二次創作小説(紙ほか)

100話「侵略」 ( No.312 )
日時: 2016/02/12 14:44
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 神話空間が閉じる。それはいつもよりもずっと早い。一瞬ですべてが終わったかのような錯覚に陥りそうだった。
 そして、閉じた空間から、恋の小さな体が投げ出される。
「う……」
「恋! 大丈夫!?」
「あきら……ごめん……」
 倒れた恋を、暁が抱き寄せる。
 とんでもない攻撃力、そして速度だった。まさか本当に3ターンで決着がつくとは思わなかった。
 それに、なによりも、あの恋がなにもできないままにやられてしまうだなんて、信じられなかった。
 その事実に戦慄を覚える暁。そして彼女たちの前に、立ちはだかる影。
「さて、邪魔な奴は潰した。まだ邪魔するなら相手してやってもいいが……どうする?」
 恋は睨むように見つめ返す。しかし、圧倒的に負けている恋がいくら強気になったところで、相手は気圧されない。
 むしろ、その圧倒的なパワーとスピードに、遊戯部の一同は圧倒されていた。
 それを好機とばかりに、追撃をかけるようにさらに荒い言葉が飛ぶ。
「轢き殺されたいなら名乗りをあげろ。名乗りがなければ、無理やりにでもこいつを連れていくだけだが」
 有無を言わさぬほどの強烈な殺気が充満する。反抗すれば、文字通り即座に轢き殺されてしまいそうな雰囲気だ。
 しかしそれでも、彼女は抵抗した。ゆっくりと口を開き、拒絶する。
「……誰がなにを言っても、私は遊戯部の部員だよ。他のどこにもいかない」
「ほぅ? さっきの“侵略”を見てねーわけじゃねーよなぁ。それでもまだ、抵抗するか」
 答えは目で返した。
 それを受け、相手は口の端を釣り上げる。
「いいぜ。そこまで抵抗するってんなら、縄で縛って引きずってでも連れて行ってやる」
 一歩、近づいた。
 そして——
 
「やめるんだ!」

 ——張り上げる声が響いた。
 声の方を見遣ると、誰かがこちらに駆け寄ってくる。
 それを見て、舌打ちを鳴らす音が聞こえた。
「ちっ……メラリヴレイムか」
 体の向きを変え、暁たちから、その声の主へと顔を向ける。今までの鋭さや激しさとはまた違った、険しい顔つきだ。
 さらに、苛立ったように声を荒げた。
「【フィストブロウ】のリーダーが、こんなとこに何の用だよ」
「音速隊の帰還を確認した。でも、そこに君の姿が見えなかった。君の帰還が遅れるのはいつものことだけど、今回は少し胸騒ぎがしてね。なにかしているのではないかと思って見に来たが、案の定か」
「うるせぇ。てめーには関係ねーよ」
「関係大ありさ。【フィストブロウ】は【鳳】と同盟を結んでいる。君ら【鳳】の問題は、【フィストブロウ】の問題でもある」
 そしてなにより、と締めるように言う。
「私の個人的な意思によって、君の行動を見過ごすことはできない。これ以上、無関係な者に危害を加えようものなら、私が相手をしよう」
 ぼぅっ、とその手に炎が宿る。
 それは小さな灯だが、それでも確かな熱と勢いを持っている。恐らくはただの威嚇だろうが、それを見るなり、相手は露骨に顔をしかめた。
「……けっ。てめーら、命拾いしたな」
 そう吐き捨てると、スタスタとバイクに戻っていった。スタンドを蹴り、跨る。イグニッションキーを差し込んで、ハンドルを握った。
 そして、もう一度吐き捨てるれる。
「てめーなんざに負けるつもりは毛頭ねーが、“革命”の力を持つ【フィストブロウ】、しかもそのトップのメラリヴレイム相手じゃ分が悪ぃのも確かだ。ここはお前に免じて、素直に引き下がってやる」
 そう言い残すと、エンジンの音を轟かせ、瞬く間に去った。
 その姿が完全に消えたのは、本当に一瞬だ。一同は軽く呆けている。
 そして、残された一人が、頭を下げた。
「……すまない。私の仲間が無礼を働いた」
「あ、あなたは……?」
「私はメラリヴレイム。メラリーと呼んでくれ」
 メラリヴレイム——メラリーは、下げた頭を上げると、そう名乗った。
「仲間って、さっきのやつと?」
「あぁ。私は【フィストブロウ】という組織に属していて、【鳳】とは同盟を結んでいる。だから、名目上は、仲間と言える」
 名目上は。
 それはつまり、実際には仲間とは言えない可能性を孕むということ。
「私は同盟を組んだ者として、【フィストブロウ】のリーダーとして、【鳳】とは良好な関係を結びたいと思っている。しかし、どうも方向性というか、考え方が噛み合わなくてね……同盟を組んだものの、さっきのように衝突ばかりさ」
 確かに、先ほどの二人のやり取りは、仲間というには剣呑な雰囲気があった。少なくとも、メラリーの言うような良好な関係には見えない。
「過激なところはあるが、根は悪人ではない。許してくれと言うつもりはないが、禍根を残さないでくれると助かる。恨みは悲しい負の連鎖しか生まないからね。君たちがどのような集団なのかは私には分からないが、【フィストブロウ】の意向としては、この世界に住まうすべてのものとは、できうる限り良好な関係でいたい」
 暁たちはこの世界に住んでいるわけではないが、メラリーの思いは多少なりとも伝わってきた。
 この世界のすべてのものと良好な関係でいたい。非現実的な理想も甚だしいが、理想を掲げること自体は悪いことではない。それが完全に達成されなくとも、そうあろうとすることが大切なのだ。
「……だってさ。どうするの、暁?」
「いや、そんなこと言われても……私は、なにもされてないし……恋は?」
「……あいつは気に食わないけど……あきらが無事なら、それでいい……」
 ぷいっ、と恋はそっぽを向いて答える。これもこれで本心なのだろうが、やはりどこか腑に落ちない様子ではあった。
 それでもとりあえずは、今回の件は深く考えないようにする。考えなくてはいけないところは考えなくてはならないのだろうが、生憎、暁は考えるということが苦手だ。綺麗さっぱり忘れて水に流すなんてことはできないが、できるだけ気にしないことにした。
「ありがとう。それでは、私はこれで退散するよ」
 用は済んだからね、と言って、メラリヴレイムは踵を返す。
 砂煙に紛れ、その姿はすぐに見えなくなった。

 ——この時が、暁たちが初めて“侵略”の力を目の当たりにし、“革命”の予兆を感じ取った時だった。
 そして、今はまだ、知らない。
 やがて自分たちもその渦中に放られ、そしてそれらの力が、この世界に解き放たれること——



「——よぅ」
「君か」
 コツ、コツ、と床を叩く音が無機質に響く。
 メラリーは相手の言葉が投げかけられる前に、自分の言葉をぶつける。
「どうしてあんなことを? 彼女は確かに強さに飢えているようではあったが、君が求めるような性質ではないようにも思えた」
「別に。ただの気まぐれだ。手駒を増やすに越したことはねーしな」
 ぶっきらぼうに答える。本心なのか建前なのか、はっきりしない。それくらいにどうでもいいということか。
「んなことよりもよぉ。メラリヴレイム」
「なんだい?」
「ずっと思ってたんだ、てめーのことが気に食わねぇ、ってな」
「また唐突だね」
 自分で言っておきながら、しかしそれが唐突なんかではないことを理解する。
 【鳳】と【フィストブロウ】。同盟を組んでからまだ日が浅いが、生まれた溝はどんどん深くなっていた。
 そのため、【鳳】か【フィストブロウ】か。いつか、どちらかがどちらかに火種を投げつけて来ることは、予感できていた。
「最初こそ、利害の一致から同盟を組んだ。【鳳】も【フィストブロウ】も、成立の経緯は概ね同じ。求めるもの、世界に望むものも、ほぼ変わりはない」
「けれど、私たちと君たちじゃ、手段が違う。生きるために奪い、衝動に突き動かされることで、世界を塗り替えようとする君たちのやり方は、私たちとはそぐわない」
 ふぅ、とメラリーは息を吐く。一呼吸おいてから、この際だからすべて言ってしまうよ、と前置きして、口を開いた。
「ずっと思っていた。君たちは過激すぎる。そして、間違っている」
「あん?」
「私は君たちの“侵略”という力に希望を見出していた。今の世界を新たに塗り替えるほどの、強大な力には、可能性が広がっていると思っていた。私が君たちに同盟を持ちかけたのも、そのためだ」
 けれど、とメラリーは続ける。
「君たちはその力を、略奪に使う。私はそれが許せない」
「なにを今更。てめーらだって同じことしてんだろうが。奪わなけりゃ生き残れねぇ。今はそういう世界だ」
「だが、君たちの略奪行為は度が過ぎている。あそこまで奪い尽くす必要はどこにもない。それに、こんなことばかりを繰り返しても、それは私たちがされたことと同じじゃないのか?」
「……だからどうした」
 声が低くなる。鋭く尖った声が、突き刺すように放たれる。
 分かっていた。自分たちに、【鳳】にも【フィストブロウ】にも共通する、“暗部”に触れたことを。
 だが、それでもメラリーは続けた。
「私は君たちの力の使い方に失望している。これでは組織を立ち上げた意味がない。私たちと同じ目に遭うようなものは、もういらないんだ。なぜそれが分からない」
「分かんねーのはてめーの脳みそだぜ。てめーらの方針なんざ知ったこっちゃねぇ。奪われたからには奪い返す、それがこの世の理ってやつだろ」
「それは違う。悲しみの連鎖は、負の螺旋は、断ち切らなくてはならない。報復でさえも虚無の所業なんだ。無関係なものへの略奪に、いいことはないよ」
 その言葉を聞き、押し黙る。返す言葉がなくなったから黙ったのではない。どこか呆れたように、黙っていた。
 呆れたというよりも、諦めた、と言った方が正しいかもしれないが。
「……もう無理だな。水と油っつーか、火と油だ。てめーらといると、油を注がれた気分になる」
「あぁ、残念だけど、そうみたいだ。君のような人には、最初だけでも無理やり納得してもらうしかない」
「最初だけ? ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ。てめーの言葉なんざ、未来永劫、金輪際、納得できるわきゃねぇ」
 侵略の【鳳】と、革命の【フィストブロウ】。
 思えば、最初から相容れない存在だったのかもしれない。
 できれば、争いたくはなかった。双方が円満に解決できる策を講じたいところだった。
 しかし相手は聞く耳を持たない。血の気の多い【鳳】の者たちが、大人しく話を聞いてくれるとも思えない。
 それに、侵略者が言葉を、己の意思を伝える手段は、非常に激しく、粗暴で、荒々しいものである。
 彼らがなにかを伝える手段。それは、侵略者の名が示す通り——侵略だ。
 ダイレクトに欲望をぶつける、これ以上ない意思伝達手段であった。
「今から同盟は破棄だ。てめーをぶっ潰すぜ、メラリヴレイム」
「せっかく結んだ同盟を、こんな形で潰してしまうのは誠に遺憾だ。けれど、私もこれ以上看過できない。君を、君たちを止める」
 その時だ。
 二人の全身から、殺気が溢れ出す。
 いや、それはただの殺気ではない。それすらもエネルギーを持っているかのような、オーラ。
 それに包み込まれるようにして顕現する、クリーチャーの姿が、それぞれの背後に立つ。
 それは、轟くような駆動音を響かせる機体と、燃えるような長大な剣を携えた龍。
「轢き殺してやるよ。行くぜ、レッドゾーン」
「迎え撃とう。力を貸してくれ、ドギラゴン」
 二人は、それぞれ相棒の名を呼ぶ。共に戦う仲間。共に“侵略”し、共に“革命”を起こす同志の名を。
 そして、
『——!』

 侵略者と革命軍が、衝突する——