二次創作小説(紙ほか)

89話「西場」 ( No.282 )
日時: 2016/10/12 13:38
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: N9GVfZHJ)

 小説家、伊勢誘。イラストレーター、平坂浄土。
 伊勢誘は、表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若年層向けの小説——いわゆるライトノベルを主に執筆する小説家であり、氏の小説のイラストを数多く担当してきたのが、平坂浄土だ。
 この二人の作品は、作品の内容、イラストのクオリティ、そしてその二つの絶妙な噛み合わせが若者に受け、反響を呼んだ。
 その結果、この二人は次第にコンビをくむことが多くなり、それぞれペンネームの由来である、伊勢神宮と黄泉比良坂、どちらもややこじつけながらも、日本神話と関わりの深いということで、神話コンビなどと呼ばれるようになったのだった。
 そして浬も、その神話コンビによって創られた作品の愛読者の一人であった。
「どうするか……今回は軍記物語のようなテイストなのか? ミリタリーやSF要素も含んでいるようだが、となれば伊勢の得意分野か」
 伊勢誘が出してきた本の中で、最も面白いとされる作品には、ミリタリーといった要素を含む、いわゆる軍事小説、戦争小説などが少なくない。つまり伊勢は、そこを得意分野にしているのだ。
 作家の得意なフィールドで書かれた作品。違う視点で見ればそれは、マンネリ、という言葉を浴びるのだろうが、相手はあの伊勢誘だ。まさか、今までと同じような手は使ってこないだろう。なにかしらの創意工夫が必ず含まれている。一見すると今までと似たテイストかもしれないが、その実、中身は今までの作品にはない驚きの展開や手法が隠されているのかもしれない。
 そんな想像をしてしまったら、もう止まらなかった。
 税込み637円。デュエマ換算でおよそ4パック分。カード20枚分の価値。
「……買ってしまったな」
 しかし後悔はない。この書物の中に秘められている感動、喫驚、発見、共感——それらが薄汚い数枚のコインと交換できるのならば、むしろ儲けものだ。
「……ん?」
 書店を出て、自転車にキーを差し込み、スタンドを上げて、さあ家に帰ろうという、その時だ。
 また、“あるもの”が目に留まった。
 書店に並んだ新刊のように、普段なら、などと表現することもできない、見逃しようのない大きな存在。
「じゃーねー、ばいばーい! また明日っ!」
 いや、存在そのものは別に大きいとは言えない。だがしかし、浬の中では、その存在は決して小さくなかった。
 “ある者”——その人物は、友人だろうか、他の少女たちに手を振り、ちょうど別れたところのようだった。
「……あっ!」
 そして、向こうもこちらの存在に気づく。
 その声で、しばらく呆けていた浬も、我に返った。
 それと同時に、彼女の声が耳に届く。
 自分の名前を呼ぶ声が。
 それは、証明だった。
「浬くんっ!」

 その少女が、先日、不沈没船で出会った少女——風水であることの。



「わー、わー! ぐーぜん、ほんっとうにぐーぜんっ! こんなところであえるなんて! 今日もいい風だなぁ! 国士無双十三面待ち聴牌みたいなっ?」
「…………」
 あまりの偶然に、テンションが跳ね上がり、はしゃぐ風水。彼女がぴょんぴょんと飛び跳ねるたびに、片側だけで結んだ尻尾も一緒になって跳ねている。三重跳ねだ。
 しかし、そんなこと以上に、浬は“それ”に着目せざるを得なかった。
「……お前」
「ん? なーに?」
「いや、その、なんだ……」
 非常に言いにくい。いや、これは自分の認識の相違であり、感覚の慣れのせいでもり、そういう可能性も否定できなかったはずで、それなのに先入観だけで思い込んでしまっただけなのだ。
 もっと言えば、あの時、彼女からなにも話を聞けていないので、知る由もなかっただけである。だから、これは微妙な差異なのだ。その差異から生じる一つの物体が、少しばかり気になってしまっただけで。
 だが、気になってしまった以上、それは言葉として、口から漏れ出てしまう。
「……小学生、だったのか」
「そだよー、六年生! 来年は中学生だよっ!」
 困惑する浬をよそに、風水はにこやかな笑顔を見せる。
 そんな彼女は、人工皮革によって縫製された赤い箱状の鞄ーー要するにランドセルを背負っていた。最近は色のバリエーションも増え、種類も多種多様になったと聞くが、彼女が身につけているのは、古きよき赤色のそれだ。
 確かに、歳は自分と同じくらいだろうと推定していたが、無意識のうちに同学年だと思い込んでいた。それもこれも、同じ部活仲間にいる内気な彼女や、別の中学に通っている無表情な彼女のせいだ。同じ学校に通う三年生生にも、風水以上に小柄な先輩がいるほどだ。一説によれば、去年度の東鷲宮の卒業生で、それ以上に背の低い女子生徒もいたとかいないとかいう噂もある。
 それだけ自分の周囲には小柄な女性が多いということで、すっかり感覚が慣れて——というより麻痺して——しまったが、よく考えれば、このくらいの背丈なら、小学生が普通なのだ。むしろ風水は、六年生にしてはまだ小柄な方だと思う。
 などと、よく分からないながらも自分を正当化っぽくし、無理やり納得させる。なにに納得させているのかは自分でも分からない。
「とゆーか、浬くんのその制服って、鷲中だよね?」
「あ、あぁ……そうだが」
「中学生だったんだ。てっきり、あたしのおにいちゃんと同じで、高校生かと思ってたよ。背ぇ高いんだもん」
「あぁ……よく言われるが、俺はまだ中一だ」
「えっ!? うそっ、中一!? うわー、ぜんぜん見えない……」
 目をぱちくりさせながら、浬をまじまじと見つめる風水。こういう反応はわりと慣れているので、特になにも思わなかった。
 背の高さもあるが、理屈っぽい考え方、普段の態度など、自分が歳不相応に見える原因は分かっているし、その結果も十分に理解している。それを直そうとも思わない。
 正直、どうでもいい。それが率直な浬の思いだった。
 そんなことよりも、今はもっと、重要なことがある。
「なぁ……」
「どうしよどうしよ、五巡目面清聴牌して多面待ちになったみたいな感じ……ちょっと考えさせてっ」
「お、おぅ……」
 本気で困ったような、混乱しているような表情を見せる風水。表情が分かりやすい。感情が顔に出やすいのだろう、今も必死で考え込んでいることがよく分かる。もっとも、その中にはこの上ない歓喜も垣間見えるが。
 しかし困ったのは浬も同じで、つい勢いに押されて頷いてしまったが、すっかり会話の主導権を風水に握られてしまった。
 ややあって、風水がバッと顔を上げる。
「よしっ、決めたよっ!」
「……なにをだ?」
 聞いてしまった。
 無視すればよかった。無視して、すぐに自分の要求を突きつけるべきだった。言ってから浬は後悔する。
 しかし、もう遅い。
 答えることを促された風水は、浬が後悔から立ち直り、話題を切り替えるよりも早く、喰いタン並の速度で、続けた。

「うちにいこうっ!」