二次創作小説(紙ほか)

109話「仲間と友」 ( No.323 )
日時: 2016/02/20 22:31
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 神話空間が閉じる。
 誰もが吃驚する結果となった対戦。誰よりも驚いているのは、勝者たる柚自身だった。
「……勝った、のでしょうか……わたしが……?」
「ルー」
「プルさん……わたし、やったんですか……?」
「ルー!」
「……そう、ですか……」
 あまり実感がないようだ。自分の中で今の事実を飲み込み切れず、柚は呆けている。
 そして、そんな彼女を、恋は静かに見つめていた。
「…………」
「ねぇ、恋」
「……なに?」
 キュプリスが声をかける。言いたいことは、なんとなく予想できていた。
「あの時、なんであれ使わなかったの? あれ使ってれば、ボクがさっきの攻撃を——」
「なんのことかわからない……」
 キュプリスの言葉を打ち切って、恋はデッキを仕舞い込む。
 あの対戦は自分の負けだ。その過程がどうであれ、今こうして、結果としてそうなっている。
 最後のシールドから手札に入ったカード。あのカードが勝敗を左右したかどうかなど、もう関係ない。
「……ただ」
「ただ?」
「少し、思い出した……私が、あきらを好きな理由」
 最後のシールドが砕かれる瞬間。彼女の言葉が届いた時。
 自分は、思い出したのだ。
「わたしも同じだった……それだけ……」
 昏い光も、暗鬱とした花々も、すべて飲み込み、受け入れる、輝く太陽。暗がりを取り払う、煌めく陽光。
 自分と彼女が見ていた少女の姿は、同じだった。
 太陽は、すべてを照らすから太陽なのだ。
 誰かに独占されるのではない。すべてのものを照らし、暗雲を払う。それが、自分が惹かれた陽光だ。
 彼女の言葉で、そのことを思い出した。
 ただ、それだけだ。
「ふーん。ま、ボクの出番なくてちょっとだけつまんないけど、恋がいいって言うなら、別にいいかな」
 あまり詮索する気はないらしく、キュプリスはそう言うと大人しく引き下がった。
 恋はゆっくりと歩を進めて、今だ呆けている柚へと歩み寄る。
「……私の負け」
 そう呼びかけると、ハッとしたように柚が顔をあげる。
「あきらは好きにしていい……」
「え、えと、あの……わたし、べつにそんなつもりじゃ……」
 なにか誤解されていると思い、慌てて否定する柚。
 しかし恋の眼を見ていると、その視線が、ジッと自分に向いていることに気付いた。
「ひゅ、ひゅうがさん……?」
「……恋でいい」
 小さく言って、恋は続ける。
「……名前」
「え……?」
「名前……なんだっけ……」
「わ、わたしのですか?」
「それ以外に、なにがあるの……?」
「そ、そうですよね……」
 唐突に予想外の質問をされたので、思わず聞き返してしまった。
「えっと、わたしは……」
 名前。
 自分の名前。
 尋ねられたのは、いつ振りだろうか。
 あの時以来か。
 家の名と、自分自身の名前。
 また少しつかえてしまったが、あの時のように——名乗る。
「——柚。霞柚です」
「ん……わかった……ゆず」
 家の名前への抵抗もない。家族から貰い、皆から呼ばれるこの名前も誇らしい。
 過去の迷いも、惑いも、断ち切れた。
「——ゆず! 恋!」
 その時だ。
 そんな二人に、暁が駆け寄ってくる。
 ただ彼女の様子はいつもと少し違う。声も表情も険しく、怒っているようだった。
「二人とも、あんまり心配させないでよね! ゆずは今日はなんかいつもと違うし、恋はすっごいケンカ腰だし、デュエマ始まってからも、私ずっと緊張しっぱなしで、どうしよかと思ったよ……!」
「あきらちゃん……その、ごめんなさい……」
「……ごめん」
 親友に叱責され、柚と恋は項垂れる。
 しかし暁は、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
 彼女たちが救われた、太陽のような明るい笑顔を。
「もういいよ。よくわかんないけど、仲直りできたみたいだし。そうだ! ゆずと恋が仲良くなったんなら、記念に今度三人で、どっか遊びにいこ」
「……はいっ」
「うん……」
 笑い合う三人。剣呑な空気は完全に失せていた。
 そこにいるのは、ただの三人の少女だ。
 そして彼女たちを眺めている三人も、密かに胸を撫で下ろしていた。
「なんやかんやあったけど、めでたしめでたし、ね」
「大事にならなくて本当に良かったよ……あとで霞さんにはちゃんと謝っておかないと……」
「めでたしなのはいいことだが、なんであの対戦からこんな結果が生まれるのか、俺には理解できないんだが」
「理屈で考えて分かるもんじゃないわよ。日向さんがなにを思って柚ちゃんを認めたのかは、私にも分からないけど……なにか、二人の間に共通するものがあったのかしらね」
 もしもそうだとすれば、それはきっと——彼女らが巡っていた、太陽だろう。
 余計に詮索するのは野暮だと思い、沙弓はそれ以上の思考を止める。
 これ以上、自分がなにかをする必要もないのだ。彼女は、彼女自身の力で、自分の問題を解決し、乗り越えた。
 ただそれだけだ。
 そして、それだけでいいのだ。
 最初に言ったように、それでめでたしめでたし、なのだから。
「あの、ひゅうがさん」
「……恋でいい」
「あ、す、すみません……えと、こいちゃん」
「……なに?」
 改まって柚は恋と向き合う。
 対戦中は、自分でもなにを言ったか覚えていないくらい支離滅裂だった気がする。だから、ちゃんと考えて言葉にしたいのだ。
 上手く言葉にできないかもしれないけれど、それでも、伝えたかった。
 しかし、
「わたしは、あきらちゃんと一緒にいたら楽しいですけど……でも、わたしとだけ一緒にいる、あきらちゃんは、やっぱりちがうんです。だから……」
「……いい……わかってる……」
 伝えたかった気持ちは、ちゃんとした言葉にならなくとも、既に彼女に届いていた。
「私はあきらが好き……でも、ゆずも好きだった……それだけだし、それでいい……」
 私の中ではそう決着がついた、と恋は語る。
 暁が好き。
 友として、仲間として、大切な人として、それがお互いの共通項だった。だからこそ争い、だからこそ手を取り合う。その結果が今だ。
 そのことを、彼女は理解してくれた。
 そして自分も、自覚することができた。
(わたしのゆずれないもの……それは、やっぱりあきらちゃんです)
 霞の家に縛られ、暗雲に閉ざされた自分を、春のような陽光で照らしてくれた。
 その恩義と、彼女の明るさが、今の自分の希望の光となっている。
 だから自分の譲れないものになる。
 そして、希うのだ。
(わたしもいつか、あきらちゃんみたいに——)



「——それで、氷麗さん。わざわざ僕だけ連れて、なんの話ですか?」
「……本当は皆さんにもお話しするべきなのかもしれませんが、やはり一度、私たちの方でまとめてからの方がいいと、私は判断しました。特に今回の件については」
「だから、なんの話ですか? なんの情報を掴んだんです?」
「……語り手について、ですね。ただし、リュンさんが探し求めているものとは、別の存在、ですが」
「……氷麗さん、それって」
「一応、まだ確定されていない情報ではあります。しかし、様々な文明の支配領域の要所で、小さいながらも奇妙な動きがあったのもまた、事実です」
「具体的には?」
「光文明領から、光源が一つ消失しました。水文明領では、赤い海が青く染まり、豪雨地帯の雨も止んでいるそうです。疫病が広まっていた闇文明領の区画では、抵抗の強まりも確認されています。」
「それはまた、大事件ですね。まったく小さくないですよ」
「さらに、火文明領の町でも“あの方”の姿が見えないそうで……」
「そうですか……それらを総合して考えて、一つ、予想が立ちましたよ」
「えぇ、私もです」
「もし僕の予想が正しければ、十二神話否定派も極まってる……【神劇の秘団】だとか、【鳳】だとか【フィストブロウ】だとか、僕の歩む道程は、随分と険しいものだ」
「この先も、どんどん険しくなってきそうですね」
「勘弁して欲しいです。けどそうも言ってられませんね」
「……あなたなら、そうでしょうね」
「はい。なんとしてでも、僕は僕の目的を果たさないといけませんからね。オリュンポスの名にかけて——」