二次創作小説(紙ほか)

112話「欲望——殺人欲」 ( No.328 )
日時: 2016/03/03 12:25
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: APISeyc9)

 沙弓と柚のデュエル。
 互いにシールドは五枚、序盤から殴る展開はなかった。
 沙弓の場には《墓標の悪魔龍 グレイブモット》。柚の場には《青銅の面 ナム=ダエッド》と《ベニジシ・スパイダー》。
「……私のターン」
 沙弓は柚を一瞥しつつ、カードを引く。
(証拠もなにもないし、身内を疑うなんてことはしたくないけど、今の柚ちゃんの様子はどう考えてもおかしいし、カイは柚ちゃんにやられたように思える……でも、カイをやったのが柚ちゃんだとして、その目的はなんなのかしら……?)
 考えても答えは出ない。だが、証人となり得る者は目の前にいるのだ。
 彼女を通じて、聞き出すしかないだろう。
 この空間にいる意味を考え、今ある状況から手繰ることのできる答えを見つけるしかない。
(って、カイみたいな考え方ね。私は私らしく、の方がいいわ)
 そう心の中で呟いて、思考を切り替える。
 序盤に撃った《ボーンおどり・チャージャー》と場に出ている《グレイブモット》の能力で肥えた墓地を見て、沙弓は手札のカードを一枚抜き取る。
「呪文《生死の天秤》。このカードは墓地のクリーチャーを二体手札に戻すか、相手クリーチャーのパワーを5000下げられる。私が選ぶのは前者の効果、墓地の《ツミトバツ》と《コッコ・ドッコ》を回収するわ」
「俺は回収しないのか」
「後で《ウラミハデス》かなにかで引っ張り出してあげるから、それまで待ってなさい」
 まだ墓地も十分ではない。《ドラグノフ》を呼ぶには、もう少し準備が必要だ。自身の能力で弾を装填できるとはいえ、確実性にも欠けるので、もっとクリーチャーや呪文を落としてから呼びたい。
「墓地肥やしからの墓地回収ですか……ぶちょーさんらしいですね」
 柚は虚ろに微笑む。
 そこに幼さは感じられず、彼女らしからぬ艶っぽさが、不気味に感じ取れるだけだった。
「じゃあ、わたしのターンですね。《牙英雄 オトマ=クット》を召喚です」
 古代の英雄が現れた。
 鋭利な牙を剥き、本能ままに力を振りかざす、太古の怪物。
 《オトマ=クット》がその姿を現すと、柚のマナが緑色に光る。
「マナ武装7で、わたしのマナを七枚アンタップです。そして、再び7マナをタップして、《龍覇 イメン=ブーゴ》を召喚」
 《オトマ=クット》から繁殖する植物が、柚のマナを再生する。そしてその再生したマナを再び使い、彼女は白面のドラグナーを呼び出した。
 《イメン=ブーゴ》が場に出ると、怒りを表したような雄叫びをあげ、超次元の彼方より一つの武器を呼び寄せる。
「きてください——《邪帝斧 ボアロアックス》」
 ザクリ。
 と、邪悪な障気を放つ斧は地面に突き刺さる。
 そしてその斧を、《イメン=ブーゴ》は引き抜いた。
「《ボアロアックス》を《イメン=ブーゴ》に装備します。そして《ボアロアックス》の能力で、マナゾーンから《鳴動するギガ・ホーン》をバトルゾーンに。《ギガ・ホーン》の能力で山札から二枚目の《イメン=ブーゴ》を手札に加えます」
 《イメン=ブーゴ》が斧を一振りし、大地から《ギガ・ホーン》が這い出てくる。
 その《ギガ・ホーン》は雄叫びをあげ、次なる仲間を呼び寄せた。
「たった1ターンで三体、か。なかなかな展開力ね……」
 とはいえ、柚としてはまだ控え目と言える。彼女が主に使用する、連鎖類目のジュラシック・コマンド・ドラゴンなら、もっと凄まじい勢いで高打点のクリーチャー現れるのだから、それに比べれば三体程度はまだ優しい。
 だが、不気味なのは見たこともないカード——《イメン=ブーゴ》と《ボアロアックス》だ。
 特に《ボアロアックス》はドラグハート・ウエポン。いつ何時、龍解してさらなる姿と力を見せつけてくるかわからない。
 と、思った矢先に、
「わたしはこれでターン終了です。ですが、このターンの終わり、《ボアロアックス》の龍解条件を満たしたので、龍解します」
「な……っ」
 龍解されないようにと思っていた沙弓だが、柚はそのターン内に《ボアロアックス》を龍解させてしまう。
 《ボアロアックス》は地面にめり込む。そして、その内に秘めた邪悪さを、太古の要塞として、顕現する。
「龍解——《邪帝遺跡 ボアロパゴス》」
「……龍解されちゃたわね」
 沙弓のデッキに、フォートレスを除去するカードはない。ゆえに、もう《ボアロパゴス》を場から退かすことはできない。
 だから彼女がすべきことは、ただ一つ。
(ウエポンからフォートレスになったってことは、暁やカイが使うような3D龍解。つまり、もう一段階、龍解がある……ドラグハート・クリーチャーになるための龍解が)
 その龍解を阻止すること。
 それが沙弓のすべきことだ。
「……じゃあ、抗ってみましょうかしらね」
 未知なる邪悪に対して。
 沙弓は、抗う。

「終生の死に抗う英雄、龍の力をその身に宿し、罪なる罰で武装せよ——《凶英雄 ツミトバツ》」

 闇のマナの力を生命エネルギーとして還元し、黒き英雄が姿を現す
「……来ましたね」
 その姿を見るなり、柚は小さく、蠱惑的な微笑みを見せる。
 《ツミトバツ》が戦場に立つと、己を縛る鎖を鳴り響かせ、聞くものを震え上がらせる雄叫びをあげる。沙弓のマナから、さらなる力を受け取るのだ。
「《ツミトバツ》のマナ武装7発動……柚ちゃんのクリーチャーはすべて、パワーが−7000よ」
 沙弓のマナから光が迸ると、それは刃の姿となる。千本もの命を奪う刃が、《ツミトバツ》の得物となり、武装する。
 そして、一斉に解き放たれた刃は、柚のクリーチャーを切り刻み、蹂躙し、殺害する。
 そこは流石というべきか、辛うじて生命力の強い《オトマ=クット》だけは生き残ったが、他のクリーチャーはすべて、死に絶えた。
「…………」
 柚はそんな死にゆくクリーチャーを、無感動に見つめていた。
「《ボアロアックス》はマナゾーンからクリーチャーを呼び出す能力を持っていた……そして、柚ちゃん、あなたは《イメン=ブーゴ》を召喚する前に、《オトマ=クット》を出して場数を増やした」
 いつもの柚なら、《龍鳥の面 ピーア》などと組んで、他方面でもアドバンテージを取りながら《オトマ=クット》を展開するが、今回は違った。
 単なる数合わせのように、単体として呼び出していた。
「そこで私は、《ボアロアックス》、そして《ボアロパゴス》の龍解条件は、自分のクリーチャーの数を増やすことで達成されると推理したわ」
 沙弓はその推理にほぼ確信に近い自信を持っている。十中八九、そうに違いない。
 《ボアロアックス》の龍解条件が自分のクリーチャーの数を参照するなら、《ボアロパゴス》もその条件の方向性は同じだろう。
 ならば、その対策は簡単だ。
 少なくとも、沙弓にとっては。
「私のデッキは闇単色。闇文明が破壊に長けた文明であることは、言うまでもないわよね」
 《ツミトバツ》のマナ武装が達成され、柚の場は半壊している。手札もほとんど枯れており、ここから再びさっきと同じように——いや、さっき以上に展開することはできないだろう。
「……と、思っているのでしょうか」
「っ……なに、強がりかしら? 可愛いけど、柚ちゃんらしくはないわね」
「強がりじゃないですよ」
 ぶちょーさん、と、柚はまっすぐに沙弓を見つめた。
 虚無なる眼差しで、ジッと。
「ぶちょーさんの闇文明が、破壊が得意なように、わたしの自然文明は、仲間を増やすことが得意なんですよ」
 そして柚は顔色一つ変えず、カードを操る。
「《イメン=ブーゴ》を召喚。超次元ゾーンから《グリーネ》をバトルゾーンに出して、マナを増やします。そして《ボアロパゴス》の能力発動です」
 《ボアロアックス》以上に邪悪な障気を発し、邪龍の遺跡は命を生む。
「マナゾーンから《ベニジシ・スパイダー》をバトルゾーンに出して、さらにマナを増やします。ターン終了です」
「っ、クリーチャーが……!」
 失念していたが、《ボアロアックス》にクリーチャーを呼び出す能力があるのなら、《ボアロパゴス》にも同様の能力があって然るべきだ。
 《イメン=ブーゴ》が召喚されると、《ベニジシ・スパイダー》が現れた。恐らく、《ボアロパゴス》はクリーチャーの召喚に反応して、クリーチャーを呼び出す能力なのだろう。
「だったら……《コッコ・ドッコ》召喚! さらに、《特攻人形ジェニー》を召喚して、即破壊!」
 沙弓は次に、手札を攻める。これ以上展開されたら確実にまずいことにある。なら、クリーチャーを展開するための源の一つ——手札を枯らして、その展開を阻止する。
 柚の手札は残り一枚。その最後の一枚に、《ジェニー》の刃が突き刺さる。
 しかし、
「……少しあせりましたね、ぶちょーさん。らしくないですよ」
「え……?」
「もう少し考えてから、わたしの手札を破壊するべきだったんですよ。このクリーチャーは手札から捨てられたとき、バトルゾーンにでます」
 そういって、柚は刃が突き刺さったそのカードを、場に投げる。
 それは、毒の息を吐く、鰐のような龍の姿となった。

「でてきてください——《有毒類罠顎目 ドクゲーター》」



有毒類罠顎目 ドクゲーター 自然文明 (5)
クリーチャー:ジュラシック・コマンド・ドラゴン 4000
相手の呪文の効果またはクリーチャーの能力によって、このクリーチャーが自分の手札から捨てられる時、墓地に置くかわりにバトルゾーンに出してもよい。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、バトルゾーンにある相手のコスト4以下のカードを1枚選び、持ち主のマナゾーンに置く。



 《ドクゲーター》は罠のように陰に潜む。
 日の光を浴びないように隠れ続ける、安穏とした日々を送るが、その日々を邪魔するものには、陰から這い寄り、毒牙を剥く。
「《ドクゲーター》をバトルゾーンに出します。そしてその能力で、《コッコ・ドッコ》をマナゾーンへ」
「う……!」
 展開を止めるはずが、さらにクリーチャーを増やされてしまった。しかも、むしろ場数を減らされたのはこちらだ。
「さあ、ここからが本番ですよ、ぶちょーさん」
「っ……!」
 今まで以上に虚無感漂う、そして邪悪な瞳で、柚は沙弓を見つめる。
 そして、それは現れた——

「《理英雄 デカルトQ》を召喚」

 ——知識を司る、水の英雄が。
「な……っ、それは、カイの……っ!?」
「はい、かいりくんの力を、使わせてもらっています」
 まったく表情を変えず、柚は微笑む。
 そして、刹那、彼女のマナから光が迸った。
 水文明の叡智を示す、青い光を。
「《デカルトQ》の能力、マナ武装7、発動です」
 武装された《デカルトQ》は、大量の知識を柚へと与える。さっきまで枯渇していた手札は、一瞬で潤いを取り戻した。
「いや、というか、柚ちゃんのマナに水文明のカードなんて一枚も——」
「さらに《ボアロパゴス》の能力で、マナゾーンから《ベニジシ・スパイダー》をバトルゾーンにだします。能力でマナを増やしますね」
 困惑する沙弓のことは置いて、柚は次々とクリーチャーを展開していく。
「くぅ……呪文《超次元ロマノフ・ホール》! 《時空の悪魔龍 デビル・ディアボロス Ζ》をバトルゾーンへ!」
「《ベニジシ・スパイダー》を破壊します」
 柚のクリーチャーを一体だけ破壊できた。
 まだ望みはある。次のターン、《デビル・ディアボロス》が覚醒さえできれば。
「それでは、わたしのターンですね」
 願うように沙弓は成り行きを見守る。対する柚は、淡々とカードを引く——直前に、
「残念でしたね、ぶちょーさん」
「っ!」
「とてもがんばって龍解を止めようとしていたみたいですが……このターンの始めに、《ボアロパゴス》の龍解条件成立です」
 そう、言い放った。
 止められなかった。
 こちらの破壊よりも、彼女の展開が上回っていた。
 まるで彼女らしからぬプレイングであったが、今ここにいる彼女の力は沙弓の知る彼女からは、遙か向こう側にあった。
「ぶちょーさんは、わたしのあこがれの人でもあったんですよ。あきらちゃんとは違う意味で、わたしの理想の人です。かっこうよくて、頼りになって、こんな人になりたいなぁ、って思える人なんです」
「なに、急に……嬉しいけど、そういうこと言われると、むず痒いわ……」
 違う。
 嬉しいとかむず痒いなんてものではない。そんな前向きな感情は湧いてこない。
 湧き上がるのは、怖気。
 彼女の言葉から感じられるものは、不安と狂気しかない。
 ただひたすらに、彼女は不気味だった。邪で、毒のような眼差しが、沙弓の恐怖心を刺激する。
「わたしは、ちょっとは強くなれたと思うんです。だから、わたしのあこがれてるぶちょーさんには、ちゃんと見てほしいんです。この子の、真の姿を——」
 龍解、と。
 彼女は告げるように言う。
 そして、それが終わりの合図だった。
 沙弓は、この逆境に抗い切れなかったのだ。
 あらゆる生命が、欲望が、力が、沙弓を蹂躙する—— 

「殺戮の英雄の力……いただきます、ぶちょーさん——」