二次創作小説(紙ほか)
- 70話 「冥界の語り手」 ( No.248 )
- 日時: 2015/10/05 15:30
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: .HplywZJ)
「——強欲の罪、断罪しました」
少女は、その手に握った大鎌を振るう。
闇夜よりも暗く、地の底よりも深く、死者の蠢きよりも悍ましい、断罪の刃を。
そして、強欲に塗れた悪魔龍は、虚無へと姿を変えて、裁かれた。
「……強欲には、無の罰。なにも存在しない、無のみが支配する世界で、その罪を償ってください……」
消滅したアワルティアの残滓を見つめて、少女は鎌を一振りする。
そして身体を翻すと、こちらに気付いたように視線を動かした。
「……人間、ですか……珍しいですね、こんなところに」
「…………」
淡々と、少女は言葉を紡いでいく。そこには一切の感情が含まれていない。
ただ感じるのは、彼女の声の裏に潜む、暗黒のような陰りのみだ。
(この人……ちょっとだけ、昔の恋に似てる……)
その無感動さに、暁は過去の恋——ラヴァーと呼ばれていた頃の日向恋を想起する。
「たまたまここを通りかかった……ということは、ないですよね。強欲の大罪龍は既に存在していませんが、如何なる用件でこの地を訪れたのでしょうか」
「……その前に、一つ。聞いてもいいかな?」
少女の問いに、リュンが質問で返す。
少女は無感動な眼を、ほんの少しだけ細める。そして、やや間を置いて、口を開いた。
「君の名前は?」
「……ライです」
ライ、と少女は静かに名乗った。
「そうか」
対するリュンも、静かに頷く。
頷いて、そして、
「——で?」
「…………」
さらに、問い返した。
いやさ、問い続けた。
「君の、君に与えられた役割としての、その名前は?」
「リュン? ちょっと、どうしたの?」
執拗と言えるほどに、リュンはライへと問いかける。もはや、すべてを知っているかのように。
ライはまったく表情を変えないまま、しかし小さく口を口腔内で動かし、呟く。
「……そうですか、ということは、貴方は……」
どこか納得したようなライ。
彼女は、手にした鎌を引き寄せながら、さらに言葉を紡ぐ。
「もう一度、名乗ります。私はライです」
その名は、先ほど聞いたばかりの名だ。
「私の名前はライ——」
同じ名を続け、そして彼女は、名乗りを続ける。
彼女の役割。この世界に生を受けた理由。その存在証明。
彼女は語る、己の名と共に。
「——《冥界の語り手 ライ》です」
「《冥界の語り手》……? え? ってことは、ライも語り手のクリーチャーってこと?」
「はい、その通りです」
彼女、ライ——《冥界の語り手 ライ》は、小さく首肯する。
暁はそれを見て、目をぱちくりさせていた。暁だけではない、浬や沙弓も柚も、驚いたように目を見開いている。恋だけが、あまり興味なさそうな眼をしているが、それでも今まではずっと暁に向けていた視線を、今はライに向けていた。
「……いや待て。確か《語り手》のクリーチャーは、十二神話とやらに封印されていて、他の世界の生命体じゃないとその封印が解けないんじゃなかったのか?」
「そのはず、ですが……」
「それに、コルルたちみたいな感じじゃないよ。私よりも背ぇ高いし」
「見たところ、人間はいないわね。たった一人で、ここにいるみたい……」
どこを見ても、他に人影はない。ただ目の前に、ライが一人いるだけだ。
「やっぱりね。予想通りだ」
「リュン。あなた、なにか知ってるわね」
「知ってると言えば知ってるかな。正確には、そう予想していたってだけだけど。とりあえず事実は確認できた。少し、腰を落ち着けて話がしたいな。君——ライさんも一緒に」
「……私は、構いません」
この地の罪は罰しましたから、と言って、ライは鎌を下す。
そして、くるりと回したかと思うと、いつの間にかその手からは消えていた。
「わ、凄い。手品?」
「……服の中に仕舞っただけです」
「そんなことより、適当な建物の中に入ろう。もうここの統治者はいないみたいだけど、その辺のファンキー・ナイトメアたちが暴れても困るし」
リュンは手を振って、一同を先導する。
そして、一同はすぐ近くにあった廃ビルへと駆け込んだ。窓はほとんど砕かれ、タイルは剥がされ、どこか埃っぽい廃屋同然の建物だ。
各々、バラバラになったベンチらしきものに車座のように腰掛ける。
「……さて、それじゃあ話そうか」
一同をぐるっと見回してから、リュンはおもむろに口を開いた。
「まず、僕が今回の目的とした『死神』だけど、これはライさんのことだ」
「えぇ!? そうなの!?」
「……まあ、そんなところだろうとは思っていたがな」
「さっきのデュエル……強かった」
「『死神』と呼ばれ、恐れられるほどの力はあるようには感じたわね」
吃驚する暁。そして周囲は、さも当然のようにリュンの言葉を飲み込んでいた。
「……そうなの?」
「あきらちゃん、気づいてなかったんですか……?」
「……あきら……うっかり」
ポカンとした暁に、苦笑いを浮かべる柚。他の者は呆れてものも言わない。
「一応、ライさんにも確認を取ってみるけど、今までプライドエリアと怠惰城の主に会ったことは?」
「……あります。プライドエリアの傲慢の罪は、他者を虐げる圧政の罪。穢れた誇りと共に裁きました。怠惰城の怠惰の罪は、民の生すらも停滞させる怠慢の罪。不動の意志と共に断罪しました」
ぼんやりと回想するかのように語るライ。
事実確認はできた。ライは、既にプライドエリアと怠惰城の統治者を抹殺している。
つまり、彼女が噂の『死神』なのだ。
「ほへー、なんか思ってたのと違うなぁ、『死神』って。肌とか真っ白だし、すごいきれいだね」
「わたしも、もっとこわいクリーチャーだと思ってました……」
身の丈ほどもある大鎌に、闇夜よりも深い漆黒のローブ。確かに、暁たちが漠然と抱く死神のイメージに近い部分はあるが、顔、身体、声、そして人格——それらは暁たち、人間に近い性質がある。
これまでクリーチャーを惨殺したというのも、断罪という名の下、大罪の統治をしていたクリーチャーたちを裁いたことに起因しているのだろう。
少なくとも、今こうして相対している限りは恐ろしいクリーチャーとは思えない。こちらに刃を向けるようなこともしない。
もっと危険なクリーチャーだと思っていたが、目の前にいるのは一人の少女でしかなかった。
「……それで。そんな事実確認が主目的じゃないでしょう」
「そうだね、ここから本題だ」
それは、ライにパートナーがいないこと。それ以前に、どうやって封印を解いたのか。
さらに言えば、彼女は語り手でありながら、コルルたちとは姿が異なる。明らかに他の語り手とは違う、異質な存在であった。
これらの謎を、ライにぶつける。彼女はどうして封印を解いたのか、彼女自身は如何なる存在なのか。
「……私が独力で封印を解いた理由、からお答えしましょう」
ライは静かに、懺悔するかのように、語り始める。
「それは、酷く単純です……《冥界神話》の力が弱く、そして私の力が彼よりも強かった。ただそれだけです」
「え? 《冥界神話》って、ライよりも偉いんじゃないの? それなのに、ライの方が強いって……?」
「それはちょっと説明が難しいね。詳しいことはライさんに説明してもらう方が分かりやすそうだから任せるけど、その前に軽く言うなら、《冥界神話》とその語り手の関係は、他の神話たちとは一線を画していたんだよ」
普通、十二神話とその語り手の関係は、主従関係。程度差や微妙な認識の違いはあれど、基本的には主とそれに仕える従者、というような関係だ。
表向きでは《冥界神話》とその語り手も、その点では相違ない。しかしその実態と、《冥界の語り手》の生まれた経緯は、明らかに他と異なっていた。
「まず、《冥界神話》——私の主、ハーデスについて、お話します」
ライは最初に、そう切り出した。
「《冥界神話》、ハーデス。彼は、とても弱かった。十二神話、ひいてはすべての神話のクリーチャーの中でも一際力が弱い存在でした。ゆえに彼は、『最弱神話』と呼ばれ、蔑まれた。それゆえ、でしょうか。彼は力に貪欲だった。力への渇望が、並はずれていた……一歩でも道を踏み外せば、その渇望が暴れ出しそうなほどに、彼は危険な衝動を抱えていました。しかし彼は、力は弱くとも、非常に聡明でした。死者や亡霊を扱う術に関しても、どの闇のクリーチャーよりも巧みで、繊細だったのです。それゆえに、十二神話に選ばれた。そして彼は、聡明だったがゆえに、己の危険さを自覚していた。そんな彼を抑圧するために生まれたのが、私です。ハーデスは己にない力を私に与えた。彼が渇望のあまり暴走することを止めるために、私は存在していたのです」
それが《冥界神話》と《冥界の語り手》の関係。
ライは己の暴走を未然に防ぐために、《冥界神話》が生み出した存在。
つまり、従者が主のストッパーなのだ。ライは《冥界神話》の渇望を抑えるための、枷なのだ。
ライが自力で封印を解いたのも、《冥界神話》の力がそもそも弱かったから。そして、そんな弱い《冥界神話》を抑えるためのライが強かったから。単純に、ただそれだけのことだ。
力量が逆転した主従関係。その異質さがために、ライはこうして、単独で動くことができている。
「……しかし」
そこでライは、声のトーンが低くなる。
変わらず淡々とした口調だが、それでも彼女の声色が暗くなった。それは、しっかりと感じ取ることができる。
「彼は、暴走しました」
「…………」
「私は無力でした。彼の暴走を止められず、被害を抑えることもできず……結局、十二神話たちの戦争は激化するばかり。結局、私はなにもできなかった。使命を全うすることが、できなかった」
それが私の罪です、と。
ライは静かに締め括った。
しばし一同に沈黙が訪れる。
一つの目的、使命を持って生まれた存在にも関わらず、その役割を遂行できなかった。
それが己の存在する意味だったにもかかわらず。己の無力さを痛感した彼女は、なにを思ったのだろう。
与えられた役目すらも果たせない、無力なだけの存在に価値はない。それを宣告されたかのような結末には、悔いと自責の念。
そして、罪悪感のみが募る。
「……それゆえに、私は罪を償わなければなりません。《冥界神話》がこの世界に残した傷痕を巡り、罪なる存在を裁く。それが私に課せられた、唯一の役目にして罰……この身と、心と、命——すべてをかけて、私は《冥界神話》の犯した罪と、無力であった私自身の罪を、償います」
そう言って、彼女は静かに締め括った。
《冥界の語り手》の語り話が、閉じられた。
使命を全うできなかった彼女の、罪。
それを償うために、彼女は彷徨う。
贖罪こそが、今の彼女の存在理由。
それゆえ、だろう。
罪なる存在を裁く行為。
そして——
「……ドライゼ」
「なんだ?」
唐突に、ライに呼びかけられるドライゼ。
何気なく返答した彼に、彼女は、求める。
——罪を償なわせることを。
「貴方のその銃で、私を撃ってください」
「な……っ!」
吃驚するドライゼ。いや、ドライゼだけではない。その場にいた全員が、驚きのあまり、言葉がなに一つとして出てこない。
しかしライはそれを気にする風もなく、続けた。
「頭蓋でも、腹でも、この胸でも——」
「おいおいおい! ちょっと待て!」
淡々と続けるライを、慌てて止めるドライゼ。やっと彼女の言葉を聞き取り、頭が理解を始めた。
「俺がそんなことできるわけないだろう? 野郎ならまだしも、女に銃を向けられるかよ」
「ですが、私は……《冥界神話》は、貴方の主を——」
ライは無感動のままに、言葉を返す。
ただ事実を述べているだけであるが、その事実があるからこそ、彼の言い分が受け入れられないとでも言うように。
彼女は語る。
己の神話ではない神話を。
己の罪によって引き起こされた惨劇を。
己の語るべき神話が為した惨憺たる大罪を。
一人の語り手として、語る。
「——殺したのですよ」