二次創作小説(紙ほか)

100話「侵略」 ( No.309 )
日時: 2016/02/06 20:37
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「なに、これ……?」
 スプリング・フォレストに点在する集落の一つ。そこは、主に旧来のビーストフォークが拠点としている。
 それなりに大きい集落で、他の種族の集落とも少しずつ吸収合併を繰り返して、自然文明の中では最も大きな集団となっていた。やがてはこの集団が軸となり、自然文明を支えていくだろうと思わせるほどに、大きな組織になりつつあった。
 が、しかし。
 そこは、今まさに、炎上していた。
 比喩ではない。文字通り、燃え上がっているのだ。
 めらめらと燃える炎。立ち込める黒煙は空を覆い、希望の光さえも断ち切るかのように、暗く渦巻いている。
 そして、そこかしこから耳をつんざくような爆音が響いている。少しずつ遠のいていくが、まるで暴走族の集団が通り過ぎたかのような音で、非常に不快だ。
「……燃えてる」
「ひどいです……森が……」
「これはどういうことかしら。ねぇ、リュン?」
「……僕の嫌な予感が当たったっぽいね」
 沙弓に振られて、リュンはぽつりとこぼすように言った。
「この音、間違いないよ。あの時の連中だ」
「あの時の連中?」
「君らを迎えに行く前に見つけた、バイクに乗った集団。エンジン音は随分と遠くなったけど、この音はあの連中だよ。そして目の前の惨劇と併せて考えると」
 その集団が、この集落を襲ったと考えられる。
 地面を見てみれば、くっきりとタイヤ痕が見て取れた。それだけで、あの集団の仕業であるという証明となる。
「で、でも、なんのために……」
「今のこの世界は不安定であると同時に、困窮している。皆その日を生きるだけで精一杯なんだ。田畑を耕して食いつなぐ者がいる一方で、他者を襲って生きようとする者もいる」
「略奪か。確かに、秩序もなにもない世界なら、あって当然と言えるな」
 むしろ、今までそのような者と遭遇しなかったことが不思議なくらいだ。
 火はだいぶ弱まり、鎮火しつつある。地面が抉れ、家々が崩れ落ちた集落へと、暁たちは踏み入った。
「……だれもいないです」
「いきなり襲われて、逃げたのかしらね」
 誰かがいる気配はない。人影も見当たらない。
 皆殺しにされた可能性もあったが、沙弓は口にしなかった。
 しばらく歩いても、見えるのは荒らされた家々があるのみ。もう既に、すべてが終わってしまった後のようだった。
 これ以上ここにいても、得るものはなにもない。そう判断し、早いが今日はもう引き上げようかと思った、その時だ。
「……なにか、来る……」
「え? 恋?」
「地鳴り……? それに、エンジン音……」
「これは、あの時の連中か……!」
 遠くから聞こえてくる、空気と地面の振動。それはだんだんと大きくなっていく。
 そして、やがて姿を現した。
 土煙を巻き上げ、爆ぜるような轟音を響かせ、一台のバイクがこちらに向かってくる。
 撥ねられる、と思わず身を引いたが、結果的にその反射的行動は無意味だった。
 バイクは暁たちの前で、ドリフトするように急停車した。同時に砂埃がよりいっそう舞う。
 砂埃が晴れる。バイクに跨っていた人物は、フルフェイスのヘルメットを付けたまま、バイクから下りた。

「——この集落の連中は、すべて潰したと思ったんだがな」

 赤いヘルメット越しの、くぐもった声が聞こえてくる。
 ヘルメット同様、ライダースーツもバイクも赤を基調とした、燃えるようなカラーリングだ。背は高く、細身だが、服の上からでも肉体が引き締まっているのが確認できる。
 その人物は、ヘルメットを取ることなく、暁たちを見回して、言った。
「生き残りか? いや、違うな。迷い込んだのか?」
「この集落の惨状は、君がやったの?」
「だったらなんだと言うんだ?」
 間髪入れずにリュンが問い返すが、相手は否定しない。それはつまり、そういうことなのだろう。
 それはそれとして、納得することにして、リュンはさらに質問を重ねる。
「君は何者? 見たところ、火文明のクリーチャーのようだけど」
「【鳳】」
 リュンの問いに対して、相手も間髪入れずに答えた。
 しかし、その答えには首を傾げる。
「おおとり……?」
「そして、【鳳】が擁する音速隊を率いる者だ」
「音速隊……?」
「暴走族のヘッドってことかしらね」
 この集落の惨状を見る限り、一人ですべてをやったということは考えにくい。ここに到着して時点で、遠くに複数のエンジン音も聞こえていた。となると、複数人でこの集落を襲ったと考えられる。
 沙弓のおどけた表現も、あながち間違ってはいなさそうだ。
「その【鳳】っていうのは?」
「なんだ、興味があるのか? 仲間になるってんなら、考えてやらねーでもねーが」
「そんなつもりじゃない。ただ、僕は僕の役目として、この世界の秩序を乱すような連中を放置するわけにはいかないんだ」
「……秩序か。はんっ、クソくらえだな」
 急に不機嫌そうな声に変わった。リュンの言葉を受けて、吐き捨てるように言う。
「完璧な秩序なんて存在しねーんだよ。そして、完璧じゃなきゃ統治は成り立たねー。つまり、ハナっから秩序なんてモンは破綻してんだよ」
「…………」
 暴論だ。そんなことはない、と、否定しようとしたのかもしれない。
 しかし、リュンは言葉を続けなかった。
 完璧など存在しない。何事にも、必ずなにかしらの穴がある。そしてそれが、統治などという、時の流れや人々の意志など、様々な要因によって揺れるようなものであるなら、尚更だ。そして、それらすべてを覆い尽くし、完璧なものでなくては、いずれ統治は崩れてしまう。
 崩れた統治の末路は、今の世界が物語っている。反論できるはずもなかった。
「【鳳】は、言うなればレジスタンス組織だ。クソみてーな今の世界を“侵略”して塗り潰し、“革命”を起こして創り変える。秩序とか統治とか、そんなキレイごとじゃねー。際限ない欲望と、己を突き動かす衝動がすべてだ。ま、革命は【フィストブロウ】の専売特許だがな」
「……【秘団】とかいう連中よりも、君みたいな連中の方が厄介かもね」
 【神劇の秘団】は、根柢の考えではリュンと同じだった。不安定で乱れた今の世界では、新たな秩序が必要であると。ただ、誰が統治するかというだけの差でしかなかった。加えて【秘団】の頭であろうデウス・エクス・マキナは、どこまで本当なのかは定かではないが、最後まで同盟を求めていたほどだ。
 しかし、【鳳】は違う。
 今の世界どころか、旧来の体制、これから構築すべき秩序、リュンが目指す統治、すべてを否定する。あるがまま、なすがままの世界だ。
 ここまで意見が対立してしまえば、辿る道は敵対以外には存在しない。
「十二神話に反発するような連中は昔からいたらしいけど、ここまで過激なのは初めてだ。ますます放っておけないね」
「お前らのことなんてどうでもいいし、どう思われようとも構いやしねぇ。どうでもいい奴らことなんて気にしてるほど、こっちも暇じゃない。今回の音速隊のノルマは達成した。今日はもう引き上げる……つもりだったが」
 ギロリと。
 ヘルメット越しに、喰らうような鋭い視線が向けられた。
「お前」
「え、私?」
 ——暁へと。
「なかなかいいツラしてやがる」
「な、なにさ……」
「ひたすらに強さを求めている。まだ芽が生えたみてーなレベルだが、欲望の強さは悪くねねぇ」
 バイクのスタンドを立て、暁に近寄る。身長差があるため見下ろすような形となり、全身から放たれる威圧感が凄まじい。
 今にも押し潰されてしまいそうなほどの圧迫感があり、暁は見上げた目を逸らせない。
「お前をもらうか」
「え……?」
 目を瞬かせる暁。なにを言っているのか、理解できなかった。
「そっちの根暗そうな野郎も悪くはないが、どっちかつーとキキに近いか。性質は真反対そうだがな」
「ちょ、ちょっと……! もらうってなに!?」
 やっとまともに言葉が出て来る。なにか不穏なものを感じ、サッと身を退くが、痛いほどに鋭い視線は、ずっとこちらを向いていた。
「【鳳】は、欲しいと思えばなんでも奪う。力ずくで、なにがなんでもな」
「強引ね……」
「その強引さが今の世界で生き抜くためには必要なんだよ。ま、要するにスカウトってわけだが。【フィストブロウ】ほどじゃないにしろ、【鳳】も人材不足気味だ。仲間は多いに越したことはない……もっとも、本当の仲間なんざ、同じ組織内に何人いるやらわかんねーがな」
「……?」
 少しだけ、鋭い眼光が消えた。声もどこか憂いを帯びたように、尖りが消える。
 ただしそれもほんの少しだけ。すぐさま、元のギラギラとした視線が襲ってきた。
「話が逸れそうだな。とにかく、お前の強さに向かって行く、欲望を宿した目が気に入った。最近、大きな負けでも経験したか?」
「う、うるさいなっ、関係ないじゃん」
「確かにお前の敗北はどうでもいいし関係ない。同時に、お前がいくら抵抗しようが、拒絶しようが、一切合切関係ない」
 正に強引で、力ずくなスカウトだった。もはや拉致と言ってもいい。
 この暴走族のような集団の頭が、自分のどこに目を付けてスカウトしているのか、正直よく分かっていない。それでも、いつものように直感で理解できる。
 これはまずいと。
 一歩、こちらに近づいてくる。暁が身を退いた隙間を埋めるように。
 しかし、

「かってなことばかりいわないでほしい……」

 その間に、小さな少女が割って入った。
「あきらは、わたさない……」
「こ、恋……」
「……あんだよ、てめぇ。てめーなんざ眼中にねーんだよ。外野はすっこんでろ」
「ぽっと出の新キャラこそさっさと退場すべき……もう出番は終わりでいい」
 小柄で、華奢で、静かで、大人しい。争いを好むようには見えない恋だが、実際には、かなり気性が激しい。
 特に暁が絡むと、なにがなんでも我を通そうとする。こうなると一騎でも手に負えない。
 暁を除いて、二人の間で火花が散っているのが見えるかのようだった。
「はんっ、まあいい。ちっとばかし暴れたりなかったところだ。てめーで完全燃焼してやる」
 暁に向けていた鋭い視線、切れそうな圧力が、より荒々しく、激しいものへと変化する。
 同時に、殺気のようなものが溢れ出て、好戦的な眼光を飛ばしていた。
「てめーみてーな雑魚に時間を食うのもかったるい。手っ取り早く、3ターンで終わらせるぞ」
「……? 3ターンキル……?」
 一触即発どころか、既に導火線に火が点いているような空気の中、指を三本立てて言った。
 宣言されたのは、3ターンキル。
 デュエル・マスターズでの正しいターン数のカウントの仕方は、一方のプレイヤーがターンを終えて1ターン目経過。もう片方のプレイヤーがターンを終えて2ターン目経過、となる。だが、交互にターンを進める形式になっているため、互いのターンが終了して1ターン経過、とカウントする者も少なくない。
 今回の場合は、後者のカウント方法でターン数を数えた場合の、3ターンキルだろう。火文明単色のデッキなどで、最高の回りをした場合ならば、普通にあり得ることではあるが、
「それでも3ターンキルなんて、狙って起こせるようなものじゃない。最初の手札五枚とドローで、達成の如何が大きく左右される。対戦前に宣言することじゃないぞ」
「……なにかありそうね」
「大丈夫なのかな、恋……」
 恋が乱入してくれたおかげで暁は助かったようなものだが、しかし心配だ。
 彼女の実力に関しては、暁が一番よく知っている。そう簡単に恋が負けるはずがない。勝てるはずだと思う。そう思いたいが、しかし相手は、未知の敵だ。
 リュンではないが、なにか嫌な予感がする。
「3ターンキル宣言……できるものなら、やってみればいい。私には通じないけど……」
「ほざいてろ。瞬間で終わらせてやる。んでもって」
 火のついた導火線は、やがて火薬へと引火して、爆ぜる。
 その瞬間が、今だった。
 二人ともが神話空間に飲み込まれていく。
 そして、レースが始まるようにして、開始された。

「てめーのすべてを奪い尽くして、“侵略”してやるよ——!」