二次創作小説(紙ほか)

83話「緑一色」 ( No.276 )
日時: 2015/11/06 02:09
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

龍素記号Sb リュウイーソウ 文明 (6)
クリーチャー:クリスタル・コマンド・ドラゴン 7000
自分が呪文を唱えた時、カードを1枚引いてもよい。
自分の手札にある呪文はすべて「S・バック—同文明」を得る。
W・ブレイカー



「っ、また面倒なクリーチャーが……!」
 ただでさえ《チュレンテンホウ》の手札から放たれるS・トリガーが厄介だというのに、さらにトリガーでなくてもS・バックを付加する《リュウイーソウ》まで出てくると、いよいよもって攻撃できなくなる。
 しかも《リュウイーソウ》は呪文を唱えるたびにカードを引ける。彼女が普通に呪文を唱えても、《チュレンテンホウ》の能力で唱えても、《チュレンテンホウ》の放つ弾が装填されてしまう。
 二重に攻め手を遮断されてしまった浬。そして、そんな浬に対して、風水は容赦なく押してくる。
 今の彼女に、押し引きの引きはない。
「《チュレンテンホウ》で攻撃! そのとき、《トンナンシャーペ》の能力発動! 浬くんの山札の一枚目を墓地へ!」
 龍脈術の空船が唸る。
 空から海へ、海から地へ、龍脈を通じて、神秘の力が浬の山へと流れ込む。
 そうして、山札の一枚目が墓地へと置かれた。それが呪文であれば、風水はその呪文をタダで唱えられる。
 果たして、墓地に置かれたカードは、
「……呪文、《ホーガン・ブラスター》! そんでもって……《龍素記号Ea パーレンチャン》をバトルゾーンに!」
「また呪文か……!」
 《ファンパイ》に続き、風水の運は相当いい。彼女は今まで、ギャンブル性の高いカードを多く使用しているが、ほとんど外れを引いていない。
 最初のギャンブルは、《龍芭扇 ファンパイ》で呪文を引き当てたこと。次は、引き当てた《龍素遊戯》。他にも、《シャミセン》を利用した2D龍解、山札操作なしの《転生プログラム》、先ほどの《トンナンシャーペ》に、直前に放った《ホーガン・ブラスター》もそうだ。
 自分で運に身を任せたカードを使う時もそうだが、こちらのカードを使った場合も、それは必ず良い方向に向いている。
 確率的に信じがたいほどに。浬にとって不可解なほどに。
 彼女は、浬の解く確率の、さらに上を行っていた。
「そりゃあね。だって、この場で風が吹いてるのはあたしの方だもん。今の流れはあたしのものだよ」
「だから、なんだその風とか流れとかいうものは。まさかイカサマじゃないだろうな?」
「あはは、まさか! 積み込みなんてしなくても、あたしは勝てるときには勝てるんだよ。いい風が来てるからねっ」
 また“風”だ。
 その意味不明なワードを耳にするたびに、浬の中でなにかが沸騰しそうなほどに沸き上がってくる。
「……なんか、そろそろお相手さんがブチギレそうだから、アタシが説明するわね」
 と、そこで。
 アイナが、ひょっこりと顔を出した。
「でも、なんて言ったらいいのかしらね。なんというか、風水はね……その場の空気というか、流れが読めるのよ」
「だからなんだ、その流れというのは!」
「これが説明が難しいのよね、この子独特の感覚だし……うーん、まあ、分かりやすく言えば、運気、かしら?」
 アイナはなんとか言葉を絞り出すようにして、その流れを表現する。
 そして出てきた言葉に、浬は顔をしかめた。
「運……だと?」 
「エリアスのご主人さん、アンタみたいな人には理解できないかもしれないけど、この世には“運がいい”とか“運が悪い”ってことがあるのよ。どうにもならない、定められた運命、みたいなのがね」
 人は良いことがあると運がいいと、悪いことがあると運が悪いと言いがちだ。
 それは特に根拠のない言い分だが、人という生き物は、その根拠のないことを平然と受け入れる。実際にそれが起ってしまっているのだから。良いことが起ったり、悪いことが起ったり、それを身を持って体感しているのだから、それは信じずにはいられない。
 そういった運気の流れを、彼女は——風水は、“風”、と呼んでいる。
 抗いようのない、運命的要因。起こり得ることは起こり、確率を超越したとも言える、気運の存在。多くの人間が受け入れる定め。
 だが、中にはそれを信じず、受け入れない人間もいるのだ。
 たとえばそれは、霧島浬という少年だ。
「……なにが運だ。そんなもの、定められた確率で当たる数値をたまたま引き当てたにすぎない」
「そのたまたまを何度もいいタイミングで当てちゃうから、運がいいっていうのよ。まあ、風水は流れが読めるだけだけどね」
 別に運を自分で良くできるわけじゃないわ、とアイナはそこで説明を打ち切った。
 つまり、アイナの言うことを信じるならば、風水はこの場の運気が分かるらしい。それによると、今その運気が良いのは、風水ということになる。それも、かなり良い運が来ていると推測できる。
 確かにこれまでの風水は“運が良かった”。それは、彼女が今の自分の運が良いから、あえて運任せになるような道を選んだのだ。
 浬のカードを使用する時にしたって、相手依存になる能力を用いたのは、“運良く”有用なカードを使えると確信していたから。
 今までの風水のプレイングについては、そのように考えることができるが、浬はそれを否定する。
「馬鹿馬鹿しい。そんな得体の知れない、観察も観測もできない事象で、なにが説明できる。誰が納得する。そんなもの、ただの思い込みだ。そんなオカルトはありえない」
「信じる信じないはアンタの自由だけどね。でも、今のこの子は相当運がいいから、この“流れ”を変えるのは、難しいわよ」
 一度吹いた風の風向きは、そう簡単には変わらない。運とは、一個人の力で簡単に操作できるような類のものではないのだ。
 それゆえに、大きな流れを味方につけた風水は強い。その運気は、浬では対抗できないほど強大なものなのかもしれない。
 だが、浬には浬のスタイルがある。浬はそれを曲げるようなことはせず、むしろ、真っ向から風水のスタイルを否定する。
「流れなんて関係ない。式を組み立て、その通りに事を進めれば、自ずと勝利は見えてくる。そこにあるのは計算の過程と、そこから導き出された結果のみ。それが俺の求める、俺の勝利の形だ」
「わ……今のセリフ、すっごいカッコイイ……っ!」
「なに感心してんのよ、アンタは」
 相手のことはひとまず無視して、浬はカードを引く。
 場のクリーチャーは軒並みやられたが、《デカルトQ》のお陰で手札は潤沢だ。そして今のマナ数ならば、十分達成できる。
 一度は諦めた、龍解を。
「《龍覇 M・A・S》を召喚! 《チュレンテンホウ》を手札に戻し、《真理銃 エビデンス》をバトルゾーンへ! 《M・A・S》に装備!」
 浬が呼ぶドラグハートは《エビデンス》。
 《メタルアベンジャー》を召喚した時は手札の状況的に龍解が遅れそうだったので敬遠したが、今回は違う。
 今の彼の手には、龍解を達するための鍵が揃っている。
「俺が組み立てた、確率を求める計算式を、お前に叩き込んでやる。《アクア忍者 ライヤ》を召喚 ! そして《ライヤ》の能力で、《ライヤ》自身を手札に戻す!」
「え……? 出したクリーチャーを戻すの? 意味なくない?」
「どうだかな。分からないなら、黙って見てろ。もう一度《ライヤ》を召喚、そして《ライヤ》を手札に戻す!」
 浬は《ライヤ》を召喚するも、自身の能力で手札に戻ってしまう。
 無意味に《ライヤ》を連続召喚したかのように見える浬の行動だが、これにはれっきとした意味がある。
 浬がターンを終える、その時。
「俺はこのターン《M・A・S》を一体、そして《ライヤ》を二体、合計で水のクリーチャーを三体召喚した。よって、《エビデンス》の龍解条件成立!」
「あ……っ!」
 なにも浬は、無意味に《ライヤ》を出し入れしていたわけではない。
 《ライヤ》は召喚すれば自分のクリーチャーを手札に戻さなければならないが、言い換えれば、《ライヤ》はわずか1コストで何度でも召喚できるクリーチャーだ。
 その性質を利用し、浬は《エビデンス》の龍解条件を満たすために、《ライヤ》を召喚していたのだ。
 龍素のエネルギーが充填され、《M・A・S》は《エビデンス》を、砲身そのものを、空高く撃ち出す。
「勝利の方程式、龍の素なる解を求め、王の真理を証明せよ!」
 そして、撃ち出された《エビデンス》は、その内に秘めた龍素の力とともに、龍の魂を解放する。

「龍解——《龍素王 Q.E.D.》!」

 《エビデンス》は己の存在を証明し、証明が終了した時には、その証左として《Q.E.D.》が現れる。
「わ、うわー、すっごい。まさか1ターンで龍解しちゃうなんて……配牌で聴牌して、ダブリー一発でアガられた感じ……」
 風水は感心したように、すべての龍素を統べる王を見上げていた。
 だが、それでもなお、彼女は不敵に微笑む。
「でもでもっ! あたしだって、もう龍解条件は成立してるんだよっ!」
 1ターンで龍解を達成した浬に対抗するかのように、風水も自分のドラグハートに手をかける。
 ゆっくりじっくり、最初にできた《ファンパイ》の一飜役から育て上げ、東南西北の風牌を掻き集め、そして今、その飜数は最大まで達した。
 即ち——役満だ。
「《トンナンシャーペ》の龍解条件は、ターンの初めに相手の墓地のカードが十枚以上あること! 浬くんの墓地には、カードがピッタリ十枚!」
「っ……!」
 確かに、見れば浬の墓地には、ちょうど十枚のカードが落ちている。こんなにカードを使った覚えはないが、それでも《トンナンシャーペ》に2D龍解されてから、何度か呪文を撃ったり、《転生プログラム》でカードを墓地に送られていたりしたので、思えばそれは必然だったのかもしれない。
 しかしそんなことは、今更どう思おうが関係ない。相手の手役は完成してしまった。パオで責任払いを要求されるかのような、失態の恥辱が込み上げてくる。
 だが、これも、この嘆きも無意味なのだろう。
 役満を聴牌した風水の手は、一撃必殺の破壊力を備えている。それが今、解き放たれるのだ。
「積んで、鳴いて、揃えて、待って——みんな飛ばすよっ、大四喜(ダイスーシー)!」
 龍脈術の空船《トンナンシャーペ》が、変形する。
 浬の墓地に眠る水の力を吸い上げて、そのエネルギーを龍脈術の力に変換する。
「龍脈術の神髄を見せてあげるっ! 3D龍解——」
 そして、現れる。
 現存する空間を捻じ曲げ、亜空間を生み出す殺法を編み出し、爆発的な龍脈術の力を流し込む。
 そして、それによって生じた流れをすべて、我が身に引き寄せた。
 そうして歪んだ亜空間を巻き起こす、艦船の結晶龍が、その姿を解き放つ——

「——《亜空艦 ダイスーシドラ》!」