二次創作小説(紙ほか)
- 72話 「『死神』」 ( No.252 )
- 日時: 2015/10/05 08:44
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: .HplywZJ)
「……酷い」
沙弓は、抑えきれず、言葉を漏らす。
目の前で起こった惨劇。
それは、断罪でも、贖罪でも、なんでもない。
ただの一方的な虐殺だ。
嗜虐的で、凌辱的な、凄惨な行い。
これが、冥界の語り手の在るべき姿なのか——
「……ゆみ姉、もうそいつら離してやれ」
「あ……ごめんなさい」
覇気のない声だが、浬は沙弓に声をかける。
そこで初めて、ハッとする沙弓。もはやそこに、裁かれた暴食の悪魔龍が存在しないことを確認してから、抱き寄せた二人を解放した。
「二人とも、大丈夫?」
「……正直、なにも見えなかったし、よく聞こえなかったんだけど……」
「なんだか……とってもこわい感じが、しました……」
「とりあえず……だいたい察した」
あの惨劇は、この三人には見せられない。本来なら浬にも見せたくはない。自分だって見たくない。
だが、とにかくこの三人に、あんな暴虐な一部始終を見せるわけにはいかなかった。あんなものを見ては、おかしくなる。
今、正に自分も、気が狂いそうだった。
返り血を浴び、肉片を付け、唾液に塗れた、死臭漂う『死神』の姿が、そこにはある。
それは静謐だった『死神』ではない。
残虐で暴虐な、『断罪者』だった。
「……僕は確かに言ったよ。『死神』は、多くのクリーチャーを“惨殺”した、って」
「……ごめんなさい。私が甘かったわ」
惨殺。
それは書いて字の如く、惨たらしく殺すこと。
正に、先ほどまでの惨状そのものだった。
肉体という肉体をすべて壊され、命を削られ、魂までもを刈り取られる。
言葉の上では分かっていた。分かった気になっていた。
だが、その認識は甘かったのだ。
知識として知る惨殺は、現実のそれとは程遠い。
今ここにあった行いことが、その言葉の真の意味だった。
沙弓は、引いた血の気をなんとか呼び起こし、それとは逆に、湧き上がる吐き気を押し戻し、一歩を踏み出す。
死を纏った、『死神』へと、近づく。
「……なんで、こんなに酷いことができるの?」
「酷い、ですか……」
ライは表情を変えぬまま、振り向く。
その表情そのものは、今まで見たそれとなにも変わらない。しかし、返り血に濡れたその姿のままでも、彼女は顔色一つ変わらない。
断罪を為し、罰を与えた彼女と、今ここに立つ彼女は、まったく同じ存在だった。『死神』としても、断罪者としても、そして《語り手》としても。
「私はただ、罰を与えただけです」
「“あれ”が、あなたの言う罰?」
「そうです。罪には罰を。その罪の大きさに比した罰を与えなければなりません。それが、私の役目……断罪者としての、私の使命です」
「へぇ、それはそれは、随分なご身分ね。でも、あなた自身、罪人だって話じゃなかったかしら? それが断罪とか、罰を与えるとか、そんな大それたことを言えるのかしらね」
「……えぇ、そうですね……」
確かに、その通りだ。
ライは己の使命を果たせず、主の暴走を許してしまった、罪がある。
罪人が罪人を断罪し、裁き、罰を与えるなど、酷い矛盾だ。
「本来ならば、私は罪人を裁くなどと言えるような身分ではありません。最も罪深きは私であり、私が最も裁かれなければならない存在です」
しかし、とライは続ける。
「罪は裁かねばならない、罪には罰を与えなければならない……そして、それを行うべきは私であり、それが私の使命です。私はこれ以上、己の使命を投げることは許されません。今の使命を全うすることが、私の贖罪の一つ……」
だが彼女の贖罪は、一つではない。
かつて果たせなかった使命を、今は断罪という別の形で果たす。その行為が、彼女にとって罪を償うことの一つ。
そして、もう一つは。
「私は、罰を受ける覚悟はできています。裁きを受ける覚悟が、とうにできているのです。ゆえに、私を裁く者がいれば、私は喜んでこの首を差し出しましょう」
「……口でならいくらでも言えるわよね。あなたは、本当に自分の罪を償う気があるのかしら」
「……当然です。私の罪が償われるのであれば、私は破壊的な痛苦でも、暴虐的な辛苦でも、凌辱的な責苦でも、屈辱的な憂苦でも……如何なる罰をも受けましょう。この私を殺し、壊し、害し、犯すことが贖罪になるのならば、私は殺され、壊され、害され、犯されることを切望します」
すべては贖罪のために。
罪を償うためならば、なにも厭わない。
「私は言いました。あなたが従える語り手に」
彼女は、繰り返す。
己への罰となるはずの、言葉を。
「“私を撃ってください”」
——と。
確かに、彼女はそう言った。
「その言葉に、偽りはありません。貴女が、私の所業を許せないと言うのであれば、どうぞ、私を裁いてください」
彼女は鎌を落とした。
そして一歩、また一歩と、沙弓へ歩み寄る。
無防備に、隙だらけのまま。
彼女へと、歩み寄る。
「その覚悟は——できています」
「っ……!」
その一言で、分からされた。
(この子——)
彼女の声、眼、仕草——彼女が纏う、あらゆる意志と思念を内包した空気が、すべてを教える。
彼女の、《冥界の語り手》の、在り方を。
(——本物だわ……!)
その瞳は、暗い。
常闇の暗夜よりも、地獄のさらに奥にある冥府よりも、深淵を超えた暗黒よりも、なによりも暗く、深い。
それは、かつての恋のような揺らぎもない。確固たる暗黒の証明。
絶対的な罪の意識と、自責の念、そして使命感から湧き上がる、脅迫的なまでの贖罪への渇望。
彼女は、罪を償うため“だけ”に生きている。
罪を裁くという使命を全うすることで、そして、己へ罰を与えられることを求めて、すべてを己への贖罪とするため。
ただそのためだけに、彼女はここに存在している。
「……分かったわ」
「私を、裁いてくださるのですか?」
「いいえ」
沙弓は首を横に振る。
「あなたがどれだけ残虐でも、あなたにはあなたの意志がある。それを一方的に非難はできないわ」
目的のために手段を選ばないと言えば聞こえは悪い。
しかし、その目的の重さを考慮すれば、どうか。
それを考えた結果、沙弓は一つの答えを出す。
「だから、あなたを見極める。もう少し、あなたに着いて行かせてもらうわ」
「……私は構いません」
ライは拒絶しない。それだけの権利は、自分にはないと主張する。
沙弓は振り返った。その先にいるのは、部員たちと、一人の少女。皆に、彼女は言う。
「ごめんなさい皆。でも、これは私の我儘だから、無理についてくる必要はないわ」
浬以外には直接は見せていないとはいえ、ライの今の姿を見れば、どれだけ凄惨な所業であるかを察することはできる。
「ここから先はもっと酷いことが起こるかもしれない。もっと酷い場所を訪れるかもしれない。私はあなたたちに、それを感じさせたくはない……だから」
一緒に来る必要はない。
そう、続けるが、
「……やだなぁ、なに言ってんのさ。部長が行くなら、私たちも一緒に行くに決まってんじゃん。ねぇ、ゆず」
「は、はひ……ぶちょーさんだけに、おまかせするわけにはいきません……っ」
軽く笑う暁。それに従うような柚。
「……あきらがいくなら、わたしも……」
さらに、暁の腕を抱き寄せる恋。
最もあの惨状から遠ざけるべきだと思っていた三人は、なんの躊躇いもなく、彼女の後ろに着いた。
「……だそうだ、部長。まあ、あんた一人っていうのも不安だし、俺も行くつもりだ」
そして、唯一の男子部員も、同じように、続く。
遊戯部の面々と、もう一人の少女。およそ仲間と呼べる彼女たちは皆、この背の裏にいる。
部長という、自分の背に、付き従っている。
「あなたたち……まったく、怖いもの知らずなんだから……」
結局は、いつもと同じだった。
いつもと同じメンバーで、いつもと同じように活動して、いつもと同じように戦う。
それが、自然なことなのだ。
この遊戯部においては。
「……では、参りましょう」
血振りし、こびり付いた肉片を払い、返り血を拭い。
ライは大鎌を担ぐと、背を向けて踏み出した。
「次に裁くは——憤怒の罪」