二次創作小説(紙ほか)
- 112話「欲望——殺人欲」 ( No.327 )
- 日時: 2016/02/29 22:20
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 5Zruy792)
「む?」
「どうしたの、ドライゼ?」
柚を捜索する沙弓たち。
道中、ドライゼがなにかを感じ取ったようだった。
「今、妙な気配というか、悪寒のようなものがしたんだが……」
「……なにかあったのかしらね。闇雲に探すのも限界があるし、行ってみましょうか」
現状、沙弓たちは柚を探す手掛かりがない。
一度は柚を除く全員で、柚が落ちた崖の下まで降りたが、そこに柚の姿はなかった。クリーチャーを使って崩れた土砂も掘り返してみたが、彼女らしき姿はやはり見えない。
向こうもこちらを探しているのかもしれないと思い、こうして手分けして捜索することになったわけだが、源界と呼ばれるらしいこの森の奥地は、思った以上に広く深い。あてずっぽうで探しても、大した成果は得られそうになかった。
だから、どんな小さな手がかりでもいい。とにかく彼女に繋がりそうなものは、すべて手繰り寄せるつもりで、沙弓はドライゼの指し示す方へと走る。
「……沙弓」
「なによ」
「仲間を心配する気持ちは分かるが、焦りすぎるなよ」
こんな時に急になにを言いだすのか、と沙弓は言い返そうと思ったが、息が切れて言葉が上手く紡げない。
そんな彼女を窘めるように、ドライゼは続ける。
「そうやって自分の思ってることも口に出せないくらい焦ってると、大事なものを見落とすぞ。見落とすだけならまだいいが、下手すれば、大事なものを落としかねない」
「はぁ、はぁ……そんな、言葉遊びみたいな、説法は……後に、してくれるかしら、ね……!」
「悪かった。だが、こういう時でもない限り、言えないからな。お前は、仲間の危機に過敏すぎる。ずっと気になってた」
「……後輩を心配して、なにが悪いのよ」
「悪くはない。しかし、心配は度が過ぎると、身を滅ぼすこともある。自分が見えなくなるんだ。盲目になって、自滅する」
「あなたに言われたくは、ないわね……」
一度立ち止まり、呼吸を整える。そして、再び走り出した。
「俺はこれでも気を付けている方だがな。俺の主……アルテミスが正にそんな奴だった。兄貴が好きすぎて死にかけたことのある大馬鹿だったよ」
「自分の主に、そんなこと言って、いいのかしら……?」
「あいつはもういない。構いやしないさ」
あいつの代わりに今の俺がいるのだからな、とドライゼはキザっぽく言う。少しうざかった。
しかし、その言葉に偽りはない。真実であり、それが彼らの存在理由だった。
「ツミトバツやアスモシスとの戦いでの、お前の怯えようは、少し疑問を感じた」
「自分や、仲間の命が懸かってるのに……平静を、保ってられる方が、おかしいんじゃない……?」
「そういうことじゃない。ただ、なんとなく、感覚的なことなんだが、あの時のお前の怯え方に、違和感を覚えたんだ」
「違和感?」
少し走る速度を遅めて、沙弓は聞き返す。
「あぁ。あの怯え方は、未知への恐怖や、漠然とした概念から生じる怯え方ではない」
「怯え怯えって、人をビビリみたいに、言わないでよ」
「話を逸らそうとするな。やはり、俺の言いたいことに、薄々感づいているな?」
沙弓は答えなかった。
その沈黙に、ドライゼはさらに続ける。
「お前のあの怯え方は、過去を想起した時の怯え方だ」
「知った風なこと、言うのね」
「こう見えても心理学は得意なんだ。実は俺、とある財閥の御曹司なんだぜ? 帝王学とか人心掌握術とかの心得もある」
「嘘くさい話ね。ただのキレやすい女たらしじゃない」
「それなら、闇文明は恐怖を司る文明だから、と言っておくか。それに俺は女の顔はよく見る。眼の動き、瞳孔の開き具合、口の動かし方、呼吸、震え……様々な要素から、他者がなにに怯えているかは分かるんだ」
「…………」
また黙る。そして、立ち止まった。
「あの恐怖は、経験がある者の怯え方だ。過去の思い出したくもない事象を思い返し、その拒絶から来る、衝動的な恐怖心の刺激だと判断した」
「ドライゼの癖に、難しい言葉を並べるものじゃないわよ。似合わないわ」
「まただ、話を逸らすなよ。今の俺の主はお前なんだ。だから俺は、お前についてちゃんと知っておきたい」
沙弓に詰める寄るように、言葉を放つドライゼ。
まくしたてられる沙弓は気圧され、言葉が出て来ない。それでもドライゼは、言葉を繋げていく。
そして、
「言い難いことを聞き出していることは分かる。それでお前を追いつめていることもだ。だが——」
「——ごめんなさい」
彼女は、目を伏せて、言った。
そして、泣きそうな声で、続ける。
「まだ、無理よ……どうしても思い出しちゃう……だって、まだ自分の中でも折り合いつけられてないの。表面を取り繕ってるだけで、少しでも誰かの死を考えると……」
「……すまない」
今度は、ドライゼが目を伏せる。
「もういい。無理に聞き出そうとして悪かった。そんな顔をさせてまで、聞きたくはない」
彼女になにがあったのか、自分の主のことは、しっかりと知っておきたい。そんなドライゼの考えは、当然のことだ。
沙弓もそれは分かっている。いつにも増して強引だったが、彼の言葉はすべてが間違っているわけではない。
ただ、触れられたくなかっただけだ。
自分の中でまだ整理のつかないものを引きずり出されそうになったから、それを止めたかった。ただそれだけなのだ。
しかし、
「私も、いつかは皆に話さなきゃいけないとは思ってる。だから、もう少し待って」
その整理のつかないことも、いつかは整理をつけなければいけない。いつまでも、今のままではいられない。
自分の後輩たちは、それぞれ理想とする自分に向かって、歩み進んでいる。少しずつ、変わってきている。
自分も、今のままではいられない。前に進まなくてはいけない。
先日、一番弱くて小さい後輩が、大きな一歩を踏み出してから、特にそう思うようになった。
だから、もう少しだけ待ってほしかった。
過去との折り合いをつけるだけの、時間が欲しかった。
そう伝えると、ドライゼは静かに頷く。
「あぁ。分かった。いつまででも、待ってやるさ」
「……ありがと」
それ以上は、もう語らない。
ドライゼは待つと言った。ゆえに待ち続ける。
沙弓は待ってほしいと言った。ゆえに、いつか待ち人に伝える。
その契約が交わされたのだから、それ以上の言葉はいらない。
「それじゃあ、柚ちゃんを探さなきゃね」
「そうだな。なんとなくだが、妙な感覚は強まっている気がする。こっちだ」
二人は柚を探すべく、三度走り出した。
神話空間が閉じる。
地に足を着ける二人。ただし、二本の足で立っているのは小さな少女であり、長身の少年は膝を着いている。
負けた。
浬は、その事実を認識する。
それも、ただ負けたのではない。
未知なる力の前に、叩き潰されたのだった。
「ぐ……霞……」
浬はなんとか立ち上がろうとするも、身体がふらつく。上手く身体を動かせず、近くの木にもたれかかるように背中をぶつける。
そしてそのまま、ずるずると膝から崩れ落ちて行った。
「……かいりくん?」
「…………」
「気をうしなっちゃったんですね。はじめてだと、この子の力は、ちょっと刺激が強すぎましたか」
意識を失った浬の横には、カードとなったエリアスも落ちていた。最後の抵抗の間際に出て来たが、除去した時のダメージが大きかったのかもしれない。
「エリアスさんは、とりあえずおいておいてもいいでしょうか……それより、目的はこっち、ですね」
柚は浬に近寄ると、屈み込む。そして、彼の着ている服に手をかけ、まさぐる。
彼女を止める者は誰もいない。無抵抗なまま、彼女は彼女の内から湧き上がる衝動のままに動く。
誰もが持つ、“欲”に従って。
「……これで、いいですか」
柚はすっと立ち上がる。はだけた衣服を直そうともせず、かといってどこかに歩き去るわけでもない。
周囲を見渡して、立ち止まっている。
「これで最初の一歩をふみだしたわけですが、次はどうしましょう……かいりくんたちは、わたしをさがしてくれているみたいですし、ここで待っていたほうが、いいのでしょうか……?」
髪を掻きあげ、顎に手を添え、艶っぽい仕草で思案する柚。
すると、足音が聞こえてくる。慌ただしく地面を叩きつけるような、足音が。
その足音の主は、草叢を掻き分け、すぐにその姿を現した。同時に、絶句する。
「柚ちゃん……!」
「あ、ぶちょーさんですか」
沙弓は安心したように胸を撫で下ろす。
しかし、彼女のすぐそばで倒れ込む浬の姿を見ると、再び言葉を失いかけた。
「カイ……!? なに、どうしたの? なにがあったの?」
「うぅん、なんでしょう……それよりも、ぶちょーさん」
スッ、と。
不自然すぎるほど自然な動きで、彼女は近づいてきた。
「ど、どうしたの?」
「ぶちょーさんに、おねがいがあるんです」
彼女はゆっくりを手を伸ばす。まるで、なにかを欲しているかのように。
蕩けたような瞳。艶っぽい吐息。なにか、いつもの彼女とは違う。
それを察知した瞬間、沙弓は飛び退いていた。
「あ……なんで逃げちゃうんですか、ぶちょーさん」
「…………」
なにかがおかしい。
なにがおかしいかと言えば、彼女、柚だ。
その様子、挙動が、いつもの彼女ではない。
どこに焦点が合ってるのか分からないような眼も、やたら色っぽい仕草と言動も。
そしてなによりも、目の前で級友が倒れているというのに、まったく関心を示さない心情に、違和感を感じざるを得ない。
(ドライゼは妙な気配とか、悪寒とか、やけに曖昧な言い方してたけど、その妙なものの正体が、カイを倒したとしたら?)
犯人は現場に戻ってくる。遺体の第一発見者が犯人。
そんな使い古されすぎたミステリの常識をアテにするつもりは毛頭ないが、そう考えてしまう。
ここは、道中で野良クリーチャーすら見かけないほど静かな森。鬱蒼と生い茂る植物ばかりで、クリーチャーはほとんどいないように思える。
ましてや、浬を倒すほどの力を持つものなど、そうはいないはずだ。その可能性があるとすれば、目の前の彼女くらいしかいない。
「ぶちょーさん、わたしのおねがい、きいてくれませんか?」
「……内容次第ね」
また、ふらふらとした、危うい足取りで、近づいてくる。
気づけば距離を詰められる。気持ち悪い動きだと思った。いつもひょこひょこ着いてくる彼女とは大違いだ。
「えっと、そうですね」
その気持ち悪さを感じている間に、彼女は再び、沙弓の懐に潜り込むように接近する。すると、沙弓の顔を覗き込むようにして、見上げた。
彼女は答えを出す。
彼女のお願い。即ち、要求——欲を。
そして——
「ぶちょーさんのもってるものを……ください」
——神話空間が開かれた。