二次創作小説(紙ほか)
- 100話「侵略」 ( No.308 )
- 日時: 2016/02/03 18:34
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)
「問題ない……かな」
春の森、スプリング・フォレスト。
自然文明の領土全域に広がるその森を、リュンは散策していた。散策と言っても、見回りのようなものだが。彼の日課のようなものだ。
「自然文明はやっぱり平和だな。まだ分裂しがちだけど、着々とまとまり始めてるし、血の気の多い火文明や、倫理のタガが外れてる闇文明と違って、争いを起こさない。しばらくは放置してても大丈夫そうだ」
満足げに一人でぶつぶつ呟くリュン。ふと、顔に陰りが差す。
「だけど、奥の方はどうだろう。特に“源界”は……自然のタブーに触れかねないから近づかなかったけど、そろそろ、ちゃんと確認すべきかな。まだ見つからない豊穣の語り手のこともあるし……」
スプリング・フォレストは広大な森で、場所によってその地域の呼び方が変わる。しかしあえて大きく分けるなら、スプリング・フォレストは周辺部と奥部の二つに分けられる。
周辺部は主に萌芽神話が統治していた、森の大部分を占める地域。今リュンが立っており、今まで暁たちが訪れていたのも、ここ周辺部だ。
そして奥部。主に豊穣神話が管理していた、自然文明、そしてこの星の“核”。マナの源泉が存在し、ごく限られたクリーチャーしか入ることが許されない絶対的聖域。軽々しく触れることのできない、ある種の禁忌の場所。
十二神話が消え去ってからは完全に放置され、手入れを怠った山野のようになっていることだろう。
放置していても機能はしているようだが、この星の根幹に関わるということは、この世界における統治、秩序に関わるということ。たとえその聖域を侵すことが禁忌であっても、その禁忌を犯す必要が出て来た。
「ある意味、あの“戦争”の発端みたいなものだし、無視できるはずもない。豊穣の語り手を見つけるか、せめてプルさんが神話継承をするまで待つつもりだったけど、そろそろーー」
言いかけて、リュンは口をつぐんだ。
なにか聞こえる。
まだ遠いが、その音はだんだん大きく、そして近づいている。いや、近づいているどころか、こちらに向かってきている。
空気が振動するような、ビリビリとした音が肌で伝わってくる。
音の肥大化のスピードは早かった。すぐに轟くような爆音が響いて、森の木々が鳴くように揺れている。
「音だけじゃないな。誰かが近づいてくる……しかも、一人じゃない」
複数人。音量からして、かなりの大人数だ。
クリーチャーが大群で移動しているのかと思ったが、これは自然文明のクリーチャーが出すような音ではない。ジャイアント・インセクトやビークル・ビーの羽音に近いが、それらの音よりも荒々しく激しい。
さらには地面の振動までもが伝わってきた。激しい地鳴りが、身体を震わせる。
「地面を走ってる……? 振動的に、地中を移動しているわけじゃなさそうだけど……」
なんにせよ、このまま突っ立ってるのは危険だ。早くこの場から離れなければ。
リュンは地響きで揺れる地面から離れて、近くの太い木の枝に飛び乗る。そのまま適当に木々の枝を跳んで渡る。
その途中で、この轟音の原因の姿を見た。
猛烈な風を切り裂き、その風を押し出すように周囲に撒き散らして、それらは森の中を爆走していた。
「あれは……?」
木の上で、ぼそりとリュンは呟く。
森の中を凄まじい速度で駆け抜ける大量の赤い機械。目視が非常に厳しいが、その一つ一つには誰かが乗っている。
バイクだ。幾人ものライダーたちが、暴走族のように森を疾駆している。
「火文明のクリーチャーか? でもなんでこんなところに……」
この先にあるものと言えば、自然文明の集落くらいだ。
「まさか……」
リュンの中に、一つの可能性が浮かんだ。その可能性を確認したいところだが、バイク集団はあっと言う間に姿が見えなくなった。今から走って追うには遅すぎる。
「……この先にある一番近い集落は、ビーストフォークのもの。座標は確か——」
「男子ってさ、車とか好きなものなの?」
「は?」
いつも通り、夏休みでも遊戯部の部室に集う暁たち。
暁は唐突に、浬に
「なんだよ、藪から棒に」
「今日さ、補習があったんだけどね」
「期末試験、赤点だったのね、暁」
「そ、それはいいんだけど……」
「よくないだろ馬鹿」
「むぅ、馬鹿とはなにさ、馬鹿とは! そんなことはどーだっていーんだよ!」
キレ気味に叫ぶ暁。そのまま、強引に話し出す。
「その補習中にさ、男子たちが、車カッケー! みたいな話で盛り上がってたから、気になって」
「もっと真面目にに補習受けろよ……そういうのは人によるだろ。俺は工業や工学には、あまり興味はないな」
「ふぅん」
「だが、速さを追求することで、限りある人生の時間、有限であるエネルギーの消費を抑えることへの邁進、あらゆる無駄を削ぎ落とし、最適解を求めていく姿勢は、評価に値するな。最高効率や最高速度を求めて、究極を目指す。その一直線な技術の進歩の仕方は好ましく思う」
「なに言ってんの?」
「……なんでもねぇよ」
自分から振ってきた癖に、少し熱を込めて返しただけでこの冷たい反応。なにか言い返そうかとも思ったが、あまり意味があるように思えなかったので、抑えた。理不尽さに苛立ちを覚えるも、引き下がる。
「カイは無駄なことが嫌いだものね。無駄に小難しい言い回しをするくせに」
「うるさい」
「車云々にしたって、もっとフォルムとかを褒めれば可愛げが出るのに」
「そんなものを出すつもりはない。そもそも、そのフォルムだって機能美に組み込まれているものだ。結局は、速さと燃費を重視していることに代わりはない」
「車なんて、乗れたらなんでもいいのにね」
「それは流石に暴論すぎるだろ。そんなこと言ったら、女が買い求める服やら鞄やらだって、着れたらいい入れられたらいいになるだろう」
「む……確かに」
「一理あるわね。ブランドものだと質の良さっていうのもあるけれど、機能美でブランドものの服やら鞄やらを買う人って、少数派だし」
いわゆるネームバリューというやつだ。名前そのものに価値があり、その名前によってステータスが決まる。
「ブランドものと言えば、柚ちゃんなんかは、さらりとブランドものの高い服着てたりするわよね」
「はぅっ……あ、あれは、おとうさんが買ってくれたもので……」
「……家柄か」
「わたしにはよくわかりませんけど、おにいさんは、「うちは大々的に看板をかけられないから、身なりで飾って羽振りの良さを他の組に宣伝してるんだ」って言ってました」
「……知りたくない裏事情だったな」
こういう話がちょいちょう上がるだけで、柚が自分たちとは違う世界と繋がっていることを、しみじみ感じる。
そんな風に、雑談しているいつもの遊戯部。そしてそこに、一人の来訪者が来ることも、もはや日常の一部と化していた。
「——お待たせ」
「あらリュン。来たわね」
「今日は遅かったねー、なにしてたの?」
「うん、まあ、ちょっと、調べ物というか、捜査というか、調査というか……」
いまいち歯切れの悪いリュン。流石に気になる。
なので、問い詰めようとしてみるが、それよりも先に、彼が口を開く。
「もしかしたら僕は、ヤバい集団を見つけてしまったかもしれないんだ」
「ヤバい集団……? どういうことだ?」
「バイクに乗って他者を襲う、乱暴な集団の存在が、確認されたかもしれない」
「はぅ、こわいです……」
「柚ちゃんちの黒服さんの方が私は怖いけどね。で、かもしれないって言ってたけど、それはどういう意味?」
「まだはっきりしていないってことさ。これはあくまで僕の推測だから、もしかしたら健全な集団かもしれないけど、なにか胸騒ぎがするんだ。よくないことが起っているような感じ……」
表情に陰りを見せるリュン。不安感がこちらにも伝わって来るかのようだ。
よく分からないが、リュンが言うには、危険かもしれない集団が超獣世界にはいるということ。今までも、問題となるクリーチャーの制圧はしてきた。やることは今までと変わりはない。
そのはずなのだが、それでもリュンが不安そうにしているということは、やはりその集団は、ただの集団ではないのだろうか。実際に見てもいない暁たちには分かりかねる。
「とりあえず、今日は本格的な偵察をしたい。あんな集団、見たことがない。下手に放置するのは、危険な気がするんだ」
「オッケー。なんかよく分かんないけど、とりあえず今日もクリーチャー世界に行くんだね」
「お前は能天気だな……」
そうして、一同はリュンに導かれるまま、超獣世界へと飛び立っていく。
そこで、侵略に駆られた欲望を、目の当たりにするのだった——