二次創作小説(紙ほか)

104話「譲れないもの」 ( No.316 )
日時: 2016/02/17 00:47
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「前々から行こう行こうと思って結局行けなかったんだけど、今回はスプリング・フォレストの奥を調査しようと思うんだ」
 とリュンに言われて、スプリング・フォレストの奥地に連れてこられた遊戯部の面々+α。
 ただし今回は、+αが三名になっていた。
「わぁ、一騎さん! お久し振りです!」
「久し振り、暁さん。いつも恋をありがとう」
「いえいえそんな。とゆーか、なんで今日はこっち来たんですか?」
「大した理由はないよ。今日は部活が休みになったから、少し恋の様子を見ておこうと思って。それと」
 一騎は流し目で、いつもは+αに含まれない彼女を見遣る。
「氷麗さんが、なにか用事があったみたいだから、ついでにね」
 視線の先にいたのは、氷麗だった。彼女は基本的に烏ヶ森の方で動いているので、暁たちと行動することは滅多にない。リュンとはよく情報交換などで交流しているようだが、それも暁たちがいないところで行うことがほとんどだ。
「それなのに、わざわざ氷麗さんまで来るなんて……なにかありました?」
「えっとですね、リュンさん。ちょっとお話が……奥の方で、いいですか?」
「? 別に僕は構いませんが、急ぎの用とかですか?」
「えぇ、まあ……」
 なにか重要なことなのだろうか。氷麗は暁たちを気にするようにちらちらと視線を向け、言葉もかなり濁している。
 それを察したリュンは疑問符を浮かべながらだが、氷麗に引かれるままに森の奥へと消えていく。
 その前に、とリュンは暁たちに言った。
「えーっと、とりあえず、適当にその辺を調べてもらえると助かるかな。それらしい建造物とか、遺跡とか、祠とかあったら、後で教えてね」
「適当すぎるだろ」
「ここは僕もほとんど踏み入ったことがないから、よく分からないんだよね。だからこその今回の調査なんだけど」
「私たちだけに任せてもいいのかしら?」
「今の君たちなら、大抵のことならなにがあっても大丈夫だと思うよ。継承神話の力もあるしね」
 ピクリ、とその言葉に、柚だけが反応する。
「それじゃあ、よろしく」
「失礼しますね」
 一通り言うべきことを言うと、リュンは今度こそ、氷麗と共に森へと消えていく。
「さて、リュンが役に立つのか立ってないのかよく分からないところで、どうしましょうかね」
「リュンすらよく分かってない場所だろ? できるだけ効率的に調べたいな」
「俺としては皆で固まってた方がいいと思うけど、できるだけ短時間で広い範囲を動くなら、二人のペアを三組作った方がいいかな」
 暁、浬、沙弓、柚に、恋と一騎を合わせてこの場には六人。
 二人でペアを作り、三組に分かれて行動するという案は、最低限の安全性の保持と、広範囲を捜索する際の効率性を考えたら、最良の選択であると言えるだろう。
 しかし、この場にいるメンバーのことを考慮すれば、火種ともなりかねない。
 一騎の提案に真っ先に飛びついたのは、恋だった。
「じゃあ……あきらと」
「え? わ、私? また?」
「ダメ……?」
 恋は素早く暁の腕を取る。
 今までもこのようにペアに分かれて行動することは多々あったが、そのたびに暁と恋は一緒に行動している。恋が毎回、暁を引っ張っていくのだ。
 そろそろ暁もその頻度が気になりだしたのか、少しばかりの抵抗を見せる。
「いや、ダメっていうか、たまには他の人と組みたいなーっていうか、ほら、一騎さんもいるし。恋、一騎さんとは?」
「つきにぃは……別にいい」
 恋が相手ではあまり強く出れず、一騎を引き合いに出してみるも、即座に切り捨てられる。向こうで彼が引きつった笑いを浮かべていた。
 暁の腕から離れようとしない恋。無理やり振り払うわけにもいかず、暁は困り気な表情を見せていた。
 それを見つめる柚の眼は、揺れ動いていた。
 半歩、足が前に出ているが、それ以上先には進まない。
「…………」
 迷い、惑い。
 いつもと同じだ。
 ここで一歩が踏み出せない。
 頭に中で、なにかが蠢く。
 後悔。惰弱で醜悪な自分自身という負の存在が、その思念が、ぐるぐると渦巻いて、大きくなる。
 巨大な負の念は凶器だった。その渦中にいる自分は、少しずつ蝕まれ、やがては殺されるのだろう。
 ——自分自身の弱さに。
 その、ビジョンが見えた。
(わたしは、やっぱり——)
 半歩だけ出た足を引っ込めようとした、その時。
 ポンッ、と柚の肩に手が置かれた。
「っ……ぶちょーさん……」
 彼女はなにも言わなかった。ただ、こちらを見つめていただけだ。穏やかで、優しく見守るような目。
 それだけだが、彼女の言いたいことは分かった、気がする。
 軽く背中を押された。
 また、少し戸惑う。しかし、踏みとどまらなかった。
 そのまま、一歩を踏み出す。
「あ、あのっ」
「……なに……?」
「ゆず……?」
 二人がこちらを向く。意外そうな暁の表情が見えた。まさか、ここで柚が出て来るとは思わなかったのだろうか。
 自分でもそう思う。自分がこの一歩を踏み出したことは、自分でも驚きだ。
 だが驚いてばかりではいられない。暁の横で、無表情なままこちらを見つめる彼女がいる。
「えっと、その、ひゅうがさん……そのくらいにしては、どうでしょうか? あきらちゃんも困ってますし……」
 少し、気圧されてしまった。
 ここぞというところで強気になれない自分を嘆きたくなるが、ここで嘆いていては、本当に今までと同じになってしまう。
 精一杯の勇気を振り絞って、柚は気丈に振舞う。
「……困ってない」
 対して恋は、気後れも萎縮も、微塵も感じさせない。単純な意志の強さでは、柚がスポンジなら、彼女は超合金の如き強固さを持っている。
 その意志が、果たして正しいのかどうかは、別の話であるが。
「ねぇ……あきら?」
「え!? えーっと、どうだろう……」
 露骨に目を逸らす暁。恋は邪険にできないが、柚の言うことを否定もできず、本当に困っていた。
 柚はそこで、さらに一歩を踏み出す。
「ひゅうがさんは……ちょっと、自分勝手、です……」
「……喧嘩売ってる……?」
 恋の目が、さらに鋭くなったような気がした。
 暁に向けられていた関心が、ベクトルを変え、敵意という形で柚へと向けられる。今までよりもさらにはっきりした攻撃の意志が、目で伝わってくる。柚のことを敵とみなしたかのような、そんな目だ。
 その変化に柚は、槍を突きつけられたような気分になり、焦りが募る。
「そ、そんなつもりじゃ……でも……」
 言葉が上手く続かない。しかし、それでも、目で対抗した。
 無感動で、今にも射殺してきそうなほど、冷たい目。見られるだけで萎縮してしまいそうなほど怖いが、その恐れを断ち切って、柚は睨み返す。
 見つめあう二人。その間には、猛烈な火花がスパークしている。火種を投げ込めば、すぐに爆発してしまうほど大きな火花が。
「……文句があるなら、かかってくればいい……叩きつぶすだけだけど……」
「おい、恋。ちょっと言い過ぎ——」
「つきにぃは黙って……」
 流石にこの剣呑な雰囲気をまずいと判断したのか、一騎が恋の肩を掴んで止めようとするも、その手は即座に払い落とされる。
 一旦、暁の腕からも離れ、恋は柚へと近づいていく。柚よりもさらに小柄な恋だが、威圧感は尋常ではない。
「前から思ってた……少し、めざわり……あと、あざとい……いっぺん、死んでみる……?」
 静かで、淡々と言い放つ恋だが、彼女の周囲を漂う空気は威圧的で、敵意が剥き出しになっていた。
 彼女はもう、柚だけを直視している。それも、完全に柚を敵とみなした目でだ。そこに槍があれば、彼女は今すぐにでも柚の喉笛にそれを突き立てるだろう。そう思わせるほどの空気を、彼女は纏っていた。
「こ、恋……私も、ちょっと言いすぎだと——」
「わかりました。うけてたちます」
「ゆずまで!?」
 恋を宥めようとする暁だが、柚の一言によってそれは瓦解した。
「ちょ、ちょっと二人とも……やめようよ、こんなこと……」
「ごめんなさい、あきらちゃん。あきらちゃんと同じで、お友達どうしでケンカするのは、わたしでも嫌です」
 でも、と柚は続けた。

「わたしにだって、ゆずれないものがあるんです……っ!」

 この上ない力強さと、覚悟を持った声で、彼女は言った。
「ゆず……」
 暁はそれ以上、なにも言わなかった。
 これ以上は言っても無駄だと諦めたのか。それとも、今までとは違う彼女に、なにかを感じたのか。
 どこか呆然としたまま、立ち尽くしていた。
「……止めなくていいのか? ゆみ姉」
「ええ。あの子が、遂に踏み出した瞬間だからね。見届けたいのよ」
 結果がどうあってもね、と沙弓は言った。
 無謀であれ、蛮勇であれ、その一歩には大きな意味がある。
 そしてそれを促した者として、最後まで見届ける義務がある。
 そう信じて、沙弓は後輩の成り行きを静観する。
「神話継承もできない雑魚に負けるつもりはない……キュプリス」
「はーい。ま、恋敵との衝突は免れないよねぇ」
 今まで黙っていたキュプリスは、茶化すように言いながら恋の横につく。彼女としては、やはり自身の主に付くことが正義であるのか。
 しかしそれは、柚も同じだった。
「ルールー!」
 キュプリスと同じように、プルも柚の傍に付く。
「プルさん……いっしょに、戦ってくれますか?」
「ルー!」
「……ありがとうございます」
 自分勝手なのは、自分も同じなのかもしれない。こうして彼女と対立しているのも、結局は自分の我儘なのかもしれない。
 だが、それでもいい。
 自分自身を殺すことになるよりは、この我を通す方が、よっぽどマシだ。
 それに、
「神話継承できなくても、みなさんよりも弱くても……それでも……」

 ——譲れないものは、絶対に譲るな——

 義兄の言葉が蘇る。
 どれだけ我儘になっても、どれだけ強引でも、自分の意志を通したい時。通すべき時。
 それは今だ。
 譲れないもののために、戦う時が来たのだ。
 だから、自分は戦う。
 弱い自分との決別、強い自分との邂逅。
 その一歩を踏み出すために。
 譲れないものを、譲らないために。
「勝負です……ひゅうがさんっ!」
「……つぶす」
 そして。

 それぞれの意志を貫き通そうとする二人の間に、神話空間が開かれる——