二次創作小説(紙ほか)

101話「柚の憂い——部室にて」 ( No.313 )
日時: 2016/02/12 23:28
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「《ジャックポット・バトライザー》で《プテラトックス》を攻撃! バトルに勝ったから山札を捲って、《バトラッシュ・ナックル》をバトルゾーンに! 火のドラゴンがバトルに勝ったから《バトライオウ》を出して、《バトラッシュ・ナックル》で《ティラノヴェノム》とバトルだよ! でもって、そのバトルは《バトライオウ》が引き受ける!」
「はぅ……で、でも、《プテラトックス》と《ティラノヴェノム》はバトルに負けても、相手クリーチャーをマナに送りますっ! 《ジャックポット》と《バトライオウ》をマナゾーンに!」
「でもこれでゆずのクリーチャーは全部倒したよ。《バクアドルガン》でシールドブレイク! 山札を捲って……《GENJI》を手札に!」
「S・バックです! 《オチャッピィ》をバトルゾーンに!」
 夏休みも中盤に差し掛かってきた頃。
 毎日のように部室に集まる遊戯部員たちは、リュンが来るまでの暇つぶしとして、雑談したり、デュエマをしたりしていた。
「やってるわねぇ」
「夏休みに部室に来てまでやることがデュエマっていうのもな……他にすることないのかよ」
 デュエマ組の暁と柚の対戦を、雑談組の沙弓と浬が気怠そうに観戦している。
「超弱小部だけど部室は貰ってるし、僅かながらも部費はある。遊べるものはいっぱいあるわよ? トランプ、UNO、将棋、チェス、リバーシ、ジェンガ、ダイヤモンドゲームにジグソーパズル、牌とマットがあるから麻雀もできるわね。一応、面子も足りてるし」
「麻雀はもういい……もっとこう、遊戯部としての活動はないのか? 俺、あんたに引き込まれてから、ここでデュエマしかしてないぞ? 去年まではなにやってたんだよ」
「んー、そうねぇ。各人が好き勝手にやってたけど、去年は麻雀好きな三年生がいたから、その辺から面子集めてよく打ってたわね。逆にデュエマはあんまり流行ってなかったわ」
「……なんでこんな部活が成立してるんだ? 誰だよ承認したのは……」
 思い溜息を吐く。家から近く、姉貴分気取りの居候も通っているからという考えなしの理由でこの中学に通うことにしたが、実はその選択は失敗だったのではないかと、時たま思う。
 中学生になってからの生活と環境の変化が激しすぎて、困惑することばかりだ。浬としてはもっと平穏に過ごしたかったのだが、遊戯部に引き込まれて完全に瓦解している。
 もっとも、この異常とも言える環境には、もう慣れてしまった。非常に遺憾であるが。
「《獰猛なる大地》を発動します! わたしのマナゾーンから《ティラノヴェノム》を出して、《ティラノヴェノム》の効果で《サソリス》をバトルゾーンに! 《ジュダイナ》を装備して、《ジュダイナ》の能力でマナゾーンから《ディグルピオン》をバトルゾーンに! マナを増やして、手札からも《ディグルピオン》ですっ!」
「やっば……これでドラゴンが三体……!」
「ターン終了する時に、《ジュダイナ》を《ザウルピオ》に龍解しますっ!」
「うわぁ、まずいまずい。とどめさせないじゃん、これじゃあ……」
 慌てふためく暁。こっちの方も、もうすぐ終わりだな、と思いつつ、浬はふと思い出したことを口にする。
「そういえば、もうすぐ烏ヶ森との合同合宿か?」
「そうね。向こうでも色々トラブルがあったみたいだけど、この調子なら、無事開催できそうよ。剣埼さんの頑張りのお陰ね」
「烏ヶ森の部長か。リュン伝手で聞いた話では、あっちの部長も神話継承したんだったか。これで確認できてるだけで、六体だな」
 暁のコルル、恋のキュプリス、浬のエリアス、沙弓のドライゼ、そして風水のアイナと一騎のテイン。
 十二神話の語り手のうち、半数は神話継承したことになる。
「数は揃ってるけど、どうにも私たちの連携が悪いというか、バラバラになりがちだから、あんまり達成感がないわね。それとも、足りないのは一体感かしら?」
「全員を遊戯部に集めることができるわけでもないし、そこは仕方がないだろう。むしろ、この部だけで語り手が四体もいる方が僥倖だ」
「日向さんは毎回のようにこっちに来るから、実質五人みたいなものだけどね」
 もはや執念というか、それに近いものを感じる。彼女の暁に対する思いの強さはそれほどということなのだろうか。
 ちらりと、目線を脇に向ける。二人の対戦も、もう大詰めだった。
「《ザウルピオ》でTブレイク! 《サソリス》でダイレクトアタックですっ!」
「うー、《ザウルピオ》にやられたー……!」
 悔しそうに呻く暁は、机に突っ伏して項垂れる。
 そして、ぽつりと言った。
「……今日はリュン、来ないのかな?」
「あいつが毎日来るわけではないとはいえ、夏休みにわざわざ学校まで来て、なにもせずに帰るっていうのも癪だな」
「なら浬もデュエマしよーよ。私、浬と対戦したことないよ?」
「しない。それにいつもやってることだろ、それは」
「ちぇ、つれないの。まだ浬とは対戦したことないのに」
 つまらなさそうに口を尖らせる暁。これもいつもと同じような流れだった。
 そこに、ふと柚が思い出したように一石を投じる。
「あ、それなら、あきらちゃん」
「ん? なーに、ゆず?」
「明日、お買いものにいきませんか?」
「ショッピング? ゆずと?」
「はい。ちょっと、買いたいものがあるので」
「いいよー。うわー、久しぶりだなぁ、ゆずと買い物なんて。なに着てこうかな?」
 パァッと顔が晴れる暁。先ほどの敗北も、浬に突っ撥ねられた対戦も、もはや微塵も気にしていないかのような明るい笑顔だった。
「いいわねぇ、華があって。うちの弟分はいつでも根暗だから、こういうのを見ると羨ましいわ」
「誰が根暗だ。文句があるなら出てけよ」
 わいわいと楽しげにしている後輩たちを眺めて顔を綻ばせる沙弓と、女子特有の空気に嫌気が差してきたらしく、不機嫌そうな浬。
 とその時、軽快な音楽が部室に流れた。音の発生源は、暁から。
「ん? 携帯……恋からだ」
 制服のポケットから携帯を取り出すと、暁はそれを耳に当てる。
「もしもし? 恋? どしたの急に——え? な、なに? うん、うん……明日? 明日はちょっと……いや、違うって、別にそういうわけじゃないから! 恋のことも好きだよ、うん……でも……」
 弱ったように、歯切れ悪く言う暁。ちらりと、目だけで柚を見る。
「わ、わたしは、べつに……ひゅうがさんのほうを、優先させてもいいですよ」
「そう? ごめんね、ゆず」
「いえ……」
 暁は申し訳なさそうに通話に戻ると、一言二言返し、通話を切った。
「なんだったんだ?」
「明日、一緒に出かけようって。市内の方でなんかイベントやってるみたい」
「なんか前にもこんなことあったわね。夏休み前だったかしら。日向さんから電話が来て、暁が出て行って、みたいな」
「あー、あの時もゆずとの約束、破っちゃったんだよねぇ……本当、ごめんね、ゆず」
「あ、い、いえ、わたしは、その……だいじょうぶ、ですから」
 弱々しく言う柚。しかし、伏せた眼はどことなく物憂げであった。
 それを気遣ったのか、浬が話を少しだけ散らす。
「あいつからの連絡は、そんなによく来るのか?」
「けっこー来るよ? 出かける約束とかじゃなくても、電話かかってくることあるし。この前、朝五時に電話がかかってきたた時はおどろいたよ……」
「また凄い時間ね。なんの用だったの?」
「『マジコマ』の録画予約忘れたから、あとで見せてほしいって」
「は? そんなことでか?」
「うん。それだけだった」
「……マイペースな子ね」
 やや呆れ気味に、沙弓は言う。
 今まで彼女の言動はそれなりに見てきたが、見た目の大人しさに反して、思った以上に我が道を行く性格だ。意外と過激で強引なところがある。
 暁も暁でそういったところがあるのだが、しかしいつも彼女には振り回されがちだった。それは今回も同じだ。
「じゃあ、先に帰ります。明日、早いみたいなんで」
「そう。まあリュンも来ないみたいだし、やることもないから、いいわよ」
「やっぱりやることないのかよ」
「んじゃ、お疲れさまでーす」
 鞄を持って、暁は一人早くに遊戯部の部室を後にした。
「……あきらちゃん」
 去りゆく暁の後姿を、柚は静かに見つめていた。
 しばらくの間、部室に静寂が訪れる。暁がいなくなるだけで、日が落ちたように部室の空気からも明るさが失われたようだった。
 ややあって、彼女の背に声がかけられる。
「気になる? 暁のこと」
「ふぇ……?」
 沙弓だった。彼女は、気遣うような目で柚を見つめ、今度は浬の方に顔だけ向ける。
「カイ、市内のイベントって、たぶんあれよね」
「マジコマがどうこうとか言ってたし、十中八九そうじゃないか? あいつ、案外コアなファンだな」
「それをあなたが言うかしら。まあ、なんでもいいけどね。場所が分かるなら簡単よ」
「あ、あの、ぶちょーさん……なにを……?」
 不安と疑念を抱いた顔で、柚は沙弓を見上げる。
 再び柚に視線を定めた彼女の顔は、悪戯っぽく笑っていた。

「明日、暁たちの後をこっそりつけてみましょう」