二次創作小説(紙ほか)
- 90話 「雀荘」 ( No.286 )
- 日時: 2015/11/18 07:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「え? なんで?」
風水はぽかんと口を開けて、そう問い返した。
そのように返すのも無理はない。誰だって、普通デッキは勝てるように組んでいるわけで、風水のデッキも一見すればファンデッキのようなそれではなく、普通に勝ちを目指すものだった。よって方向性が勝利に向いているはずなので、勝てないデッキをわざわざ組む道理はない。
さらに言えば、風水は浬と対戦した時に、浬をかなり追いつめている。最終的に勝ったのは浬でも、展開としてそれは風水のプレイングミスによるところが大きく、彼女のミスがなければ浬は負けていただろう。
一見すれば、あの対戦ではそのように映るかもしれない。
だがその一戦で、浬は風水のデッキの弱点を見抜いていた。
「あのデッキは色々と無理がある。俺と対戦した時はかなり上手く嵌っていたようだが、あれだけ相手依存のカードが多くては、何度も試行していれば、外れることの方が多いはずだ」
忘れもしない、先日のデュエル。ただ“運がいい”だけで、科学では説明のつかない、たった一つの、それだけの要因で、浬は追い詰められた。
浬としては風水の主張は微塵も許容できないのだが、ただ、仮定として彼女の言い分をとりあえず飲み込むとして、運の良さでこれまで風水が勝利を得てきたとしよう。ではその勝利は、どれほど続くのか。
具体的に言えば、運の悪い時、風水はどうしているのか。
運要素が強いだけに、浬はその点が気になっていた。
「風が吹かないときは、あんまデュエマしないけど……いい風が吹いてても、風向きが変わっちゃうことはあるし、いい風がこないまま負けちゃうこともあるかなぁ」
「わけのわからん言い方をされても意味不明なんだが……そうだな、さらに具体性を増して言えば、お前の切り札——《亜空艦 ダイスーシドラ》。こっちの地球にいる時は、語り手のカードは使えない。なら、そちらの切り札をメインとしているはずだが、あれはお前のデッキでまともに出せるのか?」
「……じつは、あんまり出せないんだよねぇ」
やや弱ったような表情を見せる風水。対して浬は、思った通りだ、と心中で呟く。「当然と言えば当然だな。《トンナンシャーペ》が《ダイスーシドラ》に龍解する条件は、相手の墓地にカードが十枚以上あること。《ファンパイ》を《トンナンシャーペ》にするだけなら五枚、こちらがなにも干渉しなくとも、大抵のデッキなら時間が経てばそのくらいのカードは墓地に溜まる。だが十枚ともなると、ある程度なにかしらの細工をしなければ容易に達成はできない」
《ファンパイ》や《トンナンシャーペ》には、自分のクリーチャーに相手の墓地を削るようなアタックトリガーを付加させる能力があるが、それをアテにするのでは、遅すぎる上に、アタックトリガーなので相手のシールドを割るリスクが付き纏う。
なにより、この二つで削られる山札は一枚。ちまちまと一枚ずつカードを落としていては、とても十枚ものカードを墓地に送り込むことはできない。まさか、十回も攻撃するだなんて非効率的なことをするわけにもいかず、なんらかの手段で一気に相手の墓地を増やすべきだ。
「でも、相手の墓地をふやすって、どうするの?」
「闇文明を足せばいい。相手の墓地を増やす一番手っ取り早い手段は、破壊とハンデスだ。水文明の主な除去はバウンス、破壊じゃない。タップキルをしようにも、光のように相手を能動的にタップするカードには乏しく、火のようにアンタップキラーも持たない。ハンデスに至っては、まともに使われるのは《パクリオ》くらいなものだな」
あれはあれで強力なんだが、と浬も最近になって多用し始めた《パクリオ》の強さについて解説しそうになるが、長くなりそうな上に話が逸れるので割愛する。
「破壊とハンデスが得意な文明は闇だ。墓地の扱いに長けているだけあって、相手のカードも直接墓地に送り込みやすい。だから、闇文明を追加すれば、《ダイスーシドラ》の龍解も狙いやすくなるだろう」
相手のバトルゾーンや手札のカードを墓地に落とす。そうすれば、相手の動きを妨害しつつ、こちらは《ダイスーシドラ》へと繋げることができる。理に適った思考、合理的な戦術だ。
しかし、風水はあまり良い顔をしていなかった。
「……不満か?」
「んー、浬くんのいってることは正しいんだろうけど、あたし、あんまりカード持ってないんだよね」
「カード資産の問題か。まあ、こればっかりは仕方ないな」
デュエル・マスターズというカードゲームに熱心で、それ一つにすべてを捧げているような人物なら、そんな問題もあまり抱えないのかもしれないが、好奇心旺盛な少年期において、一つのことだけに集中し、金をかけ続けるというのは、なかなか難しい。浬だって、本や雑誌を買って読んだり、ゲームを買ってプレイしたりもする。風水もそれは同じだろう。
だからこそ、カード資産の問題は、仕方ないと割り切って考えるしかない。話を聞くに、風水はそれほど長くデュエル・マスターズのプレイヤーをしていたわけではなさそうだ。どちらかと言えば新規に分類されるプレイヤーだろう。ゆえにカードの数や種類に難があり、デッキを組む際の障害となる。
「それに、できれば水文明だけで組みたいしさ」
「水だけで組みたい? 単色であることを生かすということか? 確かにお前の《チュレンテンホウ》は厄介だった。あいつをメインに据えるなら、そういう構築もありではあるが……」
「あー、違う違うっ。そうじゃなくて」
ぶんぶんと手を振って否定する風水。どうやら、彼女の考えと違う解釈をしたようだ。
しかし単色であることを生かす以外に、水文明のみで構築したい理由があるのだろうか。同じ水文明単色のコントロールデッキを使う浬でも、いまひとつピンとこない。
頭をひねって考え込んでいると、風水はにっこりと笑って、
「だって、浬くんのデッキも水だけでしょ? おそろいだもんっ、そのままにしたいよ」
そう言いのけた。
「…………」
対して浬は、閉口する。
そもそもの考え方が違った。彼女は自分の常識外のところにいて、自分の常識とは異なる思考を持っている。
今この時から、浬は風水に対して、そのように認識することにした。
「……まあ、水単色で組めないことも、ないわけではないが……」
それを踏まえて、とりあえず水単色で彼女のデッキが、《亜空艦 ダイスーシドラ》が生かせる構築ができるかどうかを考える。
結論自体はすぐに出た。相手のカードを墓地に送り込むという方法を考えれば、水単色でもそれは不可能ではない。
正確には、デッキを組む際に、水単色で組むならば、だが。
「とゆーかさ、そもそも相手の墓地をふやすなんて、そんなにむずかしくなくない?」
「相手のデッキによっては、自ら墓地を増やすデッキもあるが、そうでないデッキもある。たとえば速攻を始めとするビートダウンは、基本的にディスカードを嫌う。闇を含む墓地進化速攻などはまた別だが、それでも十枚も溜まらない」
「ビート……? ディス……?」
風水は首を傾げている。専門用語というほどでもないが、公式ではない俗称についての知識はないようだ。
「要するに、自分から墓地を増やさないデッキに対しては、龍解が難しいということだ」
「でも、《シャミセン》とか使えば、相手の墓地が三枚もふえるよ?」
「《シャミセン》の能力は任意だから、相手がカードを引かなければそれまでだ。特に超次元ゾーンは公開情報、《ダイスーシドラ》が見えているのに、易々と墓地を増やしてはくれない」
その超次元ゾーンを見落として、軽々しく手札を交換し、自分の墓地を増やして龍解を許してしまったのは紛れもない浬自身であるのだが、その時のことは反省している。同じ轍はもう踏まない。
それに、初見殺し、とまでは言わないが、初めて戦う相手ならば通用することでも、風水のスタイルを知ればまずカードを引いてくれない。相手依存すぎて、同じ手が同じ相手にはほとんど通用しないのだ。
「うーん、それで、結局どーやって相手の墓地をふやすの?」
「最初に言ったことを繰り返す。闇文明を足せばいい」
「え? でも、それはやだよ」
風水も、同じことを繰り返す。あくまで彼女は、水単色にこだわる。
だが浬もそれは理解している。
浬が言う闇文明の追加は、必ずしもデッキに闇文明を足すことと等号では結ばれない。
「相手の墓地を増やす。言い換えれば、相手のどこかのゾーンにあるカードを墓地に落とす。本来の目的も、裏を返せば違う見方になるものだ」
「?」
「詳しいことは歩きながら話す。とりあえず、行くぞ」
立ったままの浬は、踵を返した。開けっ放しになっていた部屋の入口を潜り抜け、廊下に出る。
「え? 外でるの?」
「どうせここにいても、やることはないんだろう。お前のデッキを改造するなら、いい場所がある」
本当はこの女々しい空間から出たかっただけで、風水のデッキの改造というのは口実でしかないのだが、当の風水は「浬くんとおでかけだっ! やった!」と嬉々とした表情を見せている。
その反応はいまいち釈然としないが、しかし風水の相手依存が過ぎるデッキの方がもやもやする。デッキとしての方向性や、根本が悪くないだけに、半端に完成度を下げてしまっている要因がどうしても気になる。だからそこを修正したい。そういう意味では、あながち部屋から出たいという口実だけではないかもしれなかった。
そして、二人は雀荘から出る。
雀荘を出て、そこから逆方向の商店街から逸れた裏道を通る。
薄暗く、道も狭い。やや怪しげな雰囲気を醸し出す路地裏だ。とても小学生の女子児童と二人でいるような場所ではないが、目的地に到達するためには、避けては通れない道なので、仕方ない。
(確か、ここまで来たらもう一本道だったはず……)
頭の中で、少し薄れかけている地図を描き、ルートを重い出しながら進んでいく。何度も行った場所というわけではないので、記憶が若干おぼろげだった。
しかしおぼろげだったことは確かでも、正確なルートかどうか不安に駆られていたのは結果的には浬の思い込みでしかなく、彼はおぼろげだろうがなんだろうが、きっちり正確なルートに沿って、その場所へと向かっていた。
入り組んだ裏道の、薄暗い一角。
ぽつんと一件だけ存在する、二階建ての小さな家屋。
玄関というには無防備な扉。ガラス戸からは、家の中が窺い知れるが、逆に言えば、そこは外から中が見えてもいい場所だという証明である。
ガラス戸の取っ手に手をかける。同時に、その横の看板が目に入った。
そこには、こう書かれていた。
『カードショップ 御舟屋』