二次創作小説(紙ほか)
- 86話 「対局終了」 ( No.279 )
- 日時: 2015/11/07 14:03
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
語り手は進化する。
神話を継承する者に。
賢愚の叡智を受け継いだ一人の錬金術師が、戦場へと歩み出す。
そして、海原を支配するものを受け継ぐ彼女にへと、透き通る水晶のような瞳を向けた。
『《エリクシール》……遂に出たわね……』
『この姿では、お久しぶりです、《トリアイナ》』
『あんたも、自分の元主人の力を受け入れたのね』
『えぇ、一悶着ありましたが……私は、彼の賢しさと、愚かしさを、すべて受け入れると決めました』
『……そう』
静かに、《トリアイナ》はそれ以上の言葉を打ち切った。
だがそこには、冷ややかさはない。温暖な海原のように、穏やかな声だ。
《エリクシール》は杖を抱き、主の命令を待つ。彼女の力は自分の組み立てる式を解くためには必要不可欠だが、まだその時ではない。今は、そのための下準備を整える。
「お前の墓地にカードが五枚以上あるので、《龍素記号Xf クローチェ・フオーコ》をG・ゼロで召喚! 俺とお前、互いの墓地のカードをすべてリセットする!」
「わ、わわわ……っ! 墓地が……!」
G・ゼロで現れる《クローチェ・フオーコ》。“Xf”の龍素の力を行使し、失われたもの、死へと落ちていったものを、すべてなかったことにしてしまう。
これで《ダイスーシドラ》の能力は、ほぼ封じた。そして残り少ない山札も回復したので、もう気兼ねすることもない。
どんな切り札でも、遠慮容赦情けなく、錬成できる。
「《アクア忍者 ライヤ》を召喚……する代わりに、《エリクシール》の能力を発動! 頼むぞ、《エリクシール》!」
『承りました、ご主人様。文明“水”、生命の錬成を、開始いたします』
「え? な、今度はなに……?」
《エリクシール》が、杖を突き立てる。そこを中心として、地面には幾何学的模様の、魔方陣が展開された。
浬が召喚するはずの《ライヤ》は、その魔方陣の中へと吸い込まれて、消えてしまう。
「《ライヤ》を山札に戻し、山札から、こいつを召喚だ。《クローチェ・フオーコ》を進化!」
魔方陣に取り込まれた《ライヤ》は、消滅したわけではない。その中で、一度分解され、新たな存在として再構築されたのだ。
本来ならば成るはずのない強大な存在。非金属を貴金属に変換するかのように、矮小だった存在は、偉大なる龍帝へと成り変わる。
『——錬成完了。さぁ、お出でください』
魔方陣が消える。それは、錬成終了の合図。
新たな法則を生み出した《エリクシール》の錬金術が、大いなる龍を錬成した。
「海里の知識よ、累乗せよ——《甲型龍帝式 キリコ3》!」
《エリクシール》が錬成したのは、甲種の反応を示す、帝の龍程式を解き明かすことで生まれた結晶龍、《キリコ3》。
《キリコ3》は浬の持つ知識をすべて吸収し、体内で魔弾を生成する。
「手札をすべて山札に戻し、山札から三枚の呪文を放つ! 呪文《ブレイン・チャージャー》《龍素解析》《連唱 ハルカス・ドロー》!」
《キリコ3》の砲塔から、三発の砲弾が放たれる。魔術の力によって生成された、魔の砲弾が。
「まずは《ブレイン・チャージャー》でドローし、チャージャーでマナへ。続けて《龍素解析》でカードを四枚ドロー……そして出て来い、《理英雄 デカルトQ》! マナ武装7で、カードをさらに五枚ドローだ!」
「っ、手札が、増えちゃった……」
一度は《キリコ3》で山札に戻した手札を、すぐさま取り戻す浬。
さらに彼は、手を止めることなく式を組み立て、解を求め続ける。
「《連唱 ハルカス・ドロー》を唱える代わりに……《エリクシール》」
『了解です、ご主人様。文明“水”、魔術の錬成を開始します』
「今度はなにっ!?」
状況が理解できていない風水は、軽くパニックに陥っていた。いつも感覚でカードをプレイしてきたのだろう。その感覚に頼りすぎていたせいで、こういった未知の状況を理解するだけの思考力が育っていない。
それならば、それで構わない。わざわざ説明してやる義理もない。
浬は無情にも、混乱する風水は無視して、錬成された魔術の力を解き放つ。
「行くぞ。《ハルカス・ドロー》を錬成し、変換! 呪文《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》!」
《エリクシール》が展開した、魔術を錬金する魔方陣から、嵐が吹き荒ぶ。
水のマナを大量に吸い上げた大嵐は、風水のクリーチャーをすべて吹き飛ばしてしまう。
「マナ武装7発動。お前のクリーチャーを、すべて手札へ送り返す!」
「っ……そんな……で、でも! 《トリアイナ》の能力発動だよ! 《トリアイナ》は場をはなれた時にも、相手クリーチャーを手札に戻せる! 《エリクシール》《キリコ3》《デカルトQ》は手札に! おねがいっ、《トリアイナ》!」
『やられっぱなしってのも癪だからね、タダでは退かないわよ!』
嵐の飲み込まれる刹那、《トリアイナ》は三叉の槍を掲げ、大波を引き起こす。
自らが嵐によって吹き飛ばされると同時に、彼女は浬のクリーチャーも、大波によって押し流した。
「だが、俺にはまだクリーチャーが残っている。《クロック》でシールドをブレイクだ!」
「あたしのターン! 《トンプウ》と《チュレンテンホウ》を召喚! 《ファンパイ》を《トンプウ》に装備するよっ!」
浬の攻撃を止める風水だが、同時に彼女は自らの戦力も失ってしまった。《トンプウ》を呼び、《ファンパイ》を握るが、墓地をリセットされてしまった彼女がそれをまた龍解させるには、時間がかかりすぎる。
加えて一度築いた布陣を崩された彼女は今、脆弱な面を晒してしまっている。なんとかそれを補強しようとするも、《チュレンテンホウ》のようなハリボテの城壁では、浬は騙せない。
「《ライヤ》を召喚、そして手札に戻し、《エリアス》をバトルゾーンに! そして《エリアス》を進化! 《賢愚神智 エリクシール》!」
《ライヤ》からの《エリアス》、そして即座に進化する《エリクシール》。
それにより、再び彼女の錬金術が行使される。
「手札から《ハルカス・ドロー》を唱える代わりに、山札から《龍素解析》を発動! そして、《アーマ・フランツ》をバトルゾーンに!」
《ハルカス・ドロー》を《龍素解析》に変換し、龍を呼び込む浬。
「さらに《ライヤ》を召喚……する代わりに、《アーマ・フランツ》を、《キリコ3》に進化!」
さらにそこから、再び《キリコ3》を目覚めさせる。
「山札から呪文《幾何学艦隊ピタゴラス》《龍素遊戯》《龍素力学の特異点》!」
《ピタゴラス》によって、風水のクリーチャーは再びゼロに戻る。さらに失った手札を補充。
その隙を見せない浬のプレイングに、風水の焦燥は加速する。
「あぅ、あぅあぅ。風向きが、完全に浬くんの方に向いちゃってるよ……なんとかして、こっちに吹き戻さないと……」
「そんな暇を与えるつもりはない。《クロック》でシールドをブレイク、さらに《キリコ3》でTブレイク!」
と、浬が一気に攻めの姿勢を見せた。
《クロック》と《キリコ3》の連撃が、風水のシールドを一気にぶち抜き、風水のシールドもゼロになる。
だが、しかし。
《キリコ3》が撃ち抜いたシールドから、光の粒子が集まってくる。
「そ、そうだよ、まだこれがある……海底でツモるみたいな、一発逆転の一手! S・トリガー! 《スパイラル・ゲート》《幾何学艦隊ピタゴラス》!《龍脈術 水霊の計》!」
《キリコ3》が割ったシールドすべてから、S・トリガーが飛び出す。すべて、《トリアイナ》の能力で入れ替えたシールドだ。やはり、トリガーを仕込んでいたようだった。
その罠にかかってしまった浬のクリーチャーは、手札に戻されていく。
《クロック》も、《キリコ3》も、また手札に逆戻りだ。
そして最後に、その魔術の矛先は、《エリクシール》に向く。
「いっちゃって! 《エリクシール》も手札に!」
水流が、大渦が、《エリクシール》に迫る——しかし。
その魔術は、彼女の前で打ち消される。
「あ、あれ、どうして……?」
「……終わりよ、カザミ。あの《エリアス》が《エリクシール》になったってことは、どう考えても奴の力を受け継いでる。クリーチャーは出せるみたいだけど、呪文は無理そうね」
隣でアイナが、呟くように言う。風水には彼女がなにを言っているのかまるで理解できないが、しかし、《エリクシール》に呪文が通じなかった。その結果だけは、視認している。
そこに、本人らからの言葉が投げかけられた。
『正確には、私に対しての呪文を無力化するだけです。ヘルメス様のように、問答無用に封殺はできません』
「《エリクシール》はお前の呪文によっては選ばれない。だから、そのS・トリガーでは、《エリクシール》は排除できない」
「そ、そんなぁ……!」
呪文すべてが封殺できなくとも、風水の防御網をすり抜けるには十分だ。
「《チュレンテンホウ》《リュウイーソウ》そして《ダイスーシドラ》……お前のデッキは呪文を多用することを想定したカードが多い。ならば仕込まれているトリガーも、自然と呪文が多くなる」
それゆえに、《エリクシール》の呪文に対する耐性が、強く発揮される。
風水のデッキタイプを見極めて、その上で切り札を取捨選択する。この展開も、浬の想定したパターンの一つ。
相手を分析し、戦略を見極め、対策を練る。
これが、この形こそが、浬の組み立てた、勝利の方程式——その解の形だった。
「さぁ、とどめだ。お前には全部、洗いざらい話してもらうからな」
すべてのS・トリガーを受け流し、《エリクシール》は杖を向ける。
賢しさと愚かしさを受け入れた、凍てつくほどに冷たい錫杖を。
「《賢愚神智 エリクシール》で、ダイレクトアタック——!」