二次創作小説(紙ほか)

96話「暗号」 ( No.301 )
日時: 2016/01/30 21:29
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「さっぱりわかんないんだけど……なにかヒントとかないの? タヌキの絵が描いてあるとかさぁ」
「タヌキ……? なに言ってるんだ、お前は」
「た抜き言葉ですよ、かいりくん。ひらがなの「た」を抜いて読むんです」
「あぁ」
 暗号と呼ぶにはチープだが、有名な暗号形式の一つではあるだろう。有名であるがゆえに解かれやすいため、使用されることは少ないが、しかしこの暗号は手紙だ。本来の暗号のように隠すことを目的としているのではなく、解かせることを前提としているのであれば、そういった解きやすい暗号である可能性もなくはないだろう。
 だが、浬はその可能性を否定する。
「それはないな」
「なんでさ」
「確かに意味不明な文章から一部の字を抜いて読む暗号はあるが、そもそもここに書かれているのは数字だ。ひらがなやカタカナ、漢字のような日本語の文字ではない。だから文字を抜いて読む暗号であることは考えにくい」
 文字の違いを指摘する浬。もっともな意見だった。
 しかし、浬はそれをとっかかりに、ふと思いつく。
「いや……待てよ。数字だから読めないのか」
「なに言ってんの? 当たり前じゃん。数字は数字、日本語じゃないんだから、読むとかないよ」
「英語の文章よりもむずかしいです……」
「それだ!」
「ふぇっ!?」
 浬の大声に、ビクッと身体を震わせる柚。
 浬は柚の言葉をきっかけに、仮説を一つ立てた。
「英語だ、アルファベットだ。数字がそのままで読めないなら、それに日本語の文字を当てはめればいいだけだ」
「? どういうこと?」
「数字を日本語に変換するんだ。たとえば数字の「1」をひらがなの「あ」、「2」を「い」、「3」を「う」といったように、数字を五十音に当てはめて考えるんだ」
 文字列など、固定された順番に並んでいるものであれば、その順番は数字として表すことができる。その決まった順番の文字に数字を割り振れば、その数字がそのまま本来の文字の代替となる。文字の置き換え。これも、暗号における基本的な手法だ。
「てことは、この時計とかに書いてある数字をひらがなにすればいいの?」
「いや、ここに書かれている数字にひらがなを当てはめても、まともな言葉はできない。だから恐らく、アルファベットを対応させていけば、解読可能なはずだ」
 アルファベットを文字列として表すなら「1」は「a」、「2」は「b」といったところだろう。

j m i a i q g q g l m
Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

j c q r a c q r l m q i
Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

l i q c k ? q r
ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ

「『jmiaiqgqmlmjcqracqrlmqiliqck?qr』……なにこれ?」
 浬の言うようにアルファベットを当てはめてみるも、出て来たのは、ランダムで取得したメールアドレスのような文字列だけだった。
「というか、「1」が「a」じゃ「0」はなんなのさ」
「これじゃないのか……」
「あ、もしかして、「0」が「a」なんじゃ……」
「いや、それでも『knjbjrhrnmnkdrsbdrsmnrjmjrdlars』、やっぱりまだ意味不明な文字列だ」
 解決策が見えてきたと思ったが、結局暗号は解読できず、行き詰る三人。
 いくら頭をひねっても暁や柚にはなにも浮かばず、浬もこれ以上は絞り出せないと言うような、苦渋の面を見せている。
 いよいよもって三人が諦めかけていた時、部室の扉がギィ、っと開く。
「ただいまー」
「あ、部長だ! お帰りー」
「ぶちょーさん、おかえりなさい。はやかったですね」
「まあね。とりあえず今学期の報告だけして、来学期のことはその場で全部決めて提出して帰ってやったわ。うちみたいな弱小部が他団体に与える影響なんて微々たるものだし、やることだけ教えれば問題なし。他の部活の報告なんて聞く価値ないしね」
「言い切ったな……」
 あっけらかんと言う沙弓に、やや呆れ顔を見せる浬。
 沙弓は机で唸る三人に近づくと、手紙を覗き込んだ。
「あら? まだ解けてなかったの?」
「は、はひ……ぜんぜんできません……」
「そういう部長はもう解けてるのかよ」
「うん、とっくに」
 またしても、沙弓はあっけらかんと答えた。
 あまりにあっさりしていたために三人はポカンとしていたが、やがてその意味を理解すると、その表情は吃驚に変化する。
「……え? 解けたの!?」
「そりゃあね。細かいところは細かいし、遠回りしてる感じがややこしいけど、仕掛け自体は単純よ」
 そう言うと、沙弓は手紙を手に取って、解説を始める。
「いい? まずこれは、暗号文がどこか、それを解くためのヒントはどこか、この二つを探さなければならないわ」
「暗号文は……この数字だよね」
「えぇ、そうでしょうね。この数字が明らかに本意を隠しているから、これが暗号に当たる部分。次にヒントだけど」
 手紙の大部分を占める数字の配列を指でなぞると、今度は紙をぺらぺらとはためかせる。
「ここまで凝ったデザインの手紙だもの、手紙全体が暗号を解くためのヒントと言ってもいいわ」
「そんな身も蓋もないことを……」
「そうね」
 だから重要なところをピックアップしていくわ、と沙弓は順を追って、そのヒントを指していく。
「まず前提として、これは手紙。つまり、相手に“読ませる”ためのもの。だけどこの手紙は読めない。じゃあ、なぜ読めないのか。それは書いてある文字列が、ひらがなでもカタカナでも漢字でも英語でもドイツ語でもハングルでもなく、数字だから。数字だけじゃ、私たちの言葉として読むことはできない。だから、これは恐らく、違う言語を数字に当てはめて考えると思うの」
「それは俺にもわかった。だが、ひらがなでも、英語——アルファベットでも対応してなかったぞ」
「甘いわねぇ、カイ。流石にそこまで単純ではないってことよ。もっと全体を見て推理しなくちゃ」
「全体だと?」
「対応言語がなにか、どの言葉、文字を使うのか……それを解くヒントは、ここにあるわ」
 沙弓が指差したのは、数字の並びを囲むように並べられている、円形の繋がり。各円の中央には簡単な絵のようなものが描かれており、さらに円中の隅にも数字が割り振られている。
「なにこれ? なんか見たことあるような……」
「アルカナよ」
 首を傾げる暁たちに、沙弓は即座に答えた。
「アルカナ? なんですか、それ?」
「んーっと、なんて言ったらいいのかしら。そうねぇ……タロットカードって、知ってる?」
「占いとかで使うやつ? あの、トランプみたいなの」
「概ねその認識でいいわ。タロットカードは1組78枚が普通で、その中身は小アルカナと大アルカナに分けられる。この大アルカナっていうのが分かりやすいというか、一般的には認知度が高いと思うんだけど、大アルカナは0から21の番号が割り振られていて、22枚存在する。22枚それぞれには寓意画——って言っても、分からないかな。とにかく絵が描かれていて、この絵は宗教とか、タロットカードが生まれた当時の文化や風習が関わってくるの」
「? ……?」
 沙弓が説明しても、首を捻るばかりの暁。どうやら理解できていないらしい。
 もっと分かりやすく、かつ詳細に説明できれば暁も理解できるのかもしれないが、沙弓もそこまで詳しく知っているわけではないので、暁に今すぐ理解できるように説明することはできない。
「まあ、タロットカードの細かい説明なんてどうでもいいわ」
 そのため、必要ない説明と判断し、投げ捨てた。
「ここに書かれている絵は、すべてタロットカードに書かれている絵と同じ。ご丁寧に番号まで振ってくれているから、分かりやすいわ」
 手紙の淵をなぞり、全体を囲むように配置された円の連なり。円の中は、手紙の中央上から反時計回りに番号が順に並んでおり、絵は人や天使や悪魔などが描かれている。
「で、よく見てみると、ここに書かれた数字と、暗号文のローマ数字。同じじゃない?」
「あ、本当だ」
「ということは、この大アルカナが、暗号文を解く鍵になるのか」
 暗号文の数字も、円の中の数字も、どちらもローマ数字。この二つが無関係であるとは到底思えない。この手紙が暗号文で書かれているとなれば、そう考えて然るべきであろう。
「解き方自体は簡単よ。カイも辿り着いたもの。数字をアルファベットに置き換えればいいだけ」
「いや、だが、それじゃあ解けなかった。それに、そもそも大アルカナは全部で22、アルファベットは全部で26文字だ。数が足らない」
「なら減らせばいいのよ」
「減らす? なにをだ」
「必要な文字を」
 言って、沙弓は紙とペンを取り出した。そこに、アルファベットを“a”から“z”まで、数字を“0”から“21”まで、順番に書き並べる。アルファベットはそのままアルファベットの文字列で、数字はアルカナの数を表しているのだろう。
 そして書きながら、浬たちに問うた。
「なんでこれがローマ数字で書かれているのか、考えなかったの?」
「は……? いや、特に……」
「だって、ただ数字を他の文字に置き換えるだけなら、算用数字でいいじゃない。わざわざローマ数字を使う理由はないわ」
 言われてみればそうだ。ローマ数字は算用数字と比べて、認識がしづらい。0から9までの一桁の数字に類似が少ない算用数字と、一つの型をベースにしてそこに細かな違いをつけているローマ数字では、基本的に使いやすさでは前者が勝るだろう。勿論、使いづらさがあるからこそ暗号に向いているとも考えられるが、数字そのものの読み間違えを誘うような暗号があるものだろうか。
 アルカナをヒントとして使用しているがゆえの雰囲気作りという見方もできるが、沙弓はそうは考えない。仕様される字そのものにもなにかしらの意味があり、ヒントは隠されている。それを読み取り、解釈し、仮説を立てて推論し、彼女が導き出した答えが、
「ローマ字よ」
「ローマ字?」
「そう、一つから三つの数字を組み合わせてかな文字を生成する、ローマ字よ。これは英語じゃない。勿論、フランス語でもイタリア語でもドイツ語でもないわ。みんな知ってるただのローマ字。それも、最も単純な訓令式のローマ字ね」
 ローマ字。法則性のある文字列。
 法則性があるために、ローマ字にはヘボン式やポルトガル式など、法則の種類がいくつか存在する。その中でも、ヘボン式と同じくらい日本で認知度が高く、また文字として見れば最も単純な法則なものが、訓令式だ。
「ヘボン式だと、“c”とか“j”とか色々混じってくるけど、訓令式のローマ字なら、必要なアルファベットは母音の“a”“i”“u”“e”“o”と、子音の“k”“s”“t”“n”“h”“m”“y”“r”“w”“g”“z”“d”“b”“p”の19個だけになるわ」
 沙弓は書き並べた26のアルファベットから、母音と子音以外の7文字をペンで塗り潰して消した。そうして、19の母音と子音のみが残る。
「……いや待て。それだとまだ数が合わない。大アルカナ22に対して同数でなければ、この解き方は使えない。アルファベット19では、今度はアルカナの方が多くなって、やはり数が合わなくなる。」
「だったら、アルカナの方を減らせばいいのよ」
 浬の指摘なんてお見通しだと言わんばかりに、待っていたかのように、沙弓は言葉を返した。
 そして今度は、手紙の宛名をなぞる。
「最初の宛名のところ。裏切者の恋人へ、ってあるでしょ。これ、誰のことだと思う?」
「? 恋人……? 恋……?」
「ひゅうがさん、ですか……?」
 恋人という言葉から連想されるのは、その言葉の一文字を名前に持つ少女、日向恋だ。
「私も同じ人を連想したわ。そして、恋人は英語でLover、彼女がかつて名乗っていた名前もラヴァー」
「あ、そういえば……」
「いや……偶然、とかじゃないのか? たとえば、それの送り主が、本当の恋人だった奴に宛てた、とか」
「裏切者の恋人、だなんてもっともらしい気取った言い方しておいて、偶然なんてないと思うけどね。それにこれは、葛城さんのところに届いたもの。私たちの関係者で、かつクリーチャー世界に深く関わっている人に宛てたものと考えるのが妥当だわ」
 ここまで回りくどい手紙だ。そこには必ず何かしらの意味があるはず。偶然なんて陳腐な言葉で片付けることはできない。
「話を戻すわ。裏切者の恋人……裏切者のラヴァーと読むことができるけれども、彼女は今、ラヴァーを名乗っていない。つまり、大アルカナの6番……恋人の部分は、ないものとする」
 そして今度は、順番に並べた数字から、“6”の数字を塗り潰して消した。
「次に、恋人に続く、戦車と正義。大昔に使われていた馬が引く戦車のことをチャリオット、ローマ神話に登場する正義を司る女神をユースティティアと、それぞれ呼ぶの」
「チャリオットにユースティティア……それって!」
「そう。でも、あの二人も暁と日向さんが倒したから、これもいないものとする」
 さらにその隣の、“7”と“8”の数字も塗り潰す。
 塗り潰された文字の残りを数えると、アルファベットが19、数字が19。
「これで数字とアルカナの数は同数ね」
 二つの数は完全に一致した。これで、アルファベットをアルカナ——数字に当てはめることができる。
「お、おぉ……すごいよ、部長!」
「よくわかりますね、ぶちょーさん……」
「ふふん、まあね。私にかかれば、ざっとこんなもんよ」
「急に偉そうになったな……」
「といっても、こんなものはパターンに沿って考えて、分からないところは推論で補っているだけよ。基本的な造りは単純で、そこに装飾を施している感じだから、推理自体は難しくないわ。ヒントも多いしね。暗号文そのものを見ても、同じ数字を結構多く使ってるから、法則性は読み取りやすい。なにより、数字の間に引いてある線が決定的だったわ。二つの文字を繋げて一つの文字にするっていったら、ローマ字だから」
 ともかく、これで暗号文を解く鍵は出来上がったのだ。
 あとは、沙弓が導き出したように、アルファベットと数字を対応させて読むだけだ。
「えーっと、アルカナは“0”からスタートするから、“0”が“a”かしらね。これを当てはめていくと——」
 もう一枚紙を取って、そこに必要なアルファベットと数字だけを書き写し、暗号文に当てはめていく。
 そして、沙弓の推理した一文が書き出された。



ko   i  bi   to    to    no
Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

 ke   tu    be   tu     no    ti
Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

 ni    te    ma   tu
ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ




「こ、い、び、と、と、の、け、つ、べ、つ、の、ち、に、て、ま、つ……?」
「『恋人との決別の地にて待つ』、か?」
「恋人は、ひゅうがさんのことですよね? 決別っていうと……おわかれ、ってことですか?」
「日向さんと別れた地とも取れるけど、これは相手から送ってきたわけだから、むしろ彼女と決別したのは相手と考えられる。チャリオットやユースティティアのこともあるし、そう考えるとなると——」
 恋がラヴァーという名を捨てた場所。決定的に彼女が変わった場所。ユースティティアらと袂を分かった場所。
 少し考え、ハッと気づく。
 そして、一同の視線が暁に集った。暁自身も理解している。
 彼女にとっての決別の地。ラヴァーという少女が日向恋となった場所といえば、一つしか思いつかない。

「私が、初めて恋に勝った場所だ……!」