二次創作小説(紙ほか)
- 111話「欲望——知識欲」 ( No.326 )
- 日時: 2016/02/27 22:26
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)
突如開かれた神話空間。
手元には五枚の手札。右横にはデッキ。足元はマナゾーン。目の前には五枚のシールド。
そして、前方には、対戦相手たる柚の姿がある。
「……霞、どういうつもりだ?」
「どういうつもりも、こういうつもりもありませんよ、かいりくん。わたしたちはデュエリストです。デュエマをしましょう」
「…………」
おかしい。明らかにおかしい。
これはいつもの柚ではない。彼女は、こんなに淡々とした言葉で話したりはしない。
そうでなくとも、雰囲気がいつもの彼女と違うのだ。眼も浬を見ているようで見ていない。どことなく虚ろだ。
「……おい、エリアス」
「な、なんでしょう、ご主人様」
「人を操ったり、他人の姿に化けるようなクリーチャーって、いるか?」
「え、えっと、います。でも、操ると一口で言っても、そのクリーチャーが操れる対象に縛りがあるのが普通ですし、他者を模倣するクリーチャーは、本当にごくごく一部です。私が知る中でもアカシックさんちのサード君くらいですし、彼の模倣も表面的で一時的なものです」
「……クリーチャーの可能性は、とりあえずあるんだな」
それならば、この空間も無意味ではない。
こうして神話空間に引きずり込まれてしまった以上は、ここでの為すべきことを為すしかない。そして、それを利用して、柚を正気に戻す。
実際に彼女になにがあったのかは分からないが、それを解明するには情報が足りない。そのため、浬はその可能性を選択するしかなかった。
浬と柚のデュエル。
現在、互いにシールドは五枚。浬の場にはクリーチャーなし。柚の場には《青銅の面 ナム=ダエッド》《青銅目 ブロンズザウルス》がそれぞれ一体ずつ。
柚はクリーチャーを展開しつつマナを伸ばしている。浬も《ブレイン・チャージャー》を使用しているものの、やはり自然をメインに据える柚には追いつかない。
「だが、手札のアドバンテージならこちらが上だ。俺のターン、《龍覇 M・A・S》を召喚!」
「…………」
「《M・A・S》の能力で、超次元ゾーンから《龍波動空母 エビデゴラス》をバトルゾーンへ! さらにコスト6以下のクリーチャー、《ブロンズザウルス》をバウンス!」
ドラグハート・フォートレスを呼びつつ柚のクリーチャーを除去しにかかる浬。
《エビデゴラス》が場にある限り、浬には潤沢な手札がほぼ約束された。あとは着実に、勝利を導くパーツを集めるだけだ。
「では、わたしのターンです」
状況はやや浬に傾いたものの、柚は微塵も動揺したような素振りを見せない。
いつもの彼女ならば、少しでも場が動くだけで動揺するのだが、今の彼女は冷徹なまでに淡々としている。
まるで彼女の、霞柚の意志ではないかのように。
「まずは、《牙英雄 オトマ=クット》を召喚です」
原生林を発生させる英雄が現れた。
その英雄は偉大なるマナの力を受け、雄叫びをあげる。そして大量の植物が繁茂した。
「《オトマ=クット》のマナ武装7、発動です。わたしのマナゾーンのカードを七枚、アンタップ」
「っ、流石に強烈だな……」
実質、ノーコストでパワー8000のWブレイカーが出てきたようなものだ。さらにこの後にもクリーチャーが続くとなると、厄介極まりない。
いつもの彼女なら、ここから《サソリス》を召喚して《ジュダイナ》を呼び出し、龍解を狙いに行くところだ。
だが浬はそうさせないために、事前に《ブロンズザウルス》をバウンスして手を遅らせている。今から《ジュダイナ》が出てきても、すぐにドラゴンは並べられないだろう。
最悪のパターンを想定するなら、軽いドラゴンを絡めたり、呼び出すドラゴンの踏み倒しを連鎖させて場数を並べることだろう。
そう思っていたが、しかし、柚の取った行動は、浬の予想を外すものだった。
現状の予測も、最悪の想定も、否定するかのような一手だ。
「《龍覇 イメン=ブーゴ》を召喚」
《オトマ=クット》が再生したマナをすべて使い現れたのは、仮面を付けた獣人。その獣は白くのっぺりしており、見る者の不安を煽っている。
だがそれ以上に、浬はこの見たこともないクリーチャーに、不気味さを感じていた。
さらに柚は、その不気味さを裏付けるかのように、邪悪な龍の武器を呼ぶ。
「《イメン=ブーゴ》の能力で、超次元ゾーンからコスト4以下の自然のドラグハートをバトルゾーンへ出します。さあ、きてください——《邪帝斧 ボアロアックス》」
空間を裂き、超次元の彼方より出現する、邪悪な正気を発する斧。
仮面のシャーマンはその斧を握り締め、怒り狂ったような雄叫びをあげる。その姿は、まるで本能のままに行動する獣のようだった。
浬は、柚の繰り出した、見たこともないカードに困惑する。
「《サソリス》でも《ジュダイナ》でもない……? なんなんだ、こいつは……」
とにかく不気味だ。姿、言動もそうだが、なにをしてくるのかが分からない。
知らない存在に対する恐れ。
未知への恐怖だ。
「《ボアロアックス》の能力で、マナゾーンから《鳴動するギガ・ホーン》をバトルゾーンにだします」
《イメン=ブーゴ》が《ボアロアックス》を振り回す。すると、大地が割れ、その中から《ギガ・ホーン》が這い出してきた。
地面から這い上がった《ギガ・ホーン》は、大地が鳴動するほどの雄々しい咆哮を放つ。その雄叫びが柚のデッキを散らし、彼女の周囲を回り始める。
柚はその中から一枚のカードを抜き取った。残りのカードは一点に集まり、掻き混ぜられて彼女の右横に戻る。
「《ギガ・ホーン》の能力で、山札から二体目の《ギガ・ホーン》を手札に加えます。そしてターン終了……するとき」
柚はクリーチャーを展開し、ターンを終える。だが、まだ終わらなかった。
「《ボアロアックス》の龍解条件達成です」
「なんだと……っ!? 出したターンに龍解か……!」
《イメン=ブーゴ》が《ボアロアックス》を放り投げ、やがて地面へと落下する。
邪悪なる斧を種とするかの如く、大地に《ボアロアックス》を埋め込んだ。
そして、五色の障気が立ち上り、古代の龍の魂が、遺跡となる。
「龍解——《邪帝遺跡 ボアロパゴス》」
《ボアロアックス》はその姿を変え、邪悪なる古代遺跡《ボアロパゴス》へと龍解する。
立て続けに繰り出される未知のカードに戸惑いを覚えるも、浬はつとめて冷静を装う。
下手に隙を見せると、飲み込まれてしまいそうだ。空元気でも、見栄を張ってでも、気丈に振舞う。
「俺のターン。まず《エビデゴラス》の能力で追加ドロー、そして通常ドローだ」
今の自分にできることは、今の自分にできることでしかない。
だから浬は、今できる最前の手を打つ。
それは、彼の有する英雄を呼ぶことだった。
「海里の知識を得し英雄、龍の力をその身に宿し、龍素の真理で武装せよ——《理英雄 デカルトQ》!」
水のマナの力を最大限に充填し、蒼き英雄が姿を現す。
「……来ましたね」
柚はその姿を見るなり、ほんの少し、蟲惑的な微笑みを見せた。
《デカルトQ》は戦場に立つと、全身へと充填したエネルギーを伝達し、駆動音を鳴り響かせる。浬のマナから、さらなる力を受け取るのだ。
「《デカルトQ》のマナ武装7発動! カードを五枚ドローだ!」
浬のマナから光が迸ると、それは兵器の姿となる。翼状のレーザー砲台が、《デカルトQ》の背に装着され、武装する。
その武装から発せられる光線は結晶になり、浬に膨大な知識を与えた。浬は一気に五枚の手札を補充し、大量のハンドアドバンテージを得る。
「続けて《デカルトQ》の能力で、手札を一枚、シールドと入れ替える」
浬は手札の《幾何学艦隊ピタゴラス》をシールドに埋める。
これでよほどの数のクリーチャーで攻め込まれない限り、1ターンくらいは時間を稼げるだろう。
「さらに、《デカルトQ》の能力も併せて、俺はこのターン、カードを五枚以上引いた。よって《エビデゴラス》の龍解条件成立!」
膨大な量の知識を吸収し、《エビデゴラス》が振動する。
「勝利の方程式、龍の理を解き明かし、最後の真理を証明せよ。龍解——《最終龍理 Q.E.D.+》!」
《エビデゴラス》が龍素を凝縮した龍波動のすべてを解き放ち、《最終龍理 Q.E.D.+》として現れる。
「《Q.E.D.+》でWブレイク! 続けて、《M・A・S》でシールドをブレイクだ!」
浬は龍解を機と見て攻める。あまり相手の手札は増やしたくないが、《ピタゴラス》を埋めたシールドを盾にして、浬は押し切る算段を立てていた。
柚のシールドを残り二枚まで削り、浬はターンを終える。
そしてそれと同時に、柚が口を開いた。
「……かいりくんは、カードをいっぱい引きましたね」
「? なんだ、急に」
「いえ、ただ……お礼を言いたいなって、思っただけです」
「礼だと?」
首を傾げる浬。一体、彼女はなにを言っているのか。
その意味が分かるのは、そのすぐ後だった。
「かいりくんは、自分のターン中にカードを三枚以上引きましたよね」
より具体的に、柚は言った。
三枚どころか通常ドローで一枚、《エビデゴラス》で一枚、《デカルトQ》で五枚と、合計七枚も引いている。《Q.E.D.+》も龍解しているのだから、三枚以上引いているのは当然だ。
だからどうした、と浬が紡ぐ前に、柚の手札から、蜘蛛の糸が伸びていた。
「リベンジ・チャンス発動——《ベニジシ・スパイダー》を召喚」
ベニジシ・スパイダー 自然文明 (5)
クリーチャー:ジャイアント・インセクト 4000
W・ソウル
リベンジ・チャンス—各ターンの終わりに、相手がそのターン、カードを3枚以上引いていた場合、このクリーチャーをコストを支払わずに召喚してもよい。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分の山札の上から1枚目をマナゾーンに置く。
知識に反応し、繁殖する巨大な蜘蛛、《ベニジシ・スパイダー》。
《エビデゴラス》に《デカルトQ》、大量の知識の臭いを嗅ぎつけて、柚の手札から二体の蜘蛛が飛び出した。
「《ベニジシ・スパイダー》の能力でマナを増やします。そして……これで、《ボアロパゴス》の龍解条件達成です」
「なに……っ!?」
柚のターン。
彼女は笑みを見せる。虚ろな眼で、浬を見据えながら、彼女らしからぬ蠱惑的な表情で、微笑む。
「ありがとうございます、かいりくん。かいりくんのおかげで、龍解できました」
「霞……お前、なにを……」
「だからこれはお礼です。この子の姿を見せるのは、かいりくんがはじめて——ちゃんと、みてあげてくださいね?」
龍解、と。
彼女は告げた。
刹那、《ボアロパゴス》は、さらなる形へと、変化する。
「——な、なんだ、こいつは……!」
浬は思わず狼狽える。ここから自分の勝利へと導く式を立てることも忘れ、ただただ、目の前の圧倒的力にひれ伏してしまう。
あらゆる生命が、欲望が、力が、浬を蹂躙する——
「知識の英雄の力……いただきます、かいりくん——」