二次創作小説(紙ほか)
- 73話 「憤怒紛争地帯」 ( No.255 )
- 日時: 2015/10/04 23:17
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
憤怒紛争地帯。
その場所は、そう呼ばれていた。
怒りという衝動のみが支配する、激戦地。
あらゆる怒りを募らせた悪夢が、そこにはある。
怒りとは、あらゆる感情の中でも、最も過激で、他者との関係の下に成り立つ感情だ。
その感情は、どの時代、どの世界でも、必ず争いを引き起こした。怒りがあるがゆえに、数多のものが壊れ、幾多の命が消え、報復や復讐といった概念が喚起され、負の連鎖が起こる。
そのすべてを凝縮したかのような場所が、この憤怒紛争地帯だ。
罰を受け、死ぬことすらも楽しむファンキー・ナイトメアたちが、唯一争い合う場所でもある。
「……そんな話を聞いたから、もっと物騒なところだと思ってたけど……案外、静かね」
「彼らとて、四六時中争い合っているわけじゃないのさ。争う時はとことん争うけど、そうじゃない時は、こんなもんだ」
今、この場はしんと静まり返っている。とても争っている雰囲気ではない。
「……怒りとは、刹那のうちに湧き上がる感情。突発的な激情。起こった時には激しく、しかし時流に委ねればすぐさま鎮まる。その時は儚く尊く、そして短夜の如し。それはいついかなる時であろうとも起こり得るものであり、絶え間なく呼び起こされる衝動ではない……そういうことです」
「まったくが意味が分からないよ?」
「要するに、怒りという感情は短い間に湧き上がるものだから、この場所でも、常に怒りに任せて戦っているわけではない、ということね」
つまり今は、怒りの衝動が湧いていない時だ。
しかし、いつ連中が怒りに任せて暴れ出すかは分からない。その予測は立たない。
だからその前に、怒りの根源を鎮めるのだ。
「この地は、元々は静寂が支配する、静かな土地でした……憤怒の罪がこの地を支配するようになってからは、怒号と憤激が渦巻く戦場となってしまったのです」
かつての静けさは、もうここにはない。
それを取り戻すため、というだけなわけもないだろうが、ライはこの地に巣食う憤怒の源を裁く。
それが、彼女の贖いだから。
「……ここですね」
そう彼女が呟いた時だった。
ビルのような建造物が立ち並び、そこらじゅうに弾痕や切傷の見られる、この地区の中央部。
そこには、クレーターの如き大穴が空いていた。
隕石でも衝突したのではないかと言うほどに大きく、深い、半球状の大穴が。
その中心の、奥底に、なにかがいる。
「あれは《憤怒の悪魔龍 ガナルドナル》。この地区の統治者だね」
ここからそのクリーチャーまでは結構な距離があるが、それでも顔つきは大体わかる。
さらに言えば、その纏っている雰囲気から、概ね察することができた。
「なんかおっかない顔してるねぇ……」
「怒っている、のでしょうか……?」
「まあ確かに、憤怒というくらいだし、四六時中怒り狂ってるようなクリーチャー、なんじゃないかな?」
僕も詳しいことは知らないけど、とリュンはいい加減に言う。
「怒り……それは罪……罪には罰を、罪は裁かれるべきもの……」
「あ……ちょっと」
そんなことを言っている傍ら。もはや目の前の咎人しか見えていないかのように、ライは穴へ飛び降りた。
人間ではない、クリーチャーであるライなら、この程度の高さから飛び降りても問題はない。途中で足を付けることなく、一息で穴の底へと降り立った。
「私も行かないと……!」
穴の底に立つライ。
彼女は、ジッと目の前の悪魔龍を見据えていた。
「……あんだぁ、てめぇ……?」
その悪魔龍——ガナルドナルは、眉間に皺を寄せ、怒気を含む調子で、声を発する。
「私は、ライと申します。《冥界神話》を語る罪人……そして、罪を裁く断罪者。貴方の憤怒という大罪を、裁きに参りました」
「はぁ? なにをわけの分からんことを……」
「貴方の理解は、さして問題ではありません……ただ私は、罪を、裁くのみです」
「……俺とやるってのか? 見たとこてめぇ、よそ者みてぇだが、俺のことを知らねぇわけじゃねぇだろ」
「知っています。貴方は罪。憤怒の大罪を背負う、罪深き悪魔の龍。ゆえに、私は貴方を断罪します。私の使命を、全うするために」
「はっ、身の程知らずが。ならてめぇの身体にたっぷり叩き込んでやる。俺の怒りを、俺の内から沸々と湧き上がる、この罪の証をな!」
怒号のような雄叫びを上げ、二人を覆う空間が歪み始める。
再び、訪れるのだ。
《冥界神話》の語り手が、罪を贖う場所へと。
再び、開かれたのだ。
大罪を断罪するための、神話空間が——