二次創作小説(紙ほか)
- 114話「欲望——愛欲」 ( No.334 )
- 日時: 2016/03/10 10:53
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
「そんな、ゆずが……」
沙弓と浬から、すべてを聞かされる。
柚が突然、襲ってきたこと。暁もそれでやられたこと。
にわかに信じがたいことだった。
「あの時の柚ちゃんは、明らかにおかしかったわ。私たちはクリーチャーの仕業だと睨んでる。日向さんはこっちの世界に詳しいと思うのだけれど、なにか知らないかしら?」
「わからない……【秘団】にいた時も、あんまり、気にしてなかったから……」
「【秘団】の中に、他人を操れるような団員はいなかったのか?」
「……いない……と、思う……私も、【秘団】で面識のある相手は、少なかったし……」
「そうなの?」
「うん……そこにいた期間も、短かったから……」
そういえば、恋が【秘団】に属していた時のことを、沙弓たちはよく知らなかった。
いずれはそのことも聞き出さなければならないのだろうが、今はその時ではない。
「参ったわね。情報がなさすぎるわ。どうすれば柚ちゃんを元に戻せるのか、具体的な打開策が浮かばない」
「クリーチャーの仕業かもしれないってのも、憶測にすぎないしな」
「しかし、他の生命体を操るようなクリーチャーには前例もありますし、その類だとは思います。まさか、柚さんが自分の意志であんなことをしているとは思えませんし……」
「そうね。それでも、クリーチャーの仕業だと分かったところで、それがあの子を元に戻せるきっかけになるとは限らない」
仮にクリーチャーに操られているとして、そのクリーチャーを叩けば元に戻る保証もない。そもそも、操っているクリーチャーがどこにいるかなんて、まったく見当がつかないのだ。それが原因だと予想しても、探せるはずもない。
今はっきりしている事実は、柚がおかしくなったこと。それだけだ。
「…………」
「恋? どうしたの?」
「……私も、行ってくる……」
恋は、スッと立ち上がった。
それに対し、浬が声を荒げる。
「ちょっと待て! 正気か、お前!」
「ゆずを、助けなきゃ……あきらが、そうしたように……」
踵を返し、歩を進めようとする恋。
だが、今度は沙弓が、彼女の肩を掴んで止めた。
「落ち着きなさいな。私の助言があった暁だって勝てなかったのよ。今の柚ちゃんは、私たちの知る柚ちゃんじゃないわ。闇雲に突っ込んだところで、どうにもならない」
「だからなに……関係ない……このままジッとしてても、なにも解決しない……」
「それでも、無意味に被害を増やす方が愚策よ。それに、剣埼さんの時も、あなたが突っ走って解決したかしら?」
沙弓の言葉に、恋は驚いたように瞳を揺らした。
そして同時に、不審な目で彼女を睨むように見つめる。
「……なんで、知ってるの……?」
「シェリーから聞いたわ。あなたのこと、少しでも知っておきたくてね。時々連絡取ってるのよ」
「ミシェル……余計なことを……」
キュプリスではないが、痛いところを突かれた。
しかし、だからと言って、恋は止まらない。
「……それでも、私は……行く」
「おい、お前いい加減に……」
「止めないでよ、メガネ君」
沙弓に続き、浬も立ち上がって恋を引き留めようとするが、今度は違う方向から、ストップにストップがかかった。
止めようとする浬を止めたのは、キュプリスだった。
「少しは慈愛の語り手らしいところを見せてもいいじゃん。誰かを救いたい、守りたいって思った恋を、止めてあげないでよ」
「……それとこれとは関係ないだろう。今は慎重に動くべきだ。もっと考えてから行動に起こせ」
「眼鏡野郎と同じ意見なのが癪だが、その通りだな。下手に突っ込んで怪我して帰っただけじゃ、目も当てられないぞ」
「でも、情報が足りないんだよね? ないものを考えても、なにも出て来ないよ」
「しかしだな……」
「……カイ、ドライゼ」
沙弓から、声がかかった。
悩ましい表情をしている。彼女は、重そうな口を、ゆっくりと開いた。
「あなたたちの言い分も、もっともだわ。けれど、私は日向さんの意志次第だと思う。彼女が本気で柚ちゃんのことを思って出るというなら、私は止めないわ」
「ゆみ……部長、いいのかよ」
「この子を止めることはできなさそうだからね。無理やり飛び出されるよりは、ちゃんと話してから、送り出した方がいいわ」
「そんな消極的な考えでいいのか……?」
「今の私たちに大事なのは、繋がっていることよ。ただでさえ柚ちゃんが欠けているんだもの、これ以上バラバラになったら、収拾がつかなくなるわ」
マイペースかつゴーイングマイウェイの恋を説き伏せるのは、そう簡単ではない。彼女は、ひとたび自分の意志を持てば、その決意のままに、決してぶれることなく行動を起こす。それには一騎もかなり手を焼いている。
しかし、それは彼女の短所であり長所でもある。一度、自ら決定した彼女の意志は固い。
その意志をもってすれば、あるいは……そんな夢を、沙弓は見たのかもしれない。
今の彼女ならば、やってくれるかもしれないと。
「だから、出る前に、少し私たちの話を聞いていきなさい。あの子がどう変わってしまったのか、教えてあげる」
「まあ、部長がそう言うなら、それで手を打つか」
「さゆみ……ありがとう」
そうして、もう一度腰を落ち着けて、三人は向かい合う。
沙弓と浬が戦った柚のスタイル。それは、今までの彼女と通ずるものこそあれ、大きく異なっていた。
「まず気になったのは、柚ちゃんのデッキには、あの子が今まで使ってたジュラシック・コマンド・ドラゴンがほとんど入ってなかったわ」
「フィニッシャーが、全部抜けてた……? それじゃあ、どうやって……」
「今のあの子の脅威となり得るのは、ドラグハートよ」
ドラグハート。それは、以前の柚も使用していた、龍の力が込められた武器や要塞。
しかし、彼女の用いるドラグハートすらも、今の彼女は使わなかった。
「《邪帝斧 ボアロアックス》《邪帝遺跡 ボアロパゴス》、そして《我臥牙 ヴェロキボアロス》……他にも気になるカードはいくつかあったけど、核となっているカードは、やっぱりあの3D龍解するドラグハートよね」
「いずれもマナゾーンからクリーチャーを呼ぶドラグハートだったな。《ボアロアックス》と《ボアロパゴス》はコストに制約があるようだが、呼び出しているクリーチャーを見る限り、上限は5といったところか」
「ただ、ドラグハートばかりに気を取られていたら、“私たちの力”にやられるから、気を付けないとダメだけどね」
「私たちの……?」
小首を傾げる恋。
私たちの力。言葉通り受け取るなら、沙弓や浬の力ということだが、その意味がいまいち分からない。
「カイは見てないみたいだけど、私が柚ちゃんと戦った時には、《デカルトQ》を使われたわ」
《理英雄 デカルトQ》。浬が有する、英雄のクリーチャーだ。
私たちの力。それはつまり、沙弓や浬が持つカードの力、という意味。
しかしそれだけでは、腑に落ちない点がある。
「色は……? デッキカラー……」
「そこもポイントかしらね。私が戦った時には、あの子のデッキには《デカルトQ》以外は自然単で、召喚する色がなかった」
「じゃあ、どうやって……?」
「恐らく、染色よ」
沙弓は言った。これも憶測なのだろうが、しかしどこか確信めいたものを持って。
「染色……《コートニー》のようなカードか?」
染色とは、デュエル・マスターズにおける俗語だ。本来一枚のカードは、そのカードが持つ文明しか持たない。マナゾーンにある時も、そのカードが持つ文明のマナしか生み出せない。
だが、《薫風妖精コートニー》などがいれば、バトルゾーンやマナゾーンにあるカードに、他の文明に追加したり、すべての文明を持たせたりすることができる。
デュエル・マスターズにおいては、それぞれのカードにある文明を色で表現することが多いため、違う色を加えるこの能力を染色と呼んでいるのだが、今の柚はその戦略を用いている。
「あの子のデッキに《コートニー》に類するカードは入ってないように見えたけど、他に染色役がいるわ。私が睨んでるのは《龍覇 イメン=ブーゴ》よ」
「《イメン=ブーゴ》……あのドラグナーか」
「《イメン=ブーゴ》はコスト7とドラグナーとしては割高のコストの代わりに、パワー7000でWブレイカーも持ってる。だけど、きっとそれだけじゃない。恐らく、《コートニー》のような、マナゾーンを染色する能力を持ってるのよ」
沙弓と戦った時の柚は、除去に備えてなのか、二体目以降の《イメン=ブーゴ》をあらかじめ確保するような動きを見せていた。ドラグハートを出すだけの存在なら、《ボアロパゴス》に龍解してからもわざわざ握っておく必要はない。
それでも彼女がそうしたのは、それだけ《イメン=ブーゴ》が彼女のデッキにとっては重要な役割を担うからだ。
「《イメン=ブーゴ》を出した次のターンに、《デカルトQ》も出て来たしね。それに、柚ちゃんが使ってた《デカルトQ》は、召喚しただけじゃなくて、マナ武装も使ってた。さらに、私のデッキからは《ツミトバツ》が、暁のデッキからは《ガイゲンスイ》が抜けてた。これらのことから、柚ちゃんはマナ武装を持つ私たちのカードを集めて、自分の力にしていると推理できるわ」
それが彼女の目的なのかもしれない。そう考えれば、光の英雄を有する恋の下にも、いずれ向こうから現れるかもしれなかった。
「俺たちの使うマナ武装7のクリーチャー……英雄のクリーチャーを使うために、染色能力を持つ《イメン=ブーゴ》を使っている、ということか」
「《ボアロアックス》はコスト4の自然のドラグハート。それを使うだけなら、コストが軽い《サソリス》でもいいしね。まあ、1コストの差が龍解に関わっているのかもしれないし、そもそも今のあの子が《サソリス》を持っているのかは、分からないけど」
使用するカードが今までの大きく違っていたため、今の彼女が、今までの彼女と同じカードを持っているのかは分からない。
そこで、恋はふと思い出した。
「……そういえば、プルは……?」
「分からないわね。あの子は、プルを連れていなかったみたいだけど」
「プルさんの気配も感じませんでしたね。柚さんが抑えつけているのか、そもそも一緒にいないのかは、分かりませんが……」
柚も大事だが、プルのことも考えなくてはならない。
「今のあの子と戦うなら、《ボアロアックス》の龍解と、染色からのマナ武装の両方に気を付けないといけないわ。場のクリーチャーをできるだけ除去しつつ、《イメン=ブーゴ》を残さないことが大事」
「そうなると、やはり短期決戦に持ち込むのが無難だな。時間が経てば経つほど、あいつの展開力は増していく。もたもたしていると、龍解も止まらなくなるからな」
最後に、締め括るように二人は助言する。
「……さゆみ、メガネ……ありがとう」
そして、恋は立ち上がった。
柚を、大事な人の親友を、救うために。
「わたし……ゆずのところに、行ってくる……」
「その必要は、なさそうですよ?」
その時、木々の間から、一人の少女が姿を現した。
「っ……ゆず……」
「こんにちは、こいちゃん」
柚は微笑を見せる。
恋でもすぐに分かった。その笑みは、いつもの柚ではない。笑顔の裏側に、とんでもない闇が潜んでいる。
笑みだけではない。乱れた着衣。焦点がどこに定まっているのか分からない瞳。おぼろげな足取り。彼女の姿、発言、一挙一動すべてが、狂っているようだった。
柚は、恋から視線を外し、浬と沙弓に目を向ける。
「かいりくんとぶちょーさん、あきらちゃんも……みなさん、おそろいですね」
「柚ちゃん……!」
「どうしたんですか、ぶちょーさん? 目が、こわいですよ?」
「それはこっちの台詞だけどね。あなたこそ、どうしたのかしら」
「だから、どうもこうもないんですけど……まあ、いいですよ。わたしは、こいちゃんにご用事があるので、すみませんが、ぶちょーさんのお話は、それが終わってからでおねがいします」
そう言って、柚はまた、恋に視線を戻す。
「ゆず……私も、ゆずに用がある……」
恋は一歩踏み出すと、真っ直ぐに柚を見据えた。
「どうして、あきらを……大切な人、なのに……」
「おかしなことを言いますね。親友でも、デュエマくらいしますよ?」
「あんな……気を失うほど……?」
「あきらちゃん、疲れていたんですよ」
「……話にならない」
恋の方から意志疎通を放棄したくなる。それほどに、今の柚はおかしかった。
加えて柚は、棘のある言葉を受けても、不気味な微笑を絶やさない。
まったく別の、異形の怪物とでも対面しているような気分だった。
「悲しいこと、言わないでください……わたしは、こいちゃんにご用事が、あるんですから……」
用事。
彼女が、なにを求めているのか。
それは既に知っていた。
「私の英雄も、欲しい……?」
「……くれるんですか?」
「無理……でも」
恋はそっと手を添える。
そこにあるのは、彼女が欲する、恋の“力”。
渡せと言われて渡せるものではない。だが、これで彼女を誘えるのならば、恋は自分の力そのものであっても、餌とすることも辞さなかった。
「そんなに欲しければ……無理やり奪い取ればいい……」
「乱暴なことしないでもらえるなら、そっちのほうがいいんですけど……こいちゃんがそう言うなら、そうしましょうか」
本気で言っているのかどうかは分からないが、柚はそんなことをのたまう。
彼女はゆらゆらとした足取りで、恋に肉薄する。
「それじゃあ……」
ゆっくりと、手を伸ばす。
なにもかもを欲する、欲望に塗れた、邪な手を。
そして——
「こいちゃんのことも……無理やり、奪っちゃいますね?」
——神話空間が、開かれた。