二次創作小説(紙ほか)
- 97話「デウス・エクス・マキナ」 ( No.302 )
- 日時: 2016/01/31 04:20
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)
スプリング・フォレストのはずれもはずれ。辺境も甚だしい辺境地。
不毛の大地という表現がここまで合致する場所は他にないと思わせるほど、荒廃した荒野。草木は根こそぎ削り取られ、水脈は枯れ果て、剥き出しの岩盤と、風に舞う砂が地表を覆うだけの場所。
戦野原、と呼ばれていた。
元々は森であったこの地は、なんの因果か、たびたび戦いの中心地となる。この星における最大の戦争——神話戦争においては、火と自然の連合軍と、光と闇の同盟軍が戦い、闇文明同士の衝突があったのも、この戦野原だ。
その時からこの地は不毛の地となったのだが、戦いを呼ぶ性質そのものは変わっていない。かつて、ラヴァーと呼ばれていた人間の少女と、暁の太陽のような少女が雌雄を決したのも、この地だ。
そして今、この戦野原に、新たな戦いの歴史が刻まれる。
かつての秩序を継ぐ神話の語り手たちと、新たな秩序を創る運命の世界たちとの、戦いの刻印が——
「本当に、ここなのかな?」
「私の推理が正しければね」
沙弓の手で解読された暗号文に導かれ、一同は戦野原と呼ばれる荒野を訪れていた。
そこには、当然のように、恋の姿もある。ただし今回は、こちらから呼びかけた。
沙弓の解き方が正しければ、あの暗号文は恋と深い関わりのある者から送られたものであると推測できる。それならば、彼女を呼ばない理由はない。
「ねぇ、恋」
「……なに?」
「恋はさ、あの暗号、解けたんじゃないの?」
なにもない戦野原で立ち尽くしていると、暁が恋に訊く。
暗号文は恋と深く関わっていた。解いたのは沙弓だが、恋という存在がいなければ、そもそも答えに辿り着かなかった。
だから、もしかしたらあの暗号文は恋が解くべきものだったのではないか。リュンに直接ではなく、氷麗を仲介して暁たちのところに手紙が届いたことからも、それは考えられる。
しかし恋は首を横に振った。
「……私には、わからなかった……」
「そうなの?」
「うん……わかったことは、一つだけ……」
恋はゆっくりと、どこか寂しげで、それでいて懐かしむように、おもむろに口を開いた。
「……あれは、“みんな”からのメッセージ……」
「みんな? それって——」
「待ち詫びていた」
突如、声が響く。
大声ではないが、遮蔽物がなにも存在しないこの荒野だ。その声はよく通る。
「よくぞ来た、ラヴァー——そして、神話の継承者たち」
声だけではなく、やがてその姿も明瞭になる。
その者は、いつの間にかそこにいた。そう感じさせるほど自然に、暁たちの前に立ちはだかるようにして存在していた。
不思議な人物だった。完全とも完璧とも言える整った顔立ちは、どこか不整合で、無理やり接合したかのような印象という矛盾を孕んでいる。そして、そこに一切の感情は読み取れない。無すらも感じさせず、温かみがなければ冷たさもない。機械のようだ、という形容すらも当てはまらない、形容しがたい姿。
さらにその背後には、無数の人影が見えるが、位置が遠く、また砂埃も立ち込め、ここからでは明瞭に確認できない。
「っ、誰……!?」
「……デウス・エクス・マキナ」
ぼそりと呟くように、恋は言う。
それは自分への確認のような言葉でもあった。
「初めまして、か。私の名はデウス・エクス・マキナ。終わりの神秘、ⅩⅩⅠ番、『世界』。先日は、私の同胞たちが世話になった」
「あの暗号文を送りつけてきたのは、あなた?」
「そうだ」
彼——デウス・エクス・マキナは、即座に言葉を返した。
首を縦に振り首肯。しかし同時に、逆接する。
「しかし、あれはただの暗号文ではない。私たちの知るラヴァーでは、あの暗号文を解くことはできない。だが逆に、あれはラヴァーなしでは解くことができない」
「? どういうこと?」
矛盾するような言い回し。恋では解けないが、恋でないと解けない、と言うのだろうか。まるで意味が分からなかった。
その矛盾は、すぐにデウスが具体性を持って解き明かす。
「ラヴァーがあれを解くということは、何者かの力を借りる必要がある。我々以外の協力者が必要になる。または、ラヴァーがあの暗号文を自力で解けたのならば、ラヴァーをそこまで成長させた、何者かの力が作用しているということになる。少なくとも我々と共に行動していたラヴァーでは、あれは解けない」
実際には、沙弓が暗号文を解くにあたって、恋の力は借りていないが、日向恋という存在がなければ、彼女と戦い合った過去がなければ、あの暗号文は解けなかった。
そもそもの発端が恋と絡んでいるのだが、確かに、恋なしではあの暗号は解けなかっただろう。
「あの暗号文は、ラヴァー、君との思い出とも言えよう。我々が君から学んだことも多い。他愛もない雑多な知識、利用用途が限定される概念。君から教わったことを、少々ながらもあの中に詰め込ませてもらった」
どこか過去を想起するように語るデウス。しかし、感傷すらも、覆い隠されている。
そして彼は、心中が隠されたままの眼差しで、鋭く恋を見据える。
「だが、あれを解いたのであれば、もう分かっているだろう、ラヴァー」
「…………」
「あの暗号文を読むためには、我々の存在を示す数字を文字に変換する必要がある。そのためには、必要最低限の文字数と数字の総数を合致させなくてはならないが、その必須過程として、数字を削らなくてはならない」
恋は口を開かなかった。すべてを理解していると言わんばかりに、口を一文字に結んでいる。
「各々の数字は、我々に与えられた番付だ。ユースティティア、チャリオット……失われた我々の同胞は欠番となる。彼らの数字は失われているのだ」
あの二人はもう存在しない。ゆえに、その数字を除くということに理解は及ぶ。
しかし、では恋は——ラヴァーは、どうなのか。
日向恋としてここにいるラヴァーは、どうなるのか。
「数を合わせるためには、数字が一つ多い。0を削ってしまっては暗号文が成り立たなくなる。では、なにを削るか——答えは、宛名にある」
宛名。その書き出しの言葉は、
「『裏切者の恋人へ——』——ラヴァー、君だよ」
今はいない、Ⅵ番の『恋人』に告げられる。
彼女に張られたものは、裏切り者のレッテル。
そして、彼女の存在を除くことで完成する暗号。
それらが指し示す答えは、一つだった。
「君は、我々【神劇の秘団】から除名された」
「…………」
恋は口を開かない。静かに、無感動な瞳で、黙している。
彼女の心中を察することはできない。痛みも苦しみも、寂しさも悲しさも、すべて彼女の能面のような白い表情に覆い尽くされている。
「あの手紙は、その証明だ」
既に存在していないユースティティアとチャリオットを除くように、恋——ラヴァーも存在しないものとして考えなければ、あの手紙の暗号は解けない。
つまり、ラヴァーはもういないのだ。
少なくとも彼らにとっては、ラヴァーという少女も、日向恋へと戻った少女も、いないものになっている。
もはや仲間ではない、なんでもない別の存在となっているのだ。
「リストラ宣告、ってことね。あの手紙は」
「……覚悟は、してた」
恋が口を開いた。
小さく、掻き消えてしまいそうな声で、彼女は言う。
「いつか、デウスたちがくることも……【秘団】から追放されることも……こうして、宣言されることも……ぜんぶ、わかってた」
でも、と恋は続ける。
「わたしが【秘団】を捨てたのは、除名されたからじゃない……デウスに言われなくても、私はもう、そっち側じゃない……」
「ほぅ。では、なにが君の立場を保証している? 今の君を、君たらしめているものはなんだ? なにがあって、我々を捨てた?」
「……あきら」
ぽつりと、彼女はその名を呼ぶ。
自分自身を変える契機となり、今の姿へと導いた、一人の少女の名を。
「私は除名されたんじゃない、自分から抜けた……そうしたのも、ユースティティアと戦ったのも、ぜんぶ……わたしが、あきらといっしょにいたかったから……」
だから、
「私は、あきらを選ぶ……あきらの選んだ道を選ぶ……もう、デウスたちといっしょには、いられない……」
「恋……」
彼女は、己の前に通る道を変えた。今まで進んでいた道を外れ、新たな光が差す道へと歩き出した。
二つの道は大きく外れ、交わることはない。だが、それでもいい。二度とその道を歩くことができなくなっても、今ある道を進むことを、彼女は選んだのだ。
もう迷わない。後悔もない。今なら、胸を張って、前を向いて、堂々と言い切れる。
デウスは、彼女を見つめる。どこか不服そうな、苦みを感じさせる目をして、おもむろに口を開いた。
「……そうか。残念だ。これでは、先に除名すると言うべきではなかったかもしれないな。ことによっては、先の言葉を撤回することもやぶさかではないのだが」