二次創作小説(紙ほか)

69話 「強欲街道(グリードストリート)」 ( No.246 )
日時: 2015/10/03 17:42
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 大罪都市グリモワール。
 闇文明の牙城にして、悪鬼羅刹と混沌が支配する、完全独裁自治地区。
 その一角の大街道を、暁たちは訪れていた。
「不気味なところだなぁ」
「すこし、こわいです……」
 空は常に暗雲が覆い尽くし、空気が淀んでいる。不快感のみを催す臭気が漂っており、常に怖気が走るような雰囲気があった。
「この前の図書館も大概だったが、今回もまた妙なところに連れていかれたな」
「そうね……それと」
 ふと、沙弓は暁へと目を向けた。
 正確には、彼女にぴったりと寄り添うように隣を占めている少女へと。
「今回も来たのね、日向さん」
「ん」
 短く声を発して答える恋。
「そんなに引っ付かれると、ちょっと動きにくいよ、恋」
「ん」
 やや弱ったような暁。しかし恋は彼女の腕を離さず、彼女から離れようともしない。恐らく、なにを言っても無駄だろう。
「……そろそろ、本題に入ってもいいかな」
 咳払いして場を仕切り直しつつ、リュンは一同へと口を開く。
「とりあえず、歩きながら話そう。この地区の広さを考えたら、そっちの方が効率的だ」
 まずはそういって、歩き出す。その後に、暁たちも続いた。
「恋、ちょっと歩きにくいんだけど……歩く時くらいは離れない?」
「ん……問題ない、このままでも」
「うーん、参ったなぁ、どうしよ……」
 恋が腕から離れないため、弱った表情のまま歩を進める暁。しかしそんな暁のことなど目もくれず、リュンは今回の目的を語り始める。
「今回、この場所——大罪都市グリモワールの一区画、強欲街道(グリードストリート)——を訪れたのは、あるクリーチャーを探すためだ」
「あるクリーチャーを探す? 人探しってこと?」
「人じゃないがな」
「まあ、そういうことかな。より詳細に言えば、そのクリーチャーは近頃この大罪都市に現れては、何体ものクリーチャーを惨殺していると噂のクリーチャーでね」
「ざ、惨殺!?」
「ひぅ……っ」
「なにその殺人鬼……」
 淡々と語るリュンだが、言ってることは相当だ。
 クリーチャーの惨殺。弱肉強食、生きるか死ぬかという自然界の法則のような一面も持ち合わせている今のこの世界だからこそ起こりうることなのだろう。今まででも起こっても不思議はなかったが、しかし今までそんな話がまったく入ってこなかったということは不思議である。
 それでも自分たちの世界との相違は大きい。リュンの言葉に、竦まずにはいられなかった。
「ちなみにそのクリーチャーは、巷では『死神』という異名で知られているよ」
「『死神』、ねぇ……」
「厨二病感あるのにひねりがまったくない……いまいち」
 しかし異名にひねりなんて求めるものではない。
 そう呼ばれているということは、そう呼ばれるだけのことをしてきたということだ。軽く『死神』などと言われてもピンと来ないが、その言葉の意味を考えると、文字通り死の神。
 獣も、人間も、クリーチャーをも超越した存在。その上で、死を司る者。
 これまで多くのクリーチャーを抹殺してきたという行いから見ても、その力の強大さは、推察することができる。それこそ本当に、神に匹敵するほど、強大な力を持っていてもおかしくない。
「……そんな奴を探して、どうする気だ? 俺たちが襲われて、無事で済む保証はあるのか?」
「保証って言われると難しいけど、僕は君たちの保護を最優先で動くつもりだよ」
 それに、とリュンは続け、
「相手が死の神でも、君たちにはかつてこの世界を統治した“神話”の力を受け継いでいるじゃないか。もしもの時は、彼らが戦ってくれるよ」
 凄まじく他人事で他力本願のように言うリュンだったが、語り手たちは意気揚々と勇み出る。
「おうよ! 任せとけ、暁!」
「まあ、それがボクたちの役割だしね。やることはやるさ」
「ご主人様は私がお守りします! それが従者としてのつとめです」
「……と、いうことらしいよ」
 なんとも頼もしい限りだった。
 そんな皮肉めいた言葉はさておくにしても、確かに相手が死神だろうと、神話空間の中では平等だ。こちらの土俵に持ち込んでしまえば、相手がいくら危険な存在でも、対抗することができる。
 そこに加えて神話の力まであるならば、むしろ怖いものはないとさえ言えた。
「で、でも、わたしはまだ、プルさんを進化させられません……」
「私に至っては、神核だっけ? とかいうものも持ってないんだけど」
「まあ、それはそれだよ」
「適当だな……」
 なんにせよ。
 今回はその『死神』と呼ばれるクリーチャーを捜索することが目的のようだ。闇文明の荒れた自治区とはいえ、そこで問題を多発させていることは、リュンにとっても看過できる問題ではないのだろう。
「それで、その『死神』とやらはどこにいるんだ? まさか、なんの手がかりもなしに来たわけじゃあるまい。目星くらいはついているんだろう」
「うん、そうだね。今まで『死神』は、プライドエリア、怠惰の城下町と、大罪都市の南端を始点に北上している。加えて、今まで通過した主要な地区はすべて、大罪の七龍が管理している場所だ。そこから考えたら、次に『死神』が通るであろう場所も予測できる。それは城下町に最も近くて、大罪龍が治めている地区。即ちここ、強欲街道(グリードストリート)だ」
 強欲街道(グリードストリート)。その名の通り、この区域は町ではなく、道である。大罪都市を大きく縦断する大街道だ。
「グリード……強欲……」
「そこらに散らかってる金銀財宝はそういうことね」
 ちらりと、流し目で荒れ果てた道路を見る。そこには、ゴミでも捨てるかのように、金貨や宝石が転がっていた。しかも、それがあちこちにだ。
「あまりに扱いが雑すぎて、というか怪しすぎて手をつけなかったけど、これって貰っちゃっていいのかしら?」
「君らの世界の価値と僕らの世界の価値にどれくらいの差があるか分からないから、持って帰ってもなんにもならないかもしれないけどね」
「そうでなくても得体の知れないものを持って帰るのはやめとけ、部長。流石に危険だ」
「分かってるって、冗談よ」
 パタパタと手を振りながら笑う沙弓。彼女とて、異世界の未知の物体の危険性くらいは理解している。
「そういえばさ、その『死神』って、どんなクリーチャーなの?」
「こわいクリーチャーなんでしょうか……?」
 『死神』の姿。確かにそれが分からなければ探しようがない。
「どんなクリーチャーかぁ……噂は色々聞くけどね。影のような姿をしているとか、亡者のような顔をしているとか、真っ白なクリーチャーだったとか。とりあえず一番有力なのは、黒い外套に身を包み、巨大な鎌を携えているって情報かな」
「外套に鎌……案外、私たちの想像するような死神の像に近いわね」
「安直……テンプレ」
 しかし分かりやすいのはよいことだ。ターゲットの姿が分かりやすければ、それだけ探しやすくなる。
「……なにか感じるな」
 ふと、ドライゼが漏らすように呟いた。
「しかも、向こうになにか見える。近いぞ」
「え? なんも見えないけど……」
「あなた目いいわね」
「禍々しい気配だ。かなりの大物だぞ」
「早速、例の『死神』とやらが見つかったか?」
「単にこの地区を治める悪魔龍かもしれないけど、とりあえず行ってみよう」
 リュンが促し、一同は駆ける。路傍に散らばる金貨や宝石を蹴り飛ばしながら、強欲街道を走る。
「あ! 誰かいるよ!」
 暁が真っ先に声を上げ、すぐに視界に何者かが飛び込んでくる。顔ははっきり見えないが、恐らくは女、それも少女と言ってもよさそうな人物。華奢な身体に身につけた黒いローブと、長い黒髪が、影を纏うようにそこにあった。
 それに加え、その何者かと相対するように立つ、巨大な影。
「あれは……《強欲の悪魔龍 アワルティア》か。この地区の統治者だよ」
「……襲われてる?」
 一見すると、そのように見える。
 だが、威嚇するように大口をあけるアワルティアに対して、少女は微塵も動じた素振りは見せていない。
 むしろ、彼女自身の意志でそこに立っているというように、そこに存在していた。
 暁たちが少女と悪魔龍に近づいたところで、ゆらり、と。
「っ、これ……!」
 空間が歪む気配を感じた。
「……神話空間」
 ゆらりゆらりと、揺らめくように空間が歪み、飲み込んでいく。
 強欲の悪魔龍と、真っ黒な少女を。
「……?」
 二つの存在が消えていく。空間から離れていく。その刹那。
 暁は見た。少女の手元で光るそれを。
 黒い光を放つ、閃きを——