二次創作小説(紙ほか)

91話 「良ツモ」 ( No.287 )
日時: 2015/11/20 00:09
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 カランカラン、と乾いた鈴の音が響く。
 それほど大きくない、むしろ小さい店内には、人は一人しかいなかった。
「いらっしゃいです」
 彼女は抑揚のない声で、事務的に言った。
「おや……珍しいお客さんですね」
 だがこちらの存在を認識すると、今度は少し驚いたように言う。驚いたと言っても、その声に抑揚が加わったわけでも、彼女の表情が変わったわけでも、ましてや身振り手振りで驚きを表現したわけでもなく、単に言葉の意味を汲み取って、自分たちの来訪が予想外であると推測しただけに過ぎないが。
 ガラスケースのカウンターにぽつんと座っている少女。外見的には明らかに自分よりも年下だが、座っている場所からして、店員なのだろう。
 いや、実際に店員なのだ。なのだろう、だなんて推測したかのような言い方だが、彼女が「いらっしゃませ」と言おうが言うまいが、浬には彼女が店員であることが分かっている。
「確か……霧島君、でしたか」
「はい、お久し振りです。御舟、先輩」
 少し言葉に詰まった。浬としては彼女——カードショップ『御舟屋』の店員である御舟汐と、特別親しいわけではない。暁や柚はそれなりに交流があるようだが、浬は以前一度、この店を訪れて、顔を見知っている程度。なので、ほぼ他人だ。
 しかし、汐は浬も通う東鷲宮中学の三年生で、つまりは先輩だ。浬はそちらの方に重きを置いて、汐を先輩と呼称することにした。
 浬に続いて、汐は風水に視線を向ける。
「そちらの方は、妹さん……では、ないですよね。彼女さんででしょうか」
「そう! そのとお——」
「違います」
 パァッと顔を輝かせて、これみよがしに肯定しようとするが、先んじて浬がそれを制す。予想通りだ、分かりやすい。
「でしょうね。では、ご友人、といったところでしょうか」
「そうですね、そんなところです」
 汐も自分の言葉が本気ではなく、あっさりと訂正する。もっとも、表情がまるで変わらず、なにを考えているかも分からないので、実は内心では本気だった可能性も否めないが。
「それで、本日はどのようなご用件ですか。兄さん——店長は今、席を外しているので、私が対応せざるを得ないですが、それでも構わないでしょうか」
「えぇ、まあ。ただカードを買いに来ただけなので、大丈夫です」
 そもそも浬は彼女の兄を知らないので、店長がいなくとも店員がいればそれでいい。
「ねぇ、浬くん」
「なんだ?」
「カードって、ここくる間にいってたやつ?」
「そうだ」
「でもあれ、かなりレアカードなんだよね? だったら高いんじゃないの? あたし今、五百円しかないよ?」
「確かに封入率は低いな。封入率が変動する前のエキスパンションだから、当たる確率は低い」
 だが、それはあくまで封入率が低いということでしかない。要するに、確率だ。
 確率が低いことは、当たらない道理にはならない。彼女を信じているわけではないが、しかしできるものならやってみろ、と言いたくなるくらい理不尽な力ではある。
 それは裏返せば信じてしまったことと同義でもあるのかもしれないが、現実のものとして証明できるか否か、彼女を試してみたいと思ったのだ。
「御船先輩。注文です」
「なんでしょう」
「『エピソード1 ダークサイド』は、ありますか?」
「『ダークサイド』ですか……はい、在庫が残っているはずです。いくつお買い上げですか」
「3箱、持ってきてください」
 汐が眉をひそめる。
 カードパックを3箱。いわゆる箱買いと呼ばれる購入の仕方だ。
 カードパックというものは、基本的には一つの箱にまとめて封入されている。デュエル・マスターズでは1箱ごとに、ビクトリー、スーパーレア、ベリーレアなどの比率がほぼ一定になっている。そのため、1箱買えばスーパーレアやビクトリーのカードがほぼ確実に手に入るのだ。
 だが勿論、箱買いにはリスク、もといコストがかかる。カードパックは1パック約150円。1箱における封入数はエキスパンションによって変化するが、『ダークサイド』であれば30パック封入されているので、金額にしておよそ4500円。これが3箱となれば、13500円。これに消費税も加えれば、さらに金額は上昇する。
 一万を越える金額は、中学生にとってはあまりに高い。易々と手が出せる額ではないため、汐も顔をしかめた。鉄面皮の彼女の表情を、ほんの少しでも変えるくらいには、浬の発言は現実味に欠けたものだったのだ。
「……なにか狙っているカードがあるのなら、シングルというものもあるですよ」
 あまりに浬が荒唐無稽で無茶苦茶なことを言ったためか、汐は単品(シングルカード)で買うことを提案する。一つのエキスパンションで、欲しいカードが数種類程度であれば、いくらレアリティごとの封入率が一定でも、結局は確率でしか手に入らない箱買いより、欲しいカード一枚を単品で買う方が、よっぽど財布に優しい。
「いいえ、3箱です」
 しかし浬は、汐の提案を突っぱねた。あくまで箱にこだわる。
「……大丈夫、なんですか」
「はい。ただ、少しお願いしたいのですが——」
 不安げに浬を見上げる汐。浬は首肯した。3箱のカードパックを購入する意志を見せる。
 だが、浬は単に3箱分ものパックを買うつもりはなかった。カードを買うために『御船屋』を選んだ理由の一つだ。
 浬は箱を持ってこようと背を向けた汐に、そのお願いを告げる。

「——3箱から1パックずつ、買わせてください」