二次創作小説(紙ほか)
- 95話「流局」 ( No.294 )
- 日時: 2015/12/01 01:02
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「負けちゃったかぁ……最後の最後で風、とまっちゃったなぁ……」
対戦が終わり、カードを片づけながら、風水が溜息を吐く。
しかし、危ない対戦ではあった。最後の最後で、なんとか風水の防御網を突破することができたが、運次第では十分に負けもあり得る対戦だ。
そう、最後に浬の勝利を決定づけたのは、運なのだ。
「……結局のところ、運、か」
「どしたの、浬くん?」
「なんでもない。なにも言ってない。だからなにも気にしなくていい」
「? 変なの」
首を傾げている風水。
と、その時。
パチパチ、と乾いた柏手を打つ音が聞こえた。首を回してみると、汐がすぐそこに立っていた。
「良い対戦でしたよ。どちらも青単でしたが、互いの“色”が反映されたデッキ構築。そして、サイキックとドラグハートが入り乱れた内容。見ていて、とても面白かったです」
「はぁ、どうも」
あまりに素直に賞賛され、少し困る浬。褒められるのは得意ではない。
「私も、本当ならこういう対戦がしたいのですけどね。殺伐としたデュエマよりも、楽しみを優先したいです」
「なにか言いました?」
「いえ、なにも。気にしないでください。こちらの話です」
「? はぁ……」
どこか思わせぶりな様子だが、汐はさっさと話を打ち切って、カウンターへと戻ってしまった。
「ねえねえ、浬くん。かーいーりーくんっ」
「ん、あぁ、なんだ?」
「さっきのあたしのデュエマ、どうだった? 改造、うまくいってた?」
身長差があるため、首を伸ばして浬を見上げる風水。その瞳は、負けてもなお、キラキラとしていた。言っていることは意味不明で、人の話も聞かないが、良くも悪くも、純粋な女の子だ。
「そうだな。改造自体は、それなりに上手くいったと思う。《ヴォルグ・サンダー》だけだと、やはりフルクリーチャー相手では厳しいものがあるから、もう少し勝ち筋となるサブフィニッシャーを投入しても良さそうだが、軸となる基盤は固まったんじゃないか。後は、プレイングだな」
と、対戦中に思ったことをいくつか提示して、軽く説明をする。風水がどの程度理解しているかは分からないが、一応、頷いてはいるため、少なくとも彼女の中では消化できているのだろう。
「ところで、お前。時間は大丈夫か?」
「え? あっ、もうこんな時間かぁ」
店内に備え付けられた、質素な壁時計を見遣り、また風水は首を捻る。
「うーん、あんまりおそくなると、怒られるし、今日はなにも言わずにでてきちゃったからなぁ……もっと遊びたかったけど、もう帰るよ」
「そうか。帰り道は分かるな」
「うん、だいじょぶだよ」
「店先の一本道を抜けて、右に曲がりさえすれば、大通りに出られるので、そこからなら迷うことはないはずですよ」
「あ、うん。ありがとうっ」
今更ながら、汐が年上であることを理解していなかったらしい風水は、軽く手を振ってから、カランカランと鈴を鳴らして、店を出る。
「あっ、そうそう。最後にひとつだけ、言っておきたいことがあるの」
と、思ったが、すぐさまひょっこりと、扉の隙間から顔を覗かせた。
一体なんのために戻ってきたのか。言っておきたいこととはなんだ、今更なにを言うことがあるのか。
というより、こんな台詞、以前も聞いたことがあったような……と、浬の思考が追いつくよりも早く、風水の口は開いていた。
「今日、デートみたいで楽しかったよっ! それだけっ」
そう言うと、風水は再び扉を閉めて、去っていった。
しばらくぽかんと呆けていた浬。言葉が続かず、思考も置き去りにされたままだが、ややあって、頭が回転を取り戻す。
「……一本取られた。いや、一杯食わされた、か……」
「いえ、恐らく違うと思うですが」
やっと出てきた言葉を汐にツッコまれるが、それもどうでもいい。
帰り道、彼女と出会ってしまった。それがすべての始まりで、運の尽きだったのだ。
「……ただいま」
「あら、お帰り。遅かったわね、どこ寄り道してきたの?」
「……別に」
風水の最後の一言で、まんまとしてやられたという気分になり、若干沈んだまま帰宅する浬。待ち受けていたのは、居候の姉貴分だった。浬からすれば、姉気取りといった具合だが。
「あ、それ、神話コンビの新作。もう出てたので」
「勝手に読むなよ。俺が先だ」
「分かってる分かってる。私がそんなことすると思う?」
「先月、俺が読もうと思ってた『鈴音物語』の完結作を勝手に読んだ挙げ句、ネタバレしたのはどこの誰だ」
「さぁ? 誰かしらね」
これでもかという恨みを込めた視線をぶつけるが、当の犯人は厚い面の皮を持って、どこ吹く風でいなしてしまう。この態度も癪に障る。
「それで、どこ行ってたの? 沙弓お姉さんにも言えないこと?」
「なにが沙弓お姉さんだ……まあ、ちょっとな」
曖昧に濁す浬だが、しかし今日の一件は、昨夜のことにも関わることだ。少なくとも沙弓には、話しておいた方がいいのではないだろうか。
そう思うと、それが最前であると結論付け、浬は今日あった出来事を語る。一部——たとえば風水の家に上がり込んだとか、彼女のデッキ改造に付き合ったとか、そういったこと——は伏せながら。
「成程……思った以上に、近いところにいたのね、その子は。今度、遊戯部でちゃんと会った方がいいかしら」
「少なくとも、話を聞く必要はあるかもな」
「そうね。どこかの誰かさんが、遊んだだけで帰って来ちゃったものね。語り手の所有者なんだし、ちゃんと話を聞かないとね」
「……遊んでなんかねぇし」
と、口では反抗してみるが、しかし沙弓には、浬があえて伏せた部分を見抜かれてしまっているようだ。ただ出会ったことだけを伝えたつもりだったが、それだけでこれほど遅くなるとは考えにくい、とかそんな感じに推理されたのだろう。
「……ねぇ、カイ」
「なんだよ」
「やっぱり、あの子のこと、まだ気にしてる?」
「…………」
黙った。
「なんで、そんなこと聞くんだよ」
「なんとなく、ね。その……風水ちゃん? って子の話を聞くと、ちょっとだけ、あの子と被るのよね」
正確には、“あの時の”あの子だけど、と付け足す沙弓。
すべてお見通しなのか。それとも、偶然なのか。
浬も、同じことを考えていた。
いや、同じではない。彼女以上に、強く、深く、考えていた。
より鮮明に、過去の彼女と、北上風水という少女と、あの時の出来事を、重ね合わせていた。
「……あいつらは、全然違う。どっちもやかましい、ってだけだ」
「ふぅん……まあ、カイがそう言うなら、そういうことにするけど」
少しの間、沈黙が訪れる。
その沈黙を終わらせるように、沙弓がおもむろに口を開いた。
「……あんまり、引きずりすぎないでよ。部内の雰囲気、悪くしないでね」
「……分かってる。俺も、さっさとケリをつける」
問題はタイミングだ。その時が来るまで、機を窺う。
だが、その時が来れば、躊躇いはない。どんな手段を使っても、なりふり構わず、己のすべきことを実行する。
かつての、屈辱的な過去を、精算するために——
「これは……どこから出てきたんですか?」
「分かりません。気づけば、私の情報網に引っかかっていました」
「こっちの動きが読まれてる……? 一体、何者なんでしょうか」
「それも分かりませんが……“彼女”に関わることであることは、確かです」
「そうみたいですね……また、大変なことが起こりそうだ」
「その時は私たちも助力しますよ、リュンさん」
「ありがとう氷麗さん」
言って、リュンは手にした紙に目を落とす。
裏切者の恋人へ——
——世界より