二次創作小説(紙ほか)
- 97話「デウス・エクス・マキナ」 ( No.303 )
- 日時: 2016/03/08 01:39
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
「……? なに……? どういうこと……?」
「君の除名を“取り消す”可能性がある、と言っているのだ」
恋の瞳が揺れる。少なからず、衝撃が走った。
完全に断ち切られたと思われた、恋とデウスたちとの線が、ここに来て、再び繋がり始めのが見える。
「私は君のことを高く買っているつもりだ。同胞を二人もやられたという事実は、非常に痛ましく、嘆き悲しみたくなるような出来事だが、裏を返せば、君たちは彼らを打破するだけの力があるということだ」
デウスの表情は不変であり、その内を読み取ることはできない。しかし、こちらに対して好意的な評価をしているようだ。彼の言葉を信じるならば、だが。
「ラヴァー、君だけではない。君が我々を裏切ってまで手に入れた新たな仲間——語り手を有する人間たち。君たちの力も、私は高く評価する。純粋な力もそうだが、それ以上に、成長の見込みを感じる。それは統率者となる才だ。語り手本来の意味であり、今のこの世界に必要なもの。我々は、それを求めている」
統治、秩序。
情勢が不安定で、いまだクリーチャーの間で分裂や抗争、内乱の絶えないこの世界に足りないもの。
そして、リュンが暁たちに協力を仰ぎ、語り手たちの成長を見込んで、この世界に創り出そうとしているもの。
この世界に安定を求めているのは、なにもリュンだけではなかった。
そして、安定を得るための過酷な道程も、彼らは知っていた。
「この広大な世界を治めるとなれば、我々の総力を決しても容易なことではない。それは、君たちも同じではないか?」
「まあ、確かにね。僕が暁さんたちに協力を要請してから100日以上は経ってる。短い間にしてはかなり前に進んだとは思うけど、十二神話が収めていた頃の秩序を取り戻すには、まだまだだ。僕の理想像に至るには程遠い」
「そうだろうな。それは、0番からⅩⅩⅠ番まで、総勢22名という精鋭を揃えた我々も感じていることだ。この世界は広大すぎる。新たな秩序を創り出すことは容易ではない。神話の力もないのだから、尚更だ。だからこそ、私は仲間を求める。この世界に新たな秩序を創り、共にその目標へと進む仲間を」
「それで、敵対してる俺たちに仲間になれと言うのか」
「敵対、か。ユースティティの件については、彼女の独断行動のようなものだ。彼女は彼女の正義に則って、不義と判断したものに鉄槌を下そうとしたにすぎない。彼女の行動は、我々の本意ではないのだ」
「それでも、あなたの仲間は二人もやられているわ。それはそっちとしても、敵対する理由になるんじゃない?」
「確かに、我々は仲間を二人も屠られている。重ね重ね言うが、非常に痛ましい事実だ。我が身が引き裂かれるかのように、苦しく辛い。しかし、仲間の喪失を嘆くばかりでは、今は亡き二人への示しがつかない。我々は新たな秩序のために、前に進まなければならないのだ。そして、その目的を考えれば、我々の目的は同じで、利害も一致している」
リュンもデウスも、求めるのはこの世界の新しい秩序。目的はまったく同じだ。
目指すべきものが同じならば、手を取り合うことができる。ユースティティアやチャリオットとの対立を水に流せば、暁たちはデウスと、【神劇の秘団】と組むことができる。
相手はクリーチャーの集団だ。暁たち以上にこの世界について詳しいだろう。純粋に仲間が増えれば、それだけ活動もしやすく、幅も広がるはず。手を組むメリットは十分にあった。
相手も非常に好意的だ。勿論、罠の可能性もあるが、悪くない提案ではあった。
どう返答すべきか、考える。思考を巡らせる。打算的に、合理的に考え、メリットとデメリットを天秤にかけ、計る。なにが最善であるのかを判断する。
沈黙が訪れる。駆け引きのような緊張感が、ピリピリと肌に刺さるかのようだ。
そんな、静寂ながらも息苦しい空気が、不意に打ち破られる。
「あーもうっ、がまんできないよー!」
「おや?」
子供のような幼げな声が聞こえる。舌足らずで甘い声だが、同時に激しく荒々しい。
デウスよりもずっと後方。人影の群れの中から、誰かが進み出た。やがてその姿が明瞭になっていき、それが少女であるということが分かる。いや、幼女と言っても差し支えないほど、彼女は小柄で幼かった。
出で立ちは、真っ黒な外套を纏った、というより、外套に包まれたという表現が正しいかもしれない。それほどに、彼女の小さな体躯には見合わない布で身を包んでいる。
「でうすー! もうだめ、がまんのげんかいー!」
少女はギラリと光る八重歯を剥き出しながら、駄々をこねるように叫ぶ。
かと思うと、少女はデウスの傍まで寄ってきて、今度は上目遣いで訴えるように言う。
「あたらしいなかまなんて、いらない。でうすは、べるたちがいればそれでいいでしょ?」
「ディアベル……」
「こーんなよわっちぃやつら、とっところしちゃえばいいんだよ」
バチッ
電流が走ったような弾ける音が鳴ると、少女の姿消えていた。
そして気づけば、目の前に少女がいた。呆気にとられる暁。少女は外套から細い腕を出すと、それを伸ばす。
目の前の、暁へと。
「え……?」
「こーやって、さ!」
少女の手が、その爪が、暁の首筋に、首の皮に触れる。
その刹那。
「ぐぇっ!」
少女の唾が顔にかかった。
と、思ったら、少女が遠のいていく。なにかに引っ張られるようにして、ずっと後方へと吹っ飛んだ。
よく見れば、少女の首に縄がかかっている。その縄の先は、デウスよりもさらに後方の影へと続いている。
また、人影からもう一つ、何者かが進み出た。その者に対して少女は、八重歯といっしょに怒りを剥きだしにする。
「もー! なにすんの! おーでぃん!」
「勝手なことをするな、ディアベル」
「うぐ……っ」
縄を手にした男が、少女の首を締め上げていた。しかし少女も、負けじと食って掛かる。
「あんなやつら、いかしておいてどーすんのー!」
「デウス様のご意向だ。デウス様が利用価値があると判断し、こうして交渉を持ちかけているのだ。邪魔をするな」
もう一度、縄を強く引き、彼女の首を締め上げると、遂に少女はパタリと倒れてしまった。遠くてよく見えないが、動いている様子はない。まさか殺してはいないはずなので、気を失っているだけだろう。
たった数秒の間に、目の前で多くのことが起りこり、暁の脳の処理が追いつかない。
呆然とする暁に向かって、デウスは申し訳なさそうに言った。
「すまない。彼女——ディアベルはまだ幼い。どうか、見逃してやってほしい」
「人の後輩に手を上げようとして見逃せだなんて、厚かましいにもほどがあるわね。どうも、相当面の皮が厚いみたい」
「あ、あきらちゃん……だいじょうぶですか……?」
「う、うん……」
やっと現状を理解した。さっきまでの出来事と、自分がなにをされそうになっていたのかを。
今になって、背筋がぞっとしてきた。
「本当にすまないと思っている。言い訳のようだが、仮にオーディンが止めなかったとしても、彼女の行為は私が止めていた」
「その言葉に、どれだけの信憑性がある? 俺たちに同盟を持ちかけておいて、油断させ、その隙に倒すつもりだった可能性は十分に考えられる。お前は、そうではないと証明できるのか?」
「……言葉を尽くしても、信用を得ることはできない、か。生憎、私は君たちに対し、“話す”という手段でしか主張をすることができない。君たちが私の言葉を信じてくれない限り、証明は無理だな」
諦めたようにデウスは首を回し、今度はやや離れた位置で待機しているリュンへと視線を向ける。
「ならば、君に尋ねよう——オリュンポス」
「君らと組むつもりはあるかって? ないに決まってるだろう」
矛先を変えるも、デウスの言葉はリュンにも切り捨てられる。
「僕の考えとしては、君たちの統治は信用ならない。君たちがどのようにこの世界を治めるつもりなのかは知らないけど、僕はかつての十二神話が信じた語り手たちと共に、この世界に秩序を作る。僕が信じる統治はただ一つ、それだけだよ」
彼にしては珍しく、熱のこもった力強い主張だった。これだけは譲れないと言わんばかりに、はっきりと言い切る。
「その過程として君たちとどのように付き合っていくかは——彼ら彼女らに任せるけどね」
流すようにリュンは視線を動かす。その先にいるのは、語り手の持ち主たち。そしてその中心にいる、一人の少女。
太陽を語る者へと、視線が集う。
「あきらちゃん……」
「暁」
「…………」
「……あきら」
「え? わ、私……?」
一同の視線をすべて集めている暁。
デウスの視線も、彼女に注がれている。
「空城暁。チャリオット、そしてラヴァーを打ち破った、太陽の語り手を有する人間、か」
彼はまっすぐに暁を見据えると、まるで試すかのような口振りで、彼女に問うた。
「問おう、空城暁。君は、我々と組むことをよしとするか?」
「いやだ!」
暁は叫ぶ。
即答だった。
「正直、組むとか組まないとか、統治とか秩序とか、よく分かんないけど……でも、あなたたちは、恋を傷つけた奴らの仲間ってことは分かったよ。友達に酷いことした連中と仲間になるなんて、私にはできない。私はそんなに懐は深くないよ!」
さっきもなんかされかけたし、と付け足すように暁は言った。
「恋はもう、あなたたちと一緒には行かないって言ってるし、私はよくわかんない統治とか秩序なんかよりも、友達の方が大事。恋がそっちにつかないって決めたんなら、私も一緒だよ!」
「……交渉決裂、か」
どうしても信用を得ることはできないのか、とデウスは落胆したような素振りを見せる。表情が一切変わらないので、内心は分からない。
どころか、急に彼の周りの空気が変化する。冷たく、鋭い。触れれば切れてしまいそうなほど、鋭利で尖った空気が流れる。
「ガブリエル」
後方へと呼びかける。その呼びかけに応じて、人影の群れから、また一人、何者かが表れる。
真っ白で、それでいて真っ黒な外套を、フードまで目深に被った人物だった。身体は大きいが、男か女かも分からない。
デウスは一切の感情を排したような冷たい声で命じる。
「判決を下せ」
「御意に」
ガブリエルと呼ばれ人物は、外套の中から、なにかを取り出す。
天秤だ。鈍色に輝く、古ぼけた天秤。一本の支柱と、そこから伸びる鎖。鎖に繋がれた皿。
ガブリエルは左右の皿の上に、それぞれ白い石のようなものと、黒い石のようなものを乗せる。
すると、天秤が揺れ始めた。
「判決(Judgement)——白か黒か(Black or White)」
ぐらぐらと。天秤が揺れる。
白が沈み、黒が沈み、白が浮き、黒が浮く。
どちらが重いか。どちらが軽いか。
白か黒か。暁たちは果たしてどちらなのかが、はっきりする。
そして、天秤が止まった。
判決が下された。その結果は——
「——白(white)」
「ふむ、やはりか」
ガブリエルの下した判決に対して、どこか納得したようなデウス。
「残念なことに、私は君たちに拒絶されてしまったが、“運命”はそうは言っていない。我々はまだ、繋がる可能性がある」
組む手を払いのけられてもなお、デウスは素直に引き下がらなかった。なにを思い、なにを感じたのか、暁たちになにかを見出している。
それを求めるかのように、手を伸ばし続ける。
「我々の障害となるのであれば、ここで戦争を起こすこともやぶさかではなかったが、そうでない可能性を絶やすのは惜しい。君たちは、我々にとっての光となるやもしれない。その可能性を秘めている」
「要するに、私たちへの勧誘を諦めてないってことよね。しつこいわね」
「なんとでも言うがいいさ。新たな秩序を創るために、選択肢を選り好んでなどいられないし、選択肢を完全に断ち切ることも愚行だ。育まれ、恵みをもたらすだろう芽は摘むべきでない。ゆえに、我々は君たちに危害は加えない。ここは大人しく引き下がる——と、したいところではあるが」
デウスの眼が変わる。こちらに語りかけるような穏やかな眼差しは、獲物を狩るような鋭いものへと変わる。先ほどから、表面上では穏やかだというのに、ONとOFFの切り替えが激しい。今は眼光だけで殺せそうなほどだ。
「私にも体面というものがある。【神劇の秘団】総員を集め、こうして交渉の場に臨んだのだ。それで得るものがなにもないとなれば、私の沽券に関わる。私としてはこのまま退くのも良しだが、それを良しとしない者もいるだろう」
デウスの背後では、人影の群れが揺れ動く。あからさまに殺気立っているような気配が感じられた。彼の言うことも、嘘やハッタリではないようだ。
「ゆえに、少しだけ、私の力をお見せしよう。消すつもりはない。少し、傷をつけるだけだ」
そう言って、デウスは一歩前に進み出る。ただの一歩。踏み出しただけだというのに、そこには凄まじい威圧感がこもっている。
「さぁ、贄となるのは誰だ?」
「……私が行くよ」
「あきら……」
「大丈夫、心配しないで。私を信じて」
「……うん」
デウスに対抗するように、暁もデッキに手をかけ、コルルを連れて前に進み出る。
互いに前進し、ちょうど二人が対面する形になった。暁とデウスではかなり身長差があるが、見下ろされても暁はキッと鋭い視線でデウスを睨みつけている。
「ラヴァーを打ち破ったその力。見せてもらおうか、空城暁」
「行くよコルル。準備はいい?」
「おう! いつでもOKだ!」
暁とデウス。
向かい合った両者の空間が、歪み始めた。
それは、今現在におけるこの世界の決闘。
それが始まる、合図だった——