二次創作小説(紙ほか)
- 72話 「『死神』」 ( No.251 )
- 日時: 2015/10/04 16:32
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「暴食の罪、断罪しました——」
鎌を担ぎ直す。
彼女は、まっすぐにグラトニーを見据えた。
これから為すべき、“罰”を与えるべく。
「——それでは、贖罪の時です」
ライは静かに歩を進める。そして、断罪された暴食の大罪龍の前で、止まった。
「貴方に罰を与えましょう。暴食の罪は最も重い大罪。皮を破られ、肉を裂かれ、骨を砕かれ、血を啜られた、生者の苦痛——それを、知ってもらいます」
ガッ!
彼女は鎌の柄を、グラトニーの口に差し込んだ。
「!」
「アグァ……ッ!」
そしてそのまま鎌を振り上げて、グラトニーの口を強引に押し開ける。
「やはり何度見ても、何とも醜いものですね……これが暴食の罪の形ですか」
悍ましい、とライは言った。
黒々とした口腔。唾液に塗れたその空間に踏み込む。酸性の液体が、じゅわっと化学反応を起こし、上気を上げるが、気にしない。むしろ、この空間を踏み躙るように、歩を進めていく。
そして、自分のすぐ横に垂れ下がる、白く長大な牙に目を向けた。
「……この牙は、数多の生者を貫いた、罪の牙……その罪は、取り払わなくてはなりません」
彼女は、その牙の根本に、鎌の切っ先を突き刺した。
「アガァ……ッ!」
「罪には、罰を」
彼女は、告げた。
「っ!」
「部長っ?」
「ふえっ?」
「っ……?」
ほぼ反射的に、沙弓は暁と柚、そして恋を抱き寄せる。
胸に押し付け、腕で彼女たちの頭を覆うように。
その、直後だった。
「その牙は……罪、ですね」
力ずくで、その牙を抉り取った。
歯肉と共に。
「ア、ガ、ガァ……ッ!」
「まだ、ですよ……この牙だけではないでしょう。ここに並ぶすべての歯牙が、貴方の罪の証明——すべて、罰を与えなければなりません」
と、彼女は宣告する。
直後。
ぶんっ、という風切り音が鳴り、同時にグラトニーの口から、白いなにかが吹き飛んだ。
「ギャガァッ!」
「残り、いくつ残っているでしょうか……」
ガスッ! ガスッ! ガスッ!
と、グラトニーの巨大な口の中で、鎌を振り回すライ。
また、三つの白いものが、口の中で弾け飛んだ。
「……数えました。四十三本、でしょうか……」
ガッ、と足元に歯に柄を突き込むと、梃子の原理で抜き取る。
上顎に生える長大な牙を掴み取り、力任せに引き抜く。
鎌を振るい、歯茎を裂き、まとめて切り落とす。
「……あと、三十三本……」
鎌の柄で突き、砕く。
切っ先を振り下ろし、貫く。
破片が飛ぼうが、血を浴びようが、唾液に塗れようが、彼女は鎌を振るい続ける。
暴食を、断罪するために。
「ア、ア、アァァァ……! ガハァッ!」
「……あぁ、忘れていました」
もうほとんど、白い部分が見えなくなったグラトニーの口腔。
その中で、ライは視線を彷徨わせる。
「牙が暴食のすべてではありませんね……その“頬”は、どれほどの命を蓄えたのでしょうか」
「!? ガ、アァァァァァッ!」
ザシュッ
濁った音が、響いた。
鮮血が散る。そして、ライの視界は、少しばかり明るくなった。
ただし、右側だけだ。
「こちらも……同様に」
ザシュッ、と音が鳴り。
ボタボタ、と穢れた音が響く。
その口から、血と唾液が流れ出る。下品で、汚らしい、体液が。
「ア、アァァ……ガ、ア……ッ」
「…………」
乾いた声をあげるグラトニー。ライは、助けを請うように蠢く舌を、掴んだ。
潰してしまうほど強く、握り締める。
「これは、この舌は、どれほどの命を味わったのでしょうか……告白と、懺悔の時間を与えましょう」
「アガガガガ、ガ、アァ、ガ……」
「……懺悔はない、ですか」
ブチッ
「アガアァァァァァァァァァァァァァァッ!」
グラトニーの口から、大量の赤が溢れ出る。
とめどなく、氾濫するように、流れ出て来る。
「…………」
ライは、手にした赤いものを放り投げると、グラトニーの口から下りる。
そして見えるのは、暴食に直結する罪の形を、破壊された悪魔龍。
しばしその姿を見つめると、ライはその顎を蹴り上げる。
「ガファ……ッ」
そして、今度はその顎を、踏みつける。
さらに手にした大鎌を、再び口腔へと押し込んだ。
刃が下に、下顎に当たるように。
「この顎は、どれほどの命を噛み砕いたのでしょうか」
ザクリ
バキッ
同時に、破壊音が響く。
鎌の切っ先は、顎を突き貫く。
断罪者の足は、顎を踏み砕く。
「その鼻は、どれほどの命を嗅いだのだでしょうか」
再び、足を振り上げ、そして振り下ろした。
グシャッ、という気味の悪い音が鳴る。
血が噴き出る。踏み潰し、踏み躙る。
吐き気を催すほどの、濁った血の匂いが鼻につく。それでも構わず、彼女は足に力を込める。
「ア、ア、ァ、ハグァ……」
やがて、足を退けた。
グラトニーは、助けを請うように、這いつくばる。目の前にいるライに、許しを請うように、その手を伸ばす。
「……それは」
ライは、その手を掴んだ。
そして、地面に押し付ける。
「その手は、爪は、どれほどの命を掴み、裂いてきたのでしょうか」
断罪者に、温情は存在しない。
ただ、目の前の罪を、裁くことのみに終始する。
鎌を振り下ろす。切っ先を、爪先に突き立てる。
「ガハ……ッ!」
黒い爪が四散する。赤い体液が飛び散り、ドクドクと流れる。
「そうですね……この爪も、罪の証ですね」
「アァ、ハッ、ハ、ガ、ア、ア、アァァァ……!」
爪が砕かれ、肉が剥き出しになり、鮮血が溢れ出る爪先。
そこにライは、鎌の柄を、捻じ込んだ。
「ハガア、ァ……ッ!」
「……痛いですか?」
ライは問う。しかし、元々暴食という本能だけで動き、まともな思考回路を持ち合わせていないこの悪魔龍に、正常な問答など通じない。
そうでなくても、すべての歯を砕かれ、舌を抜かれているのだ。喉を震わせて、不明瞭な嗚咽の音を鳴らすことくらいしかできない。
「その痛みは、貴方に喰らわれた魂の痛みです……貴方もよく、味わってください」
その歯牙を砕いたように、ライは鎌を振るった。
柄で砕き、刃で切り、切っ先で剥がす。
「……左も、平等に」
悪平等が、痛みを伴ってやって来る。
右手に走る激痛が、左からも襲ってくる。
さらに、手甲に刃を突き刺す。そのまま引き込み、縦に引き裂く。
「……そうでした。爪は裂く凶器……命を鷲掴む穢れた手は、ただ裂くだけでは足りませんね。その手首ごと、落としましょうか」
躊躇いはない。
すべての爪を剥がされたその手は、根元から切り落とされた。
「さて、貴方は如何にして命を味わっていたのでしょうか。血に染まった味と、肉と骨を磨り潰す食感と、身を引き裂く心地と……あれも、ありましたね」
暴食の罪を考える。どのように、罪を犯してきたのかを。
どのような感覚を持って、暴食という罪を為してきたのかを。
指折り数え、考える。
そして、彼女は口を開いた。
「……喉越し」
再び、ライはグラトニーを蹴りあげた。
そして、彼の腹に乗り、歩を進め、頭と体を接続する、そこへと刃を当てる。
刹那。
黒い刃が煌めく。
直後。
血が飛沫く。
「…………」
手首のように、切り落としてはいない。
喉を、切り裂いた。
続けて、切っ先を差し込む。さらに、柄を捻じ込む。
「どれほどの命が通ったのでしょうか……この食道の穢れは、貴方の罪の重さを示しているようです……」
「ア、ハッ、ハ、フ、ヒュ……」
喉に風穴を空けられたグラトニーは、もはやまともに発生できない。ヒューヒューと、空気が喉を通り抜ける音ばかりが、虚しく響く。
「貴方の食したものは、ここを通り……そして」
ここに、辿り着く。
彼女が指し示すのは、閉じかけた腹。
一度、暴食がすべてを吐き出した、もはやなにも入っていない、胃袋。
「ここが……貴方の大罪の、根源」
裁かねばなりません。
その一言で、再び、その腹は開かれた。
血と胃酸の混合液が溢れ出る。臓物が飛び出す。切り目の入った胃袋が見える。だらしなく伸びる小腸が垂れ下がる。真っ黒な肝臓が零れ落ちる。潰れた腎臓が弾ける。
悲鳴のような音が聞こえた。それはもう、声とは言えない。ただ、風が吹き抜けるだけの、音だ。痛みを訴える術すらも、なくなっている。
牙も、歯も、頬も、舌も、顎も、爪も、手も、喉も、腹も、すべてを破壊しつくされた暴食の大罪。
いや、その姿は大罪でも、悪魔龍でもない。
己の存在理由のすべてを否定され、存在証明のすべてを破壊された、ただの惨めで醜悪な怪物。
もはや存在価値すら存在しない、なんの変哲もない、ただの肉塊だった。
かつては己の手で裂き、己の口で砕き、己の喉を通し、己の腹にあった、肉と皮と骨がと血が綯い交ぜになった、混沌の物体。
己が今、その姿であった。
これが、暴食の罰。
「……さぁ、終わりです。罪を清め、悔い改めてください」
そして暴食の悪魔龍は。
肉塊のまま——消えて行った。