二次創作小説(紙ほか)

113話「欲望——戦闘欲」 ( No.329 )
日時: 2016/03/03 03:16
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

「……コルル」
「どうしたんだ、暁?」
「私、分かったかもしれない」
 柚を捜索する暁とコルル。しかし、探せど探せど、いくら歩き回っても、柚の姿は見えない。
 それでもめげずに、暁はどんどん森の奥へと入っていき、柚の捜索を続けていた。
 捜索を始めてからかなりの時間が経ったある時、暁はふとそう言った。
「ずっと考えてたんだよ。今、私たちがどんな状況にあるのか」
「そうだったのか? 悪い、オレ、柚やプルを探すだけで頭がいっぱいで、そっちまで気が回らなかったよ」
「ううん、いいの。私も最初はそうだったんだけど、昔のことをちょっと思い出してさ。そうしたら、分かったんだよ」
「なにが分かったんだ? これは一体、どういう状況なんだ?」
「うん、あのね。私たち……」
 暁は、彼女らしからぬ神妙な面持ちで、おもむろに口を開く。

「……迷ったよね」

「へ?」
 一瞬、コルルは言葉を失う。いったい暁はなにを言っているんだ、と。
 暁は続けた。
「昔さ、小学校低学年くらいの頃に、ゆずと近くの雑木林を探検してたんだけど、途中ではぐれて、道に迷っちゃってね。あの時のゆずは、今以上におどおどしてて、泣き虫で、私がそばにいなきゃ! って思ってたから、ずっと必死で探したんだよ。でもさ」
「でも……?」
「あれ、実はゆずが迷子になったんじゃなくて、私が迷子だったんだよね。ゆず、先に林を出て家に帰って事情を話したみたいでさ、ゆずんちの黒服のおじさんたちが迎えに来てくれて、私はそれに気づいたの。それを、今思い出した。それで分かったんだ」
 それは、つまり、
「私たちは迷子だよ。帰り道わかんない」
「大丈夫か!? おい暁、しっかりしてくれよ!」
 いきなりそんなことをカミングアウトされ、焦るコルル。
 この森はかなり深い。下手に迷ったら出て来れなくなることは火を見るより明らかだ。
 しかしその事実を気づかせた当人は、さほど焦る様子もなく返した。
「んー、きっと大丈夫だよ。部長とかリュンとかが迎えに来てくれるって」
「本当か? 本当に大丈夫なのか?」
「たぶんね」
 非常に不安な言葉だった。
 いずれリュンが戻ってくるはずとはいえ、いつ戻ってくるかなんて分からない。どれほどの時間、この暗い森を歩かなければいけないのかと思うと、途端に暗い気分になる。
「迷子になっちゃったものは仕方ないし、とりあえずゆずを探そう。ゆずも迷子なんだから」
「前向きだなぁ、暁は。でも、オレは暁のそーゆーところ、好きだぜ」
「お兄ちゃんには能天気って言われるんだけどね。でも、ありがと」
 そうして、二人はまた明るい表情を取り戻しつつ、歩を進める。
 それからほどなくして。
「……暁」
「コルル? どうしたの?」
「今、なにか聞こえたぞ」
「なにかって、なにが聞こえたの?」
「分からないけど、なんか、乾いたような音だ。耳に残る感じの」
「んー……?」
 コルルに言われて、暁も耳を澄ます。
 木々が擦れる音。風の音。それらが合わさった森のざわめき。
 静かな自然のハーモニーが鼓膜を震わせているが、そこに、なにかが混じってきた。

 ——パァン——

「っ、聞こえた!」
「やっぱりか」
「今の音はなんだろう? 運動会のピストルみたいだったけど」
「とりあえず行こうぜ!」
「うんっ!」
 暁たちは、その音に向かって走り出した。
 時々立ち止まり、耳を澄ます。音は少しずつ大きくなっているので、確実に近づいている。
 また走る。耳を澄まして音の方向を探り、走り出す。遠のいたら後戻りして、とにかく走り続ける。
 そうしてしばらく走り続け、そして、音の発生源を見つけた。
 太い木の幹にもたれかかり、息も絶え絶えになった、闇夜のような黒衣を纏う者。
「——ドライゼ!?」
「……やっと来たか」
 ドライゼは力なく言った。
「だが、空砲を撃ち続けた甲斐は、あったな……」
「さっきの音って、ドライゼの銃の音だったの? なんでそんなことを……っていうか、ボロボロだけど、どうしたの!?」
「……嬢ちゃんにやられたのさ」
 ドライゼはマガジンが抜かれた銃口を、指の代わりに差し向けた。
 その方向には、同じように木の幹に背中を預け、ぐったりとしている浬と沙弓の姿があった。
「部長! 浬!」
 暁が慌てて駆け寄る。大きな声で呼びかけ、身体を揺する。
 すると、小さな呻き声が聞こえる。少なくとも生きてはいるようだった。
「暁……?」
「どうしたの部長、なにがあったんですか?」
「……暁、よく聞きなさい」
 沙弓も肩で息をしながら、弱々しい声を発する。
 しかし、それでも彼女は、暁に伝えなければならなかった。
 たとえ彼女にとって残酷な現実だったとしても。
 自分たちの仲間に起った、異変を——

「柚ちゃんが、私たちを狙っているわ」

 暁には沙弓の言葉が理解できなかった。
 柚が、自分たちを狙っている。
 なぜなのか、なにを狙っているのか、分からなかった。
「正確には、英雄、かしらね……」
「英雄? 《ガイゲンスイ》たちのこと?」
「えぇ、後で私のデッキを見せてあげる。カイのデッキも見るといいわ……私からは《ツミトバツ》、カイからは《デカルトQ》が、抜き取られているはずよ」
「抜き取られてるって……誰がそんなことを……」
「柚ちゃんよ」
 沙弓は、はっきりと言った。
 迷いも濁りもない、断言だった。
「私たちは、あの子にやられたの」
「…………」
 信じられなかった。信じたくなかった。
 あの柚が、沙弓や浬に、手をあげるなど。
 そんな事実を、暁は認められない。
「な、なに言ってるんですか部長、ゆずがそんなことするわけ——」
「暁」
 言葉を遮って、沙弓は諭すように暁へと語りかける。
「私だって認めたくないけど、今のあの子は明らかにおかしい。なにかあったのよ……今の柚ちゃんは、私たちの知る、いつもの柚ちゃんじゃないわ」
「そんな……でも、だって……」
 言葉が上手く出て来ない。
 柚が仲間を襲ったという事実を信じたくない心と、真摯に言葉を紡ぐ沙弓の言葉を信じたい心がぶつかり合い、暁は困惑する。
 それでも、もう分かっていた。沙弓の眼は、彼女の言葉は、嘘を紡いでいないと。
 彼女の言葉は、嘘偽りのない、真実であると。
「私があの子と戦った時、あの子はカイの《デカルトQ》を使ってた。わたしのデッキから《ツミトバツ》も消えてるし、あの子の狙いは恐らく、英雄のカード……なら、《ガイゲンスイ》を持ってるあなたも、狙われるんじゃないかしら」
「……だからって……じゃあ、どうすればいいんですか?」
「分からない。どうすれば柚ちゃんの異変が戻るのか、その原因はなにか。私も負けちゃったし、彼女がおかしくなった、というところまでしか掴めていないわ」
 今は情報が足りなさすぎる。どうやって彼女を元に戻すのか、そんな方法はまったく分からない。
 だから今は、雲を掴むようなことでも、考え得る可能性を手繰り寄せるしかないのだ。
「暁、あなたに今の柚ちゃんについて教えるわ。だからあの子を探して。そして、あの子に——勝って」



「——緑の英雄さん、青の英雄さん、黒の英雄さん。これで三種類ですか」
 はだけたままの衣を直すこともせず、柚は三枚のカードを眺めながら、呟く。
 彼女の手にあるのは、《牙英雄 オトマ=クット》《理英雄 デカルトQ》《凶英雄 ツミトバツ》。
 《オトマ=クット》は彼女が持つカードだが、残りの二枚は違う。本来ならば、別の人物が使うものであり、そして、柚の色では扱えないクリーチャーたちだ。
 緑色の彼女は、他の色を扱えないはず。それでも彼女は、求めるのだった。
 一つの色に染まる、英雄たちを。
「手に入るとすれば、あと二種類……んー、でも、どうしましょう。絶対必要じゃ、ないんですよね……」
 だが、少し考える。
 緑、青、黒。
 この三色の英雄の力だけでも、十分に強い。そこにさらなる二色の英雄を足す必要はあるのかどうか。
 今この手にある邪帝の力。あまりに原始的で暴力的な欲望の力。それさえあれば、赤い英雄の力は必要ないと言える。
 青の英雄と黒の英雄もこの手にあるので、白い英雄も、必要ではない。行使する力が被ってしまっている。
 現時点でできることのバリエーションは広い。さらに他の色があったところで、それは大きく変化するわけではない。ゆえに、このまま英雄の力を収集する必要はないと判断することもできる。
 が、しかし、
「……いえ、やっぱり、集めましょう」
 最後は、その答えに行き着く。
「ちゃんと最後まで集めたいですからね。それに」
 なぜそうなのか。そんなものは分かり切っている。
 今自分がこうしているのも、これのせいだからだ。
 全身から湧き上がる衝動。それは、ただ一つの単純な概念から生み出される。
 それは即ち、“欲”。

「あの魅力的な力は、ぜんぶ“ほしい”です——」