二次創作小説(紙ほか)
- 90話「雀荘」 ( No.285 )
- 日時: 2015/11/16 23:01
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
浬の家からはやや離れているが、東鷲宮中学からはさほど離れていない、商店街から少し逸れたところにある一角。
『麻雀荘/北上』
そんな看板が掛けられた建物が、そこにあった。
「ここは……」
「あたしんちだよ。そっちは打ちにきた人の入口だから、あたしたちはこっちこっち」
と風水に手招きされて、建物の裏側に回り込む。表の広い入口よりも、小さく質素な扉がある。勝手口だ。
「家が雀荘なのか」
「そだよ。だから麻雀は幼稚園の頃から打ってる。うち四人兄妹だからさ、あんまりおもちゃとかゲームとか買ってもらえないんだよね。だから、昔からずっと麻雀で遊んでるの」
「……そうか」
今の時代、兄妹が四人となると、結構な大家族だ。それだけ子供が多いと、親も金銭的負担が大きいだろう。
だからそういう事情があることは理解できる。不思議なことはない。そういう家庭は、わりと普遍的に、数多く存在する。彼女も、その一人であっただけだろう。
ほんの少しだけ憂い気な表情を見せた風水だが、すぐさまニッと笑みを浮かべて、浬を見た。
「でもでもっ、今は友だちもいっぱいいるし、“これ”もあるから、楽しさはいっぱいだよっ!」
そう言って彼女が取り出したのは、プラスチックの箱。
デッキケース、だった。
確かに、彼女と一戦交えただけの浬だが、それでも彼女が楽しんでデュエマをしているだろうことは、彼女の仕草や様子から窺えた。それも彼女にとっての、新しい楽しみで、大切なものなのだろう。
同時に、浬の中でふと疑問が湧いた。
「……カード買うにも金がかかるだろう。あれだけのデッキを仕上げるのには、それなりの金を積む必要がある。“たまたま”自分のほしいカードを少ないパックから手に入れたのなら話は別だが……」
自分で言っていて気づいてしまった。
彼女は運気の流れが読めるのだ。自分や他人の運の良し悪しが分かる。そんな、摩訶不思議でオカルトチックな力がある。
浬はそんな非科学的なことは認めていないが、仮に運気の流れを読んで、自分の運がいい時にパックを開封したとしたら……とんでもないサーチ方法もあったものだ。
口には出さなかったが、浬の言わんとしたことに気づいたようで、風水はまた笑う。
「あははっ、そうだね。あたしは風が吹いてるときにしかパック買わないから、ほしいカードしかもってないよ。でも、それだけじゃないんだよね」
サラリと癪に障ることを言ってのける風水。欲しいカードがなかなか手に入らない体験を幾度としている身としては、なかなか聞き捨てならない発言だったが、言い返す前に風水が続ける。
「近所のおじいちゃんおばあちゃんと打ってトップ取れたら、おこづかいくれるんだよ」
「……ノーレートじゃなかったのか?」
「賭けじゃないもんっ。ただのおこづかいだよ。近所の人たち、やさしいから」
ニヤニヤと笑みを浮かべている風水。確かに賭けではない。一方的に老人から金銭を搾取しているだけだ。
だがしかし、祖父母が孫に小遣いを与える感覚だと考えれば、納得できなくもない。
ただし、風水がそれを分かっていて受け取っているようなので、彼女の小狡さを感じるが。
(もっと厳しい家庭環境かと思ったが、案外、甘やかされて育ったんだな……)
その分、他の兄妹が大変そうだな、と若干の同情混じりに息を吐く。
すると、細長い廊下に、誰かが出て来た。相手はこちらの存在に気付くと、一瞬硬直したように目を見開く。
「か、カザミ……」
「おにいちゃん。ただいま」
「お、おう、お帰り……」
明らかに狼狽している。まったく困惑を隠せていない。
中肉中背の少年だった。しかし、恐らく高校生くらい。浬よりは年上だろう男だ。
風水の言葉から察するに、彼が風水の兄、四兄妹の一人なのだろう。
風水兄は非常に狼狽えている。それもそうだろう。可愛いがっているのかどうかは知らないが、急に妹が男を家に上げているのだ。普通の家庭なら、家族は驚くに決まっている。浬も風水とは今日たまたま出会っただけなので、事前に話が通っているはずもない。さらに浬は外見的には高校生でも通る。小学生の彼女と、高校生に見える浬が一緒にいる。そして、風水兄から見たら、浬は妹と共に家に上がり込んでいる。
どう説明しすればいいのだろうと、浬は頭を抱えそうになる。
「おにいちゃん、どっかいくの?」
「あぁ、ちょっと友達とな……」
「おねえちゃんは?」
「姉貴なら大学だが……」
「フーロちゃんは?」
「まだ帰ってないから、学校じゃないか……?」
「ふーん、そっかー」
風水兄、そして浬がこれでもかというくらいに頭を悩ませているのに、その悩みの種を生み出している当人は、お気楽な様子だ。今の状況を、兄と浬の心理状況を微塵も察していない。
「おにいちゃんは出かけて、おねえちゃんとフーロちゃんはいないのかー。それじゃあ三麻も打てないね」
「麻雀するつもりだったのか……?」
「あ、もういいよ。いってらっしゃい、おにいちゃん」
「お、おぉ、行って来る……」
と、風水兄は最後まで妹と浬に困惑の眼差しを向けたまま、遅いとも速いとも言い難い、早くここから立ち去りたいような、ちゃんと妹と話をしたいような、絶妙な速度で歩を進めて、それでも立ち止まることはなく、やがて姿が見えなくなった。
「じゃあ、とりあえずあたしの部屋かな。こっちだよっ」
手招きされて入らされたのは、狭い一室だった。風水の言葉から、彼女の部屋のようだが、小さな机が三つ、椅子も三脚ある。クローゼットは、狭い部屋に対しては大きいものが一つ。その他、細々とした棚やカラーボックスがいくつかあった。
基本的には質素な部屋だが、明るい水色のカーテンや、机の上や床に散見される小物の類。そして、どこか甘いような、独特のにおいが、浬の中枢神経を刺激する。主に、危険信号を発信するために。
この部屋はまずいと、倫理観が告げている。
「せまいけど、テキトーにすわっていいよ。おねえちゃんもフーロちゃんも、あんまり気にしないから」
などと言われても、女のにおいしかしない部屋にどっかり座れるほど、浬の神経は図太くない。三つの机の中で、最も散らかっている机にランドセルを置く風水を、立って見ていた。
「ここ、あたしとおねえちゃんとフーロちゃんの三人部屋なんだよね。もともとは一つの部屋だから、すっごくせまくてさぁ」
「兄妹が多いと、そうだろうな」
「昔はおにいちゃんもいっしょの部屋だったんだけど、何年か前に出ていっちゃったんだよねぇ」
「……ちなみに、お前の兄貴の部屋は?」
「え? ないよ?」
さらりと言い放つ風水。
風水兄には同情した。彼は、この家だとあまり良い立場にはなさそうだ。
「メンツが足りないから麻雀はできないし、二人ならデュエマする?」
「ん、あぁ……?」
曖昧に頷く。
なにを思って彼女が浬を家に上げたのかは分からなかったが、どうやら友人を家に上げる感覚で招き入れただけのようだ。
そこで一つ疑問が解消されたわけだが、それと同時に、一つ思い出したことがあった。
彼女と対戦した時に、ずっと思っていたことだ。
「なぁ。お前」
「なーに?」
歯に衣着せず……というほどストレートでもないが、しかしかなり直接的に、言い放つ。
「お前、あのデッキで勝ててるのか?」