二次創作小説(紙ほか)

110話「欲」 ( No.324 )
日時: 2016/02/24 23:13
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「——そろそろ、か」
「……向かわれるのですか?」
「あぁ、まぁな。連中、やっと来たっぽいわ。今回は奥まで入ってくれそうな気がすんよ」
「左様で。しかし、お言葉ですが、そう上手くいくのでしょうか。仮にも相手は、継承した力を持つ語り手。一筋縄でいく相手には見えませぬが」
「……あのなぁ、ガジュマル」
「なんでしょう」
「なにもかもが完璧なものっちゅーのは、ほぼ存在しないんんだわ。そこに辿り着けるものはごくわずか、一握りしかいない。んで、あいつらがそのごくわずかな領域に到達できたとも思えん。つまり」
「神話継承したからといって、完全無欠ではない、と」
「そう、そう、そういうこっちゃ。そら俺やお前でも、完全無欠で最強無敵な存在なんて相手にしたら負けるわ。でもな、そんな奴は実際にはどこにもいない。ほぼ存在してないようなもんだ。連中が最強で無敵な存在じゃなけりゃ、俺らだって勝てるし、いくらでもやりようはある。加えて、今の“あの子”はいい条件にあるからな」
「条件、ですか……?」
「あぁ。強さに飢えてるっちゅーのか、強さを探してるっちゅーのか、とにかく強くなろうとしている意気込みを感じる。強さとは、力とは、生命を構築する最も原始的で象徴的な概念。そしてそれを求めることは、最も原始的な“欲望”だ」
「欲望……」
「言い方は悪いけどな、でも、強さを求めること自体は、別に全然ちっともまったくこれっぽちも悪いことじゃぁない。原始的な欲であるがゆえに、誰もが持ってる当たり前の欲求だ。だがな、そうであるからこそ、強さを追い求めていく最中や、強さを手にした結果、己が善にもなり悪にもなり、聖にもなり邪にもなる。強さっちゅーのは、善し悪しじゃぁ測れないものなんだわ」
「生命の根幹を成す概念であるからこそ、強さへの欲望には色がない。そして、色がないものは染めやすい、ということですか」
「そーゆーこっちゃ。よーくわかってんなー、お前。ご褒美に頭を撫でてやろう」
「……結構です」
「遠慮すんなや。ほれほれ」
「それよりも……ということは、その欲望の隙を突き、我々の色に染め上げるということでしょうか」
「まぁ、そうなるな。強さに駆られて求めているうちが、一番扱いやすく、付け込みやすく、染めやすい。なによりその欲を抱いた駆け出しってところが最高で最高に最高な最高のタイミングだ。この機を逃す手はない」
「…………」
「ちゅーわけだから、そっちは任せた。お前がしくったら全部がパーだからな。しっかりやれよ、ガジュマル」
「……御意に」



「——で、前回は結局、なにもせずに帰っちゃったから、今回はやり直しだね」
 夏休みも終わりが見えてきた頃。
 自分たちの季節感や学期の区切りも、なにもかもを無視して、一週間ぶりに、今日も今日とて部室にリュンがやって来て、超獣世界へと移動させられる。あちらの世界にこちらの時間感覚や常識や礼儀など通用しないため、いつ来ようが多少無理やりだろうが、慣れてしまえば驚くことも気にすることもないのだが。
「まあ、そうなるわよね」
「柚と恋がケンカなんてするからー」
「ご、ごめんなさい……」
 前回。リュンに超獣世界に連れて行かれた時は、柚と恋が対立して、対戦して、決着はついた。二人の間にあった問題も解消された。プルも神話継承し、良いことは多かった。
 だがその後、スプリング・フォレストの奥を調べる気力はなくなり、そんな気分でもなかったため、そのまま帰ったのだった。
 リュンは渋い顔をしていたが、プルが神話継承した件で相殺して、±0にして飲み込んだらしい。
「しかし、やり直しとか言う割に、随分と間が空いたな」
「一週間もどこ行ってたの?」
「ん? いや、まあ、ちょっと色々と……ほら、僕らに対抗する色んな勢力が確認されたから、情報収集だよ」
 流すように言うリュン。はぐらかされた気がする。
 はぐらかされたままだと釈然としないので、このまま追究しようとするも、リュンは先に言葉をかぶせて来る。
「とにかく、今回こそはスプリング・フォレストの奥地を調査したいよね。まだ見つかってない語り手も見つけなきゃ」
「……今日はつきにぃ、いない……」
「僕も他の用事があるから、今回も君らに任せるよ。前みたいにサボっちゃダメだよ」
「おい待て」
 ごくごく自然な流れで言われたが、流石に見逃さなかった。
 浬が鋭い声で、非難するようにリュンに言う。
「お前、また自分だけ離脱かよ」
 前回は氷麗と話があるという理由で、自分たちに一任していた。
 もう幾度とこちらの世界を訪れているとはいえ、ここはやはりアウェーだ。地理も理解できていない。総合的な知識だって乏しい。なにかあった時はリュンの知識や見解が必要なこともある。
 それに、他人に頼むだけ頼んで、自分だけ別行動という姿勢が、浬には気に入らなかった。
「……僕も、やらなきゃいけないことは多いんだ」
 リュンは申し訳なさそうに言う。
 そして、それに、と続けた。
「スプリング・フォレストの奥には、マナの たる“源界”がある。“源界”は豊穣神話の手がかかった聖域だ。並のクリーチャーが立ち入れた場所じゃないし、今だって誰も寄り付かない禁忌の場所だよ。その周辺の調査を君らに一任するってことは、それだけ君たちのことを信頼してるんだ」
「狡い言い方ね。何度も来ているとは言っても、私たちがこっちに来るようになってからまだ半年よ。正直、経験としては全然足りない。私としても、そんなに自信に満々なつもりはないわ。知識も経験も乏しい私たちを信頼するなんて、むしろ無責任じゃない?」
「……本当にごめん。でも、君たちを信じているのは事実だよ。実際、君たちのお陰で、語り手たちのほとんどが発見されて、確実にかつての神話の姿を成している。君たちには、感謝してもし足りないくらいだ」
 リュンが抱いているのは、実績に裏付けられた信頼だった。
 知識や経験に乏しくても、半年という短い期間で、遊戯部や烏ヶ森の面々は多くの成果を上げている。
 ほとんどの語り手を解放し、語り手に封じられた神話継承のシステムを発見し、半数以上の語り手を神話継承させた。
 そんな実績があるからこそ、リュンは暁たちを信じるのだ。
 そして、
「だからこそ、君たちの努力を無駄にはしたくない。無理やり頼み込んだり、強引に君たちを動かしていることは認めるよ。無責任に放任していることも少なくないかもしれない。でも、君らがこうして頑張ってくれているからこそ、他の集団には負けられないんだよ。恐らく、純粋な規模では、僕たちは【神劇の秘団】や、【鳳】【フィストブロウ】の連合軍には劣る。だからせめて、行動だけでも早くしたい。先んじられる前に動かないと」
 そう言われてしまえば、反論しづらかった。
 同時に、思った。
 自分たちも、いつまでもリュンを頼り、彼に甘えていてはいけないのかもしれない、と。
「本当に申し訳ないと思ってる。押し付けがましいことを言うけど、分かってほしい——」
 ——君たちは僕らの希望だから、信じるんだ。
 そう言うと、今度こそリュンは去っていった。どこへ行ったのかは分からない。情報収集と言っていたが、それだけだとも思えない。
 だが、彼がどこへ行ったのか。それを探ることはできない。推測する材料もない。
 どことなく取り残されたような感覚を覚える。若干気まずかった。
 その空気を払拭するように、沙弓が困り気ながらも、素っ気なく口を開く。
「……なんなのかしらね、あいつ。好感度が上がってるのか、一周回って無責任なのか」
「こうなってしまえば、もう文句を言っても仕方ない。あいつの言葉を額面通り受け取って、俺たちだけで行動するしかなさそうだぞ」
「そうね。今回は五人だから、どう分けるか——」
 思案しながらぐるっと部員たちを見回す沙弓。
 その時、思わぬところから声が上がった。
「あ、あのっ」
「柚ちゃん? あなたが率先して動くなんて珍しいわね。なにかしら」
「わたし、ひとりでいきます」
「ゆずっ?」
 意外な言葉だった。
 彼女の性格から考えても、今までの彼女の境遇からしても。
 しかし沙弓はそのことは口に出さず、別方面で思うことを口にする。
「危険じゃない?」
「だいじょうぶです。プルさんもいるので」
「ルー」
 プルが鳴くように答えた。言葉は相変わらず分からない。
 語り手の中でもとりわけ幼いプル。神話継承した姿も、他の継承神話と比べてかなり若い風貌に見えた。
 しかし、彼女の有する力も、実際に見た。神話継承したプルがいれば、彼女でも大丈夫だろうと判断する。
「んー、そうすると、私とカイ、暁と日向さんで分かれることになるのかしら。効率云々の話をしていた前回の振り分けから、剣埼さんを抜いた形ね」
「ゆず……いいの……?」
「はい。この前は、あきらちゃんがちょっと困ってたみたいでしたけど……もう、その心配はないですから」
 今度は恋が柚の顔を覗き込む。
 しかし柚の決心は思った以上に強かった。
「わたしはずっとあきらちゃんと一緒でしたし……こいちゃんにゆずる、ってわけじゃないんですけど、わたしも、あきらちゃんと一緒ってばかりではダメだと思うんです。少しは、ひとりでがんばらないと」
 恋が遊戯部の面々と共に行動するようになってから、暁と恋のペアでの行動が増えていた。
 そのことは柚の心に小さくないダメージを与えており、その傷があったからこそ、先日の諍いが起こった。
 恋との一件は決着がついた。だから、恋が独占しなくなった暁と、また一緒に行動する機会が戻ってくる。柚もそうするだろうと思っていたが、彼女はそうしなかった。
 彼女の追い求める、強さのために。
「まあ、心意気は立派だな」
「この前の一件で、色々吹っ切れたというか、前進したわね」
 ずっと彼女のことを気にかけていた沙弓としては、嬉しい前進だった。
 恋ほどではないにしろ、柚も暁に依存しがちなところがあったため、それを自分で乗り越えようとする彼女の成長は、純粋に喜ばしいことだ。
「ゆず……」
 しかし、暁だけは、どこか心配そうに彼女を見つめていた。
「それじゃあ、いきましょうっ、プルさんっ!」
「ルー!」
「あ、ゆずっ!」
 先んじて、柚は駆け出す。
(プルさんも神話継承して、少しはみなさんに近づけたはず……わたしも、がんばらないとっ)
 先日の恋との一戦が、彼女を突き動かしていた。
 あの対戦が彼女の力となり、自信に変わっている。
「自然文明の場所ということは、新しい語り手のクリーチャーさんも自然文明なはず」
 それならば、自分たちに関係が深いかもしれない。《萌芽の語り手》とその所有者である自分たちの方が、探すには適任ではないだろうか。
 偶然か否か、奇しくも同じ文明の語り手同士は、共通する点が多かったり、引かれ合ったり、互いに深く関わりがあったりする。
 日向恋という少女のために共に尽力した、暁と一騎、コルルとテイン。
 正反対の性質でありながらも互いに惹かれ合った、浬と風水、エリアスとアイナ。
 かつての主人同士で深い因縁が刻まれた、沙弓とドライゼ、そしてライ。
 十二神話は元々、文明の区切りで世界を治めていたそうなので、違う神話の語り手と言えども、同じ文明であればその関係は浅からぬものだろう。
 そして、今までのパターンとその推測から、自然文明の語り手であるプルの所有者である柚が、同じ自然文明の語り手と、なにか繋がるものがあるかもしれない。
 これは柚の予想で、言ってしまえばただの勘であるが、この勘が当たっている自信はあった。
 それこそ根拠のない第六感であるが、しかし、そう思うのだ。
 その衝動に突き動かされるようにして、柚は走る。
 しかし。
 刹那、身体を振動を感じた。
「ゆずっ! 下!」
 その時だ。
「え……?」

 足場が——崩れた。