二次創作小説(紙ほか)
- 77話 「部長」 ( No.265 )
- 日時: 2015/10/13 04:22
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「——ん……?」
眩しい。瞼の裏からも分かる妙な感覚。闇に閉ざされたはずの視界が、明かりを感じている。光を感じる感覚器が塞がっているにもかかわらず、その存在を感知できるのはなぜなのだろうか。機能を塞いでいるはずなのに、機能している。真に不思議なことだ。
などとぼんやり思いながら、ぼんやりと瞼を上げる。
「ここは……」
「目が覚めたか」
声がする。鋭くも荒々しい、しかしそれでいて柔らかな、男の声。
その声を聞いて、安心している自分がいた。
「ドライゼ……っ、いたた……」
「無理をするな。あの時は責任感と使命感が勝って、気力で耐えていたんだろうが、お前の身体は相当ボロボロだ。大人しくしていろ」
「……むぅ、あなたにそう言われると、ちょっと癪ね」
とは言うものの、全身が痛いのは確かだ。ここは大人しくしていることにする。自分が寝ているベッドに、体重を預けた。
しかし、それにしても痛い。
喜ばしいくらいに、痛みが走る。
痛いと感じることができる。それは、自分が生きている証左。
痛みは生の証だ。それを実感できていると思うと、幸福すら感じる。
(でも、なんだかマゾっぽい思考ね)
自嘲気味に心中で呟きつつ、隣でカードのままでいるドライゼを見遣る。こちらに気を遣っているつもりなのか、その状態のまま黙っている。
このまま沈黙を続けようかと思ったが、しかし彼には言いたいことがある。今は二人きり、言うなら今しかない。
そう思った矢先、口を開く。
「ねぇ、ドライゼ」
「なんだ?」
「ごめんなさい」
まず、頭を下げる。いや、寝た体勢なので頭を下げてはいないが、謝罪の言葉を口にする。
とにかく、謝らなければならないと思った。
あの時、感情に流されて彼を墓地へと叩き落したのは確かで、それをしたのは紛うことなく自分である。
結果的に、自分はこうして生きている。しかし、あの一手のせいで、自分も、彼も、傷つけたことに変わりはない。
それだけは、謝らなければならない。そう、思ったのだ。
「……俺もすまない」
直後、彼からも同じように、謝罪の言葉が出た。
まるで懺悔するかのように。
「俺は、俺の忠義が間違っていたとは思わない。俺は自分の死さえ受け入れる覚悟で主を守る。アルテミスを救えなかった俺は、そう決意を固めた。それは覆ることのない、俺の確固たる誓いだ」
たとえ今の主がそれを望んでいなくても、過去に起きた己の悔やみは、そう簡単には消せはしない。
かつての後悔は、己の非力さへの戒めで、決して忘れてはいけない過去を刻み込む鎖だ。
しかし、
「俺はその重責にこだわりすぎていたのかもしれない。そのせいで、本当に大事なことを見失っていた」
それは、自分自身。
主の意志。
どこか自分が特別な存在だと驕っていたのかもしれない。自分は、彼女を語る者で、彼女に近しいものである。
ゆえに自分は彼女を守り、救わなければならない。そんな意識が募りすぎて、自分自身を見失っていた。
それが自分の使命であることは、譲る気はない。それだけは自分の意思として貫き通す。
だが、自分自身という存在を二の次にしていたのは確かだった。
自分を守れない奴が、他人を守れるものか。
自分を身を滅ぼす奴が、他人の身を救えるものか。
それが許されざる罪だと、自覚した。
「……分かったわ」
それを聞き、ゆっくりと言葉を吐き出す。
そして、答えた。
今の彼の主として。
自分自身の告白と、彼への宣告を。
「私も少し熱くなってた。私こそ、かつての恐怖からあなたを追いやってしまった。そこは、私の弱さで、とても申し訳なく思ってる」
でも、と続ける。
これだけは譲れない。
彼が、己の誓った忠義を譲らなかったように。
たとえ主従の関係であろうとも、そんなものは関係なく、己の意志を貫く。
抗いと逆らいの意志を。
自分から命じる、絶対的な御言葉。
それは、心の底から念じる、ただ一つの願いだった。
「もう二度と、勝手に死ぬだなんて言わないで……!」
「……承知した」
ドライゼは静かに、そして重く、頷いた。
それっきり、二人とも黙り込む。これ以上、伝えるべきことはないと言うように。
言葉にしないと分からないことは、すべて伝えた。もう言葉にすることはない。
長い長い、静寂だった。
「——あ、部長……!」
と、その時だ。
小さく扉が開く。ひっそり開いたその隙間から、見慣れた彼女の顔が覗く。
同時に、その後ろから、同じく見慣れた顔が入ってくるのも見える。
「……起きたのか」
「ぶちょーさんっ」
仏頂面の顔と、今にも泣き出しそうな幼い顔。
その顔ぶれをみるなり、少しホッとする。
「部長!」
「おっ、と……暁、どうしたの?」
暁が飛びついてくる。全身に軋むような痛みが走ったが、なんとか抱きとめた。
彼女が上目遣いで見上げる。その瞳を見つめ返して、息を飲んだ。
いつも溌剌としていて、笑顔だったり不機嫌だったり、それでもやはり笑みを絶やさない彼女の目元から、一筋、光が流れる。
感情豊かな彼女が見せる、涙の雫が零れ落ち、胸を濡らす。
「心配したんだよ、部長! 目が覚めたら、血だらけになってて、死んじゃうかと思って……うぅ……」
「分かった、分かったから、泣かないで……」
流石に泣かれたら弱る。特に、泣き姿なんて見せそうにない暁が、泣いているのだ。どう慰めればいいのか分からない。
それに彼女は、自分のために泣いている。泣いてくれているのだ。
それだけ、自分のことを思ってくれていたのだ。
「ぶ、ぶちょーさん……よかったです、本当に……」
「ゆずちゃんまで……もう、みんな泣かないでよ。ほら、私はこの通り生きてるし、ピンピンしてるから」
「ピンピンはしてないだろ。下手したら、出血多量で死んでたかもしれないんだぞ」
「……ごめんなさい」
強い語調で、窘めるように浬に言われる。
確かに危なかったのかもしれない。今も、体が痛むだけでなく、少しバランスがおかしい。貧血のせいだろうか。
そんな、ふらふらになって暁の黒髪を撫でつつ、部員たちを見つめる。
「本当に、ごめんなさい……でも、ありがとう」
自分のために泣いてくれて。
これほど自分のことを考えてくれているのだ。生を諦めず、死に抗った甲斐があるというものだ。
(私は、幸せものね。こんなに良い部員に恵まれて……)
この子たちのために頑張って良かった
心の底から、そう思えた。
(ここが私のいるべき場所で、私の生きる場所なのよね)
改めて、そう思える。
今まで考えもしなかったが、しっかりと自覚することも大事だ。自分が生きる場所、そしてその目的と、意味。
自分居場所、仲間、存在理由はここにある。それは、自分が一番分かっていなくてはならない。
なぜなら、
(私が“部長”だからね——)