二次創作小説(紙ほか)

75話 「ラストダンジョン」 ( No.259 )
日時: 2015/10/05 04:00
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 ラストダンジョン。
 その地がそのように呼ばれるようになったのは、つい最近のことだ。
 元々は、荘厳で立派な城がそこには立っていたのだろう。しかし今やその見る影はなくなり、完全に倒壊し、崩落している。
 城どころか、建物としての原型すらもとどめていない。そこにあるのは、ただの瓦礫の山だ。
 ただし、地下に続く道を除いては、だが。
「……暗いわね」
「コルル、火つけて明るくするとかできないの?」
「無理じゃなけど……ずっと燃やし続けるのは疲れるんだ。結構エネルギー消費するんだぞ」
「エリアス、お前はどうだ」
「錬金術の応用で、多少の灯は生成できますけど、やっぱりエネルギーが……」
「でも、このままだとなにも見えないし、お願いしたいところだね」
「しょうがないなぁ……」
「わかりました」
 暗闇に灯る、二つの光。
 それらが漆黒の世界を取り払う。
「……陰気くさいところね」
「地下なんてそんなものだろう。それよりも、ここに本当にクリーチャーがいるのか?」
「なにも、聞こえません……プルさんは、どうですか?」
「ルー……」
 どうやらなにも聞こえないようだ。
 クリーチャーとて生き物だ。そこには、人間のそれとは遥かに違えども、確かな生活がある。
 しかしここからは、それが微塵も感じられない。
「……だが、なにか感じるな。肌に伝わってくる。悍ましい気配が……」
「ドライゼがそう言うなら、そうなのかな?」
「なんにせよ、ここまで来たからには進むしかないだろう」
「そうね……こんなところまでつき合わせて悪いけど、もうちょっと、私に付き合ってもらえるかしら」
「とーぜんっ! 部長と一緒なら、どこまでも行けるよ!」
「あきらといっしょなら、どこまでもいける……」
 にこやかに返す暁と、こちらも揺らがない恋。
 浬や柚に目を向けても、同じようなことを言いそうな目をしていた。
(つくづく、私は部員に恵まれているわね……)
 そんなことを思いながら、沙弓は部の長として、最初の一歩を、踏み出した。



「……今までの場所も不気味だったけどさ、ここはもっと不気味だね……」
 ぽつりと、堪え切れなくなったように暁が言葉を漏らす。だが、確かにその通りだった。
 この場所が、地下という閉塞された空間であることも関係しているのだろう。空気が淀んでいて、息苦しい。暴食横町のような腐臭のような強烈さはないが、それでも鼻につくのは不快感を催す空気だ。ようなじわりじわりと精神をすり減らすかのようだ。
 さらに周囲を見渡せば、鉄格子の嵌められた部屋ばかり。
「……牢獄……」
「みたいだね。鎖とかも繋がってるし……ここは地下牢だったみたいだ」
「……随分と物騒なものも置いてあるな」
 浬が吐き捨てるように言う。
 その視線の先にあるのは、鉄の塊だった。
「なにあれ? 像?」
「女神さま、みたいです……」
「……アイアン・メイデン……わかりやすい、拷問器具……」
 拷問、という言葉を耳にした途端、暁と柚が竦みあがった。
「ご、ごーもんっ? な、なんでそんな、おっかないものが……?」
「ここがそういう場所だから、だろうね」
「他にも、それらしいものはいくつもある」
 まず、あちらこちらが血で染まっている。すべて黒く変色してしまっているが、そこには確かな、生命の源たる液体が流れた痕跡があった。
 無造作に転がっている鉈や鋸。人の背丈ほどもある木馬。壁にかかった棘のついた鞭。無数の針が飛び出した椅子。鉄でできた牛の彫像。巨大な車輪。なにに使うのか皆目見当のつかない金具の数々。
「……なにに使うんだろう、あれ」
「……いろいろ?」
 その色々の内容については、とても聞く気にはなれなかった。
 また沈黙が訪れる。黙々と歩を進め続ける一同は、やがてその足を止める。
「……扉があるな」
「ここまでずっと一本道でしたが……な、なにがあるんでしょう……?」
「開けてみるしかないわね」
 そう言って、なんの躊躇いもなく、沙弓は扉に手をかけた。
 どうせ引き下がるという選択肢はないのだ。ならば、いまはもう、進むしかない。
 そんな消去法のような考えで扉を開いたわけではないが、沙弓は前に進む。
 そこは、広間のようになっていた。天井は高く、ドーム状になっている。そこらじゅうに赤黒い液体がこびり付いており、鎖のような金具のようなものが散乱していることは、ここまで通った道とまるで変わらない。
 ただ決定的に違う点は、一つ。
 広間の中央に鎮座する、巨大な龍の存在だ。
「こいつが、邪淫の大罪龍……」
 その龍は、肌で感じるほどに、禍々しい空気を纏っていた。
 下半身は骨の姿だが、龍の頭のようで、さらにその凶悪さを物語っている。
「……まさか、獲物の方から来るとは思わなんだ……ちょうど、退屈してたところだ……」
 龍は、ゆっくりと動き出す。
「……いい匂いだ。女が……一、二、三……七か。いいぞ、我が渇望の証がそそり立つぞ……!」
 そして——爆ぜた。
「っ! なに!?」
「わ、はわ……っ!」
「……っ」
 龍の内から、霊魂のようなものが大量に飛び出す。ドーム状の部屋を縦横無尽に駆け巡るそれは、こちらへと狙いを定めると、狂気の笑い声を上げながら襲い掛かる。
「う……っ!?」
「暁! 大丈夫か!?」
「う、うぅ……」
 霊魂が通り過ぎた暁の身体が、崩れ落ちる。呼気を荒くして、力も抜けてしまったのか、その場にへたり込んだ。
「あきら……こいつ……っ」
「恋! 後ろ!」
 キュプリスが叫ぶ。しかし、暁に意識が向いた恋には、その言葉は手遅れ過ぎた。
 彼女の背から、霊魂が通過する。
「ん……っ」
 暁同様に、恋もその場に倒れ込んだ。
「なんなの、これは……!」
「分からん! だが、あいつがなにかやらかしていることは確かだ!」
 襲い来る霊魂を、ドライゼが銃撃で牽制する。
 見れば、浬や柚も、同じように地に伏していた。クリーチャーたちも同様だ
 もはや残っているのは、沙弓とドライゼしかいない。

「我が名は《渇望の悪魔龍 アスモシス》! 俺の居城へと入り込んだ雌犬ども、俺の渇望を満たす糧となるがいい!」

 龍——アスモシスは、高らかに叫ぶ。
 そして、それと同時に、霊魂の動きが止まった。
「……ん?」
 しかしそれは、アスモシスが止めたわけではないようだった。
 部屋の隅、最も扉に近い位置にいたその人物が、視界に入る。
「はぁ、はぁ……久々に力を使うと、やっぱり上手く行かないね……!」
「リュン……!」
 息を荒げながら、リュンは右手を突き出し、左手でその右腕を掴んでいる。
 傍から見れば、なんとも痛々しい光景に見えるかもしれない。だが、その掌からは、確かな力の流動を感じる。
「沙弓さん! 早くそのクリーチャーを神話空間に引きずり込むんだ! 僕の“これ”も、長くは続かない! その間に、神話空間のデュエルで倒すんだ!」
 リュンは叫ぶ。そこに、いつもの余裕はない。酷く、必死な形相だ。
「……台詞がベタベタね」
 しかし、彼の言うことはもっともだ。
 アスモシスがなにをする気なのかは、まだ分からない。
 だが、
「可愛い部員にこんなことされたら、黙ってられないわ……!」
 なぜなら、自分は部長なのだから。
 部員が危機に晒されている中、それを助けないわけにはいかなかった。
「ドライゼ! 準備はいい?」
「当然だ」
 二つ返事で、声が返ってくる。頼もしい限りだった。
 アスモシスは困惑している。己が操る霊魂が動かないことが、いまだ彼の理解の処理を遅らせていた。
 今が、好機だ。
「皆、待ってて。必ず助けるから——!」
 倒れた部員たちの姿を後ろ目に、沙弓は己のデッキに手をかける。
 そして、歪む空間へと進む。

 邪淫の罪に塗れた、神話空間へと——