二次創作小説(紙ほか)

75話 「ラストダンジョン」 ( No.263 )
日時: 2015/10/08 23:40
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 俺はなにをしているんだ。
 と、ドライゼは自分を叱咤する。
 今、主人はなにをしている。
 戦っている。それも、一人で。
 そして今、危機に瀕している。
 一歩踏み外せば、闇へと堕ちてしまいそうなほどに、危うい。

 ——あの時と、同じだ。

 主が死の淵に追いやられ、そして、自分の力は及ばなかった。
 自分は、あの時と同じ過ちを繰り返してはいけないと、固く誓ったはずだ。
 拒絶されようと、地の底に叩き落されようと、それだけは忘れない。そして、遂げなければならない。
 死んでも構わない。それが正しいのかは、分からない。
 だが、そんなことを気にして、悩んで、迷っている暇はない。
 本当に救いたいなら、もう二度と主を失いたくないのなら。
 迷うな、躊躇うな。
 あの時と同じではいけないのだ。
 あの時と同じ悲劇を繰り返してはいけないのだ。
 今度こそ、主を守り抜く。そして救いきる。
 そう決心した語り手は、暗闇を進む。
 地の底から、這い出るように——



「——沙弓!」
「っ……!」
 突如、叫ぶような声が聞こえる。
 場からではない。手札からでもない。もっと下の、深いところ——墓地から。
 一体のクリーチャーが、顔を出していた。
「ドライゼ……」
「恐れるな。恐怖は奴らの餌だ。恐怖に飲まれるということは、奴らに飲まれるということだ。奴らに飲まれたら、お前の後輩とやらは、助けられないぞ!」
 分かっている。そんなことは、言われるまでもなく理解している。
 だが、頭で理解できていても、もうダメなのだ。
 身体に、恐怖を刻み込まれてしまった。渇望という邪淫の大罪を、この身に染み込まされてしまった。
 もはや、恐怖に支配された身体は動かない。
 動くことが、できない。
 しかし、
「お前には!」
 それでもなお、ドライゼは叫ぶ。
 己が主人のために、叫び続ける。
 そして自分の、証明のために。
「お前には、俺が……俺たちがいるだろう!?」
「あなた、たちが……?」
 ふと、目を落とす。
 手札にあるカード。今の状況を切り抜けるためには、必要不可欠なパーツ。
 墓地にあるカード。自分の戦略を組み立てる上では、切り離させない場所。
 山札にあるカード。これから先に待つ未来の展開を左右する、運命的領域。
(あぁ……そっか)
 これらはすべて、自分の仲間だったのか。
 いや、それだけではない。
(あの子たちは、私の大切な部員たちで、後輩たち……私は遊戯部の部長。だから、皆を助けなくちゃいけない。そう、思ってた)
 それは間違いではない。
 しかしそれだけでもない。
(皆、部員であり、後輩である以前に、わたしの仲間……共に歩む、仲間よね)
 立場的に、自分が上だと驕るつもりはない。だが、事実としてそうあることが、脅迫的に迫ってきていたことは事実だ。
 しかし今その事実は、幻となって、雲散霧消した。
(身体の震えは止まった……不思議ね。仲間がいるって分かった途端、なんだか、心強くなっちゃった)
 死ぬことも怖くないくらいに、と冗談を言いそうになる。
 しかし、それは違う。死ぬことが怖くないのではない。
 死に向き合い、立ち向かうことに、躊躇がなくなった。
(恐怖はない。皆は失わせはしない。私も、こんなところで生涯を終えたりはしない)
 ——あの人たちの分まで、生きなくちゃいけないから——
(私は、この時の死に抗って、否定する。誰も傷つけさせはしない、誰も殺させはしない。私自身も、仲間と一緒に生き延びる。そしてまた、あの部室に帰るのよ——)



 ——どうやら乗り越えられたみたいね、死という生の障害を——



 どこからか、声がする。
 女の声だ。どこか尖りがありながらも、神秘的な艶のある声。
「え……誰……? どこに、いるの?」

 ——まあ待ちなさい。今、姿を見せるわ——

 刹那、どこからか——暗夜の如き獄より、長い銃身が一つ突き刺さったような、淡く光る球が現れた。
 死の超克を感じ取り、それは目覚める。月光の如く、闇を照らしながら。
 一瞬、暗闇の世界が沙弓を覆う。ただ一つ、儚い月の光のみが支配する、夜の世界が。
 気づけば、そこは黒い空間。
 真っ暗闇でありながらも、自分の姿——そして傍らに立つ、ドライゼの姿は、はっきりと見える。
 それに、不思議と心地よい。墜ちたような感覚はなく、狂ったような滅裂さもなく、頭は冴え、そして清々しい。
 直感的に分かった。ここは神話空間ではない別空間。そして、この空間が持つ意味。
「ここは……」
『とりあえず、初めましてと言っときましょうか、卯月沙弓』
 声がしたので、ふと顔を上げる。
 そこにいたのは、女神。
 いや、実際に女神なのかどうかは分からない。しかし、その容貌は、沙弓が一瞬でも眼と心を奪われみとれてしまうほどに、美しかった。
 総髪を後ろに流した、けがれを知らないかのような真っ白な髪。
 しなやかな肢体を覆う一枚布の衣が、彼女の艶やかさを表している。同時に裾へとグラデーションのように染まっていく黒が、純潔なだけではない彼女のもう一面を示す。
 そして、彼女は弓を携えていた。和弓のような、繊細で、なめらかな作り。ぴんと張った弦を見るだけでも、こちらの心も引き締まるかのようだった。
「あなたは……?」
 と、沙弓が尋ねると、彼女が名乗るよりも早く、
「……アルテミス……」
 ドライゼの口から、その名がこぼれ落ちる。
 アルテミス。
 それが、彼女の名だった。
『……久しぶりね、ドライゼ』
「アルテミス……会いたかった。また、会える時が来るとは……」
『……悪いけど、今の私はただの残響にすぎないわ。日が落ちても未だ残る残光のようなもの……だから私はただ、私のすべきことをするだけだし、そのための時間も長くはない。あんたの話を全部聞いてる暇はないわ』
 どこか見捨てるように、刺々しい口調で言うアルテミス。
 そして彼女は、続ける。
『死とは、すべからく生命に与えられた義務。いえ、生命に限らないわ。岩が風化し、鉄が錆び、城が朽ちるように、すべてのものには、形こそ違えど、“死”が存在する。何人も、それから目を背けることはできない……でも、なかなか向き合えつ者ではない。あんたたちは今、その死と向き合い、超克した。死に至る恐怖、死へと立ち向かう勇気、死と寄り添う覚悟——それらを認め、受け入れた。だから』
「あなたの力を受け継ぐ資格を得た、かしら?」
『そうね。だけど、そうじゃない』
 沙弓の言葉を肯定し、直後、アルテミスは否定する。
『本来なら私も、他の神話のように、あんたたちに力を与え、受け継がせるべきなんだけど、生憎ながらそれはできないのよね』
「できない? どうして? あなたは、そのためにいるんじゃないの?」
『その通りよ。だけど、私の力は全部ハーデスの奴に取られちゃったから、私の力は本来あるべき私の力じゃない。私の力は、元々は——』
 言い淀むことはなかった。まるで、それに誇りを持っているかのように、アルテミスはなめらかに繋げる。
 そして、彼へと視線を向けた。
『——ドライゼ。あんたの力よ』
「…………」
『ハーデスに力を奪われ、死の淵にまで追いやられた私に、あんたは自分の命を削って、生の源である魔術の力を私に撃ち込んでくれた。その力があったからこそ、私はこの世界を去るその時まで生きることができた。あんたに分け与えられた力を拠り所にしてね』
 感謝してるわ、とアルテミスはあっさりとのたまう。
 だがそれでいて、とても穏やかな声だった。
「……だが、俺はあんたを救えなかった。真に救えたとは、とても言えないほどに、酷い結果だ。俺の力を注いだあんたは、もはや昔のアルテミスじゃない。月光のように煌びやかなあんたはもういない……あんたは、俺の力のせいで、影になっちまった」
 しかし当のドライゼは、浮かない顔をしている。沈んだ声で、言葉を返す。
 それが彼の枷となっているかのように。
『……言っとくけどね、私はあんたのことを命の恩人だとは思ってるけど、それでもあんたに怒ってるのよ』
 そんなドライゼに、アルテミスは呆れたように、それでいて憤りを感じさせる語調で、また言葉を返した。
『自分が死ぬかもしれないのに、私に力を撃ち込むだなんて馬鹿げてる。私がその力を受け入れられるかも分からないっていうのに、自分の命を賭けるだなんて……その無謀さと無鉄砲さには、ずっと怒ってるのよ』
「だが、俺は……」
『だがもへったくれもありゃしないわ。いい? 私は、こう言いたいのよ——』
 アルテミスは、ドライゼを見る。
 彼の眼を、真っ直ぐに、見つめる。
 陰りのない、満月の如き純潔な瞳で。

『——私を理由に、勝手に死なないで』

「…………」
 それは、彼女の心からの言葉だったのだろう。
 死。如何なる生命、物体であろうとも、避けられない運命。
 彼女はその運命を否定も肯定もしない。ただそこにあるべきものとして、受け入れている。
 だが同時に、それと立ち向かい、向き合う大切さを知っている。
 だからこそ、自分を語り継ぐ者には、それを知ってもらいたかったのだろう。
 それはドライゼであり、そして自分自身。
『……ちょっと、感傷に浸りすぎたわ。私はどうしても感情的になりすぎちゃうのがいけないわね。これじゃあ、お兄様に示しがつかないわ』
 一度アルテミスは深呼吸して、落ち着いたように二人と向き合う。
『ともかく、今の私はあんたの力で成り立っているから、その力をあんたに授けるなんておこがましいことは言えない。だけど、あんたに科した枷は、外してあげるわ』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『ドライゼ、そして卯月沙弓。あんたには、私の神話を受け継いでもらうわ。なにがどうあっても、その事実は変わらない』
 元より力がないがゆえに、力は与えられないが、彼女という神話は受け継がなくてはならない。
 それが、ドライゼと、そして自分に課せられた使命。
 沙弓もここまで来たからには、その覚悟はできたいた。
 だからこそ、そこを追求するつもりはない。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」
『なに?』
「あの大罪の悪魔龍って、一体なんなの?」
 だから沙弓は、純粋に気になった点を問う。
 大罪を司る、七体の凶悪な悪魔龍。
 傲慢、怠惰、強欲、暴食、憤怒、嫉妬、そして邪淫。
 これらはアルテミスが束ねていた悪魔龍だと聞くが、神核を託すほど、重要なものたちだったのだろうか。
 それだけが、疑問だった。
『あー、あいつらね……あれは元々、私の秘めた罪を形にして、放ったもの。言い換えれば、私の一部だったものよ』
「あなたの、一部……」
『そう。スペルビア、コシガヘヴィ、アワルティア、グラトニー、ガナルドナル、アスモシス……あとなんだっけ? まあなんでもいいけど、奴らは、いわば私がこの世界に残してきた、私の“罪”。私一人が抱え込むべきではないと思って、それを分割して、具現化して、配下とした存在よ。だから、元を辿れば私の抱いていた“原罪”であり、私自身と言ってもいい存在』
 だから、アルテミスは大罪に己の継承を託したのだ。
 自分の認めた語り手が、その罪を乗り越えると信じて。
『特にアスモシスは、一番強大な力を持っている……だからこそ、核をそこに残したわけだけど』
「邪淫の罪が一番強いって……それって……」
 思わず、邪推してしまう。
 しかしその考えも間違えではなかった。うぐ、とアルテミスは言葉を詰まらせ、ムキになったように声を荒げる。
『な、なによ。私だって、ちょっとお兄様に対して色々と思うところがあったりしたのよ。それに、夜は私の領域だし……』
「アルテミス、開き直るのはいいが、墓穴を広げる必要はないぞ」
『う、うるさいっ! あぁ、もう! いつまでも喋ってないで、とっとと行きなさい。私も、もう消えるからっ』
 急に子供っぽくなったアルテミス。神話らしからぬ、普通の仕草に、思わず笑ってしまう。
 神話と言えど、彼女も自分たちと同じ意思を持つ、生命なのだ。
 それを、少しだけ感じた。
『絶対に死ぬんじゃないわよ、あんたたち』
 薄れゆくアルテミスの身体。もう、お別れのようだ。
 しかし彼女は感傷的なところなどなにもなく、追い払うように手を振っている。
 そんな彼女が、消える寸前。
『……信じてるからね』
 最後に、アルテミスは微笑んだ。
 月の影たる光を残して——



「…………」
 気づけば、そこはいつも通りの神話空間。
 目の前には、邪淫を渇望することで歪んだ、《アスモシス》の姿がある。
「……祝福に抗う英雄、龍の力をその身に宿し、罪なる怨嗟で武装せよ——《呪英雄 ウラミハデス》」
 沙弓は、なんの迷いもなく、今しがた引いて来たばかりの《ウラミハデス》を呼び出す。
 刹那、沙弓のマナが黒く光った。
「《ウラミハデス》のマナ武装7発動……墓地から、闇のクリーチャーを一体、バトルゾーンへ呼び戻すわ」
 戦場へと立つ《ウラミハデス》は、マナから闇の力を取り込む。その力を持って武装し、鮮血の大鎌を握り、数多の霊魂を従える。
 そして、死した亡者を、蘇らせる。
 いや、それは亡者というには、あまりにも神々しい。
 死者というには、あまりに生を強く持っている。
 《ウラミハデス》の魔術が、墓地から闇の存在を引きずり起こす。
 その怨嗟によって、ではない。
 そのものを望むから。
 渇望ではない。
 希望だ。
 過去の傷痕を受け入れ、現在という受難を超克し、未来へと繋がる、希望。
 光の裏にある影もまた、光の一部。
 今、それが蘇るのだ。
 地を這うかの如く。
「進化——」
 それは新たな力であり、かつての力。
 月の光にして、その影となる存在の、失われたものを取り戻す魔の力。
 地の底より、死をも乗り越えて、それは再び戦場へと舞い戻って来る。

「——メソロギィ・ゼロ!」












 闇が閉じる。
 そこにあるのは、暗夜の如き銃。
 影となる者の光。
 そして、死者を突き動かす、失われた神話の力。
 かの者は《月光神話》——否、《月影神話》の継承者。
 かつての神話を救った黒き魔術を手に、月光の影となりて、その存在を照らす。
 そう、かの者こそは——

「——《月影神銃 ドラグノフ》!」