二次創作小説(紙ほか)

80話「押し引き」 ( No.272 )
日時: 2015/11/02 01:34
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

「それにしても、随分と押しの強い子ね、あの子」
「ひゅうがさん、ですか……?」
 船内を探索する、沙弓と柚。
 以前と同じように、炙れもののように組んだ二人だが、知らない顔でもないので、特に不満はない。
 いや、そんなことはない。不満がなければ、彼女はこんな顔はしていない。
 それを如実に感じてしまったからだろうか、口から自然と、言葉が出て来る。
「こう言うと悪いんだけど、もっと非社交的で、内気な子だと思ってたわ。けど……案外そうでもないみたいね。あぁ、でも」
 別に社交的ってわけではないかしら、と付け足すように言う。
「今はまだ、暁のことしか見えていないみたいだしね。柚ちゃんとしては、寂しいんでしょうけど」
「…………」
「大丈夫? 最近は、部室に来たらすぐリュンがこっちに連れて来て、あの子も着いて来て、暁にべったりだものね……剣埼さんから聞くところによると、休日も二人で出かけるようになったみたいだし、あんまり暁と遊べてないんじゃない?」
「……はい」
 近くにいるのに、遠くにいるような感覚。
 恐らく彼女は、そんな気持ちでいるのだろう。
 まともに二人が一緒にいる時と言えば、精々クラスの中、休み時間程度。それでもないよりはマシだが、幼少からの大親友にとっては、少なすぎる時間だ。
 中にはそれが自然な仲もある。だんだんと離れて行くのも、自然の摂理。世の理であり、一種の法則。それに抗うことは、存外、難しい。
 だが、今は違う。
 突発的に現れた外的要因によって、今は歪が生じているのだ。その歪によって、元々あった二つの縁が、離れかけている。
 片方がその要因に引き寄せられ、もう片方が置いてけぼりを喰らっている。今は、正にそんな状態だ。
 その中で、最も悲哀なのは誰なのだろうか。
 それを考えたら、沙弓の口からは、自然と言葉が出ていた。
「暁に甘えられない分くらいは、私に甘えてもいいのよ」
「ぶちょーさん……」
 もっとも、柚は別に、甘えているわけではないのだろうが。
 それでも、依存しがちなところは、なくはないだろう。彼女ほどではないだろうが。
 そんなことも考えてしまうが、そんなことは関係なく、抱え込む彼女には優しくしたかった。
 部長としての責務とか、そんな堅苦しいことは抜きにしても。今の彼女は、放っておけない。
 今は、ただ傍にいることしかできない。彼女を受け止めることしかできないが、それでも、彼女は受け入れられるべきだと、腕を広げる。
 彼女を、招くように。
 そして柚は、今にも崩れてしまいそうな、儚げで、脆弱で、そして溢れてしまいそうな表情を向ける。
「……ちょっとだけ、ちょっとだけなので……いいですか……?」
「勿論よ。可愛い後輩の頼みだもの、胸くらい貸すわ」
 穏やかに、優しく、抱き留める。
 濡れたところは温かい。彼女の温もりだ。
 少しだけ、彼女の寂寥が伝わってくる。悲哀が共感する。頭ではなく、感覚として分かる。
 それは、気がするだけかもしれないが、それでも良かった。こうすることで、少しでも彼女の慰めになるのならば。
(でも、どうしたものかしらね……このまま慰めてるだけじゃ、状況は一向に改善しない。暁もあの子のことは邪険にできないだろうし、かと言ってこのまま放っておけないし)
 柚を抱き寄せたまま、思案する。これも、部長としての責務か。
 いや、これも、そうでなくても解決しなければならない問題だ。
(この子のためにも、そして、あの子に気付かせてあげるためにも、早くなんとかしないとね……)



「恋ってさー、好きな人とか、いる?」
「……?」
 船内を探索する、暁と恋。
 いきなり恋に引っ張り込まれた時は多少なりとも驚いたが、しかし彼女のことだったので、暁の性格もあり特に気にすることもなくなった。
 そして、その散策中、唐突に暁が問うと、恋はすぐに答えた。
「あきらが好き……でも、なんでそんなことを聞くの……?」
「いやー、今日さー、クラスでそんな話になってねー。なんとなくきいてみた」
 今時の女子中学生。思春期にもなれば、好きな男の一人や二人はいてもおかしくない。小学生だって付き合っていると言う男女すらいるのだ。
 なのでクラスの中で、そんな話題が出るのは必然であった。
 だが、暁の口からそういう話が出るのは、少々意外である。
「ふぅん……あきらが好き」
「あ、うん。さっきも聞いたよ、ありがとう」
 あまりにストレートに好きと言われるので、少しばかり戸惑う。嫌ではないのだが、やや直球すぎるのだ。自分が想像するものと、違う。
 だからこそ、暁は好意の受け取り方を理解しきれない。
「なんかさ、好きとかって、よく分かんないよね」
 だからそれをちょっと聞きたいな、って思ったんだけど。
 と、暁は言う。柄でもない話を切り出したのは、そういうことらしい。
 しかし暁にとっては不可解な好意でも、恋にとっては違うようだった。
「そうでもない……好きって思えば、好き」
「そ、そっか。でも、やっぱり私にはよく分かんないな……」
 なにが分からないのかも分からない。恋が寄せている好意は、その通り好意なのだろうが、それがどういった好意なのか、掴みかねている。
 もっと言えば、どういった好意、と言えるほどに枝分かれした好意を、暁は分類できていない。
 だからこそ、よく分からない。
「……あきらは、好きな人、いるの?」
「よく分かんない。男の子とは、クラスメイトなら小学校の頃から結構一緒に遊んでたけど、別にそこまで好きって思ったことはないなー。お兄ちゃんにも、『お前は男っぽいから男に馴染んでるんだ』なんて言われてさぁ。失礼しちゃうよね」
「……お兄ちゃん、いるんだ……あきらも妹属性。おそろい」
「私のは、ちゃんと血のつながったお兄ちゃんだからね? というか、そーゆーお兄ちゃんの方こそ、女っぽいっていうか、女の子とばっかり一緒にいるのに、人のこと言えなくない?」
「……ハーレム系主人公……?」
「あー、そういえばシオ先輩のお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんにそんな感じのこと言ってたなぁ」
 あまり先輩の兄と会う機会がないので、若干うろ覚えだが、確か彼は自分の兄のことを「主人公」などと呼んでいた気がする。
 主人公。物語の主役。
 自分の兄は、そうなのだろうか。ならば自分は、どうなのだろうか。
 主人公ということは、その横にはヒロインがいる。彼にとってのヒロインとは、一体——
「あ、そう! そうだよ、好きな人っていうか、憧れの人だけど、私にもいるよ! そういえば」
 ——と、そこで、思い出すように言った。
 好きという感情はよく分からないが、恐らくそれに一番近い感情を抱いている相手。
 言い換えれば、現時点で自分が一番好きな相手だ。
「……誰?」
 恋の目つきが変わる。表情はいつもと変わらぬ無に近いそれだが、目だけは鋭くなったような気がした。
 だが、そんなことなどお構いなしに、というよりまったく気づいていないようで、暁は続ける。
「このみさんっていうね、近所で喫茶店やってるおねーさんだよ。お兄ちゃんの幼馴染で、同級生で、私も昔は一緒に遊んでたの。あ、私よりも三つ上で、今は高校一年生なんだけどね」
 春永このみ。
 自分の兄の、恐らく親友と言える存在。
 当の兄の方はそれを凄まじく否定し、腐れ縁、などと呼んで疎んでいるが、妹の目から見れば二人の関係は親友のそれだ。小学校から高校まで同じ学校で、同じクラスで、常日頃共に行動しているだなんて、そうとしか思えない。
「そのこのみさんが、すっごいきれいなんだよ。可愛くて、明るくて、誰にでも優しくしてくれるの。背はゆずよりも小さいけど、胸はすごく大きいし、私の理想の女の子なんだよ!」
「……へぇ……」
 気のない恋の返事が聞こえるが、暁の耳には届かない。
 続けざまに、また別の人物像が浮かび上がる。
「あと、シオ先輩っていう、私より二つ上の先輩もいるよ。家がカードショップで、よくカード買ってるんだけど、いつも落ち着いてて、デュエマもすごく強いの。この人も背は低いんだけど、でもお人形みたいに可愛いんだよ。あんまり笑ってくれないけど、そこがいいっていうか、ちょっとクール? な感じが魅力的なの」
「……ふぅん……」
 それを言えば恋もそうかもなぁ、などと思いつつも、そこでまた違う人物を思い出す。
「そういえば、バイトのおねーさんも結構、背低かったっけ……お兄ちゃん、なんで背の低い女の子ばっかりと仲良くなるのかな……? でも、あのおねーさんも可愛かったなぁ。私の見立てでは、あのおねーさんはもっと大きくなると思うけどね。そうなった時がちょっと楽しみ……胸に飛び込みたい……」
 想像が膨らむ。風船のように、大きく大きく膨らんでいく。
 しかし膨らんだ風船は脆弱で、ふわふわした、曖昧なものだ。
 たった一つ。鋭い一言によって、打ち消されてしまう。
「……あきら」
「あ、ごめん……なに、恋?」
 恋の一言で、暁は我に返る。つい興奮して、長く話しすぎてしまった。
 恋はどこかムスッとした表情——いつもそうだが、今は険しいように感じる——で、暁を見つめ、そして口を開く。
「……私を見て」
「へ?」
 唐突な要求と共に、恋は暁に近寄ってくる。グッと、小さな身体を押し付けるように、暁と密着するかのように、接近する。
 そして、続けざまに言葉を投げかける。
「私は、あきらが、好き」
「う、うん。あ、ありがとう……?」
「あきらは、私のこと、好き?」
「そりゃまあ、友達だし、当然……」
「友達だから、好き?」
「え、えーっと……」
「友達じゃなかったら、嫌い?」
 追い詰められるように問い詰められる。恋がなにが言いたいのか、分からない。だからこそ、なにを言えばいいのか、分からない。
 自分の言葉は虚偽なのか、真実なのか。それさえも疑ってしまいそうだ。
 じわりじわりと、彼女の言葉に絡め取られるようだ。口を開くだけで、窮地に立たされるかのような感覚が這い回る。
「そ、そんなことは……ないよ……? 友達じゃなくても、恋のことは嫌いになったりしないよ」
「だったら……証明、して」
「証明? な、なにを……?」
 なんとなく、嫌な予感がする。
 以前にも感じたことがある気がする、悪寒。
 恋は言葉を紡ぐ。小さな唇が開き、喉を、空気を、震わせる。
 そうして、暁の耳に、届いた。

「……愛を」

「!?」
 しかし言葉よりも先に感じるのは、衝撃。急に前のめりになった彼女の重みを支えきれず、後ろに倒れてしまう。
 そして恋に押し倒される形となった暁。起き上がろうにも、彼女が馬乗りになっている。いくら小柄とはいえ、暁の体格では跳ね除けることもできない。
 さらに、彼女の手が、自分のきている服を掴んでいる。
「え? 恋? なに、どうしたの? いきなりなにをするのって言うかこんなこと前にもしたようなってちょっちょっとストップストップ! ダメだよ、こんなの、だって私たち女の——」