二次創作小説(紙ほか)

80話「押し引き」 ( No.273 )
日時: 2015/11/03 00:32
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

「ここかー! ……って、あれ?」
「……!」
 飛び込むように、何者かが部屋に入ってきた。
「人間……」
 それは、確かに人間だった。小柄な少女。
 ライのように異常な空気を発しているわけではない。場所さえ違えば、クラスメイトとばったり会った時に感じるものと、と同じような感覚だ。ともすれば本当にそう錯覚してしまいそうなほどに、その少女は普遍的で、普通の人間だった。
 同族だからこそ感じられる、仲間のにおい。そして、異種族と関わってきたからこそ判別できる、異種と同種の差異。
 非常に感覚的見解であることは理解している。だがその理解の上で判断するならば、やはりこの少女は、人間だった。
「わ、わわ、うわー……」
 少女は、驚いているようだった。無理もない。こんなところで、同じ人間と出会うとは思っていなかったのだろう。自分だってそうだ。
 だからできるだけ優しく、刺激しないように、恐怖を与えないように、浬は努めて穏やかに、彼女へと声をかける。
「なぁ。ちょっと、いいか。少しだけ話を——」

「カッコイイっ!」

「——あ?」
 思わず、そんな言葉が漏れてしまった。威圧感がある——というより、不可解さをこれでもかというほど露骨に、そして不可解であるがゆえの不快さや不満もオブラートに包むことなくそのままに乗せた声だった。
 しまった、警戒させてしまったか……? などと自分の失態に焦りが募りそうになるが、その心配はなかった。
「ほら見てよアイナっ! いたじゃん、いたよ! あたし好みのインテリ系イケメンが! 背ぇ高いし、絶対あたしより年上!」
「いや……ちょっと待ちなさい、カザミ。ここで気にするべきは、絶対にそこじゃないわよね……?」
「……!?」
 どこからか声が聞こえてくる。
 少し、状況を整理する時間が欲しかった。いくら頭の回転が速く、機知に富んで、聡明な浬であっても、脳みそがスーパーコンピューターでできているわけではないのだ。演算能力に限界はあるし、今の状況をすぐさま分析できるほど冷静でもない。先ほどから、立て続けに事態が進んでいるのだ、少しくらい落ち着かせてほしい。
 そんなことを願うも、しかしそうはさせてくれなかった。
「……アイナ?」
 ふと横で、エリアスの声がする。
 だがいつもの彼女とは、少し違う。なにかに期待して、思い返すような、どこか儚げな声。
「ん……? この声と、この感じ……エリアス?」
 スッと。
 少女の頭上に、なにかが現れた。いや、なにかなどという形容も不要だろう。それはクリーチャーだ。
 一言でその姿を現すなら、人魚。
 上半身はほぼ半裸の女体。頭部など、ところどころに装飾こそしているものの、流線型の肉体を惜しげもなく晒している。
 だが下半身は人間のような二脚ではなく、それを飲み込むかのような。鱗に覆われた魚の尾びれ。
 そして彼女は、大事そうに三叉の槍を抱いていた。
「語り手……?」
「やっぱり! アイナ、アイナじゃないですか!」
「エリアス……久しぶりね。まさか、こんなところで会えるなんて……」
「……知り合いか?」
「はい! 私の友達です」
 にこやかにエリアスは応えた。こんなに晴れ晴れしい顔の彼女は見たことがない。
「ヘルメス様に虐められていた私を、いつも慰めてくれた親友です」
「アタシもうちの王様から、ヘルメスのことは聞いてたからね。ま、放っておけなかったのよ」
「……そうか」
 非常にコメントしづらかった。
 彼女が元の主から受けてきた傷痕は、多少なりとも浬も知っているのだが、こんないじめられっ子の昔話みたいに言われると、反応に困る。しかもそれに答える側の台詞も台詞なので、ベタすぎて困惑する。
 そして、困惑すると言えば。
「ねーねー、おにいさんっ!」
「うぉ……!」
 グイッ、という擬音でも聞こえてきそうなほどの勢いで、少女が肉薄してきた。
 いや、そんな剣呑な接近の仕方ではなく、どちらかと言えば、迫るように近寄ってきたという表現の方が正しいだろう。なんにせよそのアクティブな行動に虚を突かれてしまい、多少なりとも驚きを見せる浬。
 だがしかし、驚くのはこれだけではない。
 もしくは、ここからだ、と言うべきか。
「おにいさん、名前はっ?」
「は……?」
「名前だよ、なーまーえっ! おにいさんの名前、なんていうのっ?」
「か、浬……霧島浬だ……」
 勢いに負けて、思わず名乗ってしまった。
「そっかー、浬くんか。ちょっと変わった名前……あ、あたしはカザミねっ。風に水って書いて、カザミっていうの。よく間違われるんだけど、“ふうすい”じゃないよ! 気を付けてねっ!」
「あ、あぁ……分かった、気を付ける」
 なにをだ。
 と、自分で自分に突っ込んでしまう。いや、なにをと言えば、彼女の——風水の名前についてなのだろうが、問題はそこではなく。
 ペースを乱される。テンポが合わない。混乱して、上手く言葉が繋げられない。
 アクティブなのは動きだけではなく彼女の話もだ。まだ名前を聞かれただけだが、積極的でとにかく前進するようなその喋りに、気後れしてしまう。
「ねぇ、浬くん。あたしとつき合わない?」
「は……はぁ!?」
 困惑はさらに加速する。こいつはなにを言っているんだ、と頭の中で反芻するが、意味を理解するための処理速度が鈍っている。オーバーヒートしてフリーズしてしまっている、
「ちょ、ちょ、ちょっとどういうことですか!?」
「またカザミの悪い癖が出たかしらね……めんどくさい」
 脇で語り手たちがなにかを言っている。しかし声が聞こえるだけで、その意味を認識するには至らなかった。
「カザミ。アンタ、ちょっとは考えてものを言いなさいよね」
「だって、こーんなにあたし好みの男の子がいるんだよ、これって絶対運命だよ! やっぱり今日はいい風吹いてるっ! 四暗刻単騎をツモった感じ?」
「知らないわよ……ほら、相手も困ってるわよ」
 アイナが槍で
「ご主人様? ご主人様、しっかりしてください!」
「…………」
 混乱しすぎて心が無になる。脳の処理容量が限界に達したため、一度外部の情報をすべてシャットアウトする。
 勿論、人間にそんなことができるわけはないのだが、そんな気持ちになった。
「……よし」
「あ、ご主人様。大丈夫ですか……?」
「おい、お前。聞きたいことがある。少し、話をさせろ」
 エリアスも、そして今までの話も全て無視して、浬は自分の要求を突き付けることにした。もはや相手のことに気を遣う道理もない。というより、気を遣わなければいけないような相手でもない。
 それに、相手もこちらの切り出しを無視してきたのだ、お互い様だ。
「話? なになに? いきなりデートのお誘いかなっ? やだなー、いきなりすぎて、あたしでもちょっと困っちゃうよー」
「絶対違うだろうから、くねくねするの止めなさい、気持ち悪い」
 わざとなのか素なのかは分からないが、明らかに勘違いな台詞を吐く風水に、アイナがぴしゃりと言い止め、浬が言葉を投げ飛ばす。
「お前は何者だ? 人間なんだろうが、どこから、どうやって来た? そいつはお前の語り手なのか?」
「ん? うーん、えっとー……」
 捲し立てられるような質問攻めを受け、少し考え込むような素振りを見せる風水。答えられなくて困ったというより、一度に何度も質問されて、答えあぐねているのだろう。
 そのせいか、最後の質問にだけ、答えられる。
「アイナはあたしの友達っていうか……語り手? なのかなー?」
「アンタは友達の肩書も忘れるの? 最初に名乗ったじゃない。アタシは《海洋の語り手 アイナ》だ、って」
「あー、そういえばそうだったね。忘れてたよ」
 だがその答えも、甚だ適当なものだった。
 どうにも、自分たちとは考えがまるで違うようだ。語り手の重要性だとか、この世界の安定だとか、そんなことは露ほども知らないように見える。
「……で、お前は何者だ?」
「何者って、さっき言ったじゃん。カザミだよ」
「名前じゃない。お前の出自、肩書き、そもそも人間なのかどうか、どのくらいここにいるのか……洗いざらい、全部話してもらうぞ」
 言い方がまるで悪役のようだが、構いやしない。相手もそんなことを気にする性格ではないように思える。
 とにかく、この風水という少女について、情報が必要だ。敵か味方か、その判断もしなくてはならない。
 だからこの少女が何者なのか。それを聞きだし、見極めなければならないのだが、
「えー? どうしよっかなー?」
「…………」
 妙にイラッとする声で、風水は浬を見つめている。身体の後ろで手を組み、何歩か下がって、チラチラと浬の顔色を窺っている。
 これは、露骨に隠している。わざと言わないでいるようにしか見えない。
「そんなに知りたい?」
「……あぁ」
 明らかにこちらを誘導するような口ぶりだが、浬は渋々首肯する。
 そしてさらに、風水はわざとらしく手を打った。
「じゃあさ、こうしようよ! おにいさんもデュエマするんでしょ?」
「まあな」
 デッキケースを吊っていれば、流石に分かる。遊戯部に入部する前の暁と出会った時もそうだった。
 そうでなくてもこの世界にいるのだ、デュエル・マスターズとは切っても切れない関係にあることは、どうやら彼女も理解しているようだ。
「だったら、あたしとデュエマして、勝ったら教えたげる。でーもー……」
 またもったいぶるようにして、わざとらしく言葉を溜める風水。その一挙一動に苛立ちが募る。
 しかしそんな苛々も、彼女の次の一言で、吹き飛んだ。
「あたしが勝ったら、あたしとつきあってよ!」
「はぁ!?」
 また一瞬、なにを言われたのか分からなくなったが、しかし今度はすぐに理解が追いついた。
 というより、さっきもそんなことを言われた気がするが、問題はそこではなく。
「なにを言い出すかと思えば——」
「なんなんですかあなたは!」
 やや呆れ気味に言葉を返そうとする浬だったが、それよりも早く、そして慌てふためいたように、エリアスが前に出る。
「ご主人様はロリコンじゃありませんよ!」
「……なにを心配しているんだ、お前は」
 そもそも自分だって中一、相手も歳はそう変わらなさそうだ。別にロリコン云々の話でもないだろう。
「ご主人様、こんな勝負に乗ることはありませんよ! なんなら、私が自白剤を調合して飲ませます! そうすれば万事解決じゃないですか!」
「なにを馬鹿なことを……お前、俺よりも混乱してないか?」
「ご主人様の貞操も守られますよ!」
「そんな話はしていない。いいから落ちつけ」
 と、エリアスの頭を鷲掴みにして、指に力を込める。
「痛い痛い痛い、痛いですご主人様あぁぁぁ……っ!」
「落ち着いたか?」
「あ、はい。ちょっとすっきりしました」
 どうやら混乱からは立ち直ったようだ。少しばかり手順がおかしい気がしないでもないが、結果を見て良しとする。
 だがそれを見て、風水はやや不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「むー……楽しそうだなぁ、あの子。浬くんと仲よさそうで」
「そりゃまあ、アタシとアンタの関係と似たようなものだし。それにエリアスの場合は、昔の主人が“アレ”だしねぇ……」
「あたしも負けたくないっ。浬くんっ!」
 バッと、風水は再び浬に迫り寄る。
 そして、デッキケースを手に、それを付き出した。
「勝負っ! あたしが勝ったらつきあってね!」
「…………」
 もう既に、彼女の中では勝負が成立してしまっているようだ。まだこちらはなにも言っていないというのに。
 この少女の思い通りに動くのは癪だ。負けたパターンも想定すれば、酷いデメリットとも言える。ここで彼女の要求を、突っ撥ねようと思えば突っ撥ねることもできる。
 だが、
「……俺が勝ったら、話を聞かせてもらうぞ」
「ご主人様……!? いいんですか?」
「あぁ、負けるつもりはない」
 浬は、勝負を受ける。
 要は負けなければいいのだ。負けた時のことを考えるのは、臆病者の思考。最悪は想定しても、その最悪を回避すればいい。
 そのようにして立ち回るのが、本当の賢人というものだ。
 愚か者ではない賢者たれ、《賢愚の語り手》の主として。
 そう自分に言い聞かせて、浬はデッキを取る。
「よーし、けってーい! 負けないよー!」
 意気揚々と、勝気な眼差しでこちらを見据える風水。
 だが浬も、負けるつもりは毛頭ない。なにも分かっていないような少女相手に、後れを取る気は微塵もなかった。
 そんな互いの意地を押し出し、そして。

 不沈没船内に、神話空間が開かれた。