかった、世界の法則を犯す禁忌だ。
しかし、それが彼女自身が創造した新たな叡智。
かつての神話に真っ向から反発する、彼女の意志だった。
「……《キリコ3》がバトルゾーンに出た時、その能力で俺の手札をすべて山札に戻し、山札から呪文を三発唱えさせてもらう」
そして、《キリコ3》の砲門が開いた。
浬のすべての知識を燃料と弾薬とし、いまだ眠る新たな知識と魔術を、呼び覚ます。
「さぁ、来い——《ブレイン・チャージャー》《龍素解析》《連唱 ハルカス・ドロー》!」
捲れたのは、その三枚。
まずは《ブレイン・チャージャー》でカードを引き、マナを追加。
続いて《龍素解析》が行われ、浬の手札が山札に再び吸い込まれていく。
「そして四枚ドローし、《理英雄 デカルトQ》をバトルゾーンに! さらに!」
浬の場で、不動の如く鎮座していた要塞が、鳴動する。
「これで俺はこのターン、カードを五枚以上引いた。よって《エビデゴラス》の龍解条件成立だ!」
数多の知識を吸収し、龍素を超えた龍波動の力を充填し、今、水文明の要塞は龍と成る。
「勝利の方程式、龍の理を解き明かし、最後の真理を証明せよ。龍解——《最終龍理 Q.E.D.+》!」
《エビデゴラス》は知識の力を動力に、身体を変形させる。
空飛ぶ要塞から、莫大な知識を内包し、龍素の先にある理を解き明かす、龍の姿へと。
「そして最後に《連唱 ハルカス・ドロー》を唱える——」
「……成程、僕の技術から得た錬金術の力は驚異的だね。その力は素直に褒め称えよう。僕の未知を既知へと導いたことも感謝する。だけど、《キリコ3》という選択は失敗だったね。そんな不確定な詠唱では、僕を打破することができると思わないでほしい」
《キリコ3》によって放たれた三発の呪文の砲弾。その最後の一発が放たれる瞬間に、ヘルメスは口を開いた。
「僕の場には《デカルトQ》がいる。いくら《エリクシール》《キリコ3》《Q.E.D.+》とクリーチャーを並べても、その攻撃は僕には届かない。場を見れば一目瞭然だ、ブロッカーとシールドで凌ぎきってみせるよ。まあ、君が除去呪文を引き当てていれば、こうはならなかったかもしれないけど」
ヘルメスの言うとおり、彼の場にはブロッカーである《デカルトQ》がおり、かつシールドも五枚ある。
しかも、そのうち三枚は、《デカルトQ》によって入れ替えたシールド。潤沢な手札から、S・トリガーを仕込んでいても不思議はない。
ブロッカー、シールド、S・トリガー。この三つを乗り切って、ヘルメスにとどめを刺すことは、浬には困難だ。
「——代わりに」
「え?」
そう思っているヘルメスに、浬は己の答えを叩きつける。
障害が存在するならば、その障害を一つずつ取り除いていけばいい。
順番に問題を解けばいいだけだ。数学の問題となんら変わりはない。
まず第一の障害はブロッカー。浬たちは、その壁を取り除く。
「《エリクシール》!」
『了解しました、ご主人様。“魔術の錬成”を、開始します』
浬が《エリクシール》の名を呼ぶと、彼女は杖を突き立て、魔方陣のような紋章を、結界のように展開する。
先ほど、《ロココ》を《キリコ3》に錬成した時と、同じ光と文様を放つ、魔方陣を。
『私の能力は、クリーチャーのみならず、呪文にも適用されます……ヘルメス様、貴方がクリーチャーの誕生も、呪文の詠唱も封じるように、私もクリーチャーと呪文、この二つの力を変質させることができるのです』
「む……ということは……」
《ハルカス・ドロー》という呪文の力が、魔方陣の中で変質していく。
内側のマナを抽出し、それを核として、別の魔術を生み出す。
『ご主人様、錬成完了しました』
「あぁ。行くぞ、《ハルカス・ドロー》を唱える代わりに、呪文! 《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》! マナ武装7でお前のクリーチャーをすべてバウンスだ!」
《エリクシール》の力で違う呪文へと錬成された《ハルカス・ドロー》は、もはや知識を得る水ではない。
すべてのクリーチャーを退ける、嵐の如き大渦だ。
天から地から襲い掛かる嵐と渦に巻き込まれ、ヘルメスのクリーチャーはすべて手札へと押し流される。
これで、ブロッカーという障害は消え去った。後は、彼を守る盾をすべて砕くだけだ。
「このターンで終わりにしてやる。覚悟しろ、《賢愚神話》。《Q.E.D.+》で、シールドをWブレイク!」
《Q.E.D.+》の龍波動による砲撃が、ヘルメスのシールドを撃ち砕く。
(……《エンペラー・ギュルム》か。彼の場にブロッカーは一体いるけど、このまま殴ってくれれば除去できるし、手札の《クゥリャン》から即座に進化して、次のターンに決着かな)
砕かれたシールドがヘルメスの手札に入った。
直後、間髪入れずに次のクリーチャーが攻撃を繰り出す。
「《キリコ3》でTブレイクだ!」
続けて《キリコ3》の砲門が、実弾を放つ。呪文を炸薬とした魔術の弾ではない。身を守る盾を粉砕する、破壊の砲弾だ。
一撃で巨大な爆発を生む《キリコ3》の砲撃が、ヘルメスの残ったシールドを一瞬のうちに吹き飛ばした。これで彼の身を守るものはなくなる。
だが、しかし、
「忘れてもらっちゃ困るんだよね。君にクリーチャーを戻され続けて、僕が何回《デカルトQ》を出し入れしたか、覚えてる?」
「……三回だ」
山札切れを懸念してか、マナ武装7によるドロー能力こそ使用していないが、ヘルメスは《デカルトQ》で何度もシールドを入れ替えている。その回数は、浬の言うように三回。
ヘルメスは膨大な手札がある。その中にS・トリガーつきのカードがあってもおかしくはないだろう。そもそも、《サペルサイクリカ》で回収した《幾何学艦隊ピタゴラス》を必ず握っているはずなので、他のトリガーがなくても、少なくともそれをシールドに仕込んでいるはずだ。
「いくら戦力を揃えようと、このターン中に僕を倒すなんて無理なのさ。ほら、S・トリガーだ。《幾何学艦隊ピタゴラス》を三枚発動!」
《スペルサイクリカ》で回収しながらシールドへと仕込んでいたS・トリガーが、一挙に解き放たれた。
ヘルメスが率いる無数の艦隊が、こちらに砲塔を向ける。
「一枚目の《ピタゴラス》で《M・A・S》と《アクア・サーファー》をバウンス! 二枚目の《ピタゴラス》は《デカルトQ》と《キリコ3》を! 三枚目の《ピタゴラス》は、《Q.E.D.+》を超次元ゾーンへ!」
「《Q.E.D.+》は、龍回避でフォートレス側に裏返る……!」
「なんだっていいさ。最後のマナ武装5、発動。《エリクシール》……君に退場してもらおう」
ヘルメスのマナゾーンが青く輝く。
マナの力を得た艦隊は、更なる砲弾を装填。充填されたマナのエネルギーを燃料に、最後の一撃を放つ。
照準を定めた砲弾は、まっすぐに《エリクシール》へと飛んでいく。
『——効きませんね』
ピキ……ッ
と、《エリクシール》へと襲い掛かる砲弾が、凍りついた。
彼女の身を爆散させるはずの砲撃は、凍結する。
そして、砕け散った。
「……なんだって?」
その現象に、ヘルメスは理解が及ばない。なにが起こっているのか、これはどういう事態なのか。
これもまた、彼にとってはまだ未知の現象だ。
『私は、貴方の愚かさも受け継いでいるのです。新たな命へ錬成するのは私の意志。そして、あらゆる魔術を拒絶するのは、貴方の愚行。貴方ほどではありませんが、私はその愚かさを、持ってしまったのです』
「……《エリクシール》は呪文では選ばれない。その《ピタゴラス》は無効だ」
魔術を無力化するヘルメスの力は、《エリクシール》に魔術への抗力を与えた。
それが神話の定めであり、神話の力を継いだ語り手あるべき姿だが、皮肉にも、ヘルメスは自身の授けた力に足元をすくわれたのだ。
「…………」
しかしヘルメスは動揺を見せない。
絶望や、怒りや、蔑みすらもない。
ただ、軽薄な笑みを浮かべていただけだ。
嘲るように、愉快そうに、薄っぺらい笑顔を、彼女に向けていた。
『これで終わりです、ヘルメス様』
錫杖を向け、《エリクシール》はヘルメスへと、過去の自分の主へと、自分の生みの親へと、決別の言葉を放つ。
浬も、そんな彼女の意志を尊重する。彼女の心意気を汲み、最後の命を下す。
「《賢愚神智 エリクシール》で——」
ピキピキ、と空気が凍る。
すべての力が、《エリクシール》の杖に集まっていく。
賢者の知恵も、愚者の思考も、すべてを内包した、彼女の力が。
冷たい輝きを放つ。
刹那。
一筋の光が——迸る。
「——ダイレクトアタック!」