二次創作小説(紙ほか)

107話「春陽」 ( No.320 )
日時: 2016/02/19 20:02
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 ——思い出した。
「……わたしだって」
 あの時の気持を。
 あの時の孤独を。
 あの時の喜びを。
「わたしだって、おなじなんです……あきらちゃんにすくわれて、あきらちゃんが好きになって、それで、ずっとずっと、一緒にいたいって、思うようになったんです……」
 胸の奥から、沸々となにかが湧き上がってくる。身体が震えて、言葉が溢れてくる。
 言葉だけではない。気持ちが、感情が、とめどなく流れてくる。
 悲しみ……悔しさ……羨ましさ……妬み……怒り……違う。
 これは、彼女に対する気持ちではないのだろうか。
 暁が好きだという彼女。その気持ちの強さ、意志の強さを、この眼で見て来た。
 奥手な自分とは違う。積極的で、なにがあっても曲げない、折れない。そして譲らない。どこまでも押し通そうとする意志の強さが、彼女にはあった。
 それと自分を比較して、悲しくなった。悔しかった。羨ましかったし、妬んだ。怒りさえしかたかもしれない。
 今までは、そんな感情を覚えていたはずなのに、全く違うものが芽生えてくる。
 不思議な気持ちだ。上手く制御できないが、溢れてもいいと思える。
 感情のまま、衝動のまま、胸の内から湧き上がる言葉を、吐き出した。
「わたしだって! あきらちゃんが大好きです! 強いとか弱いとか、そんなことは関係ありませんっ! あのときだけじゃない! 今も、昔も、そしてこれからも! あきらちゃんは、春の太陽みたいに明るくて、まぶしい存在なんです!」
「……なに、なんなの……急に……発狂……?」
 急に言葉を、そして感情を爆発させた柚に、恋も戸惑いを隠せない。いつも強気な彼女も、一歩を身を引いていた。
 柚は激情に突き動かされるまま、自我を失ったかのように、叫び続ける。
「あきらちゃんは自由なんです! わたしみたいに、家とか、まわりとかにしばられない! だからこそ、あきらちゃんはあきらちゃんです!」
「なにを言って……」
「あきらちゃんは……あきらちゃんは……いつだってわたしにとっての太陽で、わたしの一番大切な人で、一番大好きな人で、それで……」
 ハァハァと息を切らす。どれだけ激情に突き動かされようと、身体の方はついていかない。
 しかし彼女の意志は、最後まで貫かれた。
 あの時の孤独を味わうのは嫌だ。一度手にした喜びを、あたたかさを、決して手放したくはない。
 なぜなら彼女は、自分の、
「わたしの……一番のお友達なんですっ!」
 だから、我を通す。
 譲れないもののために——

「大切なお友達のために、わたしは、最後まで戦います……っ!」



 ——その言葉、まってたよ——



 どこからか声が聞こえる。
 舌足らずで幼げな声。明るく弾むような、少女の声だ。
「え……? だ、だれですか……?」

 ——いまでるよ。まってて——

 その声が聞こえた刹那、暗転した世界は緑色に染まり、花弁が舞い散るように“彼女”が現れた。
 声の通り、少女だ。瑞々しい肢体を民族的な衣で多い、桜色の髪を括っている少女。
 彼女は、柚ににこやかな明るい笑顔を向けている。
 凍てつく冬の豪雪さえも溶かしてしまいそうなほどに、あたたかな笑みを。
「あ、あなたは……」
『私? 私はルピナ! ……じゃないじゃない、間違えちゃった。えっと、私はプロセルピナ、だよ』
 少女——プロセルピナは、笑顔のまま名乗る。
「プロセルピナ……それって……」
「ルー!」
 その時、脇からプルが飛び出した。彼女も、そしてプロセルピナも、いっそう笑顔が晴れる。
『あ、プルだ! ひさしぶりー、元気だった?』
「ルー、ルールー!」
『うんうん、元気そうで私もうれしいよ。ねぇ、プロセ?』
 プロセ、と彼女が呼びかけたと同時に、彼女の影からぬっとなにがが這い出てくる。
 龍だ。緑色の鱗を煌めかせ、古木のような翼と牙を持つ、猛々しい龍。
 その龍は低い唸り声をあげ、鋭い眼光で柚たちを見据えている。
「はわわ……っ」
『こわがらなくていいよ。この子はプロセ、“もうひとりの私”だよ』
 プロセルピナは、プロセの頭を撫でながら言う。
「もうひとりの……?」
『まーそんなことはどーでもいいんだけどさっ』
 そう言って、プロセルピナは打ち切った。それは本来すべき話ではない。
 ここにこうして彼女が現れ、柚が呼ばれたことにはれっきとした意味がある。その意味を伝え、為すべきことを為す。それが彼女の使命だ。
 いくら幼くとも、十二神話の一柱として、彼女は柚に伝える。
『いまの私は、ざんきょー、ってやつなんだって。私にもよくわかんないけど、あんま長いことおしゃべりできないの。ごめんね』
 話には聞いていた。神核から現れるかつての神話たち。それは本来の姿ではなく、僅かばかりの力を残した残響。
 しかし彼らが残した僅かな力こそが、彼らが最も託したいと願うものである。
『ねぇ、ゆずりん』
「……え? わたしのことですか?」
『そだよー。君はね、私の力をうけつぐけんりがあるんだよ』
「力をうけつぐ、権利……」
『長老がなんかいろいろ言ってたけど、わすれちゃった……えっとねー、なんて言ったらいいのかわかんないけど、私が思うにー』
 んー、と思案するプロセルピナ。
 柚は少しだけ不安になる。こうして神話のクリーチャーと相対するのは初めてだが、予想していた存在と遥かにイメージが違う。
 自分もあまり人のことは言えないが、彼女は明らかに幼い。かつてこの世界を統治していたクリーチャーたちの一人とは思えないほどだ。
 そんな不安に駆られる柚のことなどお構いなしに、プロセルピナは答えを出す。
『……友達って、だいじだよねっ!』
「ふぇ……?」
 突然なにを言っているのだろうか、と言わんばかりに疑問符を浮かべる柚。
 当たり前と言えば当たり前のこと。しかし、仮にも世界の統治者だった者が言う台詞であろうか。
 呆気に取られる柚。プロセルピナは、さらに続けた。
『一緒においしいもの食べて、一緒に遊んで、一緒に寝て……一緒に戦う。そして、最後には一緒に笑ってるんだよ! これって、とってもすてきなことだと思わない?』
「…………」
『だから、友達は大切なの。たまにケンカしちゃうときもあるけど、最後には仲直りして、もっと仲良くなるの』
 なにかの比喩、というわけでもなさそうだ。
 これは、彼女の心の底から思っていること。彼女の本心。
 彼女の、萌芽神話としての生き様だ。
『長老とか、アポロンとか、プロセとは、最初はケンカばっかりしてた。アルテミス、ヴィーナス、マルス……みんな私の友達になってくれた。いままであんまり仲良くなかったけど、ネプトゥーヌス、アテナ、ヘルメス、ハーデス、ユノ、ユピテル……みんな、私の大切なお友達になったの』
 思い返すように、穏やかに言葉を紡ぐプロセルピナ。
 彼女の明るさ、優しさ、思いやり。当たり前の善意が、偽善でも打算的なものでもなく、心から伝わってくる。
 柚は口を開かない。彼女の言葉に、ただ、耳を傾けている。
『友達の輪はどこからもつながってる。ちょっとでも好きって気持ちがあれば、誰とでも仲良くなれる。そうして友達をたくさんつくれば、もっと楽しくなるんだよ』
 そしてプロセルピナは、柚に微笑む。
『ゆずりんは、もうわかってるよね。私の言いたいこと』
「……はい」
 柚は、静かに答えた。
 プロセルピナはその答えを聞き、満面の笑みを浮かべる。
『うん、ならオッケー! 大切な友達のために、がんばって!』
「はい、ありがとうございますっ!」
 不安はなかった。彼女が幼いとか、そんなことは関係なかった。
 むしろ、彼女の幼さ、無邪気さ。天真爛漫で穢れを知らない、その純真さこそが、統治の要となっていた。
 そのことを、柚は彼女の言葉から感じ取った。
 そしてなによりも、自分にとって大切で、譲れないもの。
 それを、見つめ直すことができた。
『あ、わすれてた。プルにつけてた……なんだっけ? かせ? は、外しておくよ』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『これでいいかな。それじゃ、がんばれっ! ゆずりん! プル!』
 プロセルピナは柚たちの背中を押す。満開の桜のような笑顔で、送り出してくれる。
『安心して。みんな、君たちの味方だよ』
 最後に、プロセルピナは微笑んだ。
 萌える花々のような光を残して——



「……いきます」
 気づけば、そこはさっきまでの神話空間。
 シールドはなく、眼前の恋は、こちらを射殺さんばかりの眼で睨んでいる。
 しかし、その眼に怯えたりはしない。
 絶対に退かない。諦めない。負けない。
 彼女から伝えられた言葉を胸に、柚はカードを引く。
「わたしのターン! 《霞み妖精ジャスミン》を二体召喚! 一体を破壊して、マナをふやしますっ」
 豊富なマナから、柚は二体の妖精を呼び出す。
 一体はその命を大地に捧げる。柚はそうして肥えた地を一瞥して、次の命を解き放つ。
「原生林の英雄、龍の力をその身に宿し、古の栄光で武装せよ——《牙英雄 オトマ=クット》を召喚ですっ! マナ武装7発動!」
 続けて現れるのは、緑色の英雄、《オトマ=クット》。
 《オトマ=クット》は柚の広大な土壌からマナの力を得る。得た力をその身に武装させ、原生林を繁茂させた。
 生い茂る草木によって、大地は再び活力を取り戻す。
「わたしのマナゾーンのカードを七枚アンタップします」
「……だから?」
 その程度では、まったく動じない恋。今更そのようなクリーチャーが出たところで、彼女の脅威にはなり得ない。
 ただし、今のままでは、だ。
 柚は起き上がったマナを使い、さらに大地を動かす。
「まだですよっ。次は呪文を唱えますっ!」
「コスト5以下の呪文なら、光じゃないと唱えれない……」
「わかってます。でも、コスト5を超えているこの呪文は、《ネバーラスト》では邪魔することはできませんよっ! 呪文《獰猛なる大地》!」
 大地は猛々しく脈動する。
 柚が蒔いた種が発芽し、成長し、やがて実は地に落ちる。
 しかしその実が種となり、新たな命を育む。
「進化——」
 小さなが芽が顔を出し、萌える花々が咲き乱れ、萌芽の力となる。
 この力は自分だけの力ではない。
 今までの数多くの積み重ね。友と、仲間と、共に歩んできた証。
 それが今、発芽し、百花繚乱の花々を咲かせる。

「——メソロギィ・ゼロ!」












 木々が静まる。
 そこにあるのは、色鮮やかな花弁。
 無垢なる心。
 そして、仲間と共に生きる、受け継がれた神話の力。
 かの者は《萌芽神話》の継承者。
 かつての神話と共にあった種を蒔き、萌芽の力を育み、大輪の花を咲かせる。
 そう、かの者こそは——



「——《萌芽神花 メイプル》!」