二次創作小説(紙ほか)

110話「欲」 ( No.325 )
日時: 2016/03/23 17:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: kImpvJe5)

「ゆず! ゆずっ!」
「……ガチでやばい……」
「まさか崖になっていたとは……だが、それにしても、こんな急に崩れるものか……?」
「考えるのは後よ! どこまで落ちたか分からないけど、崖崩れに巻き込まれてタダで済むはずがない! 早く柚ちゃんたちを見つけないと——」



「ん……」
 柚は覚醒する。
 木漏れ日が眩しい。木々の黒い影と、その奥にはほんのり映る青い空。
 身体を起こす。疼くような痛みが全身に残っているが、我慢できないほどではない。立つこともできるし、手も動かせる。骨が折れたりなどは、していないようだった。
 どれくらい、気を失っていただろうか。
 周りには、抉れた地面と、地面に突き刺さるようにして岩塊が埋まっている。
 ハッと思い出す。そうだ、あの時。森だと思っていた場所の足場が、急に崩れて、そのまま落ちて、気を失って——
「っ、プルさんっ? あきらちゃんっ?」
 もう一度、周囲を見渡す。
 しかし、誰もいない。人の気配もなかった。
 崖崩れに巻き込まれて、そのまま皆とはぐれてしまったようだ。デッキはあるが、プルもいない。
「こいちゃん、ぶちょーさん、かいりくん……だれか、いませんか……?」
 か細い声で呼びかけるも、応答はない。
 勇んで駆け出したものの、一人になった途端、皆を感じなくなってしまった途端、急に心細くなる。
 一人で突っ走った結果がこれだ。自分が恥ずかしく、情けない。
 だが、自分を情けなく思っているばかりでは、本当に情けないだけだ。身体は動くのだから、行動しなければ。
「みなさんを、さがさないと……」
 痛み身体に鞭打って、足を引きずるように動かす。
 そうして一歩を踏み出した、その時。

 ガサッ

 近くの茂みが音を立てた。聞き間違いではない。
「っ……だ、だれですか……?」
 もしかしたら、皆が探しに来てくれたのか、と希望を抱く。
 だが、うっすらと浮かび上がる影は、人間のそれではなかった。
 一瞬、それがなんなのか、理解が追いつかない。
 “それ”は、羽音のようなものを鳴らしながら、空気を振動させる。
 言葉——声として。
「——ガジュマルの奴、ちゃんとやってんじゃん。大義大義」
「え……? あ、あの……」
「いやぁ、悪いなぁ。君には恨みもなんもないけど、君の身体、すげぇ魅力的だから——もらうわ」
「——え?」

 ドスッ

 なにかを穿つような音。
 そして、なにかに貫かれるような痛み。
「あ……っ」
 胸を穿ち、貫き、なにかが入り込んでくるような感覚。
「あ……く、あぁ……っ」
 胸の痛みが引くと、今度は体内の不快感がより強烈になる。激しい吐き気、眩暈、頭が割れそうになる。神経を焼き千切られるような痛みが全身を走り抜ける。
 身体の中で、なにかが暴れている。
 五臓六腑、四肢末端。すべてが思い通りにならない。別の、違う意志が侵入してくる不快感が、全身に襲い掛かる。
 自分の意思が通用しない。自分の意志を拒絶される。初めて、その感覚を味わった。
 同時に、身体の内からとめどなく、なにかが溢れてくる。
 なんだろうか。
 なにかをしたいような、なにかが欲しいような、そんな“衝動”。
 身体の痛みより辛い。身体の支配権より重い。痛烈で過激な、心の欲求。
 ——望んでいる。
 身体が、心が、そして意志が。
 ただ一つのものとを求めて、その衝動は一つの概念に収束される。
 “欲”という、最も原始的な概念に。
「……ほしい」
 全身を駆け巡る衝動が、遂に言葉として漏れ出た。
 言葉に乗せることで、自分の抱く欲望の形をはっきりさせる。
 自分が求めるもの、それは単純明快だ。
 今のこの“身体”と“心”。双方が求めているもの。
 両者の欲望は合致している。それを、言葉にする。
「強さが、ほしい……」
 そして、

「英雄の力が……ほしいです——」



「——霞! どこだ!?」
柚の名を叫びながら、浬は歩を進める。
しかしその間も、思考を続けていた。今、彼が感じる違和感について。
(それにしても、やっぱり引っかかるな……)
 浬が考えていたのは、先ほどの崖崩れについてだ。
(これほど木々が鬱蒼と生い茂っていれば、あそこが崖だということに気付かなくても不思議はない。だが、霞が少し走っただけで、あんな大規模に崩れるものか……?)
 数学は得意だが、地学はそこまででもないため、そういうこともあるのかもしれないとは思う。加えてここは、超獣世界だ。自分たちの常識がすべて通用する場所ではないことも分かっている。
 それでも、あの崖崩れには違和感を禁じ得なかった。
 あれは本当に自然発生したものなのか——?
 思考を進めているうちに、ふとエリアスの声が響く。
「ご主人様! 向こうに人影が見えます!」
「っ、どっちだ?」
「東の方角です!」
「東ってどっちだよ!」
「こちらです!」
 エリアスに先導され、浬は走る。
 すると、すぐに浬にもその人影が見えてきた。
 小さな矮躯。若草色の袴。
 間違えなかった。
「霞!」
「…………」
 大きく呼びかけると、向こうもその声に気付いたようで、くるりとこちらを向いた。
「無事だったか……よかった」
「……かいりくん」
 こちらを向いた彼女の姿は、パッと見て特に問題はなさそうだった。少しふらついているように見えるが、しっかり立っている。髪は少しぼさぼさで、白衣もはだけ気味ではあるものの、目に見える怪我はないようだ。
 しかし、なにかが違う。どこか違和感を感じる。
 どこかぼうっとしていて、そして、なにかが足りなような——
「怪我はなさそうだな。プルはどうした? いないってことは、あいつともはぐれたのか。ならあいつも探さないと……いや、部長たちと一度合流した方がいいか。立てるようだが、歩けるか? 無理そうなら肩くらい貸すが……って、身長差的に無理か。それならおぶって——」
「——かいりくん」
 彼女が声を発する。
 妙にはっきりとした呼びかけで、それでいて、どことなくおぼろげな声。
 彼女はゆらゆらと浬との距離を詰める。身体が触れ合いそうなほど近づいてくる。
「? 霞?」
 やはり立っているのが辛いのか、と思ったが、どうやらそうではないようだ。
 浬の懐に潜り込むようにすると、顔を上げ、浬を見上げる。
 そして——

「まずは……かいりくんからです」

 ——神話空間が開かれた。