二次創作小説(紙ほか)

91話 「良ツモ」 ( No.288 )
日時: 2015/11/20 02:02
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 レアリティの封入率はエキスパンションごとに違う、ということは既に述べたが、より具体的に言うなら、ビクトリーやスーパーレアは、1箱ごとに一枚前後入っている。そのため、1箱買えばビクトリーやスーパーレアがほぼ確実に手に入るのだ。
 場合によっては二枚入っていたり、一枚も入っていないこともあり得るが、しかし基本的に、ビクトリーやスーパーレアは1箱に一枚だ。現在のエキスパンションではその封入率も変わってきているが、少なくとも『エピソード1』時点での、通常エキスパンションの封入率はそうだ。
 1箱に一枚、ビクトリーが入っているという前提で考えるならば、最高効率でビクトリーを手に入れるためにかかるコストは、税抜き150円、1パック分の費用だ。
 そして3箱から1パックずつ購入すれば、最大でビクトリーは三枚当たる。実際はどうであれ、非現実的なほどに低確率であれ、確率的にはあり得ないわけではない。
 どこのカードショップでも、真面目にそんなことを考えているわけでもないだろうが、しかし同一種類の複数の箱から、少しずつパックを抜いて買うという購入方法は、基本的に嫌われる。というより、そんな買い方は許されない。お願いしても断られるだろう。運任せとはいえ、高レアリティの入ったパックだけを抜き取られるような行為はできるだけ避けたいだろう。それに、複数の箱が開封済みになっていると、保管も面倒だ。
 だが汐は、訝しげな視線を向けるものの、「分かったですよ」と言って、3箱持ってきた。
 普通のカードショップやデパートのカード売場では、このような買い方はできない。だからこそ、浬はここに来た。『御船屋』ならば融通が利く。知り合いであるということも関係しているが、『御船屋』は常識に囚われずにカードを販売するカードショップだ。このくらいの無理なら通せる道理がある。
 とはいえ無理というなら、この3箱から、1パックずつ抜くだけで、ビクトリーを当てようとする方がよっぽど無理な話だが。
 だがしかし、その無理を通して道理を引っ込めてしまう理不尽の存在がある。浬もつい最近、それを感じた。
 彼女の言葉は信じられない。だが、流れでなんとなく聞いてみる。今日の風はどうなんだ、と。
 彼女は返す。風が“ツキ”をとどけてくれてる、と。
 やはりわけが分からなかったので、適当に解釈して流す。
 目の前には、差し出されたカードパックの箱が三つある。どれも開封済みで、好きに抜いて良いとのことだ。
 500円玉がガラスケースのカウンターに置かれ、小さくも活力に溢れる手が、流れるような動作で箱から1パックずつ、3箱すべてから抜き取った。
 少し間があった。だが、本当にこれでよいと、自らの感覚に確認すると、彼女はパックの切れ目に手をかける。
 ピリッ、と小気味良い音が鳴り、包装からはみ出たカードの面のフォイルが、光を反射する——



「やったー! ビクトリーカード三枚ゲット! いやー、今日もいい風っ!」
 風水は三枚のカード——どれもすべて同じカードを持って、満面の笑みを浮かべている。
 正直、博打だと思って提案してみたが、本当に当たるとは、と浬も少なからず驚いているが、それ以上に驚愕しているのは、カウンターの向こうにいる先輩だった。
 確率的には可能性があると認めてはいても、まさか本当にビクトリーカードを3箱から一枚ずつ引き当てるとは思わなかったのだろう。表情こそ変わらないが、汐は絶句している。
「……なんなんですか、彼女。変な素振りは見られなかったですし、サーチしたわけではないでしょうが……」
 しばらくして、やっと汐が口を開く。しかしまだ驚きが隠せていなかった。表情は無そのものだが、感情自体は案外豊かなのかもしれない。
「世の中にはああいう人間もいるんですよ、理不尽なことに」
 認めたくないが、観測し、正確にその力を判断するまでは、否定することはできない。理不尽を理不尽なものとして理不尽だと思いつつ、浬は風水の引き運を飲み込む。
「あぁ、ついでに『ファースト・コンタクト』の方もお願いできますか?」
「……これ以上、うちから価値のあるカードを大特価で放出させないでくださいね」
「大丈夫です。そっちは俺が買うので」
 そう言うと安心したように、汐はもう一つ箱を持ってくる。代金を支払い、その分のパックを箱から抜き取った。
「ねぇねぇ、浬くんっ」
「……なんだ?」
「それで、当たったこれはどーするの?」
 小首を傾げると同時に、サイドテールが引っ張られるように揺れた。その動作は小動物のようで愛くるしいが、浬からすれば、いちいち動きが煩わしい奴だな、とにべもない感想が生まれる。
 浬は溜息を吐きながら、パックの包装を剥く。
「そいつの使い道は道中で言ったはずなんだがな。カードの効果をよく読んで、自分で考えてみろ」
「んー? んー……あっ、そっか!」
 気づいたようだ。もしくは、浬が言ったことを思い出したのだろう。
 風水が考え込んでいる間に、すべてのパックを剥き終えた浬は、その中のカードに視線を落とす。派手なカードはない。数パック程度でスーパーレアやビクトリーを引き当てる運気は浬にはなかった。
 だが、それでも目当てのカードはあった。それも、思った以上の枚数が。それらのカードをまとめてつかむと、風水に押しつけた。代価はあとで適当に見繕う。
 これで必要なパーツは揃った。浬に言わせてもらえば、式は組み上がったのだ。風水ならば、手役ができあがった、と言うのだろうが。
「えーっと、それじゃあ……これと、これと、これも抜いちゃおっ」
 狭い『御船屋』の一角で、風水は早速、引き当てたカードを使ってデッキを組み直していた。
 しばらくして、彼女は立ち上がる。
「できたよっ、浬くんっ!」
「あぁ」
 待ってました、と言うほど待ってはいないし、そんな期待していたみたいに思われるのも癪なので、素っ気ない言葉で返す。
 立ち上がって、デッキケースを取り出した。
 まだ、やるべきことは残っている。
「なら、最後の仕上げだな」
 狭いカードショップにも、対戦スペースはある。
 そこにはたった一つの、年季の入ったデュエマ・テーブルだけがあった。