二次創作小説(紙ほか)

102話「柚の憂い——市内にて」 ( No.314 )
日時: 2016/02/15 14:27
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 電車に揺られて数十分。
 駅を降りると、人込みが出迎える。日曜日という人類の休日に加え、今日はこの場所でなにかしらのイベントが催されるので、いつも以上に人が多い。
 雑踏をしばらく歩くと、黒髪をショートカットにした少女を見つける。デニムのショートパンツと薄手のパーカーにスニーカー。涼しげで動きやすそうな格好の少女だ。
 少女はしばらく壁にもたれていたが、雑踏の中になにかを見つけたのか、ハッと顔を上げて手を振る。
「恋! ここだよ!」
 その声に導かれて、雑踏の中から小柄な少女が出て来た。フリルのついた白いサマードレスに、大きなつばの帽子をかぶった少女。色白で艶やかな肌と髪の、人形のような姿をしている。
 少女はとてとてと小走りに駆け寄った。
「……おまたせ……あきら」
「そんなに待ってないよ。私もさっき来たとこだし」
 黒髪の少女は笑いながら、小柄な少女を上から下まで、それとなく眺める。
「その帽子、可愛いね」
「つきにぃがかぶってけって言ってた……今日は暑いからって」
「あー、確かに。私も帽子かぶってけばよかったかなぁ。うちのお兄ちゃんはそーゆーこと気づかえないから、なにも言ってくれなかったし」
 兄に不満を漏らす。当人が聞けば、確実に理不尽だと憤慨するような内容だが、本人がいなければ関係はない。
「そういえば恋って、服とかどこで買ってるの?」
「……さぁ」
「さぁって……」
「気づけば家にある……たぶんつきにぃ」
「あ、そうなんだ。一騎さん、意外と女の子の服選ぶセンスあるんだね」
 確かに、今彼女が着ている服も、よく似合っている。妙に感心してしまった。
 同時に、ふと思いついたことを口にするが、
「今度、一緒に服とか買いに行かない?」
「別にいらない……着れたらなんでもいいし……」
 即座に断られてしまった。
「そ、そっか……」
「それよりも……そろそろ、いこう……」
「う、うん。そだね」
 そう言って、二人は歩き出し、雑踏の中へと進んでいく。
 これほどの人込みだ。下手をすれば見失ってしまう。自分たちも早く動き出さなければいけない。
「柚ちゃん、カイ。ほら、早く早く」
「ま、まってください、ぶちょーさん……人が……」
「クソッ、なんで俺まで……」
 柚、浬の二人を従えて、沙弓も雑踏へと踏み込む。そして、先々へと進んでいく暁と恋を追っていく。
 有言実行。前日の宣言通り、この日、沙弓らは暁と恋を尾行していた。尾行なので当然、二人は遊戯部の面々がここに来ていることを知らない。
 人込みという強敵に抗いながら、沙弓たちは暁と恋を見失わないように進む。
「今日はマジコマのイベントがある日。イベント名は忘れたけど、確か、関係者とのデュエマに勝ったらプロモカードが貰える、とかだったかしら」
「ここまで来てまだデュエマかよ……」
 本当にそれしかすることないのな、と呆れたように言う浬。
 しばらく人込みと徹底抗戦していると、やがて一つの建物へと入る。そこで人込みも一気に途切れた。
「あ、カイ、ちょっとこっち来なさいっ」
「は? な、なんだよ」
 急に沙弓が鋭い声を上げたので、浬は素早く沙弓のいる物陰に入る。後から柚も続いた。
「どうしたんだよ、急に」
「あなた、背が高いから目立つのよ。見つかったらどうするのよ」
「……なんで俺を連れてきたんだよ」
「見つかったら全部あなたのせいだからね」
「もう帰っていいか? 俺がここにいることのメリットがないどころか、デメリットにしかなってないぞ」
「あ、あの……お二人とも、あきらちゃんと、ひゅうがさん、いっちゃいますよ……?」
 柚に指摘されて、我に返る二人。再び尾行を再開する。
 暁と恋は会場まで歩くが、その入口付近でしばらく立ち止まっていた。
「どうしたのかしら?」
「恐らく、まだ時間じゃないんだろう……イベント開始は二時から。あと三十分ほど時間がある」
 携帯でイベント情報を検索した浬が言う。
 三十分。わりと長い時間だ。
「この余った時間、あの子たちはどうするのかしら」
「……移動したぞ。どこへ行く気だ……?」
「あの方向……ショップかしらね。暇を持て余した時のグッズ物色は基本よね」
「そ、そうなんですか……?」
「間違ってるとは言わんが、あまり鵜呑みにしない方がいいぞ」
「さて、私たちも動きましょう」
 物陰に隠れながら、そそくさと三人は尾行を続ける。
 そして、沙弓の予想通り、二人はグッズ販売店へと入っていった。
「ここ……マジコマの関連商品が多いし、大抵のキャンペーンはやってるから……おすすめ」
「へぇ、そうなんだ。市内に出ても、あんまこっちの方まで来ないからなぁ。知らなかったよ」
「少し前には、伊勢誘のサイン会もやってた……あとは、こっち」
「わわっ、ちょっと恋、あんま引っ張んないでよっ」
 その細腕のどこにそんな力があるのか、恋は暁をずるずると引っ張っていき、店の奥へと消えていく。
「強引だな。どうするんだ?」
「とりあえず追跡続行よ。店内は広いし遮蔽物が多いから身は隠しやすいけど、動きにくいから逃げづらい。十分に注意して尾行するわよ」
「脳みそがだんだん戦略ゲーチックになってきたな……」
 言ってることは間違っていないので大人しく従うが、そののめり込み度合いに呆れる顔を見せる浬。
 同時に、大人しく従ってしまっている自分に対して、行き場のない悔しさも感じていることだろう。
「マジコマはデュエマ関連商品が多い……この店もそう。商品の取り揃えは随一……カードショップも併設してる謎施設だけど、シングルが置いてるのはいい……」
「本当だ、知らなかったよ……あ、このスリーブ可愛い」
「こっちのストレージはすごい……発売して一週間で完売して、再販した……今じゃかなり落ち着いてるけど」
「見た感じただの箱なのに、そんなにみんな欲しがるんだ? 私にはよく分かんないなぁ」
「私も完売直前に買った……」
「あ、そうなんだ……ごめん」
「別に……」
 それよりもこっち、とまた恋が暁の腕を引き、進んでいく。
「デュエマプレイヤーがストレージをただの箱とか言うなよ……」
「その辺あまり執着しない子だからね、暁は。良くも悪くも自分の技術を磨いてるのよ」
「そんな求道者的思考の奴でもないと思うが……」
「あ、二人とも。ターゲットが次の棚に移動したわ。こっちも行きましょう」
「ターゲットってな……まあいいが」
 そろそろ他の客の視線が痛くなってきたが、仕方なく沙弓の後に続く。
 暁と恋は、目的なくゆらゆらと店内を巡る。

「スリーブはカード保護の目的もあるけど、デザインが固定されているカードの中で、唯一自分が手を加えられるところ……自分で装飾して、個性を出せる……」
「んー、自分で唯一オシャレできる、ってこと?」
「だいたいそんな感じ……」
「それだったら、私もちょっと買ってみたいかも。あんまお金ないけど」
「私のおすすめは……あれ」
「へー、って高いよ! すぐには買えないなぁ」

「私のデッキも、もう少し改造した方がいいと思うんだよね。《コーヴァス》のこと抜きにしても、序盤の防御がやっぱり薄いから」
「あきらのデッキなら、トリガー積むしかないと思う……マナ武装の関係上、他文明のトリガーをタッチで積めないのは、わりと痛い……」
「だよねぇ。《ガイゲンスイ》や《ガイムソウ》も使いたいし、火文明のトリガーだけだと、対処できるクリーチャーが限られるから、恋みたいなデッキが相手だときついよ」
「だったら、あれとか……《メガ・ブレード・ドラゴン》……ブロッカーを一掃できる」
「わ、本当だ。こんなカードあったんだねぇ……ブロッカー破壊も《GENJI》にばかり任せてられないし、こういうのいいなぁ」
「買ってく……?」
「だからお金あんまりないんだって……」

「カード一枚なのに、こんなに高いんだね……」
「モードチェンジとか、ドラマティックカードとか……ホイルカードはたいてい高い……黒箱の封入率はコレクター泣かせ……ボーラス卿や先生のためにみんな泣いてる……」
「こんなに高いカードは買えないなぁ」
「……あきら、シングルで買わないの……?」
「汐先輩のとこでならたまに買うけど、あそこ安いし、おまけしてくれるから、こんなに高いことはないかな」
「……そんな店があるんだ……」
「うん。今度一緒に行こうよ」
「……うん。行く……」

「……あきら」
「なに?」
「楽しい……?」
「うん、楽しいよ」
「本当に……?」
「本当だよ。今まで恋のことって全然知らなかったけど、こうして一緒に出かけたり、話したり、遊ぶようになってから、少しずつ恋のことが分かってきて、私は嬉しい」
「……よかった」
「そんなこと心配しなくてもいいのに。それよりもさ、次はどこ見るの?」

 彼女が笑う。
 嘘偽りなく、心の底から楽しんでいる。彼女の喜びが、楽しさが、すべて伝わってくる。親友の幸せが、自分にも届く。
 なのに、なぜだろう。
 胸が苦しい。内側からざわざわとなにかが騒いで、不安にさせる。落ち着かない。
 もう、我慢が利かなくなってしまう。
「あきら……こっち……」
「今度はなに?」
「書籍のコーナー……スピンオフ作品もファンブックも全部揃ってる……」
「わ、わっ。だから引っ張んないでってばー」
 またも恋に引っ張られる暁。
 自分たちは、背後からそれをずっと見ている。
「……なんやかんや楽しそうにしてんな、あいつ」
「そうね。演技ができるような子じゃないし、本心から楽しんでるわね。ちょっと違和感あるけど」
「違和感? どういうことだ」
「んー、私も感覚的に感じてることだから、まだなんとも言えないわね。でも、暁は日向さんとずっと一緒で、どのくらい楽しいのかしら、って」
「……わけが分からん」
「ま、人の心が理解できない人でなしで根暗なカイには分からないでしょうね」
「なんで俺は今日こんなにも猛烈なバッシングを受けているんだ?」
「私にもよく分からないけど、暁をよく知ってる柚ちゃんなら、なにか感じるところがあるんじゃない? ねぇ、柚ちゃ——」
 沙弓の言葉が途切れる。
 彼女はキョロキョロと周囲を見回していた。
「どうした?」
「……柚ちゃんは?」
「は? そこにいるんじゃ……いねぇ」
 気づけば、そこに柚の姿はなかった。今までずっと一緒にいたはずだが、影も形もない。
 どこかではぐれたのだろうか。目先の暁と恋に集中しすぎて、彼女のことを置いて行ってしまったのだろうか。
 いや、そうではない。ショップの中まではそこまで込み合っていない。軽く近くを見て回るが、それらしき姿はない。沙弓が探しに行ったが、化粧室にもいなかった。
「どうだ?」
「どこにもいないわね」
「どこ行ったんだ、霞……ついでにあいつらも見失ったな。それに、もうイベントの時間だ」
 尾行はここまでだな、と浬が言った。
 その通りだ。追跡する相手も、追跡する理由も、いなくなってしまったのだから、これ以上尾行を続ける意味はない。
 沙弓は息を吐く。自分は正しかったのかと。
「柚ちゃん……」